引き戻される現実
珍しく、三人は夕暮れ前の市場通りを並んで歩いていた。
いつもはシヴェリアかエルキアが結界の家へ直接来る。こうして外で三人並んで歩くことはほとんどない。買い物帰りの人々が行き交う中、ヴァルアは少しだけ歩幅を緩めた。
その瞬間、街の人の声が耳に入る。
「見て、氷の里のシヴェリア様よ。」
「雷の坊ちゃんもいる。」
「真ん中……混血じゃない?」
ひそひそ声と視線が刺さり、ヴァルアは何も言わずに一歩だけ後ろへ下がった。シヴェリアたちから距離を取るように。自分が隣にいるだけで、二人まで噂される。そんな考えが無意識に身体を動かしていた。
(気にしてないって分かってる。)
シヴェリアもエルキアも、そんなことで離れる人ではないことはもう知っている。それでも、足が勝手に止まった。
すると次の瞬間。
「おい。」
がしっとエルキアの腕が、乱暴な勢いでヴァルアの肩へ回った。
「うわっ。」
そのままぐいっと引き寄せられる。
「な、何すんだよ!」
「別に。」
エルキアはにやりと笑った。
「話しにくいから後ろ下がんなよ。」
明らかに嘘にヴァルアがじとっと睨む。
「絶対違うだろ。」
「違わない違わない。」
さらに肩を組む力が強くなる。シヴェリアは横で小さく笑った。
「エル、潰れてるわよ。」
「軽いから平気だ。」
「軽くねぇ!」
周囲の視線がまだ残っている。だがエルキアは一切気にした様子がない。むしろ見せつけるように堂々と歩いている。シヴェリアも歩幅を合わせ、自然にヴァルアの隣へ並んだ。
言葉はない。
「気にするな」とも言わない。
ただ、当たり前のように隣にいる。その事実だけが胸に刺さった。ヴァルアはしばらく黙って歩き、やがて小さくぼやく。
「……お前ら、変なやつ。」
最近のヴァルアの照れ隠しをよくわかっているエルキアが即座に返す。
「お前にだけは言われたくねぇ。」
シヴェリアが吹き出した。その笑い声につられて、ヴァルアもほんの少しだけ口元を緩める。今まで感じたことのなかった2人の優しさで胸の中が温かく感じた。友達ができるってこんな感じなのだろうか?
夕暮れの市場通りを、三人はそのまま並んで歩いていった。
シヴェリアとエルキアと別れたヴァルアは、一人で家路を歩いていた。少し前まで連れ立っていた2人の笑い声が耳に残っている。
エルキアの馬鹿みたいな自慢話。
シヴェリアの呆れた顔。
胸の奥がまだ温かかく、ふと笑みが溢れたその時、通りの向こうから小さな声が聞こえた。
『見て、混血。』
『近づいてはダメよ。』
母親らしい女が子どもの肩を引き寄せ、嫌悪と警戒の視線が刺さる。今まで何度も見てきた目だった。ヴァルアは足を止めず、聞こえないふりをして通り過ぎる。
いつものことだ、慣れている。
——慣れているはずだった。
だが今日は、胸の奥が妙に痛んだ。
ついさっきまで、自分を普通に名前で呼んでくれる人たちがいた。
笑い合えた。
一緒に歩けた。
それが嘘みたいに遠い。
『やっぱり気味悪いね。』
背後の囁きが追いかけてくる。
ヴァルアは唇を強く噛んだ。ぎり、と歯が鳴る。
無意識に握り締められていた右手の爪が掌へ食い込む。
(……なんでだよ。)
昔なら平気だった。
石を投げられても。
水をかけられても。
『混血』と呼ばれても。
全部流せた。なのに今は、腹の奥が熱い。
怒りなのか、悔しさなのか分からない。
ヴァルアは立ち止まり、夕焼けに染まる空を見上げた。
(ああ、なんで。)
喉の奥で言葉が焼ける。
(どうして、普通に笑ってるだけで駄目なんだ。)
拳をさらに強く握ると血が滲んだ。
それでも振り返らない。振り返れば、きっと何かを壊してしまう気がした。
大きく息を吐き、ヴァルアは再び歩き出す。
足取りはいつも通り、真っ直ぐに前を見て。
けれど握り締めた拳だけは、家へ着くまで開かなかった。




