子どもたちの強さ
エルキアの訪問は想像よりも頻繁だった。
「遊びに来た!」
と言いながら、実際には半日以上居座っている。レムには本を読まされ、トアには昼寝に付き合わされ、ライアには木剣で勝負を挑まれる。その日もシヴェリアが参考書を広げている横で、エルキアがライアに追いかけ回されていた。
「エルお兄ちゃん!ぼくに雷魔法の剣教えて!」
エルキアが胸を張る。
「よし!雷の族長候補のお兄ちゃんが直々に教えてやろう!」
「やったー!」
両手をあげて勢いよく庭へ飛び出すライアを追って、シヴェリアとエルキアも外へ出る。そして二人同時に足を止めた。
「……え。」
「うわ、広っ。」
家の正面からは想像もできない景色が結界の奥に広がっていた。開けた鍛錬場、木剣が整然と並ぶ棚、魔法陣の跡が刻まれた地面。属性ごとに的が分けられ、障害物まで設置されている。遊び場ではない。完全に訓練施設だった。シヴェリアは思わず呟く。
「これ……個人の家の設備じゃないわ。」
あとからついてきたヴァルアが当然のように答える。
「そうか?」
エルキアが丸太を軽く叩き、目を丸くした。
「そうか?じゃねぇよ!うちの訓練場並みだぞ!」
ヴァルアは肩をすくめる。
「子どもたち鍛えるならこれくらい必要だろ。」
シヴェリアは地面に残る魔法陣を見つめた。刻まれている補助術式が高度すぎる。しかも複数属性対応。
「ヴァル……これ、あなたが組んだの?」
「そうだけど。」
「一人で?」
「一人で。」
さらりと言われ、シヴェリアは絶句した。その間にもライアが木剣を構える。
「見てて!」
小さな手に魔力が集まる。ばちっ。空気が弾けら次の瞬間、木剣に黄金の雷が絡みつく。
「ぼく、つよいよ!!」
ばちばちばちっ!安定した雷の刃。エルキアの表情が固まる。
「……は?」
シヴェリアも目を見開いた。
「魔力を……維持してる?」
ライアは得意げに剣を掲げる。
魔法を武器に纏わせる術式は学園の中等科で理論を教わり、高等科で実践を行うレベルの技術だ。たった4歳の子ができていいものではない。
「できた!」
エルキアは信じられないようなものを見る顔でヴァルアを振り返った。
「ライア、刃の根元に魔力が溜まりすぎ。そこから暴発するから、柄へ三割逃がせ。」
「こう?」
ライアが魔力を流し直す。ばちばちと暴れていた雷がぴたりと整った。的確な指示に的確に対応するライアにエルキアが目を見開く。
(根元の過負荷を一瞬で見抜いた……?)
雷属性の訓練を受けた者でなければ気づきにくい癖だった。次にトアがおずおずと前へ出る。
「ぼくもやる。」
小さな手を合わせると、水の球がふわりと浮かび、そのまま透明な氷へ変わった。形が崩れず、しかも魔力の切り替えが滑らかすぎる。シヴェリアが息を呑む。
「水と氷を同時制御してる……。」
ヴァルアはすぐに首を振った。
「トア、氷に変える瞬間に水圧が抜けてる。先に芯を凍らせてから外側を固めろ。」
「しん?」
「中心。こう。」
ヴァルアが指先で小さな氷球を作って見せる。内側から凍結が広がり、表面にひびが入らない。トアが真似をすると、さっきより透明度の高い氷が出来上がった。
シヴェリアは思わず一歩前へ出て氷を確認する。
(今の説明……氷属性の上級実技で習う内容だわ。)
最後にレムが胸を張った。
「レムのもみて!」
ぱっと掌に炎が灯る。その炎を包み込むように淡い光が重なった。熱を保ったまま、光が安定している。エルキアが再び目を剥く。
「非類似の二属性同時展開!?しかも干渉してねぇ!?」
驚くエルギアを気にすることなく、ヴァルアが即座に指摘する。
「レム、炎が少し外へ逃げてる。光で囲む前に圧縮。あと右側だけ魔力が薄い。」
レムが「はーい!」と返事をして修正すると、炎が一段小さく鋭くなり、光膜も均一になった。シヴェリアとエルキアは同時にヴァルアを見る。
ライアには雷の過負荷。
トアには氷核形成。
レムには二属性干渉。
全部、属性理論が違う。
それなのに迷いなく瞬時問題点を見抜き、的確にアドバイスをするヴァルア。シヴェリアの喉がごくりと鳴った。
「ヴァル……あなた、どうして雷属性の制御まで分かるの?」
「本読んで実際に見れば分かるだろ。」
エルキアが即座に突っ込む。
「分かんねぇよ!!」
ヴァルアは本気で不思議そうな顔をした。
「え?」
シヴェリアは呆然と鍛錬場を見回す。
氷、水、雷、炎、光。
異なる属性の訓練が一つの場所で行われ、それを一人の少女が指導している。学園でも属性ごとに教師が分かれているというのに。エルキアが額を押さえた。
「シヴェル……。」
「ええ。」
二人は同時に頷く。
(この人、本当に何者なの。)
ヴァルアはそんな視線に気づきもせず、次の課題を出していた。
「ライア、十秒維持。トア、水から氷へ三回切り替え。レム、光膜を動かしたまま炎を圧縮。」
「はーい!」
元気な返事が三つ重なる。
「はぁい!!」
エルキアは頭を抱えた。
「待て待て待て……。」
ライア、トア、レム。
全員が同年代の基準を完全に超えている。しかもヴァルアはその異常さを全く異常だと思っていない。エルキアは数秒黙り込み、やがて真顔になった。
「ヴァル。」
「ん?」
エルキアはぐっと身を乗り出す。
「頼む。」
「断る。」
目線も合わせずに即答。
「まだ何も言ってねぇ!」
「手合わせだろ。」
「わかってんじゃねぇか!」
ヴァルアは面倒くさそうに顔をしかめる。
「やらない。」
エルキアは両手を合わせた。
「お願いだ!どうしても一回だけ!」
「嫌。」
「ちょっとだけ!」
「嫌。」
「軽く!」
「嫌。」
「一撃だけ!」
「それ手合わせじゃねぇだろ。」
シヴェリアが笑いを堪えて肩を震わせている。しかしエルキアは諦めない。
「だって気になるだろ!こんな子どもたち育てた奴がどんな戦い方するのか!」
ヴァルアは深々とため息をついた。
「お前ほんと面倒くさいな……。」
「褒め言葉だな!」
「褒めてねぇ。」
ライアが目を輝かせる。
「ヴァル姉とエルお兄ちゃん戦うの!?」
レムまで身を乗り出した。
「見たい!」
トアも小さく頷く。
「みたい……。」
ヴァルアが子どもたちを見る。三人とも期待に満ちた顔だ。この視線に弱いヴァルアはため息をつく。
「お前らまで乗るな。」
「ヴァル姉、お願い!」
「ヴァル姉つよいもん!」
「エルお兄ちゃんもつよい!」
お願いのポーズの子どもたちに完全に包囲され、ヴァルアは天を仰いだ。
「……はぁ。」
エルキアがぱっと顔を輝かせる。
「やってくれるか!?」
ヴァルアは指を一本立てた。
「条件。」
「なんだ?」
「本気出すな。」
エルキアが固まる。
「それ手加減しろって意味か?」
「違う。お前が本気出すと周り壊すだろ。」
エルキアは思わず言葉に詰まった。さっきライアの雷剣に驚いて調子に乗っていた自覚がある。ヴァルアは木剣を一本放り投げた。
「遊びだ。遊び。」
エルキアはそれを受け取り、にやりと笑う。
「……ますます気になるな。」
ヴァルアも小さく口元を歪めた。
「後悔しても知らねぇぞ、雷のお坊ちゃん。」
「言ったな。」
エルキアが口角を上げる。
バチバチと木剣に纏わせた雷がさらに膨れ上がった。
ばちばちばちっ!!
巨大な雷の大剣が唸りを上げ、鍛錬場の空気を震わせる。シヴェリアが思わず息を呑んだ。
「エル、加減して——」
言い終わるより早かった。
「いくぞ、ヴァル!!」
エルキアが地面を蹴る。雷光が一直線に走った。ちゃらけてはいるが、学園でも上位に入る攻撃速度をもつ男だ。普通の相手なら反応すらできない。
レムたちが目を丸くする。
だがヴァルアは動かなかった。
ただ、木剣を少しだけ傾けた。
——カン。
乾いた音が一つ響く。
次の瞬間。
エルキアの視界が反転した。
「……え?」
どさっ!!背中に衝撃が走り、うぐっと声を上げた。衝撃で閉じていた目を開くと空が見える。何が起きたのか理解する前に、喉元へひやりとした感触が触れた。ヴァルアの木剣だった。炎と光を纏った刃先が、ぴたりと喉元で止まっている。ヴァルアは最初に立っていた場所から、ほとんど動いていない。
誰も起こったことが理解できず、風の音だけが聞こえた。
「……終了。」
ヴァルアが平然と言う。
エルキアは目を見開いたまま瞬きを繰り返す。
「は……?」
レムがぱちぱち拍手した。
「ヴァル姉つよーい!」
トアはぽかんとしている。ライアだけが興奮気味に叫んだ。
「今のなに!?今のなに!?」
シヴェリアも呆然としていた。
(見えなかった……。)
エルキアの踏み込みは見えた。
だが、ヴァルアがいつ剣を合わせ、どう力を流し、どう投げたのかが全く見えなかった。エルキアは喉元の剣を見つめたまま呻く。
「……今、何された?」
ヴァルアが肩をすくめる。
「雷剣って重心が前に寄るだろ。踏み込みに合わせて流しただけ。」
「だけ、って……。」
エルキアは寝転んだまま天を仰いだ。
「シヴェル。」
「なに?」
「俺、初撃で負けた。」
「見れば分かるわ。」
ヴァルアが木剣を離す。エルキアはゆっくり起き上がり、悔しそうに唸った。学園でも初撃で負けたことはない。
「くっそぉ……!」
だがその顔は妙に晴れやかだった。
「楽しかった!」
大声で、笑顔で叫ぶエルキアを見てヴァルアは呆れ顔になる。
「お前ほんと変なやつだな。」
エルキアは立ち上がり、砂を払う。そして真剣な目でヴァルアを見た。
「シヴェルが認めるわけだ。」
軽口ではない。心からの言葉だった。
ヴァルア眉間に皺を寄せた。
「……大げさ。」
だがエルキアは首を横に振った。
「大げさじゃねぇよ。」
ライアが木剣を掲げる。
「ぼくもヴァル姉みたいになる!」
ヴァルアは苦笑してライアの頭を軽く小突いた。
「まずは十秒維持できるようになってから言え。」
鍛錬場に笑い声が戻る。けれどシヴェリアとエルキアだけは知ってしまった。ヴァルアは遊びの手合わせですら底を見せていないのだと。
その日を境に、エルキアはますます頻繁に結界の家へ現れるようになった。
「ヴァル!遊ぼうぜ!」
開口一番それである。ヴァルアは本を読みながら顔も上げない。
「帰れ。」
「冷てぇ!」
「今日は忙しい。」
「じゃあ終わったら!」
「終わらない。」
「明日は!?」
「明日も忙しい。」
ほぼ毎回同じ会話が起こるが、エルキアは決して諦めない。何度も顔を合わせているうちに気がついたが、ヴァルアは懐に入ったものに対してはとても甘い。
エルキアは腕を組んで唸った。
「お前、いつ暇なんだよ。」
ヴァルアがページをめくる。
「お前が来ない日。」
「俺が来ない日ないじゃん!」
シヴェリアが吹き出した。
「自覚はあるのね。」
結局その日も、レムたちの『やってやって!』攻撃に負けて鍛錬場へ連れて行かれる。
「よっしゃぁ!」
エルキアは嬉々として木剣を構えた。ヴァルアはため息をつきながら立つ。
「三本先取な。」
「今度こそ一本取る!」
一本目、転倒。
二本目、転倒。
三本目、転倒。
毎回気づけばまた地面に寝転がり、喉元へ木剣を突きつけられていた。
「終了。」
「なんでだよぉぉぉ!!」
エルキアが地面を叩く。レムがけらけら笑った。
「エルお兄ちゃん、また負けた〜!」
「笑うな!今回は三秒長く持った!」
「誤差だろ。」
ヴァルアが呆れる。
だがエルキアは立ち上がると、砂を払ってにっと笑った。
「もう一回!」
「元気だな……。」
シヴェリアは額を押さえた。
「エル、あなた本当に懲りないわね。」
「だって強いやつと稽古するの楽しいじゃん!」
それは本心だった。ヴァルアとの手合わせは学園の模擬戦と全く違う。
力で押してもいなされる。
速度を上げても読まれる。
魔法を工夫すると、その場で弱点を指摘される。
負けるたびに『次はこうしてみろ』とさらっと助言まで飛んでくる。
悔しいのに面白い。
いつしかエルキアは暇さえあれば結界の家へ通い、ヴァルアへ声をかけるのが日課になっていた。
「ヴァル!遊ぼうぜ!」
「また来たのか。」
「今日は新技ある!」
「嫌な予感しかしねぇ。」
ライアが飛び跳ねる。
「ぼくもやる!」
トアが木剣を抱えて走ってくる。レムは審判役を名乗り出た。鍛錬場はいつの間にか、子どもたちの笑い声とエルキアの叫び声で満ちるようになっていた。ヴァルアはそんな光景を眺めながら、ふと口元を緩める。
「……うるせぇけど、まぁいっか。」
シヴェリアはその小さな変化を見逃さなかった。
最初、ヴァルアは『面倒な客が増えた』という顔をしていた。
だが今は違う。
エルキアが来る時間になると、無意識にコーヒーを一杯多く淹れている。そのことを指摘すると、ヴァルアは決まってこう言う。
「子どもたちが喜ぶからだよ。」
シヴェリアは笑って頷く。けれど本当は知っていた。
ヴァルア自身も、この騒がしい雷のお坊ちゃんが来るのを、少しだけ楽しみにしていることを。
「ヴァル!遊ぼうぜ!」
いつも通り学園帰りに結界の家へ寄り、鍛錬場で手合わせをする。
最初は一撃。
次は二撃。
その次は三撃。
少しずつだが、エルキアは確実に長く立っていられるようになっていた。
「今の避けたのか!?」
「踏み込みが大きい。」
「くそっ!」
「あと視線で次が分かる。」
「そんなの分かるか!」
「分かる。」
毎回地面に転がされながらも、エルキアは楽しそうだった。ヴァルアも最初ほど嫌そうな顔をしなくなっている。ドサッと音を立てて、今日もまたしてもエルキアが地面へ転がった。喉元にはヴァルアの木剣。
「終了。」
ヴァルアがいつものように淡々と告げる。エルキアは仰向けのまま天を仰いだ。
「なんでだよぉぉぉ……。」
レムが笑い、ライアが「また負けた!」と跳ね回る。シヴェリアは苦笑しながらコーヒーを口に運んだ。エルキアは起き上がる気力もなく、地面に寝転んだままヴァルアを見上げる。
「お前さぁ……。」
「ん?」
「強すぎないか?」
ヴァルアは木剣を肩に担いだ。
「そうでもない。」
「そうでもある!」
エルキアが半身を起こす。
「シヴェルも見ただろ!?俺、本気でやってんだぞ!」
「ええ、見てたわ。」
シヴェリアはさらりと頷いた。
「その上で完敗してるわね。」
「味方してくれよ!」
エルキアが頭を抱える。
「もう意味わかんねぇ。弱点とかねぇのかよ!!」
エルキアが地面に転がりバタバダと腕を振って叫ぶとヴァルアがぴたりと動きを止めた。数秒の沈黙。そして意外にもあっさり答えた。
「あるけど。」
エルキアとシヴェリアが同時に顔を上げる。
「あるの!?」
「ある。」
ヴァルアは鍛錬場の縁へ腰を下ろした。
「私は基本、炎と光を共有展開して戦ってる。」
シヴェリアが眉をひそめる。
「切り替えじゃなくて共有展開?」
「あぁ。」
ヴァルアは指先へ小さな炎を灯し、その周囲に淡い光を重ねて見せる。二つの魔法が同時に維持されている。
「これ、便利だけど燃費が最悪なんだよ。」
炎が揺れ、光が脈打つ。
「魔力消費が激しい。私、別に魔力量が特別多いわけじゃないし。」
エルキアが目を丸くした。
「嘘つけ。」
「本当。」
ヴァルアは肩をすくめる。
「昔、仕事仲間にも『魔力切れ早くないか』って言われた。」
シヴェリアが小さく息を呑む。
仕事仲間に指摘された時を思い出しながら、ヴァルアは続ける。
「あと、使い続けると内側から焼ける。」
「……焼ける?」
「多分内臓。」
さらっと恐ろしいことを言った。エルキアが固まる。
「は?」
ヴァルアは腹の辺りを軽く叩いた。
「何度かやったことあるけど、めちゃめちゃ痛かった。」
シヴェリアが思わず立ち上がった。
「ちょっと待って、それ治ったの!?」
「死んでないから治ったんじゃない?」
「そういう問題じゃないわ!!」
ヴァルアは不思議そうに瞬きをする。
「え?」
エルキアが額を押さえた。
「お前、さらっと怖ぇこと言うなよ……。」
ヴァルアは空を見上げる。
「だから長期戦は得意じゃない。」
その声だけ、少し真面目だった。
「短時間で決められないと、だんだん精度落ちるし、魔力の配分ミスの危険性もある。」
シヴェリアは静かに彼女を見つめた。普段、どれだけ圧倒的でも、どれだけ何でもできるように見えても。
ちゃんと限界がある。
ちゃんと壊れる。
その事実に、胸がぎゅっと締め付けられる。
エルキアがぽつりと呟いた。
「……誰か止めねぇの?」
ヴァルアが苦笑した。
「止められたよ。」
「じゃぁ止まれよ…」
ヴァルアは少し考えてから答える。
「最近は仕事仲間がうるさいから、交代したり魔力共有したりしてる。」
シヴェリアがそっと腰を下ろす。
「ちゃんと頼れる人がいるのね。」
ヴァルアは少しだけ視線を逸らした。
「まぁ……少しは。」
ライアが木剣を抱えて首を傾げる。
「ヴァル姉、いたいの?」
ヴァルアはすぐに笑った。
「今は痛くない。」
レムが安心したように頷き、トアもほっと息を吐く。その様子を見て、シヴェリアは心の中で静かに決めた。
——この人が無茶をしたら、今度は自分が止める。
エルキアも同じことを考えていたらしく、真顔で言った。
「よし。」
「何。」
「今後、お前が『平気』って言ったら信用しない。」
ヴァルアが眉をひそめる。
「なんでだよ。」
シヴェリアがにっこり笑った。
「だって絶対平気じゃないもの。」
「お前らまで“仕事仲間”化するな。」
ヴァルアが本気で嫌そうな顔をし、鍛錬場に笑い声が広がった。
鍛錬を繰り返すうちにエルキアの動きは目に見えて洗練されていった。雷剣の無駄な放電が減り、踏み込みは静かになり、重心移動も滑らかになる。その変化は学園でもすぐに噂になった。
ある日の実技演習で、エルキアの雷が一直線に的を貫いた瞬間、周囲から感嘆の声が上がる。
「今の魔力の制御、すごくないか?」
「前より雷の精度が段違いだ。」
「エルキア様、最近ますます強くなってるな。」
「一体どういう鍛錬を……。」
エルキアは後頭部を掻いて笑うだけだった。
「まぁ、ちょっと遊んでるだけ。」
教師陣まで首を傾げる。
「遊んで、あの精度……?」
シヴェリアは演習場の外で様子を見ながら視線を逸らした。
(遊び、ではあるのよね……。)
実際、ヴァルアは毎回『遊び』と言っている。ただし遊び相手が異常なだけだ。
一方、別の噂も広がっていた。
「最近シヴェリア様とエルキア様、街でよく一緒にいるわよね。」
「銀髪の混血の女と楽しそうに話していたって。」
「本当なの?」
「族長候補が混血と?」
ひそひそ声が飛び交う。
だが当人たちは驚くほど気にしていなかった。
授業が終わり、昼休み。
中庭でパンを食べながらエルキアがぼやく。
「ヴァル、今日新技見せてくれるかな。」
シヴェリアが呆れたように言う。
「噂のこと、一応耳には入ってるでしょう?」
「入ってる。」
「気にならないの?」
「全然。」
即答だった。
シヴェリアが小さく笑う。
「私も。」
エルキアはパンを飲み込み、にやっと笑った。
「だって面白いし。」
「それ、本人に言ったら怒られるわよ。」
「もう言った。」
「言ったの!?」
「『変なやつ』って返された。」
シヴェリアは吹き出した。
それに釣られてエルキアもさらに笑う。
その頃ヴァルアは結界の家でくしゃみをしていた。
「……またなんか言われてる気がする。」
レムが首を傾げる。
「ヴァル姉、有名人だもん。」
「やめろ。」
だが口元は少しだけ緩んでいた。
知らないうちに、ヴァルアの閉じた世界へシヴェリアとエルキアが入り込み、そして居場所を作り始めていた。




