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「──それで……えっと」
「正成とお呼びくだされ」
「お、おう、正成」
「いかようでござるか?」
「その服装とかってこだわりをもっているものなのか?」
「当然でござる! 拙者、未熟ながらも忍の身の上これが正装でござる」
正成はその瞳を輝かせながら即答した。
何と言うか……ここまでくると忍というよりは、忍者に憧れている外国人なのではないかと思えてくる。
それほどまでに今の彼は忍らしくもなく、周囲の視線を独り占めしていた。
「変装とかはしないのか?」
「変装でござるか……拙者はまだまだ未熟ゆえに変化の術は使えないでござる」
申し訳なさそうに答えているが、そもそもの話が噛み合っていない。
さて、ここからどう説得したものか。
「それはそうと、召喚士殿。拙者は貴殿の事をどうお呼びすればよいでござろうか?」
「適当に召喚士って呼んでくれたらいいよ。リリィもそう呼んでるし」
「御意。それにしても名前すらも明かさないとは拙者よりも忍みたいでござるな」
「元の世界の事を思い出したくなくてな……」
迫真の演技をしているが、真っ赤な嘘だ。
ただ、自分の名前を気に入っていないというだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「それは失礼申した」
「いや、構わないよ」
話が途切れる。
そもそもはどう説得するかを考えていたはずなのだが、この空気に今朝のやり場のなさを思い出してしまう。
仲間が増えたことは喜ばしいことなのだが、何一つとして問題は解決していなかった。
「──そうはさせないでござる!」
考え事に耽っていると、突然正成が声を荒らげた。
「えっ、きゃっ──」
そして正成によって一人の女の子が押し倒される。
何と羨ましい……じゃないな。
「人の物を奪うとは断罪ものでござる」
「うう、離せこの変態! この人変質者です! 誰か助けてくださーい」
押し倒されている女の子の悲痛な叫びに周囲の視線がまたも集まる。
どう考えても正成は悪いことをしていないのだが、事情など知らない野次馬からすればその意見は反転する。
その結果もちろんこうなるわけで。
「おい、小僧! お前は何をしているんだ!?」
騒ぎを聞き付けた屈強な男数人が正成を女の子から引き離す。
「待つでござる! 拙者は無実でござる!」
「うるせぇ! 無実もへちまもあるか!」
「召喚士殿! 助けてほしいでござる!」
取り押さえられた正成の悲痛な叫び。
本来ならここらで助けてやるべきなのだろうが、これはこれで面白いからもう少し見ていたいなんてくだらないことを思う。
「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」
「はい、危ないところを助けていただきありがとうございました」
一方で刀を盗んだ犯人は涙ながらにお礼を言っていた。
涙ながらとは言ったものの、少し離れた俺の方からはしめしめと言いたげな裏の顔が見えている。
やっぱり女って怖いな。
なんて事を思っている場合でもないか……
「すみません」
「あぁん、なんだ? 兄ちゃん」
「彼を離してもらってもいいですか?」
「こいつの関係者か?」
「そうだと言えばそうだし、違うと言えば違う」
「召喚士殿それはあんまりでござる!」
「うるせぇ! お前は黙ってろ!」
「まあまあ、彼は俺の刀が盗まれそうになったのを取り戻そうとしただけで」
「……えっ? そんなのか小僧?」
「そうでござる……」
「じゃあ……」
正成の首根っこを掴んでいる男はすっと助けたはずの女の子の方を見る。
そして目が合うと女の子は刀を両手で抱え、颯爽と走り去って行った。
「兄ちゃんたち、すまなかった。今から追いかけるからここで待っててくれ!」
「あー、追いかけなくても大丈夫だから」
「えっ?」
「俺は一応冒険者だから装備品は操作ひとつで手元から消したり戻したりできるんだよ」
ブレスレットを操作して武器を収納する。
そしてそれを再び取り出した。
「とまあこの通りで」
「……つまりはこいつの」
「早合点だな」
「なんだよ! 心配かけやがって」
「でも助けに駆けつけた兄貴たちすごくかっこよかったよ」
「おう、そうか?」
男たちは揃いも揃って照れくさそうに鼻の下を指でなぞる。
事態を円満に解決するにはとても御しやすいやつらだった。
「んじゃ俺らは仕事に戻るとするわ。小僧も紛らわしいことしないように気を付けろよ」
正成の頭を軽く叩いて男たちはその場から離れていく。
ただ痴漢扱いされた正成はへそを曲げてしまったようだった。
「召喚士殿、そのような事ができるなら早く言って欲しかったでござる……」
「だっていう前には既に押し倒してたし」
「そうでござるが……」
「ま、骨折り損だったわけだが、ありがとな正成」
「拙者は当然の事をしたまででござる」
こいつも単細胞なのか扱いやすいな。
ただ忍としてそれはどうなのかと思わないでもないが……
「とりあえず正成も冒険者になるわけだからこれを手にいれないことには話が始まらないな」
「そのブレスレットとやらはどこで手に入るでござるか?」
「さあ?」
「さあ? ではないでござる! これは死活問題でござるよ!」
「俺はこの世界に来たときにもらったからな……とりあえず知ってそうなやつに聞いてみるしかないだろ」
出来ればコンタクトを取りたくはなかったが……
そう心のなかで密かに思う。
しかし、しらみつぶしに聞き込みをしていくなど無駄な労力を使いたくないし仕方がない。
「コンタクト──リリィ」
俺は意を決するとなるべく距離を置いておきたかった彼女の名をコールした。




