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一夜明けて、酩酊していた身体はまともに動けるようにはなっていた。
ただ、二日酔いがないわけではない。
なんというか、こう気怠い。
できることならばベッドから出たくない。
まあ、そんなこと許してもらえないんだけどな。
「強いられているんだ!」
「おい、急にどうした?」
「いや、なんかむしゃくしゃした感情を抑えきれなくて」
「そうか。そんなことしてないでさっさと支度しろ」
ゼノは低血圧なのか、いつも以上にテンションが低かった。
目付きも悪いしヤンキーみたいでなんか怖い。
「はーい」
そんなこんなで今日も1日が始まっていく。
そういえばRPGに来て以来気温なんて気にしたことなかったけど、やっぱり雪山って寒いんかな?
「──マスター、入ってもいいですか?」
「どーぞー」
リリィが部屋に入ってくる。
エリスは一緒ではなかった。
「マスター、冒険に出る前に武器や防具を整えにいきたいんですが、いいでしょうか? エリスさんも初期装備のままでは何かと不自由だと思いますし」
「ああ、そうだな。どれくらいかかりそうだ?」
「オーダーするだけなので30分もかからないと思います。私たちは既に朝食を食べているので、マスターたちもこれで済ませておいてください」
リリィは結局なんという名称なのか分からないブレスレット型のあれを操作すると俺にお金を送る。
ホントにこれではヒモと言われても仕方がないな。
「なあ、リリィ」
「なんですか?」
「これってなんて名前なの?」
「名前ですか。正式な名前かどうかは分かりませんが、元いたパーティーではエスシュリーという名前で通っていました」
エスシュリーか。
元いた世界では聞いたことのない言葉だな。
エスシュリー(仮)。
名前がないよりましだしこれでしばらく通すとしよう。
「んじゃそれで。さて、そろそろ宿を出るとするか」
「はい!」
宿を出た後、俺とゼノは近場の食道に来ていた。
余談だが、こっちのよく分からない料理名ばかりメニューにかかれていて、名前だけではどんな料理か判断がつかない。
そんな中、カツ丼と書かれた文字を見つけた時はなんか感動に似た何かを感じてそれを注文した。
しかしよくよく考えてみると朝からカツ丼とか重すぎて、今さらながら後悔をしてる。
胃もたれしないといいな。
「そういえばござるの姿を見てないが、あいつどうすんだ?」
「すっかり忘れていたでござる。でも姿を現さないあいつが悪いからしばらく放置でもいいかな」
「それでいいなら気にしないでおくわ」
「ああ」
そんなくだらない話をしていると、注文した品がテーブルに届く。
俺の手元にはおそらく鶏ではない何かの卵で、豚肉ではない何かの肉を揚げたものをとじたカツ丼。
ゼノの手元にはコンフェとかいうサンドイッチみたいにパンで様々な具材を挟んだ料理。
「いただきます」
俺は恐る恐る見た目だけは完璧なカツ丼を口に入れる。
うん、味もカツ丼に似ていて美味しい。
「よく朝からそんな重そうなもの食べれるな」
「名前を見てどんな料理か理解できたのがこれしかなかったんだよ」
「ああ、この世界は色々な異世界の料理が扱われてるから慣れるまでは大変らしいからな」
「ホントそれ。今度からはゼノが頼んだそれみたいなのを選ぶことにするわ」
「それがいい。間違っても変なのを注文しないようにな。なんでもここに来てる種族の中には好んで虫みたいな下手物を食べるのもいるみたいだ」
食事中に虫の話とかするな。
ああ、想像しただけで吐きそうになる。
「それにしてもお前は普通なものを食べるんだな」
「当たり前だろ。俺たちにどんな偏見をもってんだよ」
「そうだな……冒険者とか食べてそうなイメージとか」
魔物が人を捕食するように、魔族も人を食べるイメージがある。
もしくは何も食べなくても大丈夫なパターン。
まあ、正直ゲームの世界ではそういう食事のシーンなんてそうそうないし、知るよしもないんだけどな。
「種族によるが、基本的にあんまり美味しくないからな……」
「食ったことあるのかよ……」
イメージはあながち間違っていなかった。
しかしそれはそれでなんか複雑に感じてしまうから、もう何が正解なのかは考えたくもない。
「そんなことよりさっさと食ったらどうだ? そろそろ集合の時間が迫ってるぞ」
時計を見ると確かに予定の時間まで10分をきっていた。
そしてゼノは元々軽いものを注文していたからかほぼ食べ終わっている。
その一方で俺はまだ半分以上が手付かずの状態だった。
「急いで食うわ」
柄にもなく無駄に大盛りなカツ丼を掻き込むように口の中へ入れていく。
無事完食できたのはよかったが、やっぱり胃が苦しかった。
その後リリィから受け取ったお金を払い、店を後にする。
残金は499万キール。
何を思ったのかは知らないが、リリィは金を渡しすぎではないだろうか。
ちなみにこの世界での金の単位はキール。
相場は円よりも少し安い。
100円=110キールといったところだった。
「──マスター、こちらは用事が済みました。いつでも呼んでください」
「分かった。すぐに呼ぶわ」
リリィからエスシュリー(仮)を通じてコンタクトが入る。
よし、これで準備は整ったな。
「召喚! というわけで全員集合だな」
「あの、ござるの人がいませんよ」
「確かにそうですね」
「別にいいんじゃねぇか」
エリスにすらござるの人と認識されている正成に少し同情をするが、ホントあいつどこで何してるんだろうな。
まあ、でも噂をすればなんとやらとか言うし、ここ辺りのタイミングで「酷いでござる!」とか言って出てきそうな気がするんだよな。
「──それはあんまりでござる!」
ほら、やっぱり。
ま、台詞こそは違うがNPCなのかと思うくらいにテンプレ通りの登場したよ。
「んじゃ、今度こそ全員揃ったし行動開始な。リリィ、行くぞ」
「はい、マスター」
「んじゃ、俺たちもいくぞ」
背中越しに聞こえるゼノの仕切る声を聞きながら、これまでとあまり代わり映えのしないリリィとの二人旅が始まる。
「まず最初の目的地は王宮だな」
昨日爺さんから受け取った地図をエスシュリー(仮)から取りだし、結界までの道筋を確認する。
「そうですね。とりあえず王宮まで移動します──到着しました」
「んじゃ中へ入るか」
「召喚士殿と賢者殿ですね。話は王様から聞いていますので中へどうぞ」
「ありがと」
「失礼します」
もはや王宮は顔パスだった。
いや、話が早くて助かるが、こんな簡単で良いものだろうかと少し心配になる。
あ、でも、侵入者を許したところで暗殺されるのはあのクソロリコンチキン国王だから問題ねぇか。
「ここを左に曲がって到着と」
「えっと、マスター行き止まりですが……」
「いや、ここであってるだろ。たぶん探せばどこかに鍵穴があるはずだ」
「あ、はい。鍵穴ありました! でもどうして」
「この城の設計したやつが意図的にこういう構造にしたんだろうな。例えばだが、どこかの部屋に結界の出入口があるとする。そういう場合その部屋って普段どうなると思う?」
「街を守る大事な場所なので人が近づけないようになるんじゃないですか」
「そう、つまりその部屋は使われなくなるわけだ。それは裏を返せば開かずの間、つまり隠そうとしたことによって余計に目立ってしまわないか?」
「確かにそうですね」
「その反面、ここのように行き止まりの廊下にするだろ。そしたら何故こんな変な構造にしたんだろうなって疑問に思うことはあっても、それが結界の出入口であるなんて発想には至らない。そこまで考えていたんじゃないのかな」
「マスターすごいです」
「あくまで予想だけどな」
エスシュリー(仮)から鍵を取りだし、結界の出入口を開く。
そしてすぐに閉めた。
「なあリリィ」
「はい」
「まずは防寒具とか揃えるべきじゃねぇ?」
「そう……ですね」
直近の敵は寒さ。
快適な環境で冒険していた今までの装備では黒龍に会う前に凍死するんじゃないかってくらいに、結界の外は寒かった。




