第5話 学校帰りの約束――誰にも見つかってはいけない、二人だけのデート
第5話「学校帰りの約束――誰にも見つかってはいけない、二人だけのデート」。
今回は、主人公と藤宮麗華が久しぶりに“外でデートをする”一日を描きました。
二人はすでに同棲し、家の中では何気ない会話をしながら一緒に食事をし、何度もキスを交わすほど愛し合っています。
しかし一歩外へ出れば、事情は大きく変わります。
麗華は人気グラビアアイドル。
主人公は高校三年生。
交際も同棲も公表されておらず、その関係を知っているのは、麗華の所属事務所の社長と担当マネージャー、そして互いの家族だけです。
だからこそ、普通の恋人同士なら当たり前にできることも、二人にとっては簡単ではありません。
一緒に街を歩く。
手をつなぐ。
並んで写真を撮る。
そんな何気ないことでも、周囲の視線を常に意識しなければならない二人。
それでも麗華は、
「久しぶりにデートしたい」
と主人公へ伝えます。
事務所のマネージャーにも事前に相談し、いくつもの注意事項を守ったうえで向かった先は水族館。
仕事をしている藤宮麗華でもなく。
学校生活を送る主人公でもなく。
ただの二十歳の女性と十八歳の男性として過ごす、短い時間。
けれどそこには、二人が改めて“普通の恋人同士でありたい”と願う気持ちが詰まっています。
果たして誰にも気づかれず、最後までデートを楽しむことができるのでしょうか。
金曜日の朝。
カーテンの隙間から差し込んだ光で、俺はゆっくり目を覚ました。
「……朝か」
時計を見る。
午前六時十八分。
いつもより少し早い。
隣を見ると、麗華はまだ眠っていた。
藤宮麗華。
二十歳。
人気グラビアアイドル。
そして――俺の彼女。
さらに俺たちは、すでに同じ家で暮らしている。
学校では絶対に言えない。
麗華の芸能活動でも公表していない。
知っているのは、事務所の社長と担当マネージャー、そして俺たちの家族だけ。
先日の顔合わせでは、その家族同士が驚くほど昔からつながっていたことまで分かった。
母さんの美和子と麗華のお母さん、美晴さんは小学校から高校まで一緒だった幼馴染で大親友。
父さんの慶介と麗華のお父さん、興毅さんは親会社と子会社を通じた仕事仲間。
さらに弟の俊介と麗華の妹・麗音は、中学一年生から三年生まで三年間ずっと同じクラス。
俺たちが知らなかっただけで、二つの家族はずっと前からつながっていた。
「……ん……」
隣で麗華が動いた。
「麗華」
「……まだ寝る」
「起きてないのに返事するなよ」
「起きてる……」
「目閉じてるぞ」
「心は起きてる……」
「身体も起こしてくれ」
麗華が布団を少しだけ顔まで引き上げる。
「今日何時?」
「六時二十分くらい」
「まだ大丈夫」
「麗華、今日仕事は?」
「午後から」
「珍しいな」
「午前中はゆっくり」
「いいな」
俺がベッドから出ようとすると。
ぎゅっ。
麗華に腕をつかまれた。
「何?」
「どこ行くの?」
「朝飯」
「あと五分」
「麗華が寝るだけだろ」
「一緒に寝る五分は特別なの」
「何だそれ」
俺は苦笑する。
すると麗華が薄く目を開けた。
「ねえ」
「ん?」
「今日、学校何時に終わる?」
「普通なら四時前」
「部活は?」
「今日はない」
「じゃあ……」
麗華が少しだけ嬉しそうに笑った。
「学校終わったあと、時間ある?」
「あるけど」
「私も今日、夕方には仕事終わる予定なの」
俺は麗華を見る。
その表情だけで、何となく分かった。
「どっか行きたい?」
「……うん」
麗華は小さく頷いた。
「久しぶりにデートしたい」
その言葉に俺は少し黙った。
デート。
付き合っているのだから、本来なら何もおかしくない。
でも俺たちにとっては簡単なことではなかった。
麗華は人気グラビアアイドル。
俺は高校三年生。
二人で普通に街を歩けば、誰かに気づかれる可能性がある。
特に俺が制服姿なら危険だ。
「マネージャーさんは?」
「昨日相談した」
「もう?」
「うん」
「行動早いな」
「だってデートしたかったから」
「何て?」
「条件付きならって」
「条件?」
麗華が指を立てる。
「人の多すぎる場所には行かない」
二本目。
「私はちゃんと変装する」
三本目。
「君は一回帰って制服から私服に着替える」
四本目。
「写真を撮るときは周りに注意する」
そして五本目。
「遅くなりすぎない」
「結構あるな」
「当たり前だよ」
「どこ行く?」
麗華は待ってましたと言わんばかりに笑った。
「水族館」
「水族館?」
「行きたい」
「夕方から?」
「夜までやってるところ」
なるほど。
「いいよ」
「本当!?」
麗華が一気に目を覚ました。
「さっきまで眠そうだったのに」
「デートは別」
「現金だな」
「じゃあ決まり」
麗華が身体を起こす。
そして俺のほうへ顔を近づけた。
「何?」
「デート決定のキス」
「そんな制度あった?」
「今作った」
麗華の唇が俺の唇へ触れる。
一度。
離れて。
また一度。
「朝から元気だな」
「楽しみだから」
そしてもう一度。
俺も麗華の頬へ手を添え、短く唇を重ねた。
「これで終わり」
「あと一回」
「学校遅れる」
「まだ時間ある」
「朝飯は?」
「あ」
麗華が止まる。
「忘れてた」
「デートで頭いっぱいじゃん」
「今日くらいいいでしょ」
そんな麗華を見ていると、俺まで楽しみになってきた。
◇◇◇
午前八時十五分。
学校。
教室へ入ると、友人たちがいつものように話していた。
「今日どっか行こうぜ」
「カラオケ?」
「金ない」
「じゃあゲーセン」
俺は席へ鞄を置く。
「お前も来る?」
突然誘われた。
「俺?」
「今日部活ないだろ?」
一瞬迷う。
「悪い。今日は予定ある」
「珍しい!」
「何だよ」
「お前が金曜に予定?」
「用事くらいあるわ」
「デート?」
ドキッとする。
「違う」
反射的に答えた。
「怪しい」
「家の用事」
「本当か?」
「本当」
当然嘘だ。
正確には――。
彼女との用事。
しかも、その彼女は藤宮麗華。
絶対に言えるわけがない。
「まあいいや。今度な」
「ああ」
友人が離れる。
俺は小さく息を吐いた。
そのとき別の男子がスマートフォンを見ながら言った。
「そういや藤宮麗華、今日撮影らしいぞ」
思わずそちらを見る。
「何で知ってるんだよ」
「SNS。スタッフが何か投稿してた」
「どこ?」
「詳しい場所までは出てない」
当然だろう。
俺は何も知らないふりをして席に座る。
今日、その撮影が終わったあと。
俺は藤宮麗華とデートする。
そんなこと、ここにいる誰も想像していない。
◇◇◇
昼休み。
スマートフォンを見る。
麗華からメッセージが来ていた。
『撮影始まったよ!』
その十五分後。
『今日は順調!』
さらに。
『予定より早く終わるかも』
そして最後。
『学校頑張ってね♡』
俺は周囲を確認して返信する。
『そっちも頑張れ』
すぐに既読。
『デート楽しみ』
俺は、
『俺も』
と返した。
送ったあと、少し恥ずかしくなる。
すると。
『保存しました』
「……何をだよ」
思わず小声が出る。
『俺も、ってやつ』
『消せ』
『嫌です』
『恥ずかしい』
『彼氏がデート楽しみにしてくれてる証拠だから保存します』
俺はスマートフォンを伏せた。
「何やってんだ、あいつ……」
でも。
自分でも気づかないうちに笑っていたらしい。
「またスマホ見て笑ってる」
友人の声。
「笑ってない」
「絶対女だろ」
「違う」
「最近怪しいぞ」
「気のせい」
俺はすぐにスマートフォンをポケットへしまった。
危ない。
本当に気をつけないと。
◇◇◇
午後四時十分。
学校が終わる。
俺は友人たちの誘いを断り、そのまま真っ直ぐ帰宅した。
「ただいま」
麗華はまだ帰っていない。
俺はすぐ制服を脱ぎ、私服へ着替える。
鏡を見る。
「……普通だな」
当然だ。
別に俺は芸能人ではない。
問題は麗華。
どれだけ変装しても、気づく人は気づくかもしれない。
スマートフォンが鳴る。
『終わった!』
麗華だ。
『今から帰るね』
俺は、
『待ってる』
と返信した。
◇◇◇
午後五時。
玄関が開いた。
「ただいま!」
「おかえり」
麗華が帰ってきた。
帽子。
マスク。
眼鏡。
仕事帰りのいつもの変装。
「疲れた?」
「ちょっと。でも大丈夫」
「無理して行かなくてもいいぞ」
「行く!」
即答。
「今日ずっと楽しみにしてたんだから」
「分かったよ」
麗華は一度洗面所へ向かう。
しばらくして戻ってくると、俺の前に立った。
「ただいま」
「二回目」
「まだしてない」
「何を?」
麗華が少し唇を尖らせる。
「分かってるでしょ」
「はいはい」
俺が顔を近づける。
唇が重なる。
短く一度。
「これでいい?」
「もう一回」
「デート行くんだろ」
「充電してから」
「何の充電だよ」
「彼氏成分」
「意味分からん」
そう言いながらも、俺はもう一度キスをする。
今度は少し長く。
麗華が嬉しそうに笑った。
「充電完了」
「じゃあ準備」
「うん!」
◇◇◇
午後五時半。
麗華は服を着替えた。
派手ではない私服。
帽子。
眼鏡。
マスク。
髪型も普段とは少し変えている。
「どう?」
「怪しい」
「ちょっと!」
「冗談」
「バレそう?」
「普通にしてれば大丈夫だと思う」
「マネージャーさんにも同じこと言われた」
「連絡した?」
「今から出るって送った」
麗華のスマートフォンが鳴る。
「返ってきた」
画面を見る。
「『周囲をよく確認してください。楽しんできてください』だって」
「優しいな」
「あと」
「何?」
麗華が少し笑う。
「『写真を撮られるような場所でイチャイチャしないこと』」
「当たり前だろ」
「家ならいい?」
「マネージャーさんに聞くな」
「聞かないよ!」
二人で笑う。
そして玄関を出た。
外では恋人らしく見えすぎないように。
少し距離を空けて歩く。
それが俺たちのデートの始まりだった。
◇◇◇
午後六時十五分。
水族館。
平日の夕方ということもあり、昼間より人は少なかった。
館内は薄暗い。
大きな水槽の中を魚たちがゆっくり泳いでいる。
「わあ……」
麗華が立ち止まる。
その横顔は、テレビで見る藤宮麗華ではなかった。
ただ水槽を見て目を輝かせている普通の女の子。
「綺麗」
「うん」
「見て、あれ!」
「クラゲ?」
「すごい」
麗華は水槽へ近づく。
俺も隣へ。
周囲を見る。
誰もこちらを気にしていない。
麗華が小さな声で言った。
「ねえ」
「何?」
「手」
「え?」
「つなぎたい」
俺は周囲を見る。
「ここなら大丈夫かな」
「たぶん」
俺たちはそっと手をつないだ。
指を絡めるほど目立つことはしない。
普通に。
それでも十分だった。
麗華が嬉しそうに笑う。
「久しぶり」
「何が?」
「外で手つなぐの」
「そうだな」
「家ではいつでもできるけど」
「外はな」
「普通のカップルって、いつでもこうできるんだよね」
その言葉に少し胸が痛んだ。
俺たちは普通に付き合っている。
でも。
普通のカップルと同じことが、簡単にはできない。
「麗華」
「何?」
「いつか普通にできるよ」
麗華が俺を見る。
「卒業したら?」
「それだけじゃ難しいかもしれないけど」
「そうだね」
「でも、ずっと隠すわけじゃないだろ」
麗華は少し黙って。
「うん」
と笑った。
「その日まで、こういうデート大事にしよう」
「そうだな」
二人で再び水槽を見る。
手はつないだまま。
◇◇◇
クラゲの展示。
ペンギン。
熱帯魚。
大水槽。
麗華はどこへ行っても楽しそうだった。
「写真撮って」
「ここで?」
「水槽だけ」
「麗華は?」
「一緒に写ったら危ないでしょ」
「そうだな」
俺は水槽を撮影する。
すると麗華が少し寂しそうに言う。
「二人の写真も欲しいな」
「家で撮れば?」
「今日ここに来た記念が欲しい」
俺は考える。
周囲には人が少ない。
壁際。
照明も暗い。
「一枚だけな」
「本当?」
「顔はあんまり分からないように」
「うん」
二人で並ぶ。
麗華はマスクをしたまま。
俺も少し顔を伏せる。
スマートフォンを構える。
一枚。
写真を確認する。
水槽の青い光。
並んだ二人。
顔ははっきり分からない。
それでも。
今日の思い出としては十分だった。
「送って」
「あとで」
「絶対ね」
「分かった」
麗華は満足そうだった。
◇◇◇
午後七時半。
館内のベンチ。
二人で飲み物を飲む。
「楽しい?」
俺が聞く。
「すっごく」
「仕事より?」
「比較するものじゃない」
「そうか」
「仕事も好き」
麗華は少し考える。
「でも、こういう時間も好き」
「うん」
「君といる時間は、藤宮麗華じゃなくていいから」
以前、マネージャーも似たようなことを言っていた。
ここではただの麗華。
俺にとってもそうだ。
雑誌の表紙を飾る人でも。
テレビに出る人でも。
グラビアアイドルでもない。
ただの彼女。
「俺は最初から麗華として見てるけど」
「それ、嬉しい」
「そう?」
「うん」
麗華が俺を見る。
「だから好きになったのかも」
「かも?」
「好きです」
「言い直した」
「細かい」
二人で笑う。
そのとき。
少し離れた場所から、若い男女の声が聞こえた。
「ねえ、あの人……」
麗華の身体が一瞬固まる。
俺も反応する。
「どうした?」
「……もしかして」
声が近づいてくる。
「藤宮麗華に似てない?」
俺たちは顔を見合わせた。
麗華がすぐに視線を下げる。
心臓が速くなる。
「似てるけど違うんじゃない?」
「でも雰囲気似てる」
「藤宮麗華がこんなところ普通にいる?」
「いないか」
二人組はそのまま通り過ぎた。
俺たちはしばらく動かなかった。
完全に見えなくなってから。
麗華が小さく息を吐く。
「……怖かった」
「俺も」
「やっぱり分かる人には分かるんだ」
「帰る?」
俺はすぐに聞いた。
麗華は少し迷った。
そして頷く。
「うん」
残念そうだった。
でも。
安全のほうが大切だ。
「また来よう」
「うん」
「今度はもっと対策考えて」
「うん」
麗華は立ち上がる。
そのとき俺の手を少しだけ握った。
「ありがとう」
「何が?」
「帰ろうって言ってくれて」
「当たり前だろ」
「もう少しいようって言われたら、私たぶん残ってた」
「危ないと思ったら帰る」
「うん」
それも二人で秘密を守るために必要なことだった。
◇◇◇
午後八時半。
家。
玄関の扉を閉める。
鍵をかける。
その瞬間。
「はぁぁ……」
麗華が大きく息を吐いた。
「緊張した」
「最後な」
「うん」
帽子を取る。
眼鏡。
マスク。
全部外す。
「やっと普通にできる」
麗華が俺を見る。
「おかえり」
俺が言う。
「一緒に帰ってきたじゃん」
「いいだろ」
麗華が笑う。
「ただいま」
「おかえり」
そして麗華が俺に抱きついた。
「楽しかった」
「俺も」
「怖かったけど」
「そこは反省だな」
「うん」
「次はもっと気をつけよう」
「うん」
麗華が顔を上げる。
「でも」
「何?」
「デートできて嬉しかった」
「俺も」
「学校では今日、何て言ってきたの?」
「家の用事」
「私が家の用事?」
「正確には彼女との用事」
「じゃあ間違ってないね」
「無理あるだろ」
麗華が笑う。
そして俺の服を少しつかむ。
「ねえ」
「ん?」
「外で我慢した分」
もう分かっている。
俺は麗華の頬へ手を添えた。
唇が重なる。
一度。
離れて。
二度目。
今度は長く。
麗華も俺の肩へ手を置く。
三度。
四度。
何度も何度も。
外では手をつなぐだけでも周囲を確認しなければならない。
家では違う。
ここなら俺たちは誰の目も気にする必要がない。
「……今日、本当に楽しかった」
麗華が俺の胸元に顔を寄せながら言う。
「水族館?」
「全部」
「全部?」
「学校終わるの待ってる時間も」
「それは麗華仕事してただろ」
「仕事しながら楽しみにしてたの」
「俺も授業中ちょっと考えてた」
麗華が顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ保存」
「何を?」
「今の言葉」
「頭の中に?」
「うん」
「好きにしてくれ」
麗華が笑った。
◇◇◇
午後十時。
二人で夕食を食べたあと。
ソファに並び、今日撮った写真を見ていた。
水槽。
クラゲ。
ペンギン。
魚。
そして――。
最後に二人で撮った一枚。
「これ好き」
麗華が言う。
「顔ほとんど分からないけど」
「それでいいの」
「そう?」
「私たちだけ分かればいい」
水槽の光に照らされた二人。
誰かが見ても、藤宮麗華だとは分からないだろう。
でも俺たちには分かる。
「あ」
麗華が言う。
「これ、マネージャーさんに送ろうかな」
「なんで?」
「ちゃんと無事帰りましたって」
「写真まで必要?」
「記念」
麗華は写真を送り、続けてメッセージを入力する。
しばらくして返信。
「何て?」
俺が聞く。
麗華が読み上げる。
「『無事に帰宅できたようで安心しました。ただし途中で気づかれかけた件については、次回までに対策を考えましょう』」
「もう報告したの?」
「帰ってすぐ」
「早いな」
「隠したら怒られるもん」
「まあ正直に言ったほうがいい」
「あと」
「何?」
「『今日は楽しめましたか?』だって」
麗華が笑う。
そして返信する。
『すごく楽しかったです』
送信。
数秒後。
『それなら良かったです』
麗華はスマートフォンを置いた。
「優しいね」
「うん」
俺たちの関係を知っている。
守ろうとしてくれている。
家族も。
事務所も。
だからこそ、俺たち自身が軽率なことをしてはいけない。
「次からもっと気をつけような」
「うん」
「絶対に無理しない」
「うん」
「危ないと思ったら帰る」
「今日みたいに?」
「そう」
「分かった」
麗華が俺の肩へ頭を乗せる。
「でもまたデートしてくれる?」
「もちろん」
「水族館以外も?」
「行けるところ探そう」
「映画」
「いいな」
「夜景」
「人少ない場所なら」
「遊園地」
「それは難易度高いだろ」
「いつか」
「いつかな」
麗華が笑う。
◇◇◇
夜十一時半。
寝室。
布団に入ったあとも、麗華は今日撮った写真を見ていた。
「まだ見てるの?」
「うん」
「そんなに気に入った?」
「だって初めてちゃんとしたデートの写真撮れたから」
「今までもあるだろ」
「家の写真が多いもん」
確かに。
二人で料理した写真。
ソファで撮った写真。
誕生日。
何気ない日常。
家の中の写真は多い。
でも外でデートした写真は少ない。
「これ消さないからね」
「俺も消さないよ」
「絶対?」
「絶対」
麗華がスマートフォンを置く。
そして俺のほうを向いた。
「ねえ」
「何?」
「今日はありがとう」
「何回目?」
「最後」
「どういたしまして」
「あと……」
「まだある?」
麗華が笑う。
「大好き」
「急だな」
「デートの最後だから」
「もう帰ってきて何時間経ってるんだよ」
「いいじゃん」
俺は少し笑った。
「俺も好きだよ」
麗華の表情が柔らかくなる。
「もう一回」
「言わない」
「なんで?」
「さっき言った」
「ケチ」
麗華が近づく。
俺も自然に顔を寄せた。
おやすみのキス。
一度。
麗華は離れない。
二度。
そして三度。
「今日何回目だろ」
麗華が言う。
「数えてない」
「私も」
「もう寝るぞ」
「うん」
麗華が布団へ入る。
「おやすみ」
「おやすみ」
少しして。
「ねえ」
「今度は何?」
「次のデート、いつ?」
「もう次?」
「だって楽しみだから」
「予定見てから」
「約束ね」
「ああ」
暗い寝室。
隣には麗華がいる。
今日、水族館では一瞬だけ危ない場面があった。
『藤宮麗華に似てない?』
その言葉を聞いた瞬間。
改めて思い知らされた。
俺たちの恋愛は、普通の恋愛とは少し違う。
手をつなぐだけでも。
一緒に写真を撮るだけでも。
隣を歩くだけでも。
周囲を気にしなければならない。
それでも。
水槽の前で嬉しそうに笑っていた麗華。
久しぶりに外で手をつないだときの麗華。
二人の写真を何度も見返していた麗華。
その姿を思い出すと――。
今日デートして良かったと思う。
いつか。
帽子も。
マスクも。
眼鏡も。
周囲を確認する必要もなく。
普通に二人で街を歩ける日が来るのかもしれない。
その日がいつになるかは分からない。
でも今は。
家族と事務所に守られながら。
俺たちなりのやり方で、一つずつ思い出を増やしていけばいい。
「……ねえ」
暗闇の中で麗華の声。
「まだ起きてる?」
「起きてる」
「今日ね」
「うん」
「普通の女の子になれた気がした」
俺は少し黙った。
「麗華は最初から普通だろ」
「そういう意味じゃなくて」
「分かってる」
俺は麗華の手を握る。
「俺といるときくらい、普通でいればいいよ」
「……うん」
麗華も握り返した。
人気グラビアアイドル・藤宮麗華。
学校では誰もが知っている有名人。
だけど俺にとっては――。
朝、一緒に目を覚まして。
帰宅すれば「ただいま」と言って。
デートを楽しみにして。
水族館で目を輝かせて。
夜になれば隣で眠る。
大切な彼女。
誰にも知られてはいけない恋。
だからこそ。
今日の一枚の写真は――。
俺たち二人にとって、何より大切な思い出になった。
第5話「学校帰りの約束――誰にも見つかってはいけない、二人だけのデート」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、これまで家で過ごす時間が中心だった主人公と麗華が、久しぶりに外でデートする姿を描きました。
行き先は水族館。
麗華にとっては、仕事で訪れる場所でも撮影現場でもありません。
主人公と一緒に、
「綺麗だね」
「見て、あれ!」
と普通に笑いながら歩くための場所でした。
そして今回、特に印象的だったのが“手をつなぐ”という場面です。
普通の恋人であれば、ごく当たり前のこと。
けれど二人にとっては、その当たり前すら特別です。
周囲に人がいないか確認して。
麗華だと気づかれないか気にして。
ようやくそっと手をつなぐ。
家の中では何度でもできることなのに、外ではそれだけのことが大きな思い出になる。
そこに二人の恋愛が抱えている難しさがあります。
また、水族館で撮った二人の写真も大切な一枚になりました。
顔ははっきり写っていない。
誰かに見せるための写真でもない。
SNSへ投稿することもできない。
けれど、
「私たちだけ分かればいい」
という麗華の言葉の通り、その一枚には二人にしか分からない思い出が残っています。
しかし、楽しい時間ばかりではありませんでした。
「藤宮麗華に似てない?」
偶然近くにいた人から聞こえた、その一言。
麗華が人気者である以上、どれだけ変装しても気づかれる可能性はあります。
その場で主人公は無理にデートを続けるのではなく、
「帰る?」
と麗華に確認しました。
そして二人は、安全を優先して帰宅することを選びます。
この判断も、二人がただ感情だけで交際しているわけではないことを表す場面になりました。
楽しいからまだ一緒にいたい。
せっかく来たから最後まで回りたい。
そんな気持ちは当然あります。
それでも二人の秘密を守るためには、引くべきときには引かなければならない。
それは麗華の芸能活動を守るためだけではありません。
まだ高校生である主人公の学校生活を守るためでもあります。
そして家へ帰った瞬間。
帽子も。
眼鏡も。
マスクも。
周囲を気にする必要もなくなります。
外で抑えていた分、何度もキスを交わし、
「楽しかった」
「俺も」
と素直に言い合える二人。
やはりこの家は、主人公と麗華が一番自然な恋人同士に戻れる場所なのだと思います。
そして麗華が最後に口にした、
「今日ね、普通の女の子になれた気がした」
という言葉。
その言葉に対して主人公は、
「麗華は最初から普通だろ」
と返しました。
主人公にとって藤宮麗華は、人気グラビアアイドルだから好きなのではありません。
テレビに出ているからでも。
雑誌の表紙を飾っているからでもありません。
自分の隣で笑ってくれる、一人の女性として好きなのです。
いつか。
帽子もマスクも必要なく。
周囲の視線を気にすることもなく。
堂々と手をつないで歩ける日が来るのか。
今はまだ分かりません。
それでも二人は、無理をせず。
家族や事務所に支えられながら。
今できる範囲で、一つずつ大切な思い出を増やしていきます。
第1章「藤宮麗華編」。
誰にも知られてはいけない秘密の恋は、少しずつ二人だけの大切な時間を積み重ねています。




