18
貴族を名乗るだけはあってかこの状況であってもバルハクルトは至って冷静だった。
人数差があっても問題はないともとれるが、それ以上に御し難い問題を抱えている。
そういった方が正しいのだろう。
「ジルバークを倒しただけのことはある……か。──して狙いは私の首か?」
「いらねぇよこんなジジィの首なんて……」
いや別にジジィじゃなくてもいらないけどな。
それがもし綺麗な女性の首だろうが、首だけなら気持ち悪いものでしかないからな。
悪いが俺にはそんなものを好む趣味はない。
「うむ、それならば何故命を賭してまでここを攻め込んだ?」
「1つはジルバークを殺すため」
「私ではなくジルバークを? お主は何を言っている」
「はぁ……やっぱりお前の指示ではなかったか。──これ、返しておくわ」
俺はエスシュリー(仮)から例のローブを取り出す。
それにバルハクルトは目を丸くしている。
なんというかこいつも分かりやすいやつだ……
「これは2週間ほど前に行方知れずになった術士のローブ……どうしてこれをお主が持っている!?」
「精神支配の術で襲われたから──とでも言えばいいか?」
「……そういうことか」
バルハクルトは状況を理解したのか苦虫を噛み潰したような顔をした。
それは仲間を殺した俺たちにではなく、決まりを破った仲間に対してのものだろう。
ホントこいつら穏健派は魔族とは名ばかりでまともなやつばかりだな。
「幸いにも仲間が死ぬことはなかったが、わりと甚大な被害を受けたからな」
「あんたござるが──」
「ああ、はいはい。話がややこしくなるからミリスは少し黙ってろ」
「マスター! いくらなんでもそれは」
「そうだよ! 三厳はござるの人が死んだのにどうしてそんなに冷静なの!?」
「はぁ……おい正成! 聞こえてるなら返事しろ」
「勝手に殺さないで欲しいでござる」
「えっ?」
最初は俺も半信半疑だったが、あの後も微かに気配を感じていた。
それが確信に変わったのはついさっき。
エスシュリー(仮)を操作した時にスロット内に正成の名前が普通にあった。
リリィが精神支配に陥った時は名前が赤く変わっていたからな。
それが正成は生きているという答え。
「なんであんたは姿を現さなかったのよ!」
「リリィ殿を突き飛ばし変わり身の術で攻撃を回避したところまではよかったのでござるが、その際に顔の当て布が破れてしまったでござる。拙者は未熟ながらも忍ゆえ、仲間であろうが素顔を見られるわけにはいかないのでござる」
「──本当によかったです……」
感動的な正成の生還にリリィが涙を流しながら安堵の声を漏らした。
まあ自分を庇ったせいで仲間が死んだとあったら心に残る傷も大きいからな……
「──あの、そろそろこっちに戻ってきてはくれないか?」
そんな中1人蚊帳の外に追いやられていたバルハクルトが話を元に戻そうとしている。
後ろの連中にはそんな余裕もないだろう。
まあ俺だけでも話を聞いてやるとするか。
「それで巨乳がいいか貧乳がいいかの話だったよな?」
「そんな話は一切していない! お主らがどうしてこの城に来たのかだ!」
「ああ、惜しいな……」
「まったく惜しくもないわ!」
こいつからかうと面白いな。
まあでもキレられてもしょうがないし、そろそろ真面目に話をつけますか。
「さっきも言った通り俺らは売られた喧嘩を買いにきただけだ。──まああいつらの上官であるお前にもそれなりの責任を取ってもらう腹積もりではいるけどな」
「責任……か。この首以外に何を求めると言うのだ」
「この城」
「は?」
「だからこの城」
「魚の鮗?」
「ディスキャッソー──ドゥユーアンダスタン?」
「お主は何をわけの分からんことを言っているんだ……」
発音が悪いのか俺の英語は通じることはなかった。
いやそもそも魔王にも通じてなかったから英語そのものが通じない可能性もあるのか……
──てか鮗ってなんだよ!
なんで元の世界にいる魚の名前をこいつが知ってんだよ!
ああもう意味がわからねぇわ……
「城を明け渡してもらおう」
「それは困る」
「それなら仕方ないな……俺たちも不意討ちをされたわけだし1度ぐらい不意討ちをしても構わないだろう」
「何をする気だ!?」
「魔王城に大火力の魔法をぶっぱなす。──魔王は死なないにしても城くらいは余裕で壊せるだろ」
「おい、止めろ! この城くらい明け渡すからそれは止めてくれ!」
わかればいいんだよ。
わかれば。
「──相変わらずえげつない脅しかたをするな……」
えげつないとは侵害だな。
俺は好意で魔王にはこの事を報告しないでやると言っているのに。
「じゃあ取り引きは完了だ。さっさと部下を引き連れてここから出ていけ」
バルハクルトは泣きそうな顔をして「分かった」というと部下をまとめて城から出ていった。
こうして俺たちは魔王城近くに城を手に入れた。
その後ミリエリ姉妹からなんで正成が生きていることを先に説明しないのかと説教をされたり、アークから相変わらず鬼畜だと言われたりと仲間からの反感をくらってしまった。
まあでもそれは過ぎたことだし気にしてもしょうがない。
後は決戦の日に向けて今日の反省を活かすのみ。
そして特訓の日々が過ぎていくのであった。




