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『俺の彼女はグラビアアイドル』  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
第一章 藤宮麗華編
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11/28

閑話 俊介と麗華――グラビアアイドルサイン会に参加


閑話「俊介と麗華――グラビアアイドルサイン会に参加」。


今回は、主人公の弟・俊介と、兄の恋人である藤宮麗華に焦点を当てた少し特別な一日です。


俊介にとって麗華は、今ではただの有名人ではありません。


兄の彼女。


家族同士の顔合わせも済ませ、母親同士は大親友、父親同士は仕事仲間、さらに麗華の妹・麗音とは三年間ずっと同じクラス。


そんな家族ぐるみの関係になった相手です。


それでも今回、俊介はあえて家でサインをお願いするのではなく、一般のファンと同じように整理券を取り、藤宮麗華の写真集発売記念サイン会へ参加します。


理由はただ一つ。


“兄の彼女”としてではなく、“人気グラビアアイドル・藤宮麗華”として仕事をしている麗華を、一度自分の目で見てみたかったから。


当然、俊介が参加することは麗華には内緒。


一般のファンたちに混じって列へ並び、いよいよ自分の順番がやってきたとき――。


顔を上げた麗華は、目の前にいる俊介を見てどんな反応をするのでしょうか。


家では知っている相手。


けれど今日は、グラビアアイドルと一人のファン。


普段とは少し違う二人のやり取りと、俊介が初めて間近で見る“仕事中の藤宮麗華”に注目です。



土曜日の朝。


俊介は、自分の部屋で一枚の整理券を何度も見返していた。


そこに書かれている文字は――。


『藤宮麗華 最新写真集発売記念サイン会』


開催日。


会場。


集合時間。


整理番号。


すべて間違いない。


「……ほんとに行くのか、俺」


俊介は小さく呟いた。


もちろん、藤宮麗華のことはよく知っている。


テレビに出ている人気グラビアアイドルとして――だけではない。


今では、兄の彼女。


しかも兄と同棲している。


さらに自分の母・美和子と麗華の母・美晴は、小学校から高校まで続く幼馴染で大親友。


父親同士も仕事仲間。


そして麗華の妹・麗音とは、俊介自身が中学一年生から三年生までずっと同じクラス。


ここまで家族ぐるみで関係がつながっていれば、本来ならサインなんて頼む必要はない。


麗華本人に、


「サインしてください」


と言えば、おそらく普通に書いてくれる。


というより。


兄の家へ行けば麗華本人がいる可能性さえある。


それでも俊介は、あえて一般のファンと同じ手続きを踏んで、このサイン会の整理券を取った。


理由は単純だった。


一度だけ。


本当に普通のファンとして、グラビアアイドル・藤宮麗華のイベントに参加してみたかったからだ。


◇◇◇


リビングへ降りる。


母の美和子が朝食を用意していた。


「おはよう」


「おはよう」


俊介が席につく。


すると美和子は、すぐに俊介の顔を見る。


「今日だったわよね?」


「何が?」


「麗華ちゃんのサイン会」


俊介が止まる。


「なんで知ってんの?」


「あなたが整理券取ったって、この前言ってたじゃない」


「言ったっけ」


「言った」


美和子が笑う。


「麗華ちゃん本人に書いてもらえばいいのに」


「それじゃ意味ないんだよ」


「何の意味?」


「ファンとして行ってみたい」


「へえ」


美和子は少し面白そうな顔をする。


「麗華ちゃん、俊介が来るって知ってるの?」


「知らないと思う」


「言ってないの?」


「言ってない」


「お兄ちゃんには?」


「言ってない」


「麗音ちゃんには?」


「言ってない」


美和子は完全に楽しんでいた。


「じゃあサプライズ?」


「別にそういうつもりじゃない」


「麗華ちゃん、どんな顔するかしら」


「普通だろ」


「どうかしらね」


俊介は少し嫌な予感がした。


「母さん、麗華さんに連絡するなよ」


「しないわよ」


「本当に?」


「せっかくなら驚かせたほうが面白いもの」


「絶対楽しんでるだろ」


「もちろん」


美和子は笑った。


◇◇◇


午前十一時。


サイン会会場。


大型書店のイベントスペース。


入口付近には、すでに多くの参加者が集まっていた。


男性。


女性。


同年代くらいの若者。


社会人らしい人。


中には親子で来ている人もいる。


会場の壁には、大きなポスター。


藤宮麗華が笑顔で写っている。


『最新写真集発売記念』


その文字を見ながら、俊介は妙な感覚になった。


「……兄ちゃんの彼女なんだよな」


家では普通に話す。


顔合わせのときには同じテーブルで食事もした。


それなのに。


ここでは完全に“芸能人”。


周囲の人たちは、


「麗華ちゃん生で見るの初めて」


「緊張する」


「写真集めっちゃ良かった」


と話している。


俊介は、自分だけが別世界の事情を知っているような気がしていた。


でも当然。


今日は絶対にそれを出してはいけない。


ここでは、自分も普通の参加者。


ただのファン。


整理券を握りしめ、列に並ぶ。


◇◇◇


イベント開始。


会場の奥から、スタッフに案内されて麗華が登場した。


歓声。


拍手。


「こんにちはー!」


麗華が明るく手を振る。


仕事用の笑顔。


髪も綺麗に整えられている。


衣装も華やか。


俊介は思わず感心した。


「……全然違うな」


家族の顔合わせで見た麗華とは別人みたいだった。


もちろん同じ人。


でも、仕事のスイッチが完全に入っている。


「今日は来てくださってありがとうございます!」


麗華が挨拶する。


「写真集、もう見てくださった方いますか?」


会場から多くの手が上がる。


「ありがとうございます!」


麗華が嬉しそうに笑う。


そしてサイン会が始まった。


一人。


また一人。


参加者が順番に麗華の前へ進む。


麗華は一人ひとりに丁寧に笑顔を向ける。


「ありがとうございます」


「嬉しいです」


「また来てくださいね」


俊介は列を進みながら、その様子を見ていた。


グラビアアイドル。


人気タレント。


ファンに夢を与える存在。


改めて、麗華がどれだけ真剣に仕事をしているのか分かる。


そして同時に思う。


――兄ちゃん、この人と毎日一緒に暮らしてるんだよな。


と。


なんだか不思議だった。


◇◇◇


いよいよ俊介の番が近づく。


前にはあと三人。


二人。


一人。


俊介は少し緊張してきた。


「何で俺が緊張するんだよ」


家族として会ったことは何度もある。


それなのに、仕事中の麗華を目の前にすると完全に違う。


前の参加者が終わる。


スタッフが言う。


「次の方、どうぞ」


俊介が前へ進む。


麗華はまだ手元の写真集を見ていた。


「ありがとうございます。お名前は――」


顔を上げる。


「……え?」


止まった。


俊介も何とも言えない顔になる。


数秒。


麗華が目を見開く。


「俊介君!?」


周囲のスタッフが少し反応した。


俊介は慌てて小声で言う。


「麗華さん、声」


「あっ……」


麗華もすぐに気づく。


仕事用の笑顔に戻ろうとするが、明らかに驚いている。


「……こんにちは」


俊介が言う。


麗華も少し笑いをこらえながら、


「こんにちは」


と答える。


その様子を見たスタッフは、


「お知り合いですか?」


と聞いた。


一瞬。


俊介と麗華の視線が合う。


当然、本当の関係は言えない。


麗華が自然に答えた。


「家族ぐるみで知ってる子なんです」


嘘ではない。


完全に正しい。


スタッフも納得したようだった。


「なるほど」


俊介は心の中で、


――危なっ。


と思った。


◇◇◇


麗華が写真集を開く。


「名前、俊介君でいい?」


「はい」


「敬語やめてよ」


「今仕事中だから」


「それもそうだね」


麗華は小さく笑った。


そしてサインを書き始める。


『俊介君へ』


その下に藤宮麗華のサイン。


さらに少し考えてから。


『勉強も頑張ってね!』


と書き加えた。


俊介がそれを見る。


「何で勉強」


「中三でしょ?」


「ここで言う?」


「受験生なんだから」


「サイン会で説教されると思わなかった」


麗華が笑う。


「説教じゃないよ」


「麗音にも同じこと言われる」


「麗音にも?」


「数学の宿題やった?とか」


「ふふっ。あの子らしい」


スタッフが笑っている。


周囲から見れば。


家族ぐるみで知っている弟のような存在。


そのくらいにしか見えない。


でも俊介だけは分かっている。


目の前にいる人は――。


自分の兄の彼女。


そして、もしかしたら将来。


本当に家族になる可能性もある人。


◇◇◇


麗華がサインを書き終える。


「はい」


「ありがとうございます」


俊介が受け取る。


麗華が少しだけ顔を近づけ、小声で言った。


「なんで来るって言ってくれなかったの?」


俊介も小声で答える。


「普通のファンとして来てみたかったから」


麗華が目を丸くする。


「普通のファン?」


「うん」


「私の?」


「一応」


「一応って何」


「兄ちゃんの彼女でもあるし」


「ここでそれ言わないで!」


麗華が小声で慌てる。


俊介は少し笑った。


「冗談」


「もう」


でも麗華は嬉しそうだった。


「写真集、買ってくれたんだ」


「整理券必要だったから」


「それでも嬉しい」


「家でサイン頼めばタダだったけど」


「じゃあ今度もう一冊書いてあげようか?」


「いらない」


「即答!?」


俊介が笑う。


スタッフから、


「そろそろお願いします」


と声がかかる。


「あ」


麗華が仕事の表情に戻る。


「来てくれてありがとう」


「うん」


「気をつけて帰ってね」


「麗華さんも頑張って」


その一言に。


麗華が少しだけ驚いた。


そして柔らかく笑う。


「ありがとう」


俊介はその場を離れた。


◇◇◇


列から離れたあと。


俊介はサイン入り写真集を確認した。


『俊介君へ』


『勉強も頑張ってね!』


「……完全に姉ちゃんみたいだな」


思わず笑う。


そのとき。


後ろから別の参加者の会話が聞こえてきた。


「さっきの子、麗華ちゃんと知り合いっぽかったね」


「家族ぐるみって言ってた」


「羨ましい」


俊介の心臓が少し跳ねる。


でも。


それ以上の話にはならなかった。


当然だ。


家族ぐるみで知っている。


それだけなら何も不自然ではない。


むしろ事実。


俊介は少し安心した。


◇◇◇


イベント終了後。


俊介は帰宅しようと書店の外へ向かっていた。


そのときスマートフォンが震える。


メッセージ。


麗音からだった。


『今日お姉ちゃんのサイン会行ったの?』


俊介が止まる。


「なんで知ってんだよ」


返信。


『誰から聞いた?』


すぐ既読。


『お姉ちゃん』


「早っ」


さらに。


『びっくりしたって』


俊介は返信する。


『普通のファンとして行っただけ』


麗音から。


『家族なのに?』


『家族じゃないだろ』


『ほぼ家族じゃん』


「ほぼって何だよ」


俊介は苦笑する。


『サイン何て書かれた?』


俊介はサイン部分の写真を送る。


数秒。


『勉強も頑張ってねwww』


「笑うな」


『お姉ちゃんらしい』


『麗音にもいつも言われる』


『だって俊介宿題ギリギリじゃん』


『今日くらいその話やめろ』


『受験生』


『分かってる』


二人のやり取りは、いつも通りだった。


◇◇◇


その頃。


サイン会を終えた麗華は、控室へ戻っていた。


担当マネージャーが資料を整理している。


「お疲れさまでした」


「お疲れさまです」


麗華は椅子へ座る。


「今日、びっくりした」


「俊介君ですか?」


麗華が振り返る。


「知ってたんですか?」


「受付スタッフから、お知り合いらしい中学生が来ていると連絡がありました」


「なんで教えてくれなかったんですか?」


「本人が普通に並んでいましたから」


「びっくりしましたよ」


マネージャーは少し笑った。


「でも嬉しそうでしたね」


「……まあ」


麗華は少し照れる。


「彼の弟ですから」


「家族として?」


「それもありますけど」


麗華は今日の俊介を思い出す。


普通に整理券を取って。


他の参加者と同じように列へ並んで。


写真集を持って。


サインをもらいに来た。


「なんか、仕事を見てもらえた感じがして嬉しかったです」


「なるほど」


「家族として会うのと、ファンとして会うのって全然違うんですね」


マネージャーは頷く。


「俊介君も今日、改めて麗華さんの仕事を知ったのかもしれませんね」


「そうかも」


麗華は微笑んだ。


◇◇◇


夕方。


俊介が家へ帰る。


「ただいま」


「おかえり」


美和子がリビングから顔を出す。


「どうだった?」


「普通」


「麗華ちゃん驚いた?」


「めちゃくちゃ」


美和子が笑う。


「見たかった」


「絶対楽しんでるだろ」


「サインは?」


俊介が写真集を見せる。


美和子が読む。


「『勉強も頑張ってね!』」


そして。


笑う。


「麗華ちゃん最高」


「母さんまで笑うな」


「ちゃんと勉強しなさいってことよ」


「分かってる」


「でも大事にしなさいよ」


美和子が少し優しい声になる。


「何を?」


「その写真集」


俊介は表紙を見る。


「まあ、捨てないよ」


「いつかすごくいい思い出になるわよ」


「そうかな」


「なる」


美和子はそう言い切った。


◇◇◇


夜。


俊介のスマートフォンが鳴る。


今度は兄からだった。


『今日サイン会行ったんだって?』


俊介は少し驚く。


『麗華さんから聞いた?』


『帰ってきてすぐ話してた』


俊介は笑う。


やっぱり麗華は兄に全部話したらしい。


『普通のファンとして参加してみた』


兄から返信。


『どうだった?』


俊介は少し考える。


そして。


『すごかった』


と送る。


数秒後。


『何が?』


俊介はさらに考える。


今日の麗華。


一人ひとりに笑顔で接する姿。


何十人、何百人と続く参加者に丁寧に対応する姿。


仕事中の表情。


家族の前とはまるで違う雰囲気。


『麗華さん、ちゃんとグラビアアイドルだった』


すぐ返信。


『当たり前だろ』


『家で見るのと違った』


『俺も最初そう思った』


俊介は少し笑う。


そして入力する。


『兄ちゃん、すごい人と付き合ってるな』


送信。


しばらく既読だけがつく。


少しして。


『俺にとっては普通の彼女だよ』


俊介は画面を見つめた。


以前から兄は同じようなことを言っていた。


テレビに出ていても。


雑誌に出ていても。


人気があっても。


兄にとっては、ただの麗華。


俊介は今日。


その意味が少しだけ分かったような気がした。


◇◇◇


数日後。


学校。


朝。


俊介が教室へ入ると、麗音がすでに席にいた。


「おはよう」


「おはよう」


俊介が席へ向かおうとすると。


「ねえ」


「何?」


麗音が小声で聞く。


「写真集持ってきた?」


「持ってくるわけないだろ」


「サイン見たかった」


「写真送ったじゃん」


「本物」


「家にある」


「今度見せて」


「なんで妹が姉のサイン見たがるんだよ」


麗音が笑う。


「俊介宛てだから」


「勉強しろって書いてあるだけ」


「それが面白い」


「面白がるな」


二人で小さく笑う。


そのとき。


クラスの男子が話していた。


「藤宮麗華のサイン会行きたかったな」


「整理券すぐなくなったらしい」


「マジで?」


俊介は黙る。


麗音も黙る。


二人だけが知っている。


俊介は、そのサイン会に参加していた。


そして麗華本人に驚かれながら、直接サインをもらった。


「俊介は行かなかったの?」


突然聞かれる。


俊介は一瞬迷った。


参加したこと自体は秘密にする必要はない。


「行ったよ」


「え!?」


周囲が一気に反応する。


「マジ!?」


「サインもらった?」


「もらった」


「羨ましい!」


「何話した?」


俊介は少し考える。


「勉強頑張ってって言われた」


教室が笑いに包まれる。


「サイン会で!?」


「中三だからじゃね?」


「麗華ちゃん優しい!」


俊介も笑う。


本当のことを言っている。


ただし――。


一番大切な部分だけは言わない。


藤宮麗華が、自分の兄の彼女であること。


そしてサインを書きながら、家族のように普通に話していたこと。


それは俊介と麗音。


そして家族だけが知っていればいい。


◇◇◇


その日の夜。


兄と麗華の暮らす家。


仕事を終えた麗華は、ソファでスマートフォンを見ながら笑っていた。


「何見てるの?」


隣にいた主人公が聞く。


「俊介君から来たメッセージ」


「何て?」


麗華が画面を見せる。


『学校でサイン会行ったって話したら、みんな羨ましがってた』


主人公が笑う。


「そりゃそうだろ」


麗華は返信する。


『来てくれてありがとう。またイベントあったら来てね』


すると。


『今度は普通に家でサインもらう』


麗華が吹き出す。


「もう!」


「最初からそうすればよかったのに」


「でも」


麗華は少し嬉しそうに言う。


「今回来てくれて本当に嬉しかった」


「なんで?」


「家族としてじゃなくて」


麗華はスマートフォンを胸元へ置く。


「私の仕事を見に来てくれたから」


主人公は少し黙った。


そして笑う。


「俊介なりに興味あったんだろ」


「うん」


「家じゃ絶対見られない麗華だからな」


「どういう意味?」


「仕事中はちゃんと芸能人」


「家では?」


「普通の彼女」


麗華が少し照れたように笑った。


そして再びスマートフォンを見る。


俊介から最後のメッセージ。


『サイン、大事にしとく』


麗華はその文章をしばらく見つめた。


そして静かに笑った。


人気グラビアアイドル・藤宮麗華。


兄の恋人として知っている俊介。


家族ぐるみで付き合っている麗華。


そして――。


ステージの向こう側で多くのファンに笑顔を向ける藤宮麗華。


同じ人でも、見る場所によって全く違って見える。


俊介にとって今回のサイン会は。


単にサインを一枚もらっただけではなかった。


兄が大切にしている女性が、どんな仕事をしているのか。


どれほど多くの人から応援されているのか。


そしてどれほど真剣に、その仕事と向き合っているのか。


それを知る一日だった。


写真集に残された、


『俊介君へ』


『勉強も頑張ってね!』


という言葉。


いつか何年も経ったあと。


それを見返したとき。


俊介はきっと思い出す。


兄の彼女だった人気グラビアアイドルのサイン会へ。


誰にも関係を明かさず。


ただ一人の普通のファンとして参加した――。


少しだけ特別な、あの日のことを。



閑話「俊介と麗華――グラビアアイドルサイン会に参加」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は俊介が、あえて一般のファンとして麗華のサイン会へ参加する一日を描きました。


兄の彼女なのだから、家で頼めばいつでもサインを書いてもらえる。


それどころか、兄と麗華が暮らしている家へ行けば、本人と普通に会話することだってできます。


それでも俊介は、整理券を取り、写真集を購入し、他のファンたちと一緒に列へ並びました。


その理由は、


「普通のファンとして来てみたかったから」


というもの。


そして実際に会場で俊介が見た麗華は、家族同士の顔合わせで見た彼女とはまったく違っていました。


華やかな衣装。


仕事用の笑顔。


一人ひとりのファンへ丁寧に言葉をかけ、何人もの参加者へサインを書き続ける姿。


俊介にとっては、初めて真正面から見る“人気グラビアアイドル・藤宮麗華”でした。


そしていよいよ俊介の順番。


「お名前は――」


と顔を上げた麗華が、


「俊介君!?」


と驚いてしまう場面。


関係を知らないスタッフたちがいる以上、もちろん本当の事情を話すことはできません。


そこで麗華が答えた、


「家族ぐるみで知ってる子なんです」


という言葉。


これは嘘ではありません。


むしろ現在の両家の関係を考えれば、かなり正確な説明でもあります。


そして俊介へ書かれたサイン。


「俊介君へ」


さらに、


「勉強も頑張ってね!」


という一言。


サイン会へ来たのに、受験勉強についてまで言われてしまうところは、もはや芸能人というより少し年上のお姉さんのような麗華でした。


しかし今回、俊介が持ち帰ったのはサインだけではありません。


兄が付き合っている女性が、どんな仕事をしているのか。


どれほど多くの人に応援されているのか。


一人ひとりのファンと、どれほど真剣に向き合っているのか。


それを自分自身の目で見ることができました。


だからこそ俊介から兄へ送られた、


「兄ちゃん、すごい人と付き合ってるな」


という言葉。


それに対する主人公の、


「俺にとっては普通の彼女だよ」


という返事も、このシリーズらしい二人の見方の違いを表しています。


俊介から見れば、多くの人から憧れられる人気グラビアアイドル。


主人公から見れば、毎日同じ家へ帰り、笑ったり甘えたりする大切な恋人。


どちらも同じ藤宮麗華です。


また学校では、俊介がサイン会へ参加したことそのものは普通に話すことができます。


友人たちから、


「羨ましい!」


と言われても、


「勉強頑張ってって言われた」


と笑って答えられる。


けれど、その麗華が兄の彼女だという一番大きな秘密だけは、俊介と麗音を含む限られた人たちの中にしまわれたままです。


そして麗華にとっても今回の出来事は嬉しいものでした。


家族として会いに来たのではなく、自分が一生懸命続けている仕事を見に来てくれた。


それは、俊介が麗華という人をまた少し違った角度から知った瞬間でもあります。


家族としての麗華。


兄の恋人としての麗華。


そして人気グラビアアイドルとしての藤宮麗華。


同じ一人の女性でも、それぞれの場所で違った顔がある。


今回の閑話では、そんな麗華の“仕事の顔”を、俊介の視点から描く一話となりました。


そして俊介の手元に残った、たった一冊のサイン入り写真集。


いつか何年も経ったあとに見返したとき――。


きっとこの少し不思議で、少し特別だったサイン会の日を思い出すことでしょう。


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