【小話】ジルとヴァル ⑤
ピアス事件の後、とある日。
ジルベルトは、あることに気づいていた。ヴァルアは相変わらず服装にも装飾品にも無頓着だ。だが、一度渡したものは意外とちゃんと身につけてくれる。
赤い魔石の小さなピアス。
革紐の腕輪。
戦闘の邪魔にならない範囲で、気づけばいつもどこかに着けている。
(案外、嫌がってるわけじゃないんだな。)
そんなことをぼんやり考えていた、ある日の夕方だった。
宿舎の談話室で団長とジルベルトは、次の狭間討伐について真面目な話をしていた。
「北側の谷は最近瘴気が濃い。」
「なら水術師の班を増やした方がいい。」
地図を広げ、配置を確認していると、扉ががらりと開く。
「団長、ハサミ貸して。」
ヴァルアだった。いつもの黒い装束。肩につく銀髪は少し伸びている。団長はいつものこととばかりに、机の引き出しからハサミを取り出した。
「ほら。」
「さんきゅ。」
ヴァルアは受け取ると、そのままくるりと踵を返して出ていき、扉が閉まる。数秒の沈黙の後、ジルベルトが何気なく呟いた。
「……何に使うんだ?」
団長は地図から顔も上げずに答える。
「髪でも切るんじゃないか?」
「……。」
ジルベルトの思考が止まる。
「……はぁ!?」
椅子を蹴る勢いで立ち上がった。団長がようやく顔を上げる。
「なんだ。」
「なんだじゃねぇ!!」
ジルベルトは談話室を飛び出した。廊下を駆け抜け、宿舎裏へ回る。そこには、桶の前へしゃがみ込み、銀髪を片手で束ねたヴァルアがいた。もう片方の手には、先ほどのハサミが握られている。
「おい待てぇぇぇぇ!!」
ヴァルアがびくっと振り向く。
「うわ、びっくりした。」
「何してんだお前!!」
「何って、髪切ろうとしてる。」
当然のような返事だった。ジルベルトは頭を抱えた。
「そんなハサミで!?」
「切れれば同じだろ。」
「同じじゃねぇ!!」
ヴァルアは不満そうに眉をひそめる。
「伸びて邪魔なんだよ。」
「だからってそれでざく切りするな!」
ヴァルアお馴染みの本気で分かっていない顔だった。興奮するジルベルトを無視してヴァルアが再び髪を持ち上げ、刃を当てようとする。それを見てジルベルトは反射的にハサミを奪い取った。
「返せ。」
「返さねぇ。」
ジルベルトは彼女の髪をじっと見る。銀色の髪は夕陽を受けて淡く光り、魔力の影響か毛先だけがわずかに赤みを帯びていた。こんな髪を雑にハサミで切る気だったのかと思うと頭が痛い。
「切るならちゃんとした髪用のハサミ使え。」
「そんなの持ってない。生きるのに必要ない。」
「必要だ。」
「必要ない。」
「必要だ。」
子どもの喧嘩みたいな応酬になる。
そこへ、のんびり歩いてきた団長が現れた。
「止めたか。」
「止めたか、じゃねぇよ!!」
団長は肩をすくめる。
「まあ、切り始める前に気づいてよかったな。」
ヴァルアが「大袈裟な奴だ」と眉間に皺を寄せた。ジルベルトは奪ったハサミを高く掲げる。
「いいか?このハサミは髪用じゃない。」
「切れる。」
「だからそういう問題じゃない!」
団長がくつくつ笑う。
「ジル、お前すっかり保護者だな。」
「誰がだ。」
即答したが、説得力はなかった。
ヴァルアはしばらく不満げにしていたものの、やがてため息をついた。
「めんどくさい奴だな…そしたらジルが切れ。」
ジルが目を瞬く。
「俺が?」
「お前が。」
「理不尽すぎるだろ。」
呆れて天を拝むジルベルトを見てヴァルアはにっと笑った。
「よろしく、保護者。」
「だから違うっての。」
団長の笑い声が宿舎裏へ響く。
その日以降、ジルベルトはヴァルアの髪の長さまで気にするようになった。本人は最後まで認めなかったが、古参団員たちは皆、
「ああ、完全に保護者だな。」
と生温かい目で見ていた。




