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「よし、今度こそ行くぞ」
「はい」
王宮の廊下。
行き止まりとなっている結界の出入り口。
その鍵穴の前でイエティさながらの姿をしたリリィに声をかける。
こんな姿誰かに見られようなものなら化け物が出たと騒ぎになることは間違いないだろう。
「寒さは……問題ないみたいですね」
「ああ、今まで暑かったが今は涼しいくらいだな」
ナルガシークの毛で覆われた防寒具の中、フードが外れてしまわないよう注意して汗を拭う。
目の前は一面銀世界。
ここから先の問題は気圧が下がっていったときにどこまで寒さに耐えられるか。
まあ、今日はあくまで調査だ。
さっさと山の麓くらいまでは進もう。
「──リリィは雪道に慣れてるか?」
「いえ、前の世界では雪なるものは存在しなかったので今日が初めてです!」
「そうか、足場が滑りやすいから気を──」
「きゃ──」
「はあ、やっぱりこうなるか……リリィ、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
リリィは初めて見る雪に興奮して、案の定足を滑らせる。
こんな嫌な予感は当たらないで欲しかったが、結果としてリリィが転けるのを防げたから良しとしよう。
ただ、なんというか、距離が近いな……
でも目の前にあるのは白いモコモコした物体。
触り心地はすごくいい。
それに柔らかいし──
ん?
「あの……マスター、そろそろ手を離してもらってもいいですか?」
「あっ、すまん」
「………………」
「何か言った?」
「何でもありません。ほら早く行きましょう!」
リリィは俺の袖を引っ張って催促する。
顔は真っ赤だし、照れ隠しなのかそっぽを向いているけどそれは見なかったことにしておこう。
「──それでリリィさん。いつまで袖を掴んでるつもりですか?」
「気にしないでください」
「いや、気になるから……」
「それでも気にしないでください」
「はぁ……また転んだら危ないし手、繋ぐ?」
「……はい」
リリィが俺の手を握る。
以前繋いだ時よりも大きくなったその手は、寒さも相まってかとても暖かい。
刀抜けなくなったな──
空いた右手で防寒具の上から挿した刀を触り心の中で溜め息を1つ。
その事をリリィに気付かれないように自然と装備を解除した。
リリィが笑ってるならそれでいいよな。
俺はそう心に言い聞かせると、いつもより少し小さな歩幅、ゆっくりな歩調で黙々と雪道を踏みしめていった。
それから歩くこと2時間。
特に何か話をするわけでもなく、黙々と歩き続けた俺たちはようやく山の麓まで辿り着いた。
始まりの街から遠巻きに見ても大きな山が連なっていたが、間近で見るとその高さに絶望を覚える。
高さはおよそ1,500メートル。
富士山と比べると半分以下であまり大きくないと一瞬だけ思ったが、常時雪の中で登るとなると話は別だった。
そして何より今回の目的は頂上に登ることではない。
この山のどこかに棲むという黒龍を探すことだ。
目的地が分からないことも絶望感に拍車をかけていた。
「リリィ、ここまでで移動呪文の使えそうなポイントはあったか?」
「いえ、めぼしいものはありませんでした。もしかしたら雪の下に隠れて見つけきれていないのかもしれませんが、どちらにせよ道なき道と山しかないので可能性は望み薄ですね……」
「そうか。ここまで来るのでも結構時間がかかるから麓辺りで見つけきれれば一番よかったんだけどな」
「不完全な移動呪文しか使えなくてすみません」
「リリィが謝ることじゃないだろ。こうなったら明日以降はこの環境の中で野宿を覚悟しないといけないな」
「こんな環境で野宿なんてしたら凍死してしまいますよ!?」
寝るな、寝たら死ぬぞ!
こんな台詞を確かに映画やドラマではよく耳にする。
ただあれって、遭難して体温を維持するためのエネルギーがなくなるからどうこうって話を聞いた覚えがあるし大丈夫だよな?
いや、まあヤバかったらリリィに助けてもらえばいいわけだし、その時はその時で別の方法を考えればいいだろ。
「多分大丈夫じゃないかな? 別に遭難するわけじゃないし、雪崩にだけ気をつけとけば」
「でも、マスターの身に何かあったら──」
「そういうときはリリィが助けてくれるんだろ? 召喚をうまく使えば食料は持ち運ばなくても調達ができるし」
「全力で守りますけど、私もずっと野宿するとなったらいつまで体力が持つかはわかりませんし……」
「ほら、それはゼノと交代制で休めばいいだけだからな。──なんて話わざわざここでするもんじゃないな」
「そうですね。戻りましょうか」
「ああ、調査は終了だ」
「──きゃあ!!」
リリィの移動呪文で始まりの街へ戻るなり、俺たちを待ち受けていたのは女、子どもの悲鳴だった。
ああ、忘れていたが今の俺たちイエティみたいな姿にしか見えないんだよな……
そして暑い。
「装備を解くぞ」
「はい。暑くて死にそうです」
俺たちは防寒具を解除しエスシュリー(仮)に収納する。
ホントこれどういう仕組みを使ってるんだろうな?
青いタヌキの半月型ポケットじゃあるまいし。
「なんだ……冒険者か──」
「お、お騒がせしてすみませんでした」
リリィは律儀にも街人たちに頭を下げている。
この状況すごく居心地が悪いな。
「──リリィ、ゼノと合流するぞ」
「はい──」
すぐさまリリィは移動呪文を使い街の入り口へと場所を移す。
最初からこっちを目的地にしててほしかった。
「ゼノさんたちいませんね……」
「少し場所を変えてるんじゃないか? 適当にぶらついて探そう」
「そうですね」
俺たちは街を出て本当に適当にぶらつくことにした。
そういえばあの時から手を繋いだままだからこうしてるとデートしてるみたいだな。
「なあ、リリィ」
「なんですか?」
「ずっと気になってたんだけどさ、他の呪文使うときは詠唱なり名前を言うなりしてるのに、移動呪文の時だけ無言なんだ?」
「マスターは魔法を使えないので知らないと思いますが、詠唱や名前を言っているのは呪文の威力を強めるためなんですよ。だから移動呪文──ワーティには威力という概念がありませんから唱える必要がないんです」
「ああ、なるほどな。でも詠唱したら普通は移動できない場所に移動できたりとかしないの?」
「えっ、やったことないので分かりませんが、そんなことできるんでしょうか?」
いや、俺に聞かれてもな?
てかあの呪文ちゃんと名前あったんだね。
「少し実験してみますね。目的地は……そうですね。ゼノさんのところで」
「ちょ、場所分からなくても大丈夫なの?」
「原理的には頭でイメージした場所に移動するので、もしかしたら人をイメージしてもいけるんじゃないかなと思いまして」
「そんな仕組みだったのか……」
「はい。それではいきます。我の記憶の欠片よ。時を紡ぎ我をかの地に誘い賜え──ワーティ」
いつも通り俺たちの身体は光に包まれる。
もしかしなくても成功したんじゃね?
「──成功してしまいましたね……」
「……そうだな」
光が収まると目の前にはゼノがいた。
その向こうではエリスと正成がスライムを相手に戦っている。
「お前ら手繋いで何してるんだよ……」
「えっ──あっ、これは違うんです!」
リリィが慌てて手を離す。
気持ちは分かるけど、なんかショックだわ。
「ゼノたちと合流しようと探していたんだよ」
「なんだ、もう調査は済んだのか?」
「ああ、少しきつくなりそうだけど何とかなると思う」
「そうか。それでこれからどうするんだ?」
「俺も少しは闘えるように訓練してくるわ」
そういって俺もスライムの元へ向かっていく。
生き物だと抵抗があるけど、スライムならなんとかなりそうな気はする。
リリィいわく初心者には強い相手らしいから油断はできないけどな。
そして帯刀。
左手を柄に当て間合いを測る。
「篩水流抜刀術三ノ型──五月雨!」
元々無形の物を両断するのに適した剣技なだけあってか、俺の放った高速の抜刀は見事にスライムを跡形もなく消し去った。
特に身体に異変もない。
やっぱり生き物の形をしていなければどうにかなるな。
よし、この調子でスライムを殲滅していこう。
そんなことを考えてながらも俺の頭には1つの考えが浮かんでいた。
なんというか、リリィが気付いていないならこのまま黙っていてもいいかもしれないこと。
まあ、おそらくリリィは気付いていないだろうな……
ワーティでゼノの元まで移動できたんなら、魔王を想像すれば魔王城まで楽に行けるのではないかという事実。
それでもやっぱりドラゴンを仲間にするのは諦めきれない。
よし、気が付かなかったことにしよう。
俺はそう心に決めた。




