第10話 秘密を守る決断――週刊誌の視線と、二人が選んだこれから
第10話「秘密を守る決断――週刊誌の視線と、二人が選んだこれから」。
前回から続いている“週刊誌の影”。
藤宮麗華の周囲を芸能記者らしき人物が調べている可能性があると分かり、主人公と麗華はこれまで以上に慎重な生活を送るようになりました。
外でのデートは控える。
移動ルートを変える。
送迎方法も見直す。
家族にも改めて秘密を守ってもらう。
それでも二人は、家の中だけはできる限りこれまで通りに過ごしてきました。
しかし今回。
事務所から主人公にも呼び出しが入ります。
学校を終え、一度帰宅して私服へ着替えた主人公が向かったのは、麗華の所属事務所。
そこで社長と担当マネージャーから伝えられたのは――。
週刊誌側から、
「藤宮麗華さんに特定の交際相手はいるのか」
という問い合わせが、すでに事務所へ届いているという事実でした。
まだ主人公の存在までは特定されていない。
同棲していることも知られていない。
決定的な写真も確認されていない。
けれど、麗華に“誰か特別な相手がいるのではないか”というところまで、知らない誰かの視線が近づき始めています。
そして社長から提示される二つの選択肢。
これまで以上に徹底して秘密を守り続けるのか。
それとも――。
交際そのものを事務所から公表するのか。
主人公はまだ高校三年生。
麗華は人気が上昇しているグラビアアイドル。
さらにその周囲には、俊介や麗音をはじめとした家族たちの生活もあります。
今まで何となく続けてきた“秘密の恋”。
今回は初めて、主人公と麗華自身が、
「これからも秘密にするのか」
という問いへ明確な答えを出すことになります。
二人が選ぶこれからに注目です。
木曜日の朝。
午前六時五分。
まだ部屋の外は静かだった。
カーテンの隙間から入る朝の光も弱い。
俺は目を開ける。
隣を見る。
麗華はまだ眠っていた。
昨日よりも、少し穏やかな寝顔。
週刊誌関係者らしい人物が麗華の周辺を調べているかもしれない。
そんな話を聞いてから、数日。
事務所の社長とマネージャー。
両家の家族。
そして俺たち自身。
全員が少しずつ警戒を続けていた。
それでも。
今のところ、大きな問題は起きていない。
麗華の移動ルートは変わった。
送迎場所も変わった。
俺も学校から帰る道を少しずつ変えている。
俊介と麗音も、学校では今まで以上に何も話さないよう気をつけている。
家族同士も同じ。
それでも。
この家の中だけは。
できるだけ普段通り。
そう決めていた。
「……ん」
麗華が少し動いた。
「おはよう」
俺が言う。
麗華は目を閉じたまま、
「……おはよう」
と返す。
「起きてる?」
「半分」
「半分?」
「身体は寝てる」
「じゃあ誰が喋ってるんだよ」
「心」
「便利だな」
麗華が少し笑った。
俺も笑う。
少し前まで。
朝からこんな会話をすることが当たり前だった。
最近。
週刊誌の話が出てからは、どこか二人とも緊張していた。
だから。
こういう何でもない会話が戻ってきたことが、少し嬉しかった。
「今日の仕事は?」
俺が聞く。
麗華がようやく目を開ける。
「午前中は雑誌の取材」
「うん」
「午後から事務所」
「撮影?」
「今日は打ち合わせ」
「帰りは?」
「……まだ分からない」
「遅い?」
「たぶん八時くらい」
「分かった」
麗華が俺を見る。
「学校は?」
「普通」
「六時間?」
「うん」
「部活は?」
「ない」
「じゃあ帰ったら連絡して」
「分かった」
少し沈黙。
麗華がこちらへ近づく。
「ねえ」
「何?」
「最近、朝のキス減ってない?」
「急に何」
「減ってる」
「数えてるの?」
「感覚」
「そんな感覚ある?」
「ある」
麗華は少し不満そう。
「週刊誌の話が出てから、二人とも考え事多いでしょ」
「まあ」
「家くらい普通にしようって社長も言ってた」
「だから?」
「だから普通にしてください」
「何を?」
麗華が少し顔を近づける。
「分かってるくせに」
俺は少し笑った。
そして。
麗華の頬へ手を添える。
唇が重なる。
一度。
離れる。
麗華はそのままもう一度。
二度。
三度。
「これで?」
俺が聞く。
「足りない」
「朝から何回するんだよ」
「普通」
「麗華基準だろ」
「彼氏彼女基準」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは自信ないんだ」
麗華が笑う。
そしてもう一度。
静かに唇を重ねた。
◇◇◇
午前七時。
朝食。
テレビではニュースが流れている。
俺は味噌汁を飲む。
麗華はスマートフォンを確認していた。
「仕事?」
「うん」
「またマネージャーさん?」
「そう」
麗華の表情が少し変わる。
俺はすぐ気づいた。
「何?」
麗華はしばらく画面を見たあと。
「今日」
と呟いた。
「うん」
「事務所で、社長とマネージャーさんと話したいって」
「麗華が?」
「私たち」
俺は箸を止めた。
「俺も?」
「うん」
「何時?」
「夕方」
「学校終わってから?」
「そう」
「何の話?」
麗華は少し迷った。
「たぶん……週刊誌」
また。
少し空気が重くなる。
「何かあった?」
「まだ分からない」
「写真とか?」
「そこまでは書いてない」
「じゃあ行くしかないか」
「大丈夫?」
「学校終わったら行く」
麗華が少し安心した。
「ありがとう」
「俺のことでもあるし」
「うん」
「社長から直接?」
「マネージャーさん経由」
「じゃあ結構大事な話かもな」
「……うん」
二人とも。
それ以上は何も言わなかった。
◇◇◇
午前八時十五分。
学校。
今日もいつも通り。
教室。
友人。
授業。
誰も俺が夕方、芸能事務所へ行くことなんて知らない。
しかも。
藤宮麗華の所属事務所。
普通なら、学校の友達が聞いたら大騒ぎする。
だが。
俺は絶対に言えない。
「今日放課後どっか行く?」
友人が聞く。
「今日は無理」
「また?」
「家の用事」
「最近多くない?」
「そう?」
「彼女?」
また。
「違う」
いつもの答え。
胸が少し痛む。
でも。
今は仕方ない。
「家族の用事」
これなら。
完全な嘘でもない。
麗華はまだ正式な家族ではないけれど。
少なくとも。
両家はもう家族ぐるみの付き合いになっている。
「まあいいや」
友人が離れていく。
俺は小さく息を吐いた。
◇◇◇
昼休み。
麗華からメッセージ。
『午後、事務所に来たらマネージャーさんが入口で迎えてくれるって』
俺は返信する。
『分かった』
『学校終わったら一回家帰る?』
『制服で行かないほうがいい?』
少しして。
『できれば』
『じゃあ着替えてから行く』
『ありがとう』
続いて。
『ちょっと怖い』
俺は画面を見つめる。
麗華が「怖い」と言うことは珍しい。
仕事では。
いつも明るい。
家でも。
不安があっても、なるべく普通にしようとする。
俺は返信する。
『俺もいる』
送信。
しばらくして。
『うん』
その一文字。
でも。
少しだけ安心してくれた気がした。
◇◇◇
午後四時半。
帰宅。
「ただいま」
誰もいない。
麗華は先に事務所。
俺は制服を脱ぐ。
私服。
なるべく目立たない格好。
帽子も用意する。
鏡を見る。
「……完全に怪しいな」
でも。
制服で芸能事務所へ行くよりはいい。
スマートフォン。
マネージャーさんからメッセージが来ていた。
『事務所入口付近に到着したら連絡してください』
どうやら。
かなり慎重。
俺も緊張してきた。
◇◇◇
午後五時十五分。
麗華の所属事務所。
前回、俊介が遊びに来た場所。
俺自身も何度か来たことはある。
でも今日は。
遊びでも。
麗華を迎えに来たわけでもない。
入口付近でマネージャーさんへ連絡。
すぐに迎えが来る。
「こんにちは」
「こんにちは」
「学校お疲れさまです」
「ありがとうございます」
マネージャーさんはいつもより少し真剣な表情。
「麗華は?」
「社長室です」
「もう?」
「はい」
「分かりました」
「こちらへ」
事務所へ入る。
受付。
廊下。
スタッフ。
当然。
ここにいる全員が俺と麗華の関係を知っているわけではない。
むしろ。
知っているのは社長とマネージャーだけ。
だから。
俺も普通の来客として歩く。
社長室前。
ノック。
「失礼します」
扉が開く。
中には。
麗華。
そして社長。
俺が入ると。
麗華がすぐこちらを見る。
でも。
社長がいるので。
抱きついたりはしない。
当たり前。
「こんにちは」
俺が頭を下げる。
社長も頷く。
「来てもらって悪いね」
「いえ」
俺は麗華の隣へ座る。
マネージャーさんも入る。
四人。
少し静かになる。
そして。
社長が口を開いた。
「まず」
「はい」
「結論から言うと」
俺と麗華が同時に見る。
「週刊誌側が、麗華さんの交際をある程度疑っている可能性がある」
麗華の表情が固まった。
俺も。
言葉が出ない。
◇◇◇
社長は続ける。
「ただし」
「はい」
「現時点で、相手が誰かまでは分かっていない」
マネージャーさんが資料を出す。
「こちらで確認できた範囲ですが」
写真。
といっても。
俺と麗華が一緒に写っているものではない。
麗華が仕事終わりに移動している姿。
別の日の駅付近。
また別の日。
「これ全部?」
麗華が聞く。
「最近撮られたと思われるものです」
「何で事務所に?」
「編集部側から問い合わせが来たからです」
俺が聞く。
「問い合わせ?」
社長が答える。
「『藤宮麗華さんに特定の交際相手はいるのか』と」
「……」
麗華が小さく息を吐いた。
「答えたんですか?」
「現時点ではプライベートについて回答しない、と」
「否定してない?」
「していない」
俺は社長を見る。
「どうして?」
社長は静かに答える。
「完全否定すると、あとで事実が出たときに嘘になる」
なるほど。
「でも認めてもいない」
「そう」
「じゃあ今は?」
「まだ決定的な写真はない」
マネージャーさんが続ける。
「少なくとも、こちらへ提示された資料の中にはありません」
麗華が少しだけ肩の力を抜く。
でも。
完全には安心できない。
「じゃあ」
麗華が聞く。
「私が一緒に暮らしてることまでは?」
「把握されている様子はない」
「彼の存在は?」
「今のところ特定されていない」
俺は少し安心する。
それと同時に。
怖くなる。
まだ。
という言葉。
今のところ。
という言葉。
今後。
いつ変わるか分からない。
◇◇◇
社長が俺を見る。
「そこで」
「はい」
「二人に決めてもらいたいことがある」
俺と麗華。
同時に。
「決める?」
麗華が聞く。
「今後のこと」
少し沈黙。
社長は続ける。
「選択肢は大きく二つ」
「はい」
「一つ」
指を一本立てる。
「これまで以上に徹底して関係を隠し続ける」
そして二本目。
「もう一つ」
俺は息を呑む。
「交際そのものを事務所として公表する」
麗華が固まった。
俺も。
まさか。
そこまで。
「公表……」
麗華が呟く。
社長が頷く。
「今すぐという意味ではない」
「はい」
「ただ、今後も人気が上がれば注目は増える」
「……」
「いつか写真を撮られる可能性もある」
マネージャーさんも続ける。
「そのとき、後追いで説明するより、事前に方針を決めておいたほうがいい」
俺が聞く。
「もし公表したら」
「うん」
「俺は?」
社長が真剣になる。
「そこが最大の問題」
「高校生だから?」
「そう」
「一般人」
「そう」
「学校も」
「影響が出る可能性は高い」
麗華の顔が曇る。
俺も分かっていた。
もし。
『藤宮麗華、一般男性と交際』
だけならまだいい。
でも。
相手が十八歳。
高校三年生。
その情報が出れば。
誰かが探す。
学校。
クラス。
SNS。
友人。
家族。
俊介。
麗音。
全部。
「じゃあ」
麗華が静かに聞く。
「今公表するのは……」
社長が答える。
「私は勧めない」
俺も。
少し安心した。
麗華も同じだと思う。
「ただ」
「はい」
「二人がどうしたいかを聞きたい」
◇◇◇
社長室。
静か。
四人。
麗華が俺を見る。
俺も麗華を見る。
「どうしたい?」
麗華が聞く。
俺は少し考える。
本当は。
公表できたら楽だと思う。
学校で。
「彼女いるの?」
と聞かれて。
「いる」
と言える。
しかも。
隠す必要がない。
外でも。
手をつなげる。
デートできる。
写真も撮れる。
普通の恋人みたいに。
でも。
現実は違う。
俺はまだ高校生。
卒業もしていない。
進路もこれから。
俊介も受験。
麗音も受験。
家族も普通に生活している。
「俺は」
ゆっくり言う。
「まだ公表したくない」
麗華は静かに頷く。
「理由は?」
社長。
「学校」
「うん」
「あと家族」
「うん」
「俊介と麗音も」
「そうだね」
「俺が騒がれるだけなら……まあ我慢できるかもしれない」
麗華がすぐ反応する。
「ダメ」
俺は麗華を見る。
「何?」
「あなたが我慢すればいいって話じゃない」
少し強い言い方。
「分かってる」
「私はそれ嫌」
「うん」
「あなたの学校生活が壊れるなら、公表なんてしたくない」
社長とマネージャーは黙って聞いている。
麗華が続ける。
「私の仕事は、注目される仕事」
「うん」
「でもあなたは違う」
「うん」
「だから」
麗華ははっきり言った。
「今は隠したい」
俺は頷く。
「俺も」
社長が確認する。
「二人とも?」
「はい」
「はい」
同時。
社長は少し笑った。
「分かった」
◇◇◇
マネージャーさんが資料を閉じる。
「では今後」
「はい」
「しばらく外での二人きりの行動は控えます」
麗華が少し寂しそう。
「デートも?」
「残念ですが」
「……はい」
「送迎方法も今まで以上に変えます」
「はい」
「それと」
俺を見る。
「あなたも」
「はい」
「事務所への出入りは、しばらく必要最低限にしてください」
「分かりました」
「俊介君についても」
「俊介?」
「事務所へ遊びに来ていましたよね」
「はい」
「今後しばらくは控えてもらいます」
麗華が少し残念そう。
「俊介君、また来たいって言ってたのに」
「今は安全優先です」
「分かってます」
「麗音さんも」
「はい」
「家族の移動についてまで過度に変える必要はありませんが」
「うん」
「麗華さんの家族だと分かりやすい行動は控えてください」
「分かりました」
社長が最後に言う。
「ただし」
四人が見る。
「家での生活は変えない」
俺と麗華。
一瞬。
顔を見合わせる。
社長が少し笑う。
「前にも言ったね」
「はい」
「警戒のために、二人の関係そのものを壊したら本末転倒」
マネージャーさんも。
「家の中まで週刊誌を意識しないでください」
麗華が少し笑う。
「それは大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
俺を見る。
「帰ったら普通です」
俺は少し笑う。
「麗華は普通すぎる」
「どういう意味?」
「ゲーム負けて怒るし」
「まだ言う?」
「映画見ながら寝るし」
「それは……」
社長が笑う。
「それでいい」
麗華が少し恥ずかしそうになる。
でも。
さっきまでの重い空気が。
少しだけ軽くなった。
◇◇◇
午後六時。
話し合い終了。
社長が俺たちへ言う。
「今日の話は」
「はい」
「家族には共有していい」
「両親?」
「もちろん」
「俊介と麗音も?」
「必要な範囲で」
「分かりました」
「ただし」
「はい」
「『週刊誌が確実に二人を追っている』と断定しないように」
「まだ可能性だから?」
「そう」
「分かりました」
俺と麗華は立ち上がる。
「今日はありがとうございました」
俺が頭を下げる。
麗華も。
「ありがとうございます」
社長が頷く。
「二人とも」
「はい」
「焦らないこと」
少し間。
「秘密にしているから悪いことをしている、と思わない」
麗華が少し驚く。
「社長……」
「君たちは普通に付き合っているだけ」
「……はい」
「今は仕事と学校生活を守るために公表していない。それだけ」
俺も。
少し心が軽くなった。
「ありがとうございます」
社長が笑う。
「それじゃあ今日は帰りなさい」
「はい」
◇◇◇
事務所の外。
俺と麗華は。
当然。
一緒には出ない。
俺が先。
麗華は少し時間を置いて別ルート。
これも対策。
事務所を出る前。
誰もいない廊下。
麗華が俺を呼び止める。
「ねえ」
「何?」
「今日は家、先帰ってて」
「麗華は?」
「マネージャーさんと別ルートで帰る」
「分かった」
「帰ったら連絡する」
「うん」
少し沈黙。
麗華が周囲を見る。
誰もいない。
でも。
ここは事務所。
社長とマネージャー以外は。
関係を知らない。
だから。
手も握れない。
「……帰ったら」
麗華が小声。
「何?」
「ちょっとだけ抱きしめて」
俺は少し笑う。
「ちょっとだけ?」
「いっぱいでもいい」
「どっち」
「いっぱい」
「分かった」
麗華が少し嬉しそうに笑う。
「じゃあまた家で」
「うん」
その場では。
それだけ。
恋人なのに。
「またね」
だけで別れる。
◇◇◇
午後七時。
帰宅。
「ただいま」
一人。
家は静か。
俺は着替える。
夕食準備。
今日の話。
何度も頭の中で考える。
公表。
隠す。
俺たちは隠すことを選んだ。
本当にそれでいいのか。
少し考える。
でも。
今は。
たぶん正しい。
俺だけじゃない。
麗華だけじゃない。
家族。
学校。
仕事。
いろいろある。
いつか。
何も気にせず言える日が来れば。
そのときでいい。
◇◇◇
午後八時二十分。
玄関の鍵。
俺はすぐ向かう。
「ただいま」
麗華。
「おかえり」
扉を閉める。
鍵。
麗華が帽子とマスクを外す。
一秒。
二秒。
そして。
「……ただいま」
もう一度。
今度は。
恋人としての声。
俺は少し笑う。
「おかえり」
麗華が近づく。
そのまま。
俺に抱きつく。
「約束」
「覚えてた?」
「私が言ったんだよ」
「そうだった」
俺も腕を回す。
強く。
麗華を抱きしめる。
「……疲れた」
「今日?」
「うん」
「仕事より?」
「話し合い」
「俺も」
「でも」
麗華が少し顔を上げる。
「一緒に決められてよかった」
「公表しないって?」
「うん」
「後悔してない?」
「してない」
即答。
「あなたは?」
俺も。
「してない」
麗華が笑う。
「じゃあ同じ」
「うん」
◇◇◇
夕食。
二人で今日の話をもう一度整理する。
「家族には今日中に話す?」
俺が聞く。
「うん」
「美晴さんたち」
「お父さんとお母さんには電話する」
「うちも」
「俊介君と麗音ちゃんには?」
「両親から伝えてもらう?」
「そのほうがいいかも」
「学校で余計なこと話さないように」
「元々言わないけど」
「でも念のため」
「そうだな」
俺はスマートフォンを持つ。
母さんへ電話。
しばらく話す。
週刊誌側から問い合わせが来たこと。
まだ俺の存在は特定されていないこと。
今後しばらく警戒を強めること。
公表はしないと決めたこと。
母さんは。
思ったより落ち着いていた。
『分かった』
それだけ。
でも最後に。
『二人とも無理しないようにね』
父さんも横にいるらしい。
『父さんにも話しておく』
「俊介には?」
『必要な範囲で話す』
「学校で麗音と」
『分かってる』
「ありがとう」
電話を切る。
麗華も美晴さんたちへ電話していた。
少しして終わる。
「何て?」
「同じ」
「何が?」
「無理しないでって」
「親って似るな」
「うちのお母さんと美和子さん大親友だから」
「関係ある?」
「あるかも」
二人で少し笑う。
◇◇◇
午後九時。
麗華のスマートフォン。
麗音。
『お母さんから聞いた』
続いて。
『学校では絶対何も言わないから安心して』
麗華が少し笑う。
「麗音ちゃん」
「しっかりしてるな」
「中三なのに」
「俊介も」
ちょうど俺のスマートフォン。
俊介。
『母さんから聞いた』
『麗音ともう話した』
「早」
続いて。
『学校では絶対何も言わない』
俺は返信。
『頼む』
すると。
『最初から言ってない』
「それはそう」
さらに。
『兄ちゃんも気をつけろよ』
俺は少し笑う。
「弟に言われた」
麗華が覗く。
「何て?」
「気をつけろって」
「俊介君らしい」
「中三に心配されてる」
「いい弟じゃん」
「まあな」
俺は返信。
『ありがとう』
しばらくして。
『珍しく素直』
「余計」
麗華が笑う。
◇◇◇
午後十時。
ソファ。
二人で並ぶ。
テレビはついていない。
今日は静かにしたかった。
麗華が俺の肩へ頭を預ける。
「ねえ」
「ん?」
「もし」
「うん」
「高校卒業したら」
「うん」
「公表する?」
俺は少し考える。
「すぐには分からない」
「大学とか?」
「進学したらまた学校あるし」
「そうだね」
「麗華の仕事もある」
「うん」
「でも」
俺は少し考えて。
「今よりは選択肢増えると思う」
「本当?」
「高校生じゃなくなるから」
「うん」
「それだけでも違うだろ」
麗華は少し嬉しそう。
「じゃあ卒業まであと少し」
「気が早い」
「だって」
「卒業したら全部解決じゃないぞ」
「分かってる」
「でも?」
「一歩進む感じ」
「まあ」
麗華が笑う。
「楽しみ」
「卒業が?」
「その先」
「何があるか分からないけど」
「それでも」
麗華が俺の手を握る。
「今より少し自由になれるかもしれない」
俺も握り返す。
「そうだな」
◇◇◇
少しして。
麗華が言う。
「今日、社長が言ってた言葉」
「どれ?」
「秘密にしてるから悪いことしてると思わないでって」
「ああ」
「私、ちょっと思ってたかも」
「何を?」
「あなたに隠させてるって」
俺は麗華を見る。
「学校で彼女いないって言わせてる」
「うん」
「友達に嘘つかせてる」
「うん」
「外で普通にデートできない」
「うん」
「全部、私のせいかなって」
「麗華」
「うん」
「俺も選んでる」
麗華が黙る。
「秘密にすること?」
「そう」
「……」
「麗華だけの判断じゃない」
「うん」
「俺も今はそうしたい」
「……うん」
「だから麗華だけのせいじゃない」
少し沈黙。
麗華が小さく言う。
「ありがとう」
俺は少し笑った。
「最近ありがとう多いな」
「いっぱい言いたいから」
「そう」
「嫌?」
「全然」
麗華が少し笑う。
◇◇◇
午後十一時。
寝室。
二人とも今日は疲れていた。
身体より。
気持ち。
布団へ入る。
麗華がこちらを向く。
「ねえ」
「何?」
「今日、怖かった?」
「社長室?」
「うん」
「公表って言われたときは」
「私も」
「もし麗華が公表したいって言ったら」
麗華が少し驚く。
「どうしてた?」
「たぶん」
俺は考える。
「話し合った」
「反対しなかった?」
「反対はしたと思う」
「理由は?」
「今はまだ早い」
「うん」
「でも麗華の気持ちも聞く」
「……そっか」
「麗華は?」
「もしあなたが公表したいって言ったら?」
「うん」
「止めた」
「即答」
「だって学校あるもん」
「そこ?」
「家族も」
「うん」
「でも」
麗華は少し笑う。
「いつかは言いたい」
「俺も」
「本当に?」
「うん」
「いつか」
「いつか」
「絶対?」
「絶対」
麗華が嬉しそうに笑った。
そして。
「じゃあ今日は」
「何?」
「未来の約束のキス」
「また新しい名前つける」
「いいじゃん」
「何でも記念にするな」
「大事だから」
麗華が近づく。
俺も顔を寄せる。
唇が重なる。
一度。
二度。
三度。
少し長く。
ゆっくり。
今日一日の不安を。
少しずつ消していくように。
「……ん」
麗華が小さく息をつく。
そして。
額を俺の額へ触れさせる。
「おやすみ」
「おやすみ」
「明日も?」
「何?」
「普通に」
「うん」
「朝ご飯食べて」
「うん」
「仕事と学校行って」
「うん」
「帰ってくる」
「それでいい」
麗華が笑う。
「それがいい」
最後にもう一度。
短くキス。
明かりを消す。
◇◇◇
週刊誌。
問い合わせ。
交際疑惑。
公表という選択肢。
今日。
俺たちは。
少しだけ未来について考えた。
今までは。
ただ秘密にしていた。
それが当たり前だったから。
でも。
今日は初めて。
「公表するか」
「隠し続けるか」
自分たちで選んだ。
答えは。
今まで通り。
秘密。
でも。
意味は少し変わった。
誰かに言われたから隠すのではない。
事務所に命令されたからでもない。
俺と麗華が。
二人で決めた。
今は。
この関係を守るため。
俺の学校生活。
麗華の仕事。
家族。
全部を守るため。
まだ秘密にする。
そして。
いつか。
何年後か。
俺が高校を卒業して。
もっと大人になって。
麗華もさらに仕事を続けて。
それでも二人が隣にいるなら。
そのときは。
隠さなくてもいい日が来るかもしれない。
今夜。
麗華は俺の隣で眠っている。
世間は知らない。
週刊誌も。
まだ知らない。
藤宮麗華の恋人が誰なのか。
でも。
俺たちには分かっている。
家族も。
社長も。
マネージャーも。
そして。
今はそれだけでいい。
人気グラビアアイドル・藤宮麗華。
普通の高校三年生の俺。
誰にも言えない秘密の恋。
その秘密を――。
俺たちは今日。
改めて自分たちの意思で守ることを選んだ。
第10話「秘密を守る決断――週刊誌の視線と、二人が選んだこれから」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は第9話から続いていた週刊誌の問題が、さらに一歩現実的なものになりました。
これまでは、
「麗華の周囲を調べている人物がいるかもしれない」
という段階でした。
しかし今回。
週刊誌の編集部から事務所へ、
「藤宮麗華さんに特定の交際相手はいるのか」
という問い合わせが届きます。
つまり、まだ主人公の存在そのものまでは知られていなくても、
“麗華に誰か交際相手がいるのではないか”
という疑いは、少なくとも外部から持たれ始めていることになります。
そして事務所の社長から提示された二つの選択肢。
一つは、これまで以上に徹底して二人の関係を隠し続けること。
もう一つは、交際そのものを事務所から公表すること。
これまで二人は、自然と秘密にする道を選んできました。
麗華が芸能人だから。
主人公がまだ高校生だから。
周囲へ迷惑をかけたくないから。
しかし今回は違います。
改めて選択肢を示されたうえで、
「自分たちは本当はどうしたいのか」
を二人自身が考えました。
そして出した答えは――。
今はまだ、公表しない。
その理由も二人は同じでした。
主人公には学校生活があります。
これから進路もあります。
さらに弟の俊介は中学三年生。
麗華の妹・麗音も同じく受験を控えた中学三年生。
もし主人公の素性が知られれば、本人だけではなく家族へまで注目が集まる可能性があります。
麗華もそれを強く気にしていました。
主人公が、
「自分が騒がれるだけなら我慢できるかもしれない」
と言ったとき。
麗華はすぐに、
「ダメ」
と否定しました。
主人公一人が我慢すればいい問題ではない。
自分の仕事のために、彼の学校生活を壊したくない。
それは麗華がこれまで何度も気にしてきたことでもあります。
だからこそ今回の、
「今は隠したい」
という麗華の言葉には、単に芸能活動を守りたいという気持ちだけではありません。
主人公を守りたい。
家族を守りたい。
今二人が持っている日常を守りたい。
そんな思いが込められています。
そして主人公もまた、同じ答えを選びました。
ここが今回、大きく変わった部分だと思います。
今までは、
“公表できないから秘密にしている”。
しかしこれからは、
“二人自身が、今は秘密にしておくことを選んだ”。
似ているようで、その意味は大きく違います。
事務所から命令されたわけでもない。
麗華だけが決めたわけでもない。
主人公だけが我慢しているわけでもない。
二人で話し合い。
二人で同じ答えを選んだ。
だからこそ、第10話は二人の関係が少し成長した回でもありました。
また、社長の、
「秘密にしているから悪いことをしていると思わない」
という言葉も大切なものになりました。
主人公と麗華は、何か悪いことをしているわけではありません。
ただ普通に恋愛をしているだけ。
しかし麗華の仕事と主人公の学校生活を守るため、今は公表していない。
それだけです。
秘密が続くことで、麗華自身もどこか主人公へ申し訳なさを感じていました。
学校で「彼女はいない」と言わせてしまう。
友人に本当のことを話せない。
普通のデートもできない。
そんな状況を、
「全部、私のせいかな」
と考えていた麗華。
それに主人公が返した、
「俺も選んでる」
という言葉。
麗華だけが主人公へ秘密を押しつけているわけではない。
主人公自身も、今の二人にとってこの選択が一番いいと考えている。
そのことを伝えられたことで、麗華も少しだけ気持ちが軽くなったのではないでしょうか。
もちろん、今回の決断によってすべてが解決したわけではありません。
外でのデートは当面控える。
主人公の事務所への出入りも最低限にする。
俊介の事務所訪問もしばらく中止。
送迎方法や帰宅経路もさらに慎重にする。
二人にとって、少し窮屈な生活は続きます。
それでも。
社長がもう一度強調したように、
「家での生活は変えない」。
外では慎重に。
けれど二人の家では。
抱きしめて。
笑って。
一緒に食事をして。
未来の話をして。
何度もキスを交わして眠る。
そこだけは誰にも壊させない。
今回最後に二人が交わした、
「いつかは言いたい」
「俺も」
という会話。
今すぐではありません。
主人公が高校を卒業したあとかもしれない。
さらにその先かもしれない。
いつになるかはまだ分かりません。
それでも二人には初めて、
“いつか公表できる未来”
という共通の目標が生まれました。
今は秘密。
けれど、永遠に隠し続けると決めたわけではない。
いつか堂々と、
「恋人です」
と言える日を迎えるために。
今は二人でこの秘密を守る。
第1章「藤宮麗華編」。
週刊誌という外からの視線に直面したことで、主人公と麗華は初めて、自分たちの恋をどう守り、どんな未来へ進みたいのかを二人自身で選びました。
秘密の恋人から。
“未来を一緒に考える恋人”へ。
二人の関係は、また一歩深くなっています。




