【小話】ジルとヴァル ②
ジルベルトとヴァルアが出会って数ヶ月。
ジルベルトは中枢の業務を日中にこなし、夜は傭兵団に加わり狭間と戦う生活を続けていた。元々は狭間管理一族としての実践経験を積むためだけのものだったが、今や自分の生活の一部になっていることにジルベルトは驚いていた。
その日は狭間討伐のない珍しい夜だった。
野営地の焚き火は小さく、団員たちは各々武具の手入れをしている。ヴァルアは膝を抱え、地面へ木の枝で簡易地図を描いていた。
「ここが第七封鎖区画。」
枝先が円を描く。木の枝で描いたとは思えない正確な地図。
「瘴気がこの谷へ流れ込むから、本来は右翼を厚くした方がいい。」
ジルベルトは向かいへ腰を下ろした。
「でも前回は厚さが偏って左翼が崩れた。」
「地盤が緩かったから。」
即答だった。
「瘴気の流れじゃなくて、雨で足場が死んでた。」
ジルは目を細める。
「気づいてたのか。」
「見れば分かる。」
さらりと言う。ジルベルトは苦笑した。中枢で普段接している同年代の娘たちは、舞踏会や流行の装飾品の話ばかりだった。だが目の前の少女は違う。
地形。
瘴気。
補給線。
結界維持時間。
話題が最初から実戦だった。
「じゃあ俺なら、右翼に風術師を置く。」
ジルが枝を取り、地図へ線を引く。
「谷風を利用して瘴気を押し戻す。」
ヴァルアが顔を上げた。目を丸くしてジルベルトを見つめた。
「……なるほど。」
ヴァルアがジルベルトに初めて興味を示した目だった。
「その発想はなかった。」
ジルベルトは少し嬉しくなる。
「風術師を前へ出しすぎると魔力消費が増えるから、後衛支援に回した方が持久戦向きだ。」
ヴァルアがすぐに反論する。
「でも狭間核が移動型なら?」
「……炎で流れを切る。」
「炎だけじゃ再充填が遅い。」
「光で補助する。」
「……なるほど。」
ぽんぽんと進む会話が途切れ、ヴァルアがじっとジルを見る。その沈黙に、ジルは一瞬「何か変なこと言ったか?」と身構えた。だが次の瞬間、彼女は小さく笑った。
「お前と話すの、面白い。」
ジルが目を丸くする。
「急だな。」
「今まで誰もここまで話についてこなかった。」
焚き火がぱちりと爆ぜた。ヴァルアは地図を見つめたまま続ける。
「団長は現場経験はすごいけど理論を細かく話すタイプじゃないし、他の団員は『とにかく殴れ』派が多い。みんな私の話を聞かない。」
「ひどい言い方だな。」
ジルベルトは笑った。
自分も中枢では「理屈っぽい」と言われることが多い。だがここでは、初めて会話が噛み合っている感覚があった。しかも相手は年下の少女。しばらく議論を続けた後、ジルベルトはふと気づく。ヴァルアが二属性魔法の話になるたび、無意識に脇腹を押さえている。
「なぁ。」
「なに。」
「お前、二属性魔法を同時に使う時、魔力切れになるの早くないか?」
ヴァルアの動きがぴたりと止まった。
「……何で分かった?」
「戦闘見てればな。」
ジルは地面へ二つの円を描く。
「お前、炎と光を別々に展開してるだろ?並列処理で。」
ヴァルアが驚いたように少しだけ目を見開く。
「片方を待機状態にして消費を抑えた方がいいと思うんだが、二属性魔法を使う時って並列処理でしか無理なのか?」
「…待機すると反応速度が落ちる。」
「だから無理やり両方走らせてるのか。」
沈黙。焚き火の火が揺れる。
やがてヴァルアは小さく肩をすくめた。
「昔、切り替えが間に合わなくて人を死なせかけたことがある。」
ジルベルトの表情が変わる。
「それ以来、同時展開にしてる。」
「……そうか。」
ヴァルアは視線を火へ落とした。
「魔力切れの方がマシ。」
軽い口調だった。だがその言葉の重さに、ジルベルトは何も返せなくなる。大人になりきれていない少女が口にするには、あまりにも重すぎる選択だった。ジルベルトはしばらく考え込み、やがて地面へ新しい魔法陣を描き始める。
「なら、並列じゃなくて共有回路はどうだ。」
「共有回路?」
「風術師が使う魔力循環法に近い。二つの術式を完全に独立させるんじゃなく、一部だけ共有させる。」
ヴァルアが身を乗り出した。
「詳しく。できるかもしれない。」
その目は完全に研究者のそれだった。ジルベルトは思わず笑う。
「さっきまで疲れた顔してたのに、そういう話になると元気だな。」
「面白いから。」
即答するヴァルアの視線は、ジルベルトではなく地面に描かれた魔法陣に向いていた。ジルベルトは肩をすくめながら説明を始めた。その説明を聞きながら、ヴァルアがボソリと呟いた。
「あとさ、お前不思議だな。」
「何が?」
「私の二属性魔法について、聞いてきたりする奴は初めてだよ。」
みんなは混血ってことに気を遣ってるんだろうけど。と付け加え、口元を緩めたヴァルア。
「俺、そういうの気にしないからな。」
そう言ってジルベルトは笑い返した。
その夜、焚き火が消えるまで二人の戦術談義は続いた。後になって団長は苦笑混じりに言うことになる。
「あの日からだな。ジルが完全にヴァルを放っておけなくなったのは。」




