番外編⑴ 美和子と美晴
番外編⑴「美和子と美晴」。
第4話では、主人公と藤宮麗華、それぞれの家族が集まった顔合わせの中で、思いがけない事実が次々と明らかになりました。
その中でも特に大きかったのが、主人公の母・美和子と、麗華の母・美晴の関係です。
二人は、小学校から高校まで同じ学校に通っていた幼馴染。
昔から何度も喧嘩をしながら、それでも離れることなく一緒に過ごしてきた腐れ縁。
そして今でも続く、大親友同士でした。
今回はそんな美和子と美晴の二人に焦点を当てます。
小学校一年生で初めて出会った頃。
中学生になって喧嘩をした日々。
高校時代に恋愛や進路について語り合った時間。
卒業後、それぞれが別の道へ進み、結婚し、母親になってからも続いてきた友情。
さらに昔、二人が何気なく交わしていた、
「将来、子ども同士も仲良くなったら面白いね」
という言葉。
それから何十年もの時間が流れ――。
今では美和子の息子と美晴の娘・麗華が恋人同士となり、さらに一緒に暮らしています。
そして下の子どもたちである俊介と麗音まで、同じ中学校で三年間ずっと同じクラス。
偶然と呼ぶには、あまりにもつながりすぎている二つの家族。
けれど今回描くのは、そんな不思議な縁だけではありません。
一人の母親として、二人は子どもたちの恋愛をどう見ているのか。
麗華の芸能活動。
主人公がまだ高校生であること。
秘密の交際と同棲。
心配がないわけではありません。
それでも、自分たちの子どもが大切な親友の子どもを好きになった。
そんな少し不思議で、どこか嬉しい出来事を前に、美和子と美晴は何を語るのでしょうか。
これは主人公と麗華が生まれるよりずっと前から続いている――。
二人の母親の、長い長い友情の物語です。
「……まさか、こんな形でまた昔の話をすることになるなんてね」
藤宮麗華と主人公、それぞれの家族が顔を合わせた日の夜。
美和子と美晴は、久しぶりに二人きりで近所の喫茶店へ足を運んでいた。
昼間の顔合わせでは、主人公と麗華以上に盛り上がっていた二人。
小学校から高校まで同じ学校。
家も近所。
喧嘩しても翌日には一緒に登校。
修学旅行も同じ班。
部活動でも一緒。
卒業後も連絡を取り合い、時々食事をする。
腐れ縁。
そして、大親友。
それが美和子と美晴だった。
「美晴」
「何?」
「今日、本当にびっくりしたわ」
「私もよ」
二人はコーヒーを飲みながら顔を見合わせる。
「麗華ちゃんの彼氏が、まさかうちの息子だなんて」
「私は逆よ。麗華から彼氏がいるって聞いたときは驚いたけど、まさか美和子の息子とは思わなかった」
「名前聞いてなかったの?」
「聞いてたわよ」
「じゃあ気づきなさいよ」
「あなたこそ」
「私は麗華ちゃんがあなたの娘だなんて分からなかったのよ」
「藤宮って名字なんだから少しくらい思わなかった?」
「全国に藤宮さんが何人いると思ってるの」
「知らないわよ」
二人同時に笑った。
その笑い方すら、昔とほとんど変わっていなかった。
◇◇◇
二人が初めて会ったのは、小学校一年生の春。
入学式。
美和子は教室の一番後ろ。
美晴は窓側。
先生から、
「近くの人と二人組を作ってください」
と言われたとき。
たまたま余った二人が組んだ。
それが始まりだった。
「最初、美晴ってすごく怖かったのよね」
美和子が言う。
「は?」
「だって全然喋らなかったじゃない」
「緊張してたのよ」
「私は嫌われてると思ってた」
「私だって美和子のこと、うるさい子だと思ってたわ」
「酷い」
「入学式の日からずっと喋ってたじゃない」
「緊張すると喋るタイプだったの」
「今もでしょう」
「今は違うわよ」
「変わってない」
また笑う。
そんな二人が一気に仲良くなったのは、入学して一週間ほど経った頃。
下校途中。
美晴が転んだ。
膝を擦りむいて泣きそうになっていたとき、美和子が家まで一緒に歩いた。
「痛い?」
「痛い」
「じゃあゆっくり歩こう」
「先帰っていいよ」
「嫌」
「なんで?」
「だって一緒に帰る人いなくなるじゃん」
美晴はそのとき、初めて笑った。
その日から。
二人はほぼ毎日一緒に帰るようになった。
◇◇◇
「中学の頃は結構喧嘩したわね」
美晴が懐かしそうに言う。
「あなたが頑固だったから」
「美和子もでしょ」
「私は柔軟」
「どこが」
中学二年生。
二人は一度、一週間近く口を聞かなかったことがある。
原因は本当に小さなことだった。
体育祭の応援団。
美和子は参加したい。
美晴は参加したくない。
それだけ。
「一緒にやろうって言ったのに」
「私は人前苦手だったのよ」
「今更だけど知ってる」
「当時は知らなかったでしょ」
「だって何でも一緒にやってたから」
「だからって全部一緒じゃなくていいでしょう」
喧嘩になった。
そのまま一週間。
学校でも話さない。
帰り道も別。
でも七日目。
雨が降った。
美晴は傘を忘れていた。
昇降口で困っていると、美和子が後ろから傘を差し出した。
「入る?」
「……喧嘩してるでしょ」
「濡れるのと喧嘩は別」
「……」
「帰るよ」
「……うん」
結局、相合傘で帰った。
帰る途中には普通に話していた。
「私たち昔からそうよね」
美晴が言う。
「何が?」
「喧嘩しても、いつの間にか終わる」
「謝らないからね」
「どっちも」
「美晴が謝らないだけ」
「美和子も」
「私は悪くないから」
「今のところ、四十年以上それ言ってるわよ」
二人で笑った。
◇◇◇
高校時代。
二人はさらに仲が深まった。
同じ高校。
同じクラスになった年もある。
部活も同じ。
文化祭では同じ係。
修学旅行でも同じ班。
進路相談も一緒に悩んだ。
恋愛相談もした。
美晴が初めて好きな男子の話をした相手も美和子。
美和子が初めて失恋して泣いたとき、横にいたのも美晴。
「覚えてる?」
美晴が言う。
「何を?」
「高校二年の冬」
「……何かあった?」
「美和子、失恋して公園で二時間泣いてた」
「忘れて」
「無理」
「お願いだから忘れて」
「あのとき私、寒くて死ぬかと思った」
「帰ればよかったじゃない」
「置いて帰れるわけないでしょう」
「優しかったのね」
「昔から優しいわよ」
「自分で言う?」
「美和子よりは」
「何それ」
美和子は少し笑った。
「でも、あのときはありがとう」
「今更?」
「ちゃんとお礼言ってなかった気がして」
「もう何十年前よ」
「だから今言うの」
美晴は一瞬黙った。
そして少し照れくさそうに笑った。
「どういたしまして」
◇◇◇
高校卒業後。
二人はそれぞれ別の道へ進んだ。
進学先も違った。
就職先も違った。
結婚の時期も違った。
けれど、縁は切れなかった。
結婚前。
美和子が慶介との結婚を決めたとき、美晴に最初に報告した。
美晴も興毅との結婚を決めたとき、美和子へ真っ先に連絡した。
子どもが生まれたときも。
仕事で悩んだときも。
家族のことで困ったときも。
頻繁ではない。
でも、何かあれば必ず連絡する。
そんな関係が続いていた。
「それなのに」
美和子がコーヒーカップを置いた。
「子ども同士が付き合ってたなんてね」
「しかも同棲」
「そこよ」
「びっくりよね」
「麗華ちゃん、あんなに有名なのに」
「仕事ではね」
美晴は少し笑った。
「家だと普通よ」
「どんな感じ?」
「眠いと機嫌悪いし、朝弱いし、昔は片付け苦手だったし」
「意外」
「グラビアアイドルだって家では娘よ」
「まあ、そうね」
美和子も笑った。
「うちの息子も普通よ」
「知ってる」
「え?」
「今日見て分かった」
「どうだった?」
美晴は少し考える。
「麗華を見る目が優しかった」
美和子が少し驚く。
「見てたの?」
「母親だから見るでしょう」
「怖いわね」
「大事な娘の彼氏よ」
「うちも大事な息子」
「だから見てた」
美晴は静かに続ける。
「でも安心した」
「そう?」
「麗華、あの子の隣にいるとき、完全に仕事の顔じゃなかった」
「私もそれ思った」
美和子も頷く。
「テレビで見る麗華ちゃんとは違った」
「うん」
「普通の女の子だった」
「そうなのよ」
美晴は少し嬉しそうだった。
「最近仕事が増えて、家でも疲れてる日が多かったの」
「そうなんだ」
「でも彼と暮らすようになってから、前より楽しそう」
美和子が微笑む。
「それなら良かった」
◇◇◇
少し沈黙したあと。
美晴が窓の外を見る。
「でも心配もある」
「やっぱり?」
「もちろん」
「芸能人だから?」
「それもある」
美晴は少し真剣な顔になった。
「麗華は二十歳。彼は十八歳」
「うん」
「二歳差自体は大したことない。でも高校生という立場は大きいでしょう」
「そうね」
「もし交際が世間に知られたら、麗華だけじゃなくて彼にも影響が出る」
「学校もあるし」
「そう」
美晴はため息をつく。
「麗華は人気が上がってる時期だから、週刊誌だって狙う可能性がある」
「事務所も気をつけてるみたいね」
「社長もマネージャーも全部把握してる」
「家族関係まで」
美和子が苦笑する。
「私たちが幼馴染なのまで知ってるって、ちょっと怖かったわ」
「仕事だから仕方ないわよ」
「分かってるけど」
「でも、それだけ二人のことを真剣に考えてくれてるってこと」
「そうね」
美和子は頷いた。
「私も息子には言ったの」
「何て?」
「麗華ちゃんの仕事を邪魔しないこと。学校を疎かにしないこと。困ったら相談すること」
「同じ」
美晴も笑った。
「私も麗華にほぼ同じこと言った」
「やっぱり私たち似てる?」
「昔からね」
「嫌だわ」
「私も」
口ではそう言いながら、二人は笑っていた。
◇◇◇
「そういえば」
美晴が急に思い出したように言った。
「高校の頃、私たちこんな話したの覚えてる?」
「何?」
「将来子どもできたら、子ども同士も友達になったら面白いねって」
美和子が一瞬止まる。
「あった……」
「覚えてる?」
「文化祭の帰りじゃなかった?」
「そうそう」
二人は高校三年生だった。
進路が決まり始めた頃。
卒業すれば、それぞれ別々の道へ進む。
そんな話をしていた。
「私たち卒業したら離れるね」
「でも会えばいいじゃん」
「結婚して子どもできたら?」
「子ども連れて会えばいい」
「子ども同士も友達になったら面白そう」
「じゃあ約束」
「何を?」
「将来、子どもできたら会わせる」
「いいよ」
そんな軽い約束。
二人とも忘れていた。
そして実際には。
子ども同士は、二人が意識して会わせるより前に。
主人公と麗華は恋人になった。
俊介と麗音は三年間同じクラスになった。
「……友達どころじゃなかったわね」
美和子が言う。
「本当よ」
「上の子は恋人」
「下の子は同級生」
「怖いくらい」
「でも面白い」
二人は笑った。
◇◇◇
「美晴」
「何?」
「麗華ちゃんのこと、どう思ってる?」
「娘として?」
「息子の彼女として」
美晴は少し考えた。
「親だから贔屓目はあるけど」
「うん」
「いい子よ」
「知ってる」
「じゃあ聞かないで」
「一応聞きたかったの」
美晴はコーヒーを飲む。
「美和子は?」
「何が?」
「うちの娘の彼氏として、息子のことどう思ってる?」
「自分の息子を評価するの難しいわね」
「逃げた」
「逃げてない」
美和子も考える。
「優しい子だとは思う」
「うん」
「でもまだ十八歳」
「そうね」
「これから大学とか就職とか、いろいろ変わる」
「うん」
「だから今すぐ将来を決めなくていいと思ってる」
美晴も頷く。
「私も」
「でも」
美和子は少し笑った。
「もし何年か経って、それでも二人が一緒にいて」
「うん」
「そのとき結婚したいって言われたら、私は反対しない」
美晴が少し驚く。
「もうそこまで?」
「今すぐじゃないわよ」
「分かってる」
「今日見てたらね」
美和子は言った。
「あの二人、結構ちゃんと付き合ってるなって思った」
「私も」
「ただ好きってだけじゃなくて、お互いの生活を考えてる」
「そうね」
「だから、少しだけ安心した」
美晴は微笑む。
「美和子」
「何?」
「私も同じ」
◇◇◇
喫茶店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
二人は駅まで歩く。
昔。
小学校から高校まで。
何度も並んで歩いた二人。
当時とは街も変わった。
二人とも母親になった。
子どもたちは大きくなった。
それでも。
隣を歩く感覚だけは、昔とほとんど変わらない。
「ねえ、美和子」
「何?」
「もし麗華とあの子が結婚したら」
「気が早い」
「もしよ」
「うん」
「私たち親戚になるのね」
美和子が止まる。
美晴も止まる。
二人で顔を見合わせる。
そして。
「……最悪」
美和子が言った。
「何でよ!」
「大親友と親戚になるの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど、面倒そう」
「それはこっちの台詞」
「正月とか毎年会うの?」
「今でも会ってるじゃない」
「確かに」
二人は大笑いした。
「でも」
美和子が少し優しい声になる。
「そうなったら、それはそれで楽しそう」
美晴も頷く。
「うん」
「昔の私たちに教えたら信じるかな」
「絶対信じない」
「『将来、あなたたちの子ども同士が付き合うよ』って」
「しかも上の子だけじゃなくて、下の子まで三年間同じクラス」
「偶然にしては出来すぎ」
「本当にね」
駅前。
二人は別れる。
「じゃあまた」
「うん」
「次は家族抜きで」
「今日も家族抜きじゃない」
「もっとゆっくり」
「昔の写真持っていく」
美和子が笑う。
「麗華ちゃんに見せる」
「やめて」
「高校時代の美晴、可愛かったわよ」
「美和子の写真もあるからね」
「ちょっと待って」
立場が逆転する。
そしてまた二人で笑った。
「じゃあね、美晴」
「またね、美和子」
それぞれ別の方向へ歩き出す。
幼馴染。
腐れ縁。
大親友。
小学校から始まった二人の縁は、何十年経っても切れなかった。
そして今。
その縁は――。
自分たちの子どもたちへも、静かにつながり始めていた。
主人公と藤宮麗華。
二人が将来どんな道を選ぶのか。
美和子にも美晴にも分からない。
けれど。
どんな未来になったとしても。
二人の母親はきっと、昔と同じように。
言い合って。
笑って。
時には心配して。
そして最後には――。
一緒に子どもたちを見守っていくのだろう。
それが、美和子と美晴。
長い長い腐れ縁で結ばれた、大親友二人の変わらない関係だった。
番外編⑴「美和子と美晴」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は主人公と麗華ではなく、その母親である美和子と美晴の二人を中心に描きました。
二人の始まりは、小学校一年生。
偶然二人組になったことから始まった関係でした。
最初から気が合ったわけではありません。
美和子は美晴を「怖い子」だと思い、美晴は美和子を「うるさい子」だと思っていた。
そんな二人が少しずつ仲良くなり、一緒に学校へ通い、同じ時間を過ごすようになっていきました。
中学生になれば喧嘩もする。
高校生になれば恋愛相談もする。
失恋して泣いたときには、何時間でも隣にいる。
卒業すれば別々の道へ進む。
それでも、結婚しても母親になっても、その関係は途切れることがありませんでした。
まさに“腐れ縁”。
そして、それ以上に“親友”。
そんな二人だからこそ、今回の会話では主人公と麗華の関係についても、母親として率直な気持ちを語っています。
麗華は二十歳。
主人公は十八歳で、まだ高校三年生。
さらに麗華は人気が上昇しているグラビアアイドルです。
もし二人の交際が知られれば、麗華だけでなく主人公の学校生活にも影響が出る可能性があります。
だからこそ、美和子も美晴も、無条件に喜んでいるわけではありません。
心配する。
見守る。
必要なら注意する。
そして困ったときには支える。
それが二人の母親としての立場です。
ただ――。
今回、美晴が語った、
「麗華、あの子の隣にいるとき、完全に仕事の顔じゃなかった」
という言葉。
そして美和子も同じように、息子と一緒にいる麗華がテレビで見る姿とは違う、ごく普通の女の子であることに気づいていました。
人気グラビアアイドルではなく、一人の娘。
普通の高校生ではなく、大切な息子。
そんな二人が互いを大切にしていることを、母親たちはきちんと見ています。
そして今回、昔の何気ない約束も明らかになりました。
高校時代に二人が話していた、
「将来、子どもができたら会わせよう」
「子ども同士も友達になったら面白そう」
という会話。
その約束は、本人たちが忘れている間に思わぬ形で現実となりました。
上の子どもたちは“友達”を越えて恋人同士に。
下の子どもたちは中学一年生から三年生まで三年間ずっと同じクラス。
まるで、美和子と美晴の友情を次の世代が別の形で受け継いでいるようにも見えます。
そして二人が最後に想像した未来。
もし、いつか主人公と麗華が結婚したなら――。
大親友だった美和子と美晴は、今度は親戚同士になります。
もちろん、まだずっと先の話です。
主人公にはこれから卒業、進学、就職があり、麗華にも芸能人として進んでいく道があります。
二人がどんな未来を選ぶのかは、まだ誰にも分かりません。
それでも、
「そうなったら、それはそれで楽しそう」
と笑い合える美和子と美晴。
きっと二人はこれからも変わりません。
喧嘩して。
言い合って。
昔話をして。
互いの子どもを心配して。
最後には一緒に笑う。
小学校一年生から始まった二人の友情は、今では子どもたちの人生までも静かにつないでいます。
番外編⑴「美和子と美晴」。
主人公と麗華の恋物語の裏側には、彼らが生まれるよりずっと前から続いていた、もう一つの大切な物語がありました。




