最終話 卒業、結婚、そして四つの命――秘密の恋人から、本当の家族へ
最終話「卒業、結婚、そして四つの命――秘密の恋人から、本当の家族へ」。
第1章「藤宮麗華編」も、いよいよ最終話となりました。
これまで主人公と藤宮麗華は、人気グラビアアイドルと高校三年生という立場の違いを抱えながら、誰にも知られない秘密の恋を続けてきました。
同棲。
家族同士の顔合わせ。
母親同士が幼馴染で大親友だったという意外な縁。
父親同士の仕事上のつながり。
俊介と麗音が三年間ずっと同じクラスだったという偶然。
水族館での秘密のデート。
主人公の学校を麗華が仕事で訪れ、目の前にいながら他人のふりをした一日。
そして、週刊誌から交際を疑われるという初めての大きな危機。
さまざまな出来事を乗り越えながら、二人は少しずつ自分たちの未来について考えるようになりました。
そして最終話。
主人公が決断したのは、大学進学ではなく就職。
高校卒業と同時に社会人として新しい人生を始める道です。
さらにもう一つ。
それ以上に大きな決断があります。
藤宮麗華と結婚すること。
高校を卒業したその日に婚姻届を提出し、これまで“秘密の恋人”だった二人が正式な夫婦になることを、主人公は事務所の社長と担当マネージャーへ自分自身の言葉で伝えます。
そして今回、主人公からもう一度申し出ることになる交際の公表。
ただし、麗華の相手が主人公自身であることは明かさない。
あくまでも、
「一般男性との真剣交際」
そして卒業後には、
「一般男性との結婚」
として発表する。
主人公の名前。
顔。
高校。
勤務先。
そのすべては非公表。
二人の関係を世間へ少しだけ開きながらも、主人公自身と家族の生活は守る。
そのための新しい選択です。
そしてもう一つ。
最終話では、主人公と麗華が恋人として初めて一線を越える夜も描かれます。
これから夫婦になろうとしている二人が、お互いの気持ちを確かめながら初めて深く結ばれる夜。
そのときの二人は、まだ知りません。
その夜から数週間後。
両家がそろった家族会議の最中に、麗華の身体に起こる異変。
突然の吐き気と胃のむかつき。
そして判明する妊娠。
しかも麗華のお腹に宿っていたのは、一人でも二人でもありません。
男の子二人。
女の子二人。
四つの新しい命。
秘密の恋人だった二人が夫婦となり、さらに六人家族への未来を歩き始める――。
第1章のすべてが一つの未来へつながっていく最終話です。
高校卒業まで、残り一か月を切った夜。
俺はリビングのソファに座りながら、ずっと同じことを考えていた。
麗華とのこれから。
週刊誌から交際を疑われたとき。
事務所の社長から、
「公表するか、秘密を守るか」
という選択肢を提示された。
あのとき。
俺と麗華は、まだ公表しない道を選んだ。
理由は単純だった。
俺がまだ高校生だったから。
学校生活がある。
家族がいる。
俊介も麗音も受験生。
麗華にも芸能活動がある。
だから今は秘密にする。
ただし――。
あれから時間が経ち。
高校卒業が、すぐそこまで近づいてきた。
俺自身の進路も決まった。
大学には進学しない。
高校卒業後は就職する。
そして。
もう一つ。
ずっと考えていたことがある。
麗華との結婚。
高校を卒業したその日。
俺は麗華と婚姻届を提出したい。
まだ十八歳。
早いと思われるかもしれない。
もちろん俺だって、そのことは分かっている。
でも。
俺たちはすでに一緒に暮らしている。
家族同士も知っている。
父さんと母さん。
慶介と美和子。
麗華のお父さんとお母さん。
興毅さんと美晴さん。
俊介。
麗音。
そして。
事務所の社長と担当マネージャー。
みんなが俺たちを知っている。
だから。
もう一度。
きちんと話したかった。
俺たちはこれからどうするのか。
そして。
俺自身が何を決めたのか。
そのために。
今度は俺のほうから、社長とマネージャーへ報告するつもりだった。
◇◇◇
その日の夜。
二人きりになった部屋で、主人公は麗華をそっと抱き寄せた。
麗華も拒むことなく、その胸元へ身体を預ける。
「……今日は、帰りたくない」
その一言で、主人公にも麗華の気持ちは十分に伝わった。
主人公が麗華の頬へ手を添える。
見つめ合ったまま、二人の距離がゆっくりと縮まっていった。
そして――唇が重なる。
最初は触れるだけの優しいキスだった。
けれど、一度離れたはずの麗華がもう一度顔を近づけると、今度は先ほどよりも長く、深い口づけになった。
「……ん……」
小さな声が麗華の唇からこぼれる。
主人公の背中へ麗華の両腕が回り、二人の身体がぴったりと重なった。
何度も唇を重ねる。
離れようとしても、どちらからともなく再び求め合う。
「麗華……」
「……もう少し、このままでいて」
「うん」
麗華は主人公の胸へ顔を埋めた。
しばらく抱き合っていた二人だったが、やがて主人公が麗華の手を取る。
麗華もその意味を理解したのか、少しだけ頬を赤くしながら、その手を強く握り返した。
二人は手をつないだまま寝室へ向かった。
扉が静かに閉じる。
寝室でも二人はしばらく見つめ合っていた。
緊張しているのは主人公だけではない。
麗華もまた、いつもとは違う表情を浮かべていた。
「……緊張してる?」
「少し。でも……あなたとなら大丈夫」
その言葉を聞いた主人公は、麗華を優しく抱き締めた。
「無理はしなくていいから」
「うん。でも、私があなたと一緒にいたいの」
麗華から主人公の唇へ口づける。
それをきっかけに、二人は再び何度も唇を重ねた。
長く、濃密な口づけ。
抱き締める腕にも、次第に力がこもっていく。
互いの鼓動が伝わってしまいそうなほど近い距離で、二人は何度も名前を呼び合った。
そして、その夜――。
二人は初めて身体を重ね、一線を越えた。
ただ抱き合うだけではない。
これから夫婦になろうとしている二人にとって、それは決して勢いだけの夜ではなかった。
互いの気持ちを確かめ、相手を大切に思う気持ちを何度も言葉にしながら、二人は恋人として初めて深く結ばれたのだった。
誰にも邪魔されない二人だけの時間。
長い夜の間、二人は何度も抱き締め合った。
やがて麗華は主人公の胸元へ身体を寄せ、その腕の中で静かに目を閉じた。
「……おやすみ」
「おやすみ、麗華」
眠りにつく直前、二人はもう一度だけ優しく唇を重ねた。
◇◇◇
そして翌朝――。
カーテンの隙間から柔らかな朝日が差し込む頃、麗華はゆっくりと目を覚ました。
すぐ隣には主人公がいる。
麗華は昨夜のことを思い出したのか、ほんのり頬を赤くした。
昨夜までとは少しだけ違う距離。
けれど、不思議と恥ずかしさ以上に安心感があった。
麗華は主人公の胸元へそっと身体を寄せる。
その気配に主人公も目を覚ました。
「……おはよう、麗華」
「おはよう」
二人は顔を見合わせ、少し照れながら笑った。
そして朝の光の中で、もう一度だけ静かに口づけを交わした。
昨夜、二人は恋人として一線を越えた。
しかし二人にとって大切だったのは、その事実だけではない。
これから先も一緒に歩いていく。
いつか正式に夫婦になる。
そんな未来を、二人がこれまで以上に強く意識した夜でもあった。
そして――。
この夜の出来事が数週間後、二人だけではなく両家の家族をも驚かせる大きな未来へとつながっていくことを、このときの二人はまだ知らなかった。
◇◇◇
それから数日後。
日曜日。
俺たちが暮らしている家には、朝からいつもより多くの人が集まっていた。
俺の父・慶介。
母・美和子。
弟・俊介。
麗華の父・興毅。
母・美晴。
妹・麗音。
両家全員。
そして今日は、このあと一緒に麗華の事務所へ向かうことになっている。
俺から社長へ、
「大切な話があります」
と連絡した。
すると社長から、
『ご家族も一緒に来てもらって構わない』
と言われた。
だから。
全員で向かう。
麗華は俺の隣に座っている。
「緊張してる?」
麗華が小声で聞く。
「してる」
「何を話すか、もう決めてる?」
「うん」
「私も一緒に言う?」
「最初は俺から」
「分かった」
美和子が俺たちを見る。
「何をこそこそ話してるの?」
「別に」
「今日の話?」
「母さん」
「分かった分かった」
美晴が笑う。
「美和子、今日は本人たちに任せましょう」
「分かってるけど気になるじゃない」
「私も気になる」
「じゃあ同じでしょ」
「でも黙ってる」
「ずるい」
いつもの二人だった。
慶介と興毅は比較的静か。
俊介と麗音は、
「俺たちまで行く必要ある?」
「家族だからでしょ」
などと話している。
俺は改めて思う。
この人たち全員が。
俺と麗華の秘密を知っている。
そして。
今日。
さらに大きな話をする。
◇◇◇
午前十一時。
麗華の所属事務所。
以前、俊介も遊びに来た場所。
受付を通る。
今日は人数が多い。
事前に話を通してあるため、全員すぐ案内された。
社長室では入りきらないため、大きな会議室。
そこに。
社長。
担当マネージャー。
俺。
麗華。
そして両家。
全員が集まった。
社長が最初に言った。
「今日は来ていただいてありがとうございます」
慶介が頭を下げる。
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます」
興毅も同じ。
社長が俺を見る。
「今日は君から話があるそうだね」
「はい」
一気に。
緊張する。
麗華が隣で。
そっと俺の手へ指先を触れた。
机の下。
誰にも見えない。
それだけで少し落ち着いた。
俺は立ち上がる。
「今日は」
全員が見る。
「俺から、いくつか報告したいことがあります」
社長が頷く。
「聞かせてください」
「まず」
俺は一度息を吸う。
「高校卒業後の進路です」
美和子たちにはすでに伝えている。
でも。
社長とマネージャーには正式に報告していない。
「俺は大学には進学しません」
社長が少し驚く。
「就職?」
「はい」
「もう決まっている?」
「決まっています」
「そうか」
マネージャーも頷く。
「卒業と同時に社会人になるんですね」
「はい」
俺は続ける。
「それと」
ここから。
本題。
「以前、週刊誌から交際を疑われたとき」
「うん」
「俺と麗華は、公表しないと決めました」
社長が頷く。
「覚えています」
「でも」
俺は麗華を見る。
「高校卒業を前にして」
麗華も俺を見る。
「考えが変わりました」
部屋の空気が変わった。
社長が聞く。
「公表したい?」
「はい」
麗華も続ける。
「私も同じです」
マネージャーが少し驚く。
「二人とも?」
「はい」
俺が答える。
社長は少し考える。
「どの範囲まで?」
俺はここをはっきり伝えたかった。
「相手の名前は出さないでほしいです」
「つまり?」
「麗華に一般男性の交際相手がいる」
「うん」
「それだけ」
「年齢は?」
「できれば細かく出さないでほしい」
「高校生だったことも?」
「出さないでほしいです」
麗華も頷く。
「私もそれがいいです」
社長は腕を組む。
「公表そのものはする」
「はい」
「ただし相手は一般男性として、個人情報は明かさない」
「はい」
「顔も?」
「出しません」
「名前も?」
「出しません」
「学校も?」
「もちろん」
社長は少し考え。
「分かりました」
その一言。
俺は少し驚く。
「いいんですか?」
「条件付きで」
「条件?」
「公表するなら、事務所が文章を管理する」
「はい」
「麗華さん本人がSNSで突然発表しない」
「分かりました」
「取材が来ても、相手の詳細は答えない」
「はい」
「ご家族も」
全員を見る。
「同じ対応をお願いします」
慶介。
美和子。
興毅。
美晴。
俊介。
麗音。
全員が頷いた。
社長が言う。
「『一般男性との真剣交際』」
少し間。
「その範囲なら、事務所として検討できます」
麗華の表情が少し明るくなった。
でも。
まだ。
俺には一番大切な話が残っている。
◇◇◇
「社長」
俺が言う。
「まだあります」
「どうぞ」
俺は麗華を見る。
麗華は分かっていた。
「俺は」
言葉が少し詰まる。
でも。
逃げない。
「麗華と結婚したいです」
会議室が静かになった。
俊介と麗音まで黙る。
社長とマネージャーも驚いた顔。
麗華は。
少し頬を赤くしている。
でも。
笑っていた。
「高校卒業と同時に」
俺は続ける。
「麗華と婚姻届を出したいと思っています」
社長が俺を見る。
「麗華さんは?」
「私も」
麗華が答える。
「結婚したいです」
美和子が少し目元を押さえる。
美晴も。
二人で顔を見合わせている。
興毅は俺をじっと見る。
慶介は静か。
社長が聞く。
「ご家族は?」
慶介が先に答えた。
「本人たちから話は聞いています」
興毅も。
「私たちも」
「反対は?」
社長が聞く。
興毅が少しだけ笑う。
「父親として心配がないと言えば嘘です」
麗華が父親を見る。
「ただ」
興毅は続ける。
「この二人をずっと見てきました」
「はい」
「遊びではないことも分かっています」
慶介も。
「息子が高校卒業後に就職し、自分で生活していく道を選んだ」
「はい」
「それでも麗華さんと一緒に歩きたいと考えている」
慶介が俺を見る。
「なら、父親としては見守ります」
美和子がすぐ言う。
「私は最初から賛成」
「母さん」
「だって麗華ちゃんがお嫁さんになるのよ?」
美晴が笑う。
「美和子、まだ社長の前」
「いいじゃない」
「相変わらずね」
社長も思わず笑っていた。
緊張していた空気が少し和らぐ。
そして。
社長が俺と麗華を見る。
「では」
「はい」
「公表内容について、少し考える必要がありますね」
「結婚も?」
俺が聞く。
「交際だけ先に発表する方法もある」
「はい」
「卒業後、婚姻届を出した段階で改めて結婚を公表する方法もある」
麗華が聞く。
「そのほうがいいですか?」
「私はそう思います」
マネージャーも頷く。
「交際発表と結婚発表を同時にすると、一気に注目が集まりすぎます」
「なるほど」
「まず」
社長が言う。
「一般男性との真剣交際」
そして。
「高校卒業後、婚姻届を提出したタイミングで結婚を発表」
「相手の詳細は?」
俺が確認。
「非公表」
「俺が麗華の相手だって分からない?」
「事務所は徹底します」
俺は。
少し安心した。
麗華も同じだった。
◇◇◇
その日の夜。
家へ帰ったあと。
俺と麗華はソファに並んで座っていた。
家族はそれぞれ帰った。
二人だけ。
麗華が俺の肩へ頭を乗せる。
「言っちゃったね」
「何を?」
「結婚したいって」
「前から言ってただろ」
「社長の前で」
「緊張した」
「私も」
「でも」
俺は麗華の手を握る。
「これで進める」
「うん」
「高校卒業」
「うん」
「就職」
「うん」
「婚姻届」
「うん」
麗華が少し笑う。
「もう逃げられないね」
「逃げる気ある?」
「ない」
「俺も」
麗華が顔を上げる。
「じゃあ」
「ん?」
「よろしくお願いします」
「まだ早いだろ」
「未来の旦那さん」
「麗華」
「未来の奥さんです」
二人で笑う。
そして。
短く唇を重ねた。
◇◇◇
それから三週間ほどが過ぎた。
日曜日。
今日は再び。
俺たちの家に両家が集まっていた。
前回の事務所での話を受け。
高校卒業後の流れ。
婚姻届。
就職。
麗華の仕事。
公表の時期。
その最終確認をする家族会議。
美和子。
慶介。
俊介。
美晴。
興毅。
麗音。
そして俺と麗華。
八人。
「婚姻届の証人どうする?」
美和子が聞く。
俺は答える。
「父さんと興毅さん?」
「母親二人じゃダメ?」
美晴がすぐ言う。
「私も書きたい」
慶介が苦笑。
「証人欄は二人だから」
「じゃあ公平にくじ引き?」
「そこをくじ引きで決めるの?」
興毅が笑う。
いつもの両家。
麗華も笑っている。
でも。
少し前から。
俺は麗華の様子が気になっていた。
「麗華?」
「ん?」
「大丈夫?」
「何が?」
「顔色」
少し白い。
「ちょっと……」
麗華が手を胃のあたりへ置く。
「気持ち悪いかも」
美晴がすぐ反応する。
「麗華?」
「大丈夫」
「朝何食べた?」
「普通に」
「風邪?」
「分からない」
麗華が立ち上がろうとする。
その瞬間。
「……っ」
口元を押さえた。
「麗華!」
俺がすぐ立つ。
麗華は急いで洗面所へ向かった。
美晴も後を追う。
俺も。
洗面所。
麗華は洗面台の前で。
吐き気をこらえていた。
「大丈夫?」
「……うん」
「本当に?」
「ちょっと胃が……」
美晴が麗華の背中をさする。
そして。
何か考えるように止まった。
「麗華」
「何?」
「最後に生理来たのいつ?」
一瞬。
空気が止まった。
麗華も止まる。
俺も。
「……え?」
美晴は落ち着いている。
「確認したいだけ」
麗華が考える。
そして。
表情が変わる。
「……待って」
俺を見る。
俺も。
同じことを思い出す。
あの夜。
初めて二人が一線を越えた夜。
あれから。
三週間以上。
「まさか……」
麗華が呟く。
美晴も俺を見る。
「可能性ある?」
俺と麗華。
何も言えなかった。
それだけで。
答えになっていた。
◇◇◇
その日の午後。
両家全員が待つ中。
麗華は検査を受けることになった。
結果が出るまで。
誰も落ち着かない。
俊介と麗音も。
さっきまで普通に話していたのに。
今は静か。
美和子は俺の隣。
「大丈夫?」
「何が?」
「顔」
「……分からない」
「怖い?」
「怖いっていうか」
何が起きているのか。
まだ頭が追いつかない。
結婚の話。
卒業。
就職。
そこへ。
妊娠の可能性。
もし本当に。
俺は父親になる。
麗華は母親になる。
「母さん」
「何?」
「もし本当だったら」
美和子は俺を見る。
「どうする?」
「あなたたちが決めること」
「……」
「でも」
母さんは続ける。
「一人で抱える話じゃない」
「うん」
「麗華ちゃんとちゃんと話して」
「うん」
「私たちもいるから」
俺は小さく頷いた。
◇◇◇
しばらくして。
麗華と美晴が戻ってきた。
麗華の手には。
結果。
顔を見るだけで。
分かった。
「麗華?」
俺が立つ。
麗華は。
ゆっくり頷いた。
「……妊娠してる」
部屋が静かになった。
「本当に?」
麗華が頷く。
「うん」
俺は。
何も言えなかった。
麗華の手を握る。
「俺たちの?」
聞くまでもない。
でも。
麗華はちゃんと答えた。
「うん」
その瞬間。
美和子が泣き始めた。
「母さん?」
「だって……」
美晴も目を潤ませている。
興毅は驚いたまま。
慶介も。
俊介と麗音は完全に固まっている。
「兄ちゃん……」
俊介。
「お姉ちゃん……」
麗音。
麗華が少し困ったように笑う。
「私もまだ信じられない」
◇◇◇
さらに詳しい診察。
そして。
もっと驚く結果が出た。
医師から告げられた言葉。
「胎嚢が四つ確認できます」
最初。
意味が分からなかった。
麗華も。
「……四つ?」
医師が頷く。
「現時点では、四胎妊娠の可能性が高いです」
「四胎……」
「四つ子?」
俺が聞く。
「はい」
頭が真っ白。
一人でも驚いていた。
それが。
四人。
後の検査では。
男の子二人。
女の子二人。
四つ子。
その可能性が確認されることになった。
麗華が俺を見る。
「……四人?」
「うん」
「一気に?」
「うん」
「私たち……」
麗華は。
笑うのか。
泣くのか。
自分でも分からないような顔。
「六人家族になるの?」
俺も。
少し笑ってしまった。
「そうみたい」
麗華の目から涙が落ちる。
「どうしよう」
俺は麗華の手を握る。
「一緒に考える」
「怖い」
「俺も」
「四つ子だよ?」
「うん」
「私ちゃんとお母さんになれるかな」
「俺もちゃんと父親になれるか分からない」
「……」
「でも」
俺は麗華を見る。
「二人でやる」
「……うん」
「家族もいる」
「うん」
「社長もマネージャーさんも」
「うん」
「一人じゃない」
麗華が。
少しずつ笑った。
「……そうだね」
◇◇◇
再び。
両家が集まる。
今度は。
結婚の話だけではない。
四つ子。
麗華の体調。
仕事。
俺の就職。
生活。
全部。
美晴が一番最初に言った。
「四つ子妊娠は、普通の妊娠以上に体への負担が大きい」
麗華が頷く。
「うん」
「仕事は?」
「事務所と相談する」
興毅も。
「無理は絶対しないこと」
「うん」
慶介は俺を見る。
「就職先にも、必要な時期が来たら相談しなさい」
「分かった」
美和子。
「私たちも手伝うから」
「母さん」
「四人でしょ?」
「うん」
「二人だけじゃ大変」
美晴も。
「当然うちも」
そして。
俊介と麗音。
二人は顔を見合わせる。
俊介が言う。
「俺、叔父になるの?」
麗音。
「私、叔母?」
俺は少し笑った。
「そうなるな」
「中学生で?」
俊介。
「別に年齢関係ないでしょ」
麗音。
そして麗音が麗華を見る。
「お姉ちゃん」
「何?」
「おめでとう」
麗華の目に。
また涙。
「ありがとう」
俊介も俺を見る。
「兄ちゃん」
「何?」
「おめでとう」
「……ありがとう」
◇◇◇
その日の夜。
家族が帰ったあと。
俺と麗華は。
二人でソファに座っていた。
麗華は。
お腹へ手を置いている。
まだ。
外から見ても何も分からない。
でも。
そこには。
四つの命。
「不思議」
麗華が言う。
「何が?」
「ここにいるんだって」
「うん」
「四人」
「うん」
「男の子二人」
「うん」
「女の子二人」
「うん」
麗華が俺を見る。
「どうする?」
「何が?」
「名前」
「早い」
「考えたくなる」
「分かるけど」
「あと部屋」
「それも早い」
「ベビーベッド四つ?」
「家狭くない?」
「引っ越す?」
「それも考えないと」
「車も?」
「四つ子だからな」
「急に現実」
二人で笑う。
でも。
その笑いの中に。
不安もある。
期待もある。
怖さもある。
喜びもある。
全部。
一緒。
「ねえ」
麗華が言う。
「何?」
「婚姻届」
「うん」
「予定通り出したい」
「俺も」
「妊娠したからじゃなくて」
「分かってる」
「その前から決めてた」
「うん」
「ちゃんと」
麗華が俺の手を握る。
「高校卒業の日に」
「出そう」
「うん」
◇◇◇
そして。
高校卒業の日。
卒業式。
俺は。
最後の制服姿で学校を出た。
友人たち。
先生。
クラス。
三年間。
全部。
終わった。
そして。
学校を出たあと。
家族と合流。
麗華もいる。
もちろん。
世間には。
まだ麗華の結婚相手の詳細は非公表。
でも。
俺たちには関係ない。
婚姻届。
証人欄には。
両家から一人ずつ。
家族全員が見守る。
役所。
俺と麗華。
並ぶ。
「緊張する?」
麗華が聞く。
「卒業式より」
「私も」
「麗華卒業してないけど」
「結婚の話」
「分かってる」
二人で笑う。
そして。
婚姻届を提出した。
受理。
その瞬間。
俺たちは。
恋人ではなくなった。
夫婦。
正式に。
家族。
麗華が小さな声で言う。
「……旦那さん」
俺も。
「奥さん」
二人とも。
少し照れた。
でも。
笑った。
◇◇◇
その日の夕方。
事務所から公式発表。
『藤宮麗華が一般男性と結婚』
相手の氏名。
年齢の詳細。
顔写真。
勤務先。
すべて非公表。
発表文には。
長く真剣に交際してきたこと。
家族と事務所の理解を得て結婚したこと。
これからも芸能活動を続けること。
そして。
相手が一般人であるため、過度な取材を控えてほしいこと。
それだけ。
ネット。
テレビ。
芸能ニュース。
一気に広がる。
でも。
誰も知らない。
その一般男性が。
少し前まで高校生だった俺だということを。
俺の学校の友人たちも。
『藤宮麗華結婚したって!』
とメッセージを送ってくる。
俺は。
『びっくりした』
とだけ返す。
本当は。
その結婚相手本人。
でも。
まだ言わない。
それでいい。
◇◇◇
そして。
本来なら同級生たちが大学入学を迎える春。
俺は大学へは進学せず。
新社会人として仕事を始めた。
朝。
スーツ。
麗華が玄関でネクタイを見る。
「曲がってる」
「本当?」
「直す」
麗華が少しお腹をかばいながら。
俺のネクタイを整える。
妊娠は。
少しずつ進んでいた。
四つ子。
体への負担は大きい。
だから麗華の仕事も。
事務所と相談しながら減らしている。
グラビア活動も一時的に調整。
体調最優先。
社長もマネージャーも。
何度も言っている。
「無理しない」
麗華本人も。
以前より素直に休むようになった。
「どう?」
麗華がネクタイを直して聞く。
「何が?」
「新社会人」
「緊張」
「頑張って」
「麗華も」
「私は今日は休み」
「なら寝てろ」
「お見送りくらいする」
「無理するなよ」
「分かってます、旦那さん」
その呼び方。
未だに少し慣れない。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
俺は一度。
麗華のお腹を見る。
そして。
軽く手を添える。
「行ってきます」
麗華が微笑む。
「四人にも言った?」
「今言った」
「聞こえてるかな」
「分からない」
「でも」
麗華がお腹へ手を重ねる。
「きっと聞いてる」
そして。
俺たちは短くキスをする。
夫婦になっても。
そこは変わらない。
◇◇◇
夜。
仕事から帰る。
「ただいま」
「おかえり」
麗華が迎える。
昔と同じ。
でも。
少し違う。
恋人だった麗華は。
今は妻。
そして。
四つ子の母親になる。
俺も。
高校生ではなく。
社会人。
夫。
そして父親になる。
たった数か月前。
学校で。
友人から、
「藤宮麗華って彼氏いるのかな?」
と聞かれていた。
俺は。
「知らない」
と答えていた。
本当は。
彼氏だった。
それが今。
藤宮麗華は結婚した。
世間は。
相手を知らない。
でも。
俺は知っている。
当然。
俺だから。
「ねえ」
麗華がソファから俺を見る。
「何?」
「今日、赤ちゃんの名前考える?」
「また?」
「四人分必要だよ」
「時間かかるな」
「だから早く」
「まだ生まれるまである」
「でも楽しみ」
俺は麗華の隣へ座る。
麗華が肩へ寄りかかる。
「幸せ?」
俺が聞く。
麗華は少し考える。
「うん」
「即答じゃない」
「考えてた」
「何を?」
「幸せっていうより」
麗華が俺の手を取る。
自分のお腹へ。
まだ小さな膨らみ。
「すごく不思議」
「四人いるから?」
「それも」
「じゃあ?」
「高校生だったあなたと秘密で付き合って」
「うん」
「同棲して」
「うん」
「学校では他人のふりして」
「テレビで一緒に映って」
「週刊誌に追われそうになって」
「うん」
「それで今は」
麗華が笑う。
「夫婦」
「うん」
「しかも四つ子」
「すごいな」
「すごいよ」
二人で笑った。
◇◇◇
夜十一時。
寝室。
麗華は俺の隣。
昔と同じ場所。
でも。
関係は変わった。
俺は麗華の手を握る。
「おやすみ」
麗華が言う。
「おやすみ」
「旦那さん」
「まだ言う?」
「一生言う」
「じゃあ俺も」
「何?」
「おやすみ、奥さん」
麗華が少し笑う。
そして。
唇を重ねる。
一度。
静かに。
優しく。
そのあと。
麗華がお腹へ手を置く。
俺も。
その上へ手を重ねる。
「おやすみ」
麗華が小さく言う。
四人へ。
俺も。
「おやすみ」
まだ。
生まれていない。
でも。
もう俺たちの家族。
男の子二人。
女の子二人。
六人家族になる未来。
簡単ではないと思う。
四つ子の妊娠。
麗華の体。
俺の仕事。
育児。
芸能活動。
これから。
何度も大変なことがあるはず。
でも。
昔。
俺たちは。
二人だけの秘密を守っていた。
今は。
その秘密が。
家族になった。
最初は。
誰にも言えなかった。
「俺の彼女はグラビアアイドル」
という言葉。
今でも。
世間に俺の名前は出ていない。
でも。
俺自身はもう隠す必要がない。
少なくとも。
この家では。
俺は。
藤宮麗華の彼氏ではない。
藤宮麗華の――夫。
そして。
四人の子どもたちの父親になる。
麗華が眠りにつく。
俺も目を閉じる。
あの日。
二人きりの部屋で。
「今日は帰りたくない」
と言った麗華。
そこから始まった未来は。
俺たちが想像していたよりも。
ずっと大きく。
ずっと賑やかなものになろうとしている。
恋人。
同棲。
秘密。
公表。
卒業。
就職。
結婚。
そして。
四つの新しい命。
第1章「藤宮麗華編」。
俺と人気グラビアアイドル・藤宮麗華の秘密の恋は。
今日。
一つの終わりを迎えた。
けれど――。
それは。
二人の物語が終わったという意味ではない。
恋人としての物語が終わり。
ここから始まるのは。
夫婦として。
そして。
六人家族として歩んでいく――。
新しい人生だった。
最終話「卒業、結婚、そして四つの命――秘密の恋人から、本当の家族へ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
第1章「藤宮麗華編」。
主人公と藤宮麗華の物語は、秘密の交際から始まりました。
学校では普通の高校三年生。
芸能界では人気グラビアアイドル。
本来なら簡単には交わらない二つの世界。
それでも二人は恋人となり、さらに同じ家で暮らし始めました。
家の中では普通の恋人同士。
けれど一歩外へ出れば、その関係を隠さなければならない。
学校の友人から、
「藤宮麗華に彼氏いるのかな?」
と聞かれても、本当のことは言えない。
麗華が主人公の高校へ仕事で来ても、目が合っただけで他人のふりをする。
テレビ番組に二人が同じ画面へ映っても、視聴者には何の関係もない二人にしか見えない。
そんな秘密の恋を、二人はずっと守ってきました。
そして二人だけではありません。
主人公の父・慶介。
母・美和子。
弟・俊介。
麗華の父・興毅。
母・美晴。
妹・麗音。
さらに麗華の所属事務所の社長と担当マネージャー。
多くの人たちが二人の本当の関係を知り、それぞれの立場から支えてくれました。
特に、両家の驚くべきつながり。
美和子と美晴は、小学校から高校まで続く幼馴染で大親友。
慶介と興毅は、親会社と子会社を通じた仕事仲間。
俊介と麗音は、中学一年生から三年間ずっと同じクラス。
主人公と麗華が恋人になったことで新しく二つの家族がつながったように見えて、実際には二人が出会うずっと前から、両家の間にはいくつもの縁が存在していました。
そして最終話で、主人公はついに大きな決断をします。
大学へは進学しない。
高校卒業後は就職する。
そして――。
藤宮麗華と結婚する。
それを家族だけで決めるのではなく、麗華の芸能活動を支えてきた社長とマネージャーへ主人公自身の言葉で伝える。
その姿からは、第0話の頃よりも主人公が大きく成長したことが分かります。
また、以前は週刊誌の問題を受けて、
「今はまだ公表しない」
と二人で決めました。
しかし卒業を目前にして、もう一度考えた結果。
交際そのものは公表する。
ただし相手の詳細は明かさない。
「一般男性との真剣交際」。
そして卒業後には、
「一般男性との結婚」。
主人公が麗華の相手だということは、学校の友人たちにも世間にも知られないままです。
主人公の個人情報を守りながら、麗華自身も恋人や夫の存在を隠さなくてよくなる。
二人にとっては、とても大きな前進でした。
そして今回、二人の関係をさらに大きく変えた夜。
これまで何度もキスを交わし、同じ家で生活してきた二人が、初めて恋人として一線を越えました。
それは単なる勢いではなく、
「これから夫婦になろうとしている」
という未来を意識したうえで、お互いの気持ちを確かめる時間でもありました。
そしてその夜から数週間後。
両家が集まった家族会議の最中。
突然、麗華を襲った吐き気。
最初は体調不良かと思われました。
しかし美晴が気づきます。
「最後に生理が来たのはいつ?」
その一言から始まり、明らかになった妊娠。
主人公も麗華も、すぐには現実を受け止めることができませんでした。
さらに驚きは終わりません。
確認されたのは――四つの命。
四つ子。
のちに、男の子二人、女の子二人であることも分かります。
二人でさえ驚いていた新婚生活が、一気に“六人家族になる未来”へ変わった瞬間でした。
もちろん、四つ子の妊娠は麗華の身体への負担も大きくなります。
グラビア活動。
芸能活動。
主人公の新社会人生活。
そしてこれから始まる育児。
簡単な未来ではありません。
だからこそ両家の家族も、
「二人だけで抱えなくていい」
と支えることを約束しました。
そして俊介と麗音。
これまで兄と姉の秘密を守ってきた二人も、今度はそれぞれ“叔父”と“叔母”になることになります。
家族関係は、さらに大きく広がっていきました。
そして迎えた主人公の高校卒業の日。
制服で過ごす最後の日。
卒業式を終え。
家族と麗華が見守る中。
二人は婚姻届を提出しました。
恋人から夫婦へ。
「彼氏」と「彼女」ではなく、
「旦那さん」
「奥さん」
と呼べる関係へ。
そして同じ日に、事務所から発表された麗華の結婚。
世間では、
「藤宮麗華、一般男性と結婚」
というニュース。
主人公の同級生たちも、そのニュースを見て驚きます。
しかし誰も知りません。
その“謎の一般男性”が、少し前まで同じ教室で一緒に過ごしていた主人公本人だということを。
これは第1章を通して続いてきた“秘密”が、少し形を変えて残った象徴的な場面でもあります。
恋人がいること自体はもう秘密ではない。
結婚したことも公表されている。
それでも夫の正体だけは非公表。
二人の新しい秘密です。
そして春。
同級生たちが大学入学を迎える時期。
主人公は大学生ではなく、新社会人として出勤するようになります。
麗華は妻。
そして四つ子を妊娠している母親。
玄関でネクタイを直してもらい、
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
と言い合う。
第0話から続いてきた秘密の同棲生活は、いつの間にか夫婦の日常へと変わっていました。
最後に麗華が振り返ったこれまでの日々。
秘密で付き合って。
同棲して。
学校では他人のふりをして。
テレビでは何の関係もない二人として同じ画面に映り。
週刊誌に関係を疑われ。
それでも二人で未来を選び。
そして今は――夫婦。
さらに四つ子の父親と母親になる。
始まりから考えれば、想像もしなかった未来です。
第1章「藤宮麗華編」は、これで完結となります。
しかし物語そのものが終わったわけではありません。
むしろここから。
主人公と麗華にとって、本当の意味で新しい生活が始まります。
秘密の恋人としての物語から。
夫婦としての物語へ。
二人暮らしから。
男の子二人、女の子二人を迎える六人家族へ。
麗華の妊娠生活。
四つ子を迎える準備。
主人公の新社会人生活。
芸能活動との両立。
そして四つ子の誕生。
これから二人には、これまで以上に大きな出来事が待っていることでしょう。
それでもきっと。
どれだけ家族が増えても。
どれだけ生活が変わっても。
二人の原点は変わりません。
誰にも知られない場所で始まった、
「俺の彼女はグラビアアイドル」
という秘密の恋。
その恋は今回――。
「俺の妻はグラビアアイドル」
という、新しい人生へつながりました。
第1章「藤宮麗華編」。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




