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「あれがレーグスだ」
「思っていたよりも大きいな……」
「はい。気持ち悪いです」
山の火口よりさらに上空。
黒龍の背に乗った俺たちはレーグスの姿に驚くしかなかった。
体長4ユーレ──つまり8メートルと聞いて、俺はアナコンダのようなものを想像していた。
しかし今俺らの眼下に広がるのはそんなものが霞んで見えるようなモンスター。
さすがに遠目から見ても身体が異常に太い。
例えるならドラム缶を2倍にしたくらいの太さだった。
「これだけ距離を取っているということは、それだけあいつのリーチが長いということか?」
「そうだ。やつは10ユーレほどであれば射程に捉えることができる」
「逆にいえばそれよりも近付かなければ今のように気付かれることがないということか」
「でもここまで遠いと攻撃を仕掛けたところで途中で気付かれてしまいますね」
「いや、それはどうだろうな。黒龍、レーグスの背後を取るようにして頭より少し後ろに位置どってくれ」
指示にそって黒龍が移動をし終えた。
まずは2つの事実を確かめよう。
答えはシンプル。
真上から垂直に落とした水筒は必ずレーグスにヒットする。
俺は水筒の蓋を開けると手を離した。
「おい、何をしている!」
「いいから見てろって」
水筒は粗い雨のように飛沫を分けながら真っ直ぐ下へと落ちていく。
もちろん残り5メートルになっても、その事にレーグスが気付く素振りはない。
思惑通り水筒はレーグスにヒットした。
そしてレーグスは地をぬたくる。
「どういうことだ?」
「レーグスは視力が悪い。普段どうやって獲物を探しているかというと、熱をたよりにしているんだ。だから熱を持たない水筒が近付いたところでその存在には気付かなかったって訳だな」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「昔似た生き物のそんな話を聞いた覚えがあってな。1つ実験をしよう。リリィ、レーグスに向けて炎系の魔法を放ってくれ」
「は、はい。──ギルフレイン!」
リリィの放った火の玉は残り10メートルを残したところで気付かれてしまう。
やっぱりこいつも熱に反応している。
そして炎系の魔法ではダメージを与えることもできなかった。
「つまりは感知の外から温度を持たない攻撃を仕掛けられれば討伐することはできるだろうな。後はその攻撃方法をどうするかだけだ」
「今日はもう撤退か?」
「ああ、一度計画を練り直したいからな」
「分かった。それではさっきの洞穴まで戻るぞ」
「いや、結界の向こう側に行った方が早い。──リリィ」
「はい。──ワーティ」
リリィの移動呪文でその場から戦略的撤退をする。
その瞬間、始まりの街に移動していないか心配をしたが、その心配は必要なかったようだ。
「──何事でござるか!?」
「こんなの私たちじゃ相手にできないじゃん──逃げよう」
「お前ら少しは落ち着けよ……」
始まりの街郊外。
見渡す限り緑が広がる草原に突如ドラゴンが出現した。
その時の反応としては正成やエリスの方が正しいだろう。
その上、ドラゴンからはイエティのような怪しいモンスター風の俺らが降りてくるんだから悲鳴が上がってもおかしくはない。
むしろゼノが冷静すぎるのが何か気にくわない。
「──ここは……結界の外!?」
「ああ、結界の外だ。てかやっぱり防寒具来たままだと死にそうなくらいに暑いな……」
「そうですね……」
「えっ、召喚士殿とリリィ殿?」
「あっ、黒龍を仲間にできたのか……」
ようやくエリスが状況を理解する。
その一方で話をしてなかったような気がする正成は明らかに混乱していた。
どうしてゼノは説明していないんだ……
「あくまで共闘だ。お前らの仲間になったつもりはない! しかし雪の降らない外の世界というのはいいものだ。これで2つ目の問題は解決したな」
「やっぱり2つ目は結界をどうするかだったか。それでこの状況下でもあのレーグスを退治する必要があるのか?」
「無論。プライドというのもあるが、何よりあの火口部深くには俺の卵が隠されている。それを取り返さなければならんのでな」
「お前メスだったのかよ……」
俺とか言ってるしてっきりオスのドラゴンなんだと思っていた。
それなのにまさかメスだったのとは……
まあ、メスだったところで何の問題もないんだが。
「何を言っている。俺はどこからどう見てもオスにしか見えないだろ!」
「えっ、でも卵を産んだんじゃないの?」
「産んだのは俺の妻だ。あのクソ野郎に食われてしまいもうこの世にはいないがな」
それは悪いことを聞いてしまった。
しかし俺にはドラゴンの性別の見分けかたなんて分からない。
そんな当たり前みたいに言われても知らんもんは知らんからな。
「召喚士殿! 拙者もそのどらごん? とかいうのに乗ってみたいでござる」
「断る! 俺は実力を認めた者しか背中に乗せぬ!」
「つまり俺は認められたというわけか」
「こんな戦闘もしないヒモ召喚士のどこに認めるべき実力があるんだよ……」
おい、ゼノ!
お前は何を言っているんだ!
こうして黒龍に乗っていた事実が俺の実力を証明しているだろ!
「この召喚士──男の方はもうひとりのおまけだ。まあ、ある意味恐怖を感じさせるやつだと思うけどな」
「確かにそれは一理あるな。ちなみに俺は乗せてくれるのか?」
「お前は──実力は充分だろうが、どこか危ない印象を感じる。できれば背を預けたくないな」
黒龍恐るべし。
ゼノが魔族だとは教えていないが、それでも感覚的に危険を察知した。
これが生存本能なのだろう。
「私は──ダメだよね?」
「無論だ」
「なら俺とリリィしか乗れないわけか。まあ、必要なら俺が呼び出せばいいわけだから問題はないな。ところで黒龍、お前のことなんて呼べばいいんだ?」
「俺の名はライドラニース・エーゲンハルト。長いしライドラと呼ぶがいい」
こうしてほぼ確定事項としてライドラが仲間に加わった。
その時エスシュリー(仮)にある通知が届いたが、今はまだ気にしなくてもいいだろう。




