第3話 マネージャーだけが知る秘密… 仕事の顔と、恋人の顔
第3話「マネージャーだけが知る秘密――仕事の顔と、恋人の顔」。
今回は、主人公と藤宮麗華の関係を知っている数少ない人物の一人――麗華の担当マネージャーが、二人の家を訪れる回となります。
学校では、主人公はごく普通の高校三年生。
仕事現場では、麗華は人気グラビアアイドル。
けれど二人が同じ家へ帰れば、その肩書きは関係ありません。
朝には一緒に朝食を食べ、出かける前に何度もキスを交わし、夜には「ただいま」「おかえり」と言い合う。
そんな二人の同棲生活は、外から見れば決して分からない秘密の日常です。
しかし麗華の人気が高まるにつれて、仕事はさらに増え、取材も増え、二人の私生活にもこれまで以上の注意が必要になっていきます。
今回、マネージャーが伝えに来るのは、そんなこれからについての大切な話。
二人の関係を守るためには何に気をつけなければならないのか。
そして、仕事中の「藤宮麗華」と、家で恋人に甘える「麗華」。
その二つの顔をすぐ近くで知るマネージャーは、二人の関係をどう見ているのでしょうか。
秘密だからこそ慎重に。
けれど、秘密だからといって幸せまで隠す必要はない。
第3話では、そんな二人を支えてくれる存在との時間を描いていきます。
朝六時二十分。
俺が目を覚ましたとき、隣に麗華はいなかった。
「……ん?」
いつもなら、俺より少し遅く起きることが多い。
寝室を出ると、キッチンのほうから小さな物音が聞こえてきた。
「麗華?」
「あ、おはよう」
キッチンに立っていたのは藤宮麗華。
まだ部屋着姿だったが、すでに髪をまとめて朝食の準備をしている。
「珍しいな。早いじゃん」
「珍しいって失礼じゃない?」
「だっていつも俺が起こしてるし」
「今日はちゃんと自分で起きました」
「偉い偉い」
「子ども扱いしないで」
そう言いながらも、麗華は少し嬉しそうだった。
俺は冷蔵庫から水を取り出す。
「今日、仕事早い?」
「うん。八時半には出る」
「俺より少し遅いくらいか」
「そうなの」
麗華がフライパンの火を弱める。
そして急に俺のほうを見た。
「ねえ」
「何?」
「まだ朝の挨拶してない」
「しただろ。おはようって」
「それじゃない」
麗華が近づいてくる。
もう何を言っているのか分かっていた。
「朝飯作ってる途中だろ」
「少しくらい大丈夫」
「焦げるぞ」
「弱火だから」
「そこまで計算済み?」
「もちろん」
麗華が俺の服を軽くつかむ。
俺も笑いながら顔を近づけた。
唇が重なる。
一度。
離れる。
しかし麗華はすぐにもう一度顔を近づけてくる。
二度目。
今度は少し長い。
さらに離れた瞬間、麗華が小さく笑った。
「おはよう」
「今度が本当のおはよう?」
「うん」
「毎朝それ言ってない?」
「気のせいです」
そして三度目。
俺たちは朝から何度もキスを交わす。
一緒に暮らすようになってから、それは特別な出来事ではなくなっていた。
外では簡単に触れることさえできない。
だからこの家の中では、誰にも遠慮する必要がない。
「……あ」
突然麗華が俺から離れた。
「どうした?」
「卵!」
「ほら言っただろ」
麗華が慌ててキッチンへ戻る。
「焦げてない?」
「ギリギリ!」
俺は思わず笑った。
「笑わないでよ!」
「朝からキスしてるからだろ」
「君もしてたじゃん!」
「麗華からだろ」
「でも断らなかった!」
そんな他愛もないやり取りが、今の俺たちの日常だった。
◇◇◇
朝七時。
二人で朝食を食べる。
テレビでは今日も芸能ニュースが流れていた。
『続いては、人気グラビアアイドル藤宮麗華さんの最新情報です』
「また出た」
俺がテレビを見る。
「朝から私ばっかり」
「人気者だからな」
「他人事みたいに言う」
「俺にとっては麗華だから」
麗華が一瞬黙った。
「……また朝からそういうこと言う」
「何が?」
「だから困るんだって」
「なんで?」
「嬉しいから」
そう言って麗華は少し顔を伏せる。
テレビには、昨日の撮影現場で笑顔を見せる麗華が映っていた。
完璧なメイク。
華やかな衣装。
カメラへ向けた笑顔。
一方、俺の目の前には部屋着姿の麗華。
「やっぱ全然違うな」
「何が?」
「仕事の麗華と家の麗華」
「どっちが好き?」
「家」
即答した。
麗華が目を丸くする。
「そんなすぐ答える?」
「だってこっちが本当の麗華だろ」
「仕事の私も本当だよ」
「じゃあ、俺しか知らない麗華」
「……それなら許す」
麗華は嬉しそうに笑った。
そのとき。
麗華のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
「マネージャーさんだ」
「こんな朝から?」
「たぶん今日の予定」
麗華が電話に出る。
一瞬で声の雰囲気が変わった。
「おはようございます。はい、大丈夫です」
さっきまで俺に甘えていた人とは思えない。
完全に仕事の声だ。
「はい。八時半ですね。分かりました」
しばらく話す。
そして――。
「……え?」
麗華が俺を見る。
「今日、こちらに?」
俺も首をかしげる。
「はい……分かりました。大丈夫です」
電話が終わる。
「何?」
俺が聞く。
麗華が少し困った顔をする。
「マネージャーさん、今日ここに来るって」
「家に?」
「うん」
「何で?」
「仕事終わりに、今後のスケジュールについて話したいって」
「事務所じゃダメなの?」
「遅くなりそうだから。それに――」
麗華が俺を見る。
「私たちのことも少し話したいみたい」
俺は少し緊張した。
麗華の担当マネージャー。
俺と麗華の関係を知っている数少ない人間の一人。
もちろん何度か会ったことはある。
でも、家でゆっくり話す機会はほとんどなかった。
「何か問題あったのかな」
「たぶん違うと思う」
「本当に?」
「昨日も普通だったし」
麗華はそう言いながらも、少し不安そうだった。
◇◇◇
午前八時。
俺は玄関で靴を履く。
「行ってきます」
「待って」
いつもの声。
振り返る。
麗華が近づいてきた。
「学校頑張って」
「麗華も仕事な」
「うん」
麗華が顔を近づける。
俺たちはキスをする。
一度。
そしてもう一度。
「今日マネージャーさん来るから」
「分かってる」
「なるべく早く帰ってきてね」
「学校終わったら真っ直ぐ帰る」
「約束」
「約束」
最後にもう一度だけ唇を重ねる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
扉を閉める。
ここから俺は普通の高校生へ戻る。
◇◇◇
学校へ着く。
教室へ入ると、今日も当然のように麗華の名前が聞こえてきた。
「藤宮麗華、次の雑誌も表紙らしいぞ」
「また?」
「めちゃくちゃ売れてるな」
「最近テレビも増えたし」
「このまま女優になったりして」
俺は自分の席へ座る。
もう慣れてきたとはいえ、家で数十分前まで一緒にいた人間の話題が教室で出るというのは、やっぱり不思議だった。
「なあ」
友人が俺を見る。
「何?」
「お前、藤宮麗華のことあんまり興味なさそうだよな」
心臓が少し跳ねる。
「そうか?」
「俺たちが話してても、いつも反応薄いじゃん」
「テレビの人だからな」
「逆に冷静すぎる」
「そんなもんだろ」
本当は冷静ではない。
家へ帰れば、その人が待っている。
「でもさ」
友人が雑誌を開く。
「もし藤宮麗華が同じ家に住んでたらどうする?」
俺は一瞬言葉を失った。
「……なんでそんな設定?」
「妄想だよ、妄想」
「普通に生活するんじゃない?」
「いや無理だろ!」
周囲が笑う。
「毎日緊張するわ!」
「朝起きて麗華ちゃんいたら学校行けない」
「俺も休む!」
俺は苦笑する。
――毎朝いる。
しかも普通に学校へ行っている。
そんなことを言えるはずもない。
◇◇◇
昼休み。
麗華からメッセージが来ていた。
『午前の撮影終わったよ!』
続いて、
『今日かなり長くなりそう』
さらに。
『マネージャーさん、夜九時くらいに来るって』
俺は返信する。
『分かった』
数秒後。
『今日も学校で私の話出てる?』
『出てる』
『何て?』
俺は少し迷った。
そして、
『もし麗華が同じ家に住んでたらどうするって話してた』
と送った。
すぐ既読。
数秒。
『え!?』
続いて、
『バレた!?』
俺は笑いそうになった。
『ただの妄想』
『びっくりした……』
さらに。
『でも本当に一緒に住んでるもんね』
『言えないけどな』
『秘密だからね』
そこでメッセージは一旦終わった。
少しして。
『帰ったらいっぱい話そうね』
俺は、
『うん』
とだけ返した。
◇◇◇
夕方五時半。
俺は家へ帰った。
「ただいま」
当然、返事はない。
麗華はまだ仕事。
俺は制服から部屋着へ着替え、リビングへ向かう。
家の中は静かだった。
一人でいると、妙に広く感じる。
同棲を始める前は、一人の時間なんて普通だった。
でも今は違う。
麗華がいないだけで、少し寂しい。
「……慣れって怖いな」
俺は独り言を呟いた。
そのまま宿題を始める。
◇◇◇
午後八時十五分。
玄関の鍵が開いた。
「ただいまー!」
俺はすぐに玄関へ向かった。
「おかえり」
麗華が入ってくる。
帽子、マスク、眼鏡。
いつもの変装姿。
玄関の扉を閉めて鍵をかける。
麗華はその場で大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「今日長かったな」
「朝からずっと」
「お疲れ」
麗華が俺を見る。
そして両腕を少し広げた。
「何?」
「分かるでしょ」
「抱きつきたいの?」
「うん」
俺が近づくと、麗華はそのまま俺に抱きついた。
「ただいま」
「おかえり」
「会いたかった」
「朝会っただろ」
「十時間以上経ってる」
「そう考えると長いな」
麗華が少し顔を上げる。
「キスして」
「マネージャーさん来るぞ」
「まだ四十分くらいある」
「時間計算してるの?」
「もちろん」
俺は笑いながら麗華の頬へ手を添えた。
唇が重なる。
一度。
二度。
三度。
麗華は離れようとしない。
俺も自然と何度もキスを返した。
仕事で会えなかった時間を埋めるように。
「……ん」
麗華が小さく息をつく。
そして額を俺の胸へ預けた。
「回復した」
「昨日も言ってたな」
「だって本当に回復するんだもん」
「便利だな」
「彼氏限定です」
俺は笑った。
◇◇◇
午後八時五十五分。
インターホンが鳴った。
俺と麗華は顔を見合わせる。
「来た」
「うん」
麗華が玄関へ向かう。
扉を開ける。
「こんばんは」
「お疲れさまです」
入ってきたのは麗華の担当マネージャーだった。
仕事では常に麗華のそばにいる。
当然ながら俺と麗華の関係も知っている。
「こんばんは」
俺も頭を下げる。
「こんばんは。学校お疲れさま」
「ありがとうございます」
マネージャーは俺に対しても、いつも普通に接してくれる。
特別扱いもしない。
だから助かっていた。
三人でリビングへ移動する。
麗華がお茶を用意した。
「それで、今日は?」
麗華が少し緊張しながら聞く。
マネージャーが資料をテーブルへ置いた。
「まず仕事の話から」
「はい」
「来月、麗華の仕事がかなり増える」
「……やっぱり」
「雑誌が三本、テレビが四本。あとイベントもある」
俺は黙って聞いていた。
麗華は資料を見る。
「結構ありますね」
「今一番伸びてる時期だから」
マネージャーの言葉。
嬉しい話。
でも同時に、俺たちにとっては会える時間が減るという意味でもある。
「それと」
マネージャーが俺を見る。
「二人のことについても確認しておきたい」
空気が少し変わった。
俺は姿勢を正す。
「はい」
「最近、麗華への取材が増えてる」
麗華の表情も真剣になる。
「恋愛関係について聞かれる可能性も増えると思う」
「はい」
「事務所としては、今まで通り公表しない方針」
俺は頷いた。
「分かってます」
「特に今、あなたが高校生だから」
「はい」
「学校が特定されたら、生活に影響が出る可能性がある」
それは俺も理解していた。
「だから外で会うときは、今まで以上に気をつけてほしい」
麗華が頷く。
「分かりました」
「それと、この家についても」
俺と麗華が同時にマネージャーを見る。
「今のところ問題はない。ただし、出入りを見られないように注意して」
「はい」
「特に麗華。仕事の送迎車をここへ直接つけるのは避ける」
「分かってます」
「彼も制服姿で出入りするときは注意」
俺も答える。
「はい」
「怖がらせたいわけじゃないの」
マネージャーは少し柔らかい口調になった。
「二人を守るためだから」
麗華が小さく笑う。
「ありがとうございます」
俺も頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇◇◇
仕事の話が終わる。
マネージャーはお茶を一口飲んだ。
そして俺たちを見る。
「でも……」
「何ですか?」
麗華が尋ねる。
「本当に普通に暮らしてるのね」
俺と麗華は顔を見合わせた。
「普通?」
「もっと大変かと思ってた」
「大変ですよ?」
麗華が言う。
「この人、朝起こしてもすぐ起きないし」
「それ麗華だろ」
「私は起きるよ」
「今日だけじゃん」
「今日は自分で起きました」
「一日で偉そうに言うな」
マネージャーが笑う。
「安心した」
「何がですか?」
俺が聞く。
「麗華が仕事以外でこんなに普通に笑ってるから」
麗華が少し驚いた顔をする。
「私、仕事でも笑ってますよ?」
「それとは違う」
マネージャーは麗華を見る。
「仕事のときは藤宮麗華として笑ってる」
そして俺を見る。
「ここでは、ただの麗華なのね」
麗華は少し恥ずかしそうに俺を見る。
俺も何となく照れた。
「……まあ」
「そういうことです」
麗華が先に答えた。
「ここでは普通の彼女です」
マネージャーが微笑む。
「それならよかった」
少し間を置いて。
「ただし」
麗華が身構える。
「何ですか?」
「仕事に遅刻するほど朝からイチャイチャしないように」
俺と麗華は同時に固まった。
「……え?」
麗華が顔を赤くする。
「な、なんで!」
「今日ギリギリだったでしょ」
「それは……」
「マネージャーには分かります」
俺は思わず笑った。
麗華が俺を見る。
「笑わないで!」
「俺のせいじゃないだろ」
「君もキスしたじゃん!」
言ってから。
麗華が止まる。
マネージャーも止まる。
俺も止まる。
「……」
沈黙。
麗華の顔がさらに赤くなる。
「今のなし!」
マネージャーが苦笑した。
「聞かなかったことにします」
「お願いします……」
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
◇◇◇
午後十時。
マネージャーが帰る。
玄関。
「じゃあ、また明日」
「はい」
麗華が頭を下げる。
俺も、
「ありがとうございました」
と挨拶した。
マネージャーは扉の前で一度振り返る。
「二人とも」
「はい」
「秘密を守ることは大事。でも、そればかり考えて疲れないようにね」
俺と麗華は少し驚いた。
「家では普通にしてればいいから」
麗華が微笑む。
「はい」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
扉が閉まった。
鍵をかける。
静かになる。
麗華が大きく息を吐いた。
「緊張した……」
「怒られると思った?」
「少し」
「俺も」
二人でリビングへ戻る。
麗華がソファへ座る。
俺も隣へ。
「でもよかった」
麗華が言った。
「何が?」
「マネージャーさん、私たちの味方でいてくれて」
「そうだな」
「社長もそうだけど」
俺たちの関係を知っている数少ない人たち。
その人たちが理解してくれているから、今の生活がある。
「両親も認めてくれたしな」
「うん」
「絶対バレないようにしないと」
「うん」
麗華は少し黙った。
そして俺の手を握る。
「でも、今日聞いて改めて思った」
「何を?」
「私、もっと売れたら……もっと一緒にいられる時間減るかもしれない」
俺は麗華を見る。
「仕事だから仕方ないよ」
「分かってる」
「夢だったんだろ?」
「うん」
「だったら頑張ればいい」
麗華が俺を見る。
「寂しくない?」
「寂しいよ」
俺は正直に答えた。
「でも麗華の仕事を邪魔したくない」
「……うん」
「帰ってくればいい」
「ここに?」
「うん」
俺は麗華の手を握り返す。
「俺も帰ってくるから」
麗華は少しだけ目を潤ませる。
「絶対?」
「絶対」
「仕事遅くなっても?」
「待ってる」
「何日も会えなくなったら?」
「連絡する」
「地方ロケとかあったら?」
「帰ってきたらいっぱい話せばいい」
麗華が笑った。
「じゃあ」
少し顔を近づける。
「帰ってきたらいっぱいキスして」
「それはいつもじゃん」
「もっと」
「どれくらい?」
「数えられなくなるくらい」
「もう普段から数えてないだろ」
「じゃあもっと」
俺は笑った。
そして麗華の頬に手を添える。
「分かったよ」
唇が重なる。
一度。
離れて。
もう一度。
三度。
四度。
麗華の手が俺の服を軽くつかむ。
俺たちは何度も何度もキスを交わした。
「……大好き」
麗華が小さく言う。
「俺も」
そしてまた唇が重なる。
外では絶対にできない。
仕事中の藤宮麗華は、誰から見ても人気グラビアアイドル。
学校にいる俺は、ごく普通の高校三年生。
でも、この家では違う。
仕事の顔も。
学校の顔も。
すべて外へ置いてくる。
ここでは、ただの恋人同士。
◇◇◇
夜十一時半。
寝室。
麗華は布団の中で俺の隣にいた。
「ねえ」
「何?」
「今日マネージャーさんに言われたこと、ちゃんと守ろうね」
「分かってる」
「学校でも気をつけて」
「麗華もな」
「私も気をつける」
「朝も遅刻するなよ」
麗華が俺を見る。
「それは君も協力して」
「何を?」
「朝のキスを短くする」
「麗華から何回もするんだろ」
「……じゃあ無理かも」
「即諦めるな」
二人で笑う。
少しして。
麗華が静かになる。
「でも」
「ん?」
「秘密でもいい」
俺は麗華を見る。
「今はね」
麗華が俺の手を握る。
「だって、私たちのことをちゃんと知ってくれてる人がいるから」
事務所の社長。
担当マネージャー。
俺の両親。
麗華の両親。
本当に限られた人たちだけ。
でも、その人たちは俺たちの関係を認めてくれている。
「そうだな」
「いつか堂々とできる日が来たらいいけど」
「来るよ」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは絶対って言ってよ」
「絶対」
麗華が満足そうに笑う。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
唇を重ねる。
一度。
麗華が離れない。
もう一度。
さらにもう一度。
「寝ないの?」
俺が聞く。
「寝る」
「じゃあ終わり」
「最後にもう一回」
「またそれか」
「最後だから」
俺たちは笑いながら、もう一度キスをした。
仕事の藤宮麗華を知っている人は、これからますます増えていく。
雑誌。
テレビ。
イベント。
広告。
そしてファン。
たくさんの人が藤宮麗華という名前を知っていく。
でも。
彼女が疲れて帰ってきたとき、真っ先に抱きついてくること。
朝になると「あと一回」と何度もキスを求めること。
仕事の予定が増えると、俺と過ごす時間が減ることを心配すること。
そんな彼女を知っている人間は、ほんのわずかしかいない。
そしてその中でも。
恋人としての藤宮麗華を知っているのは――。
俺だけだ。
「おやすみ、彼氏くん」
「おやすみ、麗華」
誰にも知られない秘密。
けれど、俺たち二人にとっては何より確かな関係。
明日もまた俺は学校へ行く。
麗華は仕事へ向かう。
それぞれ別の世界で一日を過ごし。
そして最後には――。
同じ家へ帰ってくる。
それが今の俺たちにとって、何より幸せな日常だった。
第3話「マネージャーだけが知る秘密――仕事の顔と、恋人の顔」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、麗華の担当マネージャーが二人の家を訪れ、これからさらに忙しくなっていく麗華の仕事と、二人の秘密の同棲生活について話し合う一日を描きました。
来月からさらに増えていく雑誌、テレビ、イベントなどの仕事。
麗華にとっては、夢が少しずつ叶っていく嬉しい出来事です。
しかし主人公と麗華にとっては、それと同時に一緒に過ごせる時間が減っていくかもしれないということでもあります。
さらに、麗華が有名になればなるほど、週刊誌やファンから私生活へ向けられる視線も増えていきます。
だからこそ、マネージャーが伝えた、
「二人を守るため」
という言葉は、とても大切なものでした。
外では慎重に。
学校でも慎重に。
仕事現場でも慎重に。
しかし家では、必要以上に緊張することなく普通の恋人同士でいればいい。
そして今回、マネージャーが目にしたのは、仕事現場ではなかなか見ることのできない麗華の姿でした。
主人公と何気ない会話をして笑い、朝起きるのが遅いことを言い合い、少し恥ずかしそうに二人のことを話す。
マネージャーの、
「ここでは、ただの麗華なのね」
という言葉には、そんな二人の日常への安心が込められています。
そして何より、麗華にとってこの家が、仕事から戻って「藤宮麗華」という肩書きを下ろせる場所になっていることも描かれました。
人気グラビアアイドルとしての藤宮麗華。
主人公だけに見せる、一人の女性としての麗華。
どちらも彼女自身です。
けれど、恋人としての麗華を一番近くで知っているのは主人公だけ。
仕事でどれだけ離れている時間が増えても、最後には同じ家へ帰る。
「帰ってくればいい」
「俺も帰ってくるから」
そんな二人の言葉は、これから忙しさが増していく中で、より大きな意味を持っていくことになりそうです。
今のところ、二人の関係を知っているのは事務所の社長、担当マネージャー、そして互いの両親だけ。
その秘密は、まだしっかり守られています。
けれど、麗華の人気はこれからさらに高まっていく。
それに伴って、二人の生活も少しずつ変化していくかもしれません。
それでも夜になれば、同じ家へ帰り、何度もキスを交わしながら互いの気持ちを確かめ合う。
第1章「藤宮麗華編」。
仕事の世界と恋人としての日常、その両方を守ろうとする二人の物語は、まだまだ続いていきます。




