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また魔王討伐までの猶予が1日少なくなった。
実のところ既に時間を考える必要はないのだが、魔王討伐を目指すこの1年は2度と来ることはない。
1年後。
そう魔王を倒した後、その先に待っている未来はどうなっているのだろうか?
冒険者としてRPGに転送された俺は、果たして魔王なきこの世界で一体何をしているのだろうか?
先のことなど正直分からない。
それでも。
だからこそ。
今生きているこの時間を、リリィや正成、ゼノ、エリスとの冒険を楽しみたいと思っている。
しかし現実はそんな俺の思いを汲み取ってはくれないようだ。
「──マスター、今の咆哮聞こえましたか?」
「聞こえなかったらおかしいくらいの咆哮だったな。おそらくあれは黒龍のものだろう。方向は分かったな」
「はい。咆哮だけに」
──えっ、リリィそんなこというやつだったの?
ここは笑った方がいい感じ?
いや、リリィも言わなければよかったと後悔しているみたいだしスルーしよう。
「リリィ、逃げられても面倒だ。手がかりがある内にさっさと探してしまうぞ!」
「はい!」
俺たちは声のした方に向け、険しい雪道を進んでいく。
幸いなことにモンスターとエンカウントすることはない。
まあ、モンスターもこんな寒い中行動したくはないか……
冬眠しているならそれでいい。
「──マスター、あれ……」
リリィが立ち止まりある一方を指差す。
その先にあるのはいかにもモンスターが塒にしていそうな洞穴。
そしてそこに入っていく、黒く大きな尻尾のようなものだった。
「もしかしなくても黒龍ですよね」
「サイズ的には可能性が高いな……」
「ここからどうしましょうか?」
「入ってみるしかないだろうな」
洞穴の大きさは外から見ただけじゃ分からないが、今ならば容易にバックをとることができるだろう。
その上洞穴の中では火を吹けない。
最悪の場合はワーティで離脱してもらえば分の悪い賭けというわけではないだろう。
「念のために防御魔法を張っておきます。万が一の時はワーティで離脱するので私から離れないようにしていてください」
「了解。それじゃ行くぞ──」
どうやらリリィも考えていることは同じだったようだ。
さて、準備は整った。
後は足音を忍ばせて中に入っていくだけ──
そう思った矢先、洞穴内に怪しく輝く赤い光と視線があってしまった。
「──ヒト種とエルフ! ここは俺の塒だ!」
洞穴の中から大地を揺るがす咆哮が響き渡る。
悠長にこんなことを思っている場合ではないが、黒龍の言葉まで意味が聞き取れてしまうなんてエスシュリー(仮)おそるべき。
「リリィ、何があっても手を出すなよ」
「──えっ、マスター!?」
武装──といっても防寒具の上から挿した剣だけだが、それを地面に置く。
一か八かだが、話が通じるのであればなるべくこいつを怒らせないことが賢明だろう。
そう思うくらいに俺が恐れたのは黒龍ではなく、咆哮による雪崩だった。
「こっちには戦うつもりも、塒を荒らすつもりもない。ただようやく言葉の通じるやつを見つけたから少しだけ話をしたいんだが」
「信用できん! 剣を置いたところで魔法を使われたらたまったものじゃない」
「うん。確かにそうだよな。それに魔法使わないといけない状況かもしれないし」
その異変に気がついたのはついさっき。
よくよく考えてみればこの状況のおかしさに初めから気付くべきだったのかもしれない。
「──リリィ、回復魔法は使えるか?」
「いえ、私はそっち専門ではありませんので……」
「それなら誰か回復魔法を使える知り合いを連れてきてくれ。至急頼む」
「えっ──はい。分かりました」
「ヒトの子よ。一体何のつもりだ?」
「ああ、いいから今はあまり喋るな。傷に響くだろ?」
「俺を回復したらそのまま食われるかもしれないぞ」
「本当にそんなことするやつはわざわざそんな忠告しねぇよ。てか、外寒いから俺も中に入るぞ」
目的を果たすためには恩を売っておくのも1つの方法だろう。
それに折角見つけた黒龍だ。
こんなところで死なれてはたまったもんじゃない。
それよりも問題はこの黒龍に傷を負わせたやつの正体。
もし仲間同士での縄張り争いのようなものが原因ならこいつを仲間に引き入れるのは容易かもしれない。
ただ問題なのはこいつよりも別種の強いモンスターがいた時か。
詳しい人となり──この場合は龍となりとでもいった方がいいのだろうか?
まあ、いい。
その性格が分からない内に早合点するわけにはいかないが、プライドが強い場合にはムダな戦闘をしなければいけなくなる。
そうなると負担がかかるのはリリィとゼノだからな……
「──マスター、ただいま戻りました。彼女はミュナー開拓時のメンバーの一人で回復呪文を得意とする聖者のサシャです」
そう考えていたところでリリィが戻ってくる。
連れてきたのはサシャと呼ばれる女の子。
体躯が昔のリリィよりも一回り小さく、漫画とかでありがちな魔女の帽子をかぶっているところがいかにも術師らしい。
「あの……サシャです……えっと……その──」
「サシャは私がいうのもなんですが、極度の人見知りで」
「それは気にしてないからいい。ところでこいつの傷を治してくれないか?」
「──きゃああああ」
振り向いたサシャが悲鳴を上げる。
まさかとは思うがリリィは状況の説明をしていなかったのか?
そしてこれだけデカイ黒龍が近くにいたのに今まで気づいてなかったのか?
位置にして俺と黒龍の間にリリィが移動してきたから後ろを見てなかったのかもしれないが、普通は気付くと思うんだけどな。
「大丈夫、こっちから攻撃しない限りは温厚なやつだから」
外へ飛び出そうとこっちに走ってきたサシャを受け止めてそう諭す。
黒龍が本当に温厚かどうかは定かではないがな。
「…………」
「恐い思いさせてごめんな。でも君の力が必要なんだ」
できるだけ優しい声で宥める。
自然と頭を撫でてしまっている自分に、昔幼馴染みから言われた言葉を思い出した。
違うと思っていたが、言う通りだったわ。
「……頑張ります」
サシャはそういうものも声は震えていて、上目遣いの瞳には恐怖からか涙が浮かんでいる。
俺は「ありがとう」と言葉をかけると、頭と背中に回していた手を緩めた。
「……あ、あの……できればそのままで……」
「そのままってことは、やっぱり一人じゃ恐い?」
「…………」
コクコクと2度頷く。
しかしこのままだと俺の胸の位置に顔を埋めたままになるから魔法が使えないな。
「このままじゃ魔法使えないよね。おんぶしても大丈夫?」
後ろから抱きつくか。
それとも背負うか。
どちらにするか迷った結果、万が一のことを考えて後者を提案した。
決してささやかな少女の胸を背中で感じたいわけではない。
「…………はい」
「じゃあ乗っちゃって」
背中を向けてしゃがむと、背中に力が加わる。
小柄なだけあってか重さはあまり感じない。
しかし洞穴に入ったときにフードを取ってしまったせいで、顔がすぐそばにあるのが気になってしまう。
いい匂いがするし……
って今はそんなこと考えてる場合じゃない。
俺はサシャの足をしっかり固定して立ち上がると黒龍の患部へと向かう。
その際すれ違ったリリィが軽蔑するような目で俺のことを見ていた気がするが、多分それは暗いし見間違えだろう。
「……光よ。神職の加護の元に傷を癒し賜え──」
サシャが右手を傷にかざすと流れ出ていた血が止まり、少しずつ傷口が閉じていく。
流れ出した血が元に戻ることはないが、これで一命はとりとめただろう。
「傷の具合はどうだ?」
「痛みは消えた。とても良好だ。感謝する」
「俺からも、ありがとなサシャ」
「……はい」
「──サシャ、仲間の皆さんも心配していると思いますので、元の場所へとお送りします」
「…………」
「マスター、サシャを下ろして貰えますか」
「あっ、はい」
やはりどこか不機嫌に感じるリリィに気圧されてすぐさま腰を下ろす。
そしてサシャが俺の背中から降りるとすぐにリリィはワーティを使ってこの場を離脱した。
「女心を分かってないな」
「龍にまで言われてしまうか……」
「──それで何の話をしたかったんだ?」
「単刀直入に言うと勧誘。魔王討伐のために力を貸して欲しい」
「……うむ。今は力を貸すことはできん。俺には俺のやることがある」
「あの傷をつけた相手への復讐か?」
「そうだな。それもある。どうしてもお主が俺を仲間にしたいと言うなら2つの問題を解決してもらおう──」




