混血の族長
襲名式の熱気が嘘のように、中枢本部の円卓会議室は冷え切っていた。重い扉が閉ざされ、中央には総統が構える。その左右に中枢各家の当主たち。円卓には、新たに襲名した族長たちが並んでいる。
そして——
その中には、銀髪の少女もいた。
ヴァルア・セントフレア。
光と炎。二つの属性を持つ、混血の族長。
先日の襲名式では、彼女を蔑む声が街に響いていた。
だが今、彼女は誰にも頭を下げることなく、族長として円卓の席に座っている。その向かい側には、顔色を失った数名の要人が座らされていた。昨日、闘技場で「混血が暴動を起こす」と叫んだ男も、その中にいた。男が恐る恐るヴァルアを見て一瞬だけ目が合う。
ヴァルアは何も言わない。ただ、静かに視線を返した。
総統が机上へ数枚の書類を置く。
「前線転送座標改竄報告。」
男の肩が跳ねる。シヴェリアがハッとして男の顔を見た。
「学生部隊を防衛線直近へ誘導した記録。」
さらに一枚。
「関係者への資金流入記録。」
さらに。
「純血主義結社『白燐会』との通信記録。」
会議室の空気が凍った。ジルベルトが淡々と補足する。
「証拠は全て押収済みです。」
男が立ち上がり声を荒げた。
「ま、待て! 我々は里を守ろうとしただけだ!混血を排除しなければ世界は乱れる!なぜ皆様理解されないのだ!!!」
ヴァルアの眉がほんの僅かに動く。総統は一度も声を荒げなかった。ただ静かに男を見つめる。
「思想は自由だ。」
誰も動かない。
「純血を尊ぶ思想を持つこと自体を、私は裁かない。」
男の目に一瞬だけ希望が宿る。だが次の言葉が、その希望を砕いた。
「だがお前たちは、超えてはならない一線を越えた。」
総統の声は低く、重かった。
「民間人を危険へ送り込み、戦場を混乱させた。民を守るべき権力を、憎悪のために用いたのだ。」
杖が石床を打つ。乾いた音が会議室へ響く。
「それは思想ではない。罪だ。」
男が言葉を失う。
総統はゆっくりと立ち上がった。
「中枢の名の下に、関係者全員を職務より永久追放とする。財産を凍結し、狭間復興事業へ充当。また、転送改竄に関与した者は軍法会議へ付す。」
どよめきが起こるが反論する者はいない。総統は最後に円卓を見渡した。
「覚えておけ。」
静かな声が響く。
「血統が世界を壊すのではない。憎悪を正義だと思い込んだ時、世界は壊れる。」
長い沈黙が落ちた。その沈黙を破ったのは、意外にもヴァルアだった。
「……一つだけ。」
よく通る声に全員の視線が集まる。ヴァルアは椅子に深く腰掛けたまま、処分を受ける男を真っ直ぐ見据えた。
「私は確かに混血だ。あんたらの言う“穢れだ混血”だよ。」
男が顔を上げる。“穢れた混血”の言葉にシヴェリアはヴァルアを心配そうに見つめる。
「それでも、あの戦場で一緒に戦った奴らは、私を属性で見なかった。」
炎と光。二つの魔力を使い、兵士たちを率いたあの日の光景が脳裏をよぎった。その時は誰もが属性に関係なく誰かのために戦っていた。
「誰が純血で、誰が混血かなんて関係なかった。」
ヴァルアは静かに続ける。
「生き残るために、全員で戦った。」
少しだけ間を置く。
「だから私は、これからもそうする。」
金赤の瞳が男を捉える。
「混血だからって、守られるつもりもない。」
そして、ほんの少しだけ口元を上げた。
「混血だからって、誰かを守れないとも思ってない。」
誰も言葉を挟まなかった。
ヴァルアはそれ以上何も言わず、椅子へ背を預ける。
混血であることも。
二つの属性を持つことも。
傭兵として生きてきたことも。
それらすべてを抱えたまま、彼女はここにいる。
シヴェリアは拳を握りしめる。
エルキアは父を見た。
ルミナは静かに目を閉じる。
カイゼルはうつむいたまま深く息を吐いた。
そしてジルベルトだけが、ほんのわずかに肩の力を抜いた。
(これでようやく、あいつが胸を張って歩ける。)
会議室の窓の外では、新しい朝の光が中枢本部を照らしていた。




