最終話・幸せに
襲名式から数ヶ月後。
空は高く晴れていた。中枢の喧騒から離れた小さな丘の上。そこに、質素な墓石が一つだけ佇んでいる。
ヴァルアは白と赤の族長装束のまま、その前へ静かに膝をついた。
手には小さな花束。そして古びた一冊の本。
父さんが生前何度も読み返していた研究書だった。
「……来たよ、父さん。」
風が草を揺らす。返事はない。
ヴァルアは墓石へそっと花を置いた。
「驚いた?」
墓標に語りかけながら苦笑が漏れる。
「私、族長になったわ。」
肩をすくめる。
「しかも光と炎、両方だってよ。」
少し黙り込み、空を見上げた。
「正直、今でも意味分かんない。」
その声は、いつもの飄々とした調子に戻ろうとして、途中で崩れた。
「でもさ。」
震える指が墓石へ触れる。
「書類上も、あいつらを家族にできた。」
レム。トア。ライア。
一人ずつ名前を胸の中で呼ぶ。
「やっとだ。」
喉が詰まる。
「父さんが手続きしようとしてくれてたの、知ってる。でも間に合わなかった。私は、ずっと怖かったんだ。」
ぽつり、と墓標に涙が落ちた。
「もし私が死んだら、あの子たちはまた“誰の子でもない”って言われるんじゃないかって。」
肩が震える。
「だから必死だった。守らなきゃって。食べさせなきゃって。泣かせちゃ駄目だって。……私しかいないって。」
堰を切ったように涙が溢れ、その場にしゃがみ込んだ。
「やっと。」
嗚咽混じりの声になる。
「やっと、あいつらを幸せにする道が見えたよ……。」
墓標を見て笑いかける。
「父さん。私、ちゃんとできてたかな。」
その時だった。
背後で小さく草を踏む音がした。ヴァルアは気づかなかった。少し離れた木陰に、シヴェリアとエルキアが立っていた。二人は、ヴァルアを探してここまで来ていたのだ。だが墓前で泣く姿を見つけた瞬間、声をかけられなくなった。
エルキアが唇を噛む。
七歳で傭兵団へ入り。
十歳で父を失い。
三人の子どもを抱え。
混血として蔑まれながら、それでも笑って生きてきた。
その重さを、ようやく本当の意味で理解した。
シヴェリアの目から涙が零れる。
もう見ていられなかった。
彼女はそっと歩み寄り、後ろからヴァルアを抱きしめた。
「……シヴェル?」
ヴァルアが驚いて振り返る。シヴェリアは泣きながら首を振った。
「一人で抱え込みすぎよ。」
ヴァルアが慌てて涙を拭う。
「いや、これは……。」
「隠さなくていい。」
シヴェリアはさらに強く抱きしめる。
「私にも、一緒に守らせて?」
ヴァルアの肩が震えた。再び涙がこぼれ落ちた。
「みんなで幸せになろう。」
優しい声が耳元へ落ちる。
「もちろん、ヴァルもね。」
ヴァルアは言葉を失った。今まで何度も「ありがとう」は言われた。「すごい」とも言われた。だが、「ヴァルも幸せになっていい」と言われたのは初めてだった。
エルキアが少し照れくさそうに笑う。
「俺もいるからな。困ったらいつでも呼べ。雷の族長って肩書き、こういう時に使うもんだろ。」
ヴァルアは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、小さく笑った。
「……なんだよ、それ。」
シヴェリアも笑いながら涙を拭う。
三人で墓石の前へ座り込む。風が静かに吹き抜けた。
まるで墓石の向こうから、
『やっと友達ができたな』
と、父さんが笑った気がした。
この話で一旦完結です。
長い間温めてきたキャラクター達に命を吹き込めてよかったです。私の“好き”を詰め込んだ作品が、誰か一人にでも読んでいただけたらとても嬉しいです。
この後もう少し小話を続けます。
もしお時間があればお付き合いください。




