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「それでは第2試合選手の入場です!」
アナウンスに従って魔王サイドから出てきたのは仮面をつけた1ユーレほどの魔族だった。
黒いマントに黒い剣。
仮面も黒ければ髪から靴まで黒い。
全身真っ黒の異様な姿。
その仮面の奥の表情を見ることはできないが、全てを語るかのようにどす黒いオーラを放っている。
──てか俺オーラなんて見えたんだな……
いやあいつが異様なだけだよな。
多分。
「冒険者チームは『剣闘士のアクルセイド』。対する我らが魔王軍は『第4貴族──剣聖ヴァレリア』! 両軍の誇る剣士の戦いだあ!」
剣聖ヴァレリア。
魔族の中で魔法を使えない特異種ながらも剣の腕だけで第4貴族になった経歴の持ち主。
その実力に関しては「剣だけなら確実に俺よりも強い」とゼノが素直に認めるほど。
アークをもってしても楽に勝てる相手ではないだろう。
「結界展開! ──試合始め!」
開始の声がかかるも両者1歩も動かない。
お互いに相手を見極めるように、そして間合いを確認するように観察の時間が続く。
息もつかせぬような攻防が行われているわけでもないのに2人の威圧感を前に観客は息を殺している。
そしてヴァレリアが構えた剣を下ろした。
「君は中々楽しませてくれそうだ。名前を聞いてもいいかな?」
「某はアクルセイド。──剣の道を極めんとするものだ」
「そうか。それは非常に残念だ……我が名はヴァレリア。──これが君を殺すやつの名だ」
「その言葉をそっくりお返ししよう」
「ははっ、そうこなくちゃ──」
ヴァレリアは剣を下ろしたままアークへ突っ込む。
俺からすれば目で追うのがやっとなそのスピード。
篩水流の全てをもってしても相討ちにできれば御の字。
そう思えてしまうその剣術に思わず見とれてしまう。
「……なるほど。剣聖の名は伊達ではないな」
しかし2本の剣を不規則に使いこなすヴァレリアの連撃を間合いに近づかせることなくアークは宙に浮かせた2本の剣でいなしていく。
その顔に焦りはない。
あるのは神妙な表情と、その裏に隠れたわずかばかりの笑み。
防御に集中しているがアークもひけをとっていない。
「──今度はこちらからいかせてもらおう!」
攻守交代。
アークが攻撃に移る。
しかしその構えは普段とは違う。
両手に持つ2本の剣を下ろし、加速しながらヴァレリアへ向かっていく。
そう。
その攻撃は先ほどヴァレリアの見せたものとまったく同じ剣術だった。
「ははっ、いいね。最高だよ!」
受けに回ったヴァレリアは歓喜の声を漏らす。
そして1度見ただけで技を盗んだアークに対抗するようにアークと同じいなし方で攻撃を回避した。
「こんなに愉快な戦闘は初めてだよ。出し惜しみなんてしていたら失礼だな」
ヴァレリアが仮面を外し、マントを脱ぐ。
ベールに包まれていたその素顔は……声で薄々気付いていたが女だった。
ただそんなことなど気にする余裕などないほどに彼女の放つ黒いオーラが沸き上がる。
結界の外にいるというのにそのヤバさに震えが止まらない。
アークなら勝てる。
そう思っていた軽率な自分を思わず恨みたくなるくらいだ。
「ならば某も全力で応えるとしよう──」
そんな俺の心配とは対照的にアークは一切表情を変えない。
まるでこれから先の戦いが楽しみでしょうがないようにも見える。
第2試合にして事実上のナンバーワン剣士を決める戦い。
その第2ラウンドが幕を開けた。
「行くぞ八刀流!」
「うむ、雌雄を決しよう!」
お互いの剣士としてのプライドをかけた真っ向勝負。
1歩も引くことのない中央での攻防。
そのあまりにも早すぎる攻防に息をすることさえも忘れて見いってしまう。
戦況はいまだに両者互角。
スピードと一撃の重さで勝負をかけるヴァレリアと、手数の多さでそれに対抗するアクルセイド。
その決着はスタミナ切れをもってつくのではないか──
「はっ!」
「ふん!」
そう思ったところで両者とも後ろに飛ばされる。
外傷はない。
ただお互いに連撃に耐えてきたせいで腕にダメージが蓄積しているのか腕を振っていた。
「これでも決着がつかないとは思いもしなかったよ。──いいじゃない。魂の最後の1滴が尽きるまで殺り合おうじゃないか」
「これほどの相手と決着をつけなければならんとは口惜しいものだがな。仕方あるまい!」
「それじゃ第3ラウンドの開始だ!」
小休止はすぐに終わり、また中央での攻防がスタートする。
お互いに余力は充分に見える。
しかし勝負は一撃でつく。
そんな予感がしていた。
そして予想通りの決着の時──
ステージの上に立っていたのはアークだった。
「ははっ、負けたよ……でも僕はまだ死んでいない」
「これ以上やっても結果は同じことであろう」
「それは分かっているさ。──でも僕は敵の手で殺されはしない」
ヴァレリアはそう言い放つと、最後の力を振り絞って飛び出す。
その向かった先は場外だった。
「君に殺されるならそれも良かったのかもしれないが、これが僕のプライドだ──」
そう言い残してヴァレリアの身体は闘技場の場外。
そこの見えない闇の中へと落ちていく。
「そうはさせない──」
それを防ごうとしたアークの手は宙をきった。
そして無情にも結界が破れる音がした。
「……………………試合終了。勝者は剣闘士──アクルセイド」
予期せぬ決着に実況の声も抑えめ。
そして闘技場から控え室への道が現れ、アークが俯きながら帰ってきた。




