第8話 放送された学校訪問――テレビの中の麗華と、教室に映った俺
第8話「放送された学校訪問――テレビの中の麗華と、教室に映った俺」。
前回、テレビ番組の学校紹介企画で、主人公の高校を訪れた麗華。
家を出るまではいつもの恋人同士。
しかし学校では、人気グラビアアイドル・藤宮麗華と、一人の男子高校生。
教室で目が合っても話しかけることはなく、主人公が授業中に先生から指名されても、麗華はほかの生徒と同じように拍手するだけ。
二人は最後まで、“初めて会った芸能人と高校生”として振る舞いました。
そして今回は、その学校訪問の様子がついにテレビで放送されます。
問題は、主人公がどこまで映っているのか。
麗華は放送前から楽しみにしていますが、主人公は学校で話題になることを考えるだけで落ち着きません。
そして放送が始まると――。
教室の片隅に座る主人公。
後ろで授業を見学する麗華。
さらには、先生から主人公が突然指名されたあの場面まで……。
テレビの中では何の関係もない二人。
けれど、その放送を見ている本人たちは、同じ家の同じソファに並んで座っています。
学校の友人たち。
俊介と麗音。
美和子と美晴。
慶介と興毅。
そして事務所の社長とマネージャー。
二人の本当の関係を知らない人と、知っている人では、まったく違って見えるテレビ映像。
誰にも知られていないからこそ、二人だけには特別な意味を持つ“秘密の共演”。
今回は、そんな不思議な夜を描きます。
翌週の火曜日。
朝六時十分。
目を覚ますと、隣では麗華がまだ眠っていた。
少し前までなら、朝起きてすぐに今日の予定を確認するのは麗華のほうだった。
けれど今日は違う。
俺のほうが先に思い出してしまった。
「……今日か」
小さく呟く。
今日は、先週行われた学校取材の放送日。
テレビ番組の企画で、麗華が俺の学校へやって来た。
俺の教室にも入り。
授業を見学し。
そして俺が先生に指名されて答えたところまで、しっかり撮影されていた。
もちろん、その場では俺と麗華は他人。
学校では誰も知らない。
藤宮麗華が俺の彼女であること。
さらに俺たちが同じ家で暮らしていること。
それを知っているのは事務所の社長とマネージャー、それから互いの家族だけだ。
番組側も当然知らない。
だから。
今日の放送を見る一般の視聴者からすれば。
俺は単なる「取材先の高校にいた男子生徒」。
それだけだ。
問題は――。
本当に俺が映っているのか。
そこだった。
「……ん」
麗華が少し動いた。
「起きた?」
「まだ……」
「今日放送だぞ」
その瞬間。
麗華の目が開いた。
「今日!?」
「忘れてた?」
「忘れてない!」
勢いよく身体を起こす。
「何時?」
「夜七時だっただろ」
「そうだった」
麗華が少し安心する。
「朝じゃないよね」
「今放送だったら学校遅刻するまで見そうだな」
「見る」
「即答するな」
麗華が笑う。
「だって学校のあなた映ってるかもしれないんだよ?」
「そこを楽しみにするな」
「楽しみに決まってる」
「俺は恥ずかしい」
「問題正解してたじゃん」
「そこ使われるか分からないだろ」
「使われてほしい」
「やめてくれ」
麗華が楽しそうに笑っている。
本当に嫌な予感しかしない。
◇◇◇
朝七時。
二人で朝食。
テレビでは別の情報番組が流れている。
俺はパンを食べながら言った。
「今日学校、絶対この話になる」
「番組?」
「うん」
「放送前なのに?」
「先週麗華来た時点でまだ騒いでる」
「そんなに?」
「本人には分からないんだよ」
「何が?」
「藤宮麗華が学校に来るって結構すごいから」
麗華は少し照れたように笑う。
「でも家だと普通だよ」
「だからその差が変なんだって」
「私も思う」
麗華がコーヒーを飲む。
「学校で見たあなたも変だった」
「普通に生徒だっただけ」
「制服着てた」
「学校だから」
「先生に当てられてた」
「授業だから」
「ちゃんと答えてた」
「それはたまたま」
麗華がニヤニヤする。
「何?」
「やっぱり保存したい」
「何を?」
「もし放送で映ってたら」
「録画?」
「もちろん」
「削除して」
「永久保存」
「麗華」
「家族にも送ろうかな」
俺は箸を止める。
「絶対やめろ」
「美和子さん喜びそう」
「母さんは絶対面白がる」
「美晴も」
「そっちもか」
「麗音ちゃんも俊介君も」
「弟妹まで巻き込むな」
麗華が笑う。
「じゃあ二人だけで見る」
「それならまだ」
「でも面白かったら家族にも」
「条件変わってる」
こんな調子で。
今夜が不安になってきた。
◇◇◇
午前八時十五分。
学校。
教室へ入る。
「今日だぞ!」
いきなり言われた。
「何が?」
知らないふりをする。
「藤宮麗華の学校取材!」
「今日放送なの?」
「七時!」
「録画する!」
「俺も!」
周囲の男子たちは完全に盛り上がっていた。
女子も同じ。
「私も見る!」
「うちの教室映るかな?」
「絶対映ってるって」
「誰が抜かれてた?」
「先生じゃない?」
俺は席へ座る。
友人が寄ってくる。
「お前も映ってる可能性あるぞ」
「俺?」
「先生に当てられたじゃん」
やっぱりそこ。
「使われないだろ」
「いや、あれ結構いい場面だったぞ」
「何がいいんだよ」
「芸能人が来て緊張してる高校生感」
「俺そんな緊張してた?」
「してなかった」
「じゃあ違うじゃん」
「逆に冷静すぎて面白い」
「最悪」
友人が笑う。
「今日一緒に見る?」
「家で見る」
「家族と?」
「まあ」
正確には。
彼女本人と。
でも言えない。
「藤宮麗華本人も見るかな」
友人が言う。
俺は心の中で。
――隣で見る予定。
と答える。
「見るんじゃない?」
「自分出てる番組って見るのかな」
「さあ」
「芸能人ってどうなんだろ」
俺は何も知らないふりをした。
でも実際は。
麗華はかなり楽しみにしていた。
◇◇◇
昼休み。
スマートフォンを見る。
麗華からメッセージ。
『今日仕事早く終われそう』
続いて。
『七時には絶対帰れる!』
さらに。
『一緒に見ようね』
俺は返信する。
『分かってる』
すぐに。
『録画もしてるから安心して』
『消して』
『嫌』
やっぱり。
そして。
『学校で今も話題?』
俺は周囲を見る。
友人たちはまだ放送の話をしている。
『めちゃくちゃ』
数秒。
『なんか恥ずかしい』
『今更?』
『あなたの学校だから余計』
俺は少し笑う。
『俺も恥ずかしい』
『じゃあ一緒』
『何が』
『二人で恥ずかしい』
意味が分からない。
でも麗華らしい。
◇◇◇
午後四時。
学校終了。
「じゃあな!」
「七時絶対見ろよ!」
「映ってたら連絡する!」
「しなくていい!」
友人たちと別れる。
帰りの電車でも、俺は少し落ち着かなかった。
もし顔が大きく映っていたら。
学校中で話題になる。
ただそれだけならいい。
問題は。
麗華と同じ画面に映ること。
もちろん世間から見れば何でもない。
でも俺自身は関係を知っている。
家族も知っている。
事務所も知っている。
その人たちが見たら。
絶対に面白がる。
「……嫌な予感しかしない」
俺は小さく呟いた。
◇◇◇
午後五時。
帰宅。
「ただいま」
麗華はまだ帰っていない。
制服から部屋着へ着替える。
宿題。
そして夕食準備。
番組開始まであと二時間。
午後六時過ぎ。
玄関が開く。
「ただいまー!」
声が弾んでいる。
「おかえり」
麗華が入ってくる。
「間に合った!」
「まだ一時間ある」
「でも余裕大事」
「そこだけ慎重」
「今日は絶対リアルタイムで見る」
麗華は帽子とマスクを外す。
そして俺を見る。
「学校どうだった?」
「ずっと放送の話」
「やっぱり?」
「うん」
「あなたが映ってるかもって?」
「そこまで言われた」
麗華の目が輝く。
「やっぱり映ってるかも」
「嬉しそうにするな」
「だって」
麗華が俺の隣に立つ。
「私とあなたが同じテレビに映るんだよ?」
「仕事と学校取材な」
「でも記念」
「秘密の記念な」
麗華が少し笑う。
「そうだね」
◇◇◇
午後六時半。
夕食。
二人ともいつもより少し早い。
「急いで食べなくていい」
俺が言う。
「分かってる」
麗華はそう言いながら、明らかに食べる速度が速い。
「麗華」
「何?」
「楽しみすぎ」
「だって気になる」
「自分の出演じゃなくて俺だろ」
「両方」
「麗華は普通に映る」
「でも学校のあなたは初めて」
「先週見たじゃん」
「テレビでは初めて」
「理屈が分からん」
麗華が笑う。
そして午後六時五十分。
二人でソファに座る。
テーブルには飲み物。
録画ランプも確認済み。
麗華は完全に準備万端だった。
「消す気ないだろ」
「ない」
「最初からそう言え」
「言ってる」
「そうだった」
◇◇◇
午後七時。
番組開始。
最初は別の企画。
俺たちは普通に見る。
十分。
十五分。
そして。
『続いては、人気グラビアアイドル・藤宮麗華さんが高校生活をリポート!』
画面に麗華。
「来た」
本人が言う。
「本人が反応するなよ」
「いいじゃん」
番組では校門前に立つ麗華。
『今日は、こちらの高校へお邪魔します!』
明るい声。
俺は隣を見る。
今の麗華は部屋着。
完全に別人みたいだ。
「何?」
麗華が気づく。
「いや」
「テレビと私見比べてる?」
「うん」
「どっちがいい?」
「家」
即答。
麗華が少し止まる。
「……それ反則」
「何が?」
「嬉しい」
俺はテレビへ視線を戻す。
番組は校内紹介。
部活動。
図書室。
食堂。
そして。
「次だ」
俺が言う。
教室の映像。
『続いては授業中の教室へ』
嫌な予感。
カメラが教室へ入る。
生徒たち。
先生。
麗華。
そして――。
「いた!」
麗華が俺を指差す。
「声大きい!」
画面の端。
俺が普通に座っている。
一瞬だけ。
でも分かる。
麗華が嬉しそうに笑う。
「映ってる!」
「小さいだろ」
「でもあなた」
「俺には俺って分かる」
「私にも」
当たり前。
そして。
先生が問題を出す場面。
「あ」
俺は嫌な予感がした。
テレビの中。
先生が俺を指名する。
『そこの窓側後ろから二番目』
俺が立つ。
麗華が隣で息を呑む。
「来た!」
「やめてくれ」
画面の俺。
『○○です』
先生。
『正解』
その瞬間。
教室後方の麗華が拍手している。
番組ではテロップ。
『突然の指名にも冷静!』
俺は両手で顔を覆った。
「最悪」
麗華が大笑いする。
「何これ!」
「笑うな!」
「テロップ!」
「いらない!」
「冷静!」
「編集した人誰だよ!」
麗華は涙が出そうなくらい笑っている。
「ごめん……でも……」
「笑いすぎ」
「だって本当に冷静だったから」
「内心めちゃくちゃ緊張してた」
「知ってる」
「何で?」
「顔で分かった」
「友達には分からなかったって言われた」
「私には分かる」
麗華が少し得意そうに言う。
「彼女だから」
俺は何も返せない。
テレビでは次の場面へ。
でも。
録画には永久保存された。
嫌な予感的中。
◇◇◇
さらに番組が進む。
麗華が生徒へ質問する場面。
女子。
男子。
俺には話しかけない。
完璧に他人。
番組だけ見れば。
俺と麗華の間には何の接点もない。
「すごいな」
俺が言う。
「何が?」
「本当に他人に見える」
麗華も少し静かになる。
「うん」
「当たり前だけど」
「ちょっと寂しい」
「今隣にいるだろ」
「そうだけど」
麗華が俺の肩へ少し寄りかかる。
「テレビの中では他人」
「現実では?」
俺が聞く。
麗華が笑う。
「彼氏と彼女」
「ならいい」
「うん」
二人でそのまま番組を見る。
◇◇◇
午後七時四十分。
番組終了。
麗華がすぐ録画一覧を開く。
「何してる?」
「確認」
「何を?」
「あなたの場面」
「やめろ」
早送り。
巻き戻し。
そして。
俺が先生に当てられる場面。
再生。
『○○です』
『正解』
テロップ。
『突然の指名にも冷静!』
麗華がまた笑う。
「もう一回」
「見るな!」
「面白い」
「削除」
「絶対嫌」
「これ一生残す気?」
「うん」
「本気?」
「記念だから」
俺はため息。
そのとき。
麗華のスマートフォンが震えた。
「誰?」
「……美晴」
「嫌な予感」
麗華がメッセージを見る。
そして笑う。
「何?」
「『今見てたけど、あの子映ってたわね』」
「やっぱり!」
次。
『先生に当てられてたところ、ちゃんと正解してて安心した』
「母親みたいな感想!」
麗華が笑う。
さらに。
「美和子さんからも来た」
「母さん!?」
麗華が読み上げる。
「『うちの息子、テレビでも普通だったわね』」
「何だよそれ」
「あと」
「まだある?」
「『録画保存した?』」
俺は頭を抱える。
「母さん……」
麗華が返信する。
『もちろんです』
「何で答える!」
「だって保存するもん」
「協力するな」
もう遅い。
家族に知られた。
◇◇◇
次は俺のスマートフォン。
俊介。
『兄ちゃん映ってたwww』
「笑うな!」
続いて。
『テロップついてた』
さらに。
『麗華さんも普通に後ろにいた』
俺は返信。
『見れば分かる』
すぐ。
『すごいな。彼女に見られながら授業受けてたんだ』
『黙れ』
『麗音も見てる』
そこまで?
数秒後。
麗音からも。
『見たよ』
『お姉ちゃんと同じ画面に映ってたね』
『学校では秘密なのに面白い』
俺はスマートフォンを伏せる。
「全員見てる」
麗華が笑う。
「家族だから」
「興毅さんも?」
麗華のスマートフォン。
タイミングよく通知。
「お父さん」
「やっぱり」
『放送見た。学校での対応も問題なかったね』
さすが父親。
まとも。
と思ったら。
続き。
『彼も映っていたね』
やっぱりそこは見ている。
麗華が笑う。
「全員気づくよね」
「関係知ってるからな」
そして最後。
マネージャーから。
『放送確認しました。問題ありません。お二人とも自然でした』
俺は笑う。
「事務所からも評価された」
「よかった」
「何か変な感じ」
麗華も頷く。
「社長も見てると思う」
「絶対」
◇◇◇
午後八時半。
学校の友人たちからもメッセージが大量に来た。
『お前映ってた!』
『正解してたな!』
『藤宮麗華の前で答えてたとか羨ましい』
『一生自慢できるぞ』
その文章を読みながら。
俺は妙な気持ちになる。
――藤宮麗華の前で答えた。
確かにそう。
でも。
その藤宮麗華は今。
俺の隣で俺のスマートフォンを覗こうとしている。
「友達何て?」
「見ないで」
「気になる」
「学校の友達とのメッセージ」
「私のこと?」
「ほぼ」
「見たい」
「ダメ」
麗華が少し口を尖らせる。
「ケチ」
「秘密守ってる意味なくなる」
「名前出さないから」
「ダメ」
「じゃあ内容教えて」
俺は一つだけ読み上げた。
「『藤宮麗華の前で答えてたとか羨ましい』」
麗華が一瞬止まり。
笑う。
「確かに」
「何が?」
「友達から見たらそうだよね」
「そう」
「実際は朝一緒にいたのに」
「そこ言うな」
「ふふっ」
「学校のやつらが知ったらどうなるんだろ」
麗華も少し考える。
「……大変そう」
「だから今は秘密」
「うん」
二人とも。
改めて同じ結論だった。
◇◇◇
午後九時半。
ソファ。
番組をもう一度少しだけ見返す。
今度は笑うためではなく。
普通に。
麗華が学校を歩いている。
俺の普段いる場所。
廊下。
教室。
階段。
「変な感じ」
麗華が言う。
「まだ言う?」
「だって」
「俺も分かる」
「あなたの世界に、仕事の私が入ってる」
「うん」
「でも今は私の世界にあなたがいる」
「家だから?」
「うん」
麗華が俺を見る。
「家ってどっちの世界なんだろうね」
少し不思議な質問。
「俺たちの世界?」
俺は何となく答えた。
麗華が一瞬止まる。
「……それいい」
「適当に言っただけ」
「でも好き」
麗華は嬉しそうに笑った。
「学校はあなたの場所」
「うん」
「事務所は私の場所」
「うん」
「この家は二人の場所」
「そうだな」
簡単なこと。
でも。
今の俺たちには。
その分け方がすごくしっくり来た。
◇◇◇
午後十時。
麗華が急に言う。
「ねえ」
「何?」
「記念写真撮らない?」
「今日?」
「テレビの前で」
「何の記念?」
「一緒にテレビに映った記念」
「意味分からない」
「いいじゃん」
麗華はすでにスマートフォンを用意している。
テレビ画面を一時停止。
そこには。
教室後ろの麗華。
そして少し前に座る俺。
「これ背景にするの?」
「うん」
「絶対外に出すなよ」
「家族だけ」
「家族にも出すの?」
「……二人だけ」
「なら」
ソファに並ぶ。
麗華がスマートフォンを構える。
カシャ。
写真を見る。
画面の中。
テレビの中では他人。
ソファでは隣同士。
「これ面白い」
麗華が言う。
「確かに」
「保存」
「俺にも送って」
麗華がニヤッとする。
「気に入ってるじゃん」
「記念だから」
「さっき私が言った」
「いいだろ」
写真が送られてくる。
俺も保存する。
当然。
誰にも見せない。
少なくとも今は。
◇◇◇
夜十一時。
寝室。
麗華はまだスマートフォンで今日の写真を見ていた。
「まだ見てるの?」
「うん」
「番組より写真好きだな」
「思い出だから」
「学校に来ただけだぞ」
「彼氏の学校に仕事で行った」
「同じ」
「全然違う」
麗華が俺のほうを向く。
「今日、学校の友達からいっぱい連絡来たんでしょ?」
「うん」
「私のこと?」
「ほとんど」
「何て?」
「可愛かったとか」
「それだけ?」
「近くで見られて羨ましいとか」
麗華が少し笑う。
「本当は毎日近くで見てるのにね」
「そういうこと」
「なんか秘密って面白いときもある」
「今日だけはな」
「普段は?」
「大変」
「私も」
麗華が少し静かになる。
「でも」
「ん?」
「今日みたいなことがあると、ちょっとだけ嬉しい」
「何が?」
「誰も知らないけど」
麗華が俺の手を握る。
「私たちだけは本当の意味を知ってるから」
俺はテレビの場面を思い出す。
教室。
他人として映っている二人。
視聴者は知らない。
学校の友人も知らない。
でも。
俺たちは知っている。
そして家族と、社長とマネージャーだけは知っている。
「そうだな」
俺も手を握り返す。
「秘密の映像」
「うん」
「保存する?」
「永久保存」
「やっぱり?」
「絶対」
俺は諦めた。
◇◇◇
麗華が少し近づく。
「ねえ」
「何?」
「今日は放送記念」
「また新しい制度?」
「うん」
「何するの?」
聞くまでもない。
麗華が笑う。
俺も少し笑って。
顔を近づける。
唇が重なる。
一度。
そしてもう一度。
三度。
何度目か分からなくなる。
テレビの中では。
ただの人気グラビアアイドルと高校生。
でも。
今ここでは。
何度もキスを交わす恋人同士。
麗華が唇を離して小さく笑う。
「やっぱりこっちのほうが本当」
「テレビが嘘みたいに言うな」
「仕事も本当」
「じゃあ?」
「両方本当」
麗華は続ける。
「でも一番好きなのは、こっち」
「家?」
「うん」
「俺も」
「本当に?」
「本当」
麗華が嬉しそうに笑う。
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
最後にもう一度だけ。
静かにキスをする。
明かりを消す。
今日。
俺と麗華はテレビに一緒に映った。
確かに。
同じ画面。
同じ教室。
同じ時間。
それなのに。
誰も知らない。
その二人が。
同じ家へ帰り。
同じソファで放送を見て。
同じ寝室で眠る恋人同士だということを。
学校の友人たちは。
「藤宮麗華の前で答えて羨ましい」
と言った。
でも。
俺にとって一番嬉しかったのは。
テレビに映ったことでも。
麗華に見られながら正解したことでもない。
番組が終わったあと。
隣にいる麗華と。
「面白かったね」
と笑えたことだった。
テレビの中では他人。
でも。
画面を消せば。
俺たちはいつもの二人に戻る。
それが今の俺たちにとって。
一番自然で。
一番大切な日常だった。
第8話「放送された学校訪問――テレビの中の麗華と、教室に映った俺」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は前回撮影された学校訪問の映像が、ついにテレビで放送されました。
放送前から主人公の学校では、
「今日放送だぞ!」
「教室映るかな?」
「藤宮麗華をもう一回見られる!」
と大盛り上がり。
しかし、その中で主人公だけは少し違う緊張を抱えていました。
なぜなら、その藤宮麗華本人と一緒に放送を見る予定だからです。
学校では誰も知らない。
けれど放課後に家へ帰れば、麗華も同じ家へ帰ってくる。
そして午後七時。
二人は同じソファに並び、自分たちが映っている番組を見ることになりました。
今回、やはり一番印象的だったのは教室での場面です。
主人公が画面の端に映っただけで、
「いた!」
と喜ぶ麗華。
そして先生から突然指名された場面まで、しっかり放送されてしまいました。
しかも、
「突然の指名にも冷静!」
というテロップ付き。
主人公にとっては恥ずかしい映像でも、麗華にとっては大切な記念映像。
何度も巻き戻して笑い、最後には永久保存を宣言してしまいます。
そして興味深いのは、同じ映像でも見る人によって意味がまったく違うことです。
学校の友人から見れば、
「藤宮麗華の前で問題に答えた男子生徒」。
一般の視聴者から見ても、それ以上の意味はありません。
しかし二人の家族から見れば違います。
「あの二人、本当は恋人同士なのに」
という事実を知ったうえで見る映像になります。
俊介や麗音からも連絡が入り、美晴や美和子も主人公が映ったことにすぐ気づく。
さらに事務所のマネージャーからも、
「お二人とも自然でした」
と連絡が届きました。
家族と事務所だけが知っている秘密。
その秘密があるからこそ、今回のテレビ映像は二重の意味を持つことになりました。
そして二人が改めて感じたのが、それぞれに違う“場所”があるということです。
学校は主人公の場所。
事務所や撮影現場は麗華の場所。
そして二人が一緒に暮らしている家は――二人の場所。
学校では普通の高校生として過ごす主人公。
仕事では人気グラビアアイドルとしてカメラの前に立つ麗華。
それぞれ別の世界を持ちながら、最後には同じ家へ帰ってくる。
だから主人公が何気なく口にした、
「俺たちの世界?」
という言葉は、今の二人の関係をよく表していたのではないでしょうか。
また今回は、テレビ画面を背景に二人で記念写真も残しました。
テレビの中では他人。
テレビの前では恋人。
一枚の写真の中に、“表の二人”と“本当の二人”が同時に写っています。
当然、その写真を外へ公開することはできません。
学校の友人にも見せられない。
SNSにも載せられない。
だからこそ、二人だけが持っている特別な一枚になりました。
そして夜。
麗華が口にした、
「私たちだけは本当の意味を知ってるから」
という言葉。
誰にも知られていないことには、寂しさもあります。
けれど同時に、二人だけが知っている思い出が増えていく楽しさもあります。
学校でのすれ違い。
テレビでの“秘密の共演”。
そして放送後、同じ家で笑い合う二人。
最後にはいつものように何度もキスを交わし、テレビの中とはまったく違う、本当の恋人同士へ戻りました。
第8話で生まれたのは、二人にとって初めての“テレビの中に残った秘密の思い出”。
いつの日か二人の関係を隠す必要がなくなったとき。
この録画をもう一度一緒に見れば、
「あの頃は、同じ画面に映っているだけでも秘密だったね」
と笑える日が来るのかもしれません。




