襲名式 ①
全属性が集う大都市。
年に一度の祭礼よりも賑わうと言われる新族長襲名式の日、街は朝から祝福の色に染まっていた。色とりどりの旗。楽隊の演奏。露店から漂う甘い匂い。人々は次代の族長たちを一目見ようと通りを埋め尽くしている。その熱気とは対照的に、ヴァルアは会場の片隅で深いため息をついていた。
「なんで私まで来なきゃならないんだよ……。」
手には差出人不明の招待状。しかも四人分。なぜかヴァルアだけではなく、レム、トア、ライアの名前まで書かれていた。族長就任の可能性について、その後の話は全くなかった。つまり流れたのだ。そう思うと少し気が楽になる気がした。シヴェリアとエルキアを祝いたい気持ちはある。だがこの謎の招待状が引っ掛かってならない。
「だってお祭りだよ!」
「いっぱい人いる!」
「ヴァル姉も一緒がいい!」
フードを被ったレム、トア、ライアに両腕を引っ張られ、結局連れて来られてしまった。四人での初めての外出という事もあり、子どもたちのテンションはかなり上がっている。
招待状に記載された一般席の一角に腰を下ろす。周囲から聞こえるのは期待と祝福の声ばかりで、この時だけは混血のヴァルアのことを気にする者などいなかった。
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一方、要人席。
正装に身を包んだシヴェリアは視線を伏せていた。隣のエルキアも珍しく口数が少ない。壇上には五つの席。そのうち三つだけが、今日正式に埋まることになっている。
水、雷、氷、光、炎。
光と炎の席だけには、まだ誰の名も掲げられていなかった。
「……やっぱり、変わらなかったな。」
エルキアが小さく呟く。シヴェリアは答えない。中枢会議で名前が上がった時、一瞬だけ希望を見た。けれど結局、正式発表はなかった。光と炎の候補者たちもどこか浮かない顔をしている。彼らもまた知っているのだ。自分たちが劣っているとは思わない。だが、狭間暴走で見たヴァルアの背中を忘れられない。
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やがて楽隊の演奏が止み、総統が壇上へ現れた。広場が静まり返る。
「これより、次代族長襲名式を執り行う。」
厳かな声が響く。
「水の里次期族長——アクアリア・ミストレイン。」
水の候補者が前へ進み、正式に襲名。
「雷の里次期族長——エルキア・ライボルト。」
大きな拍手とともにエルキアが一礼し、族長の印を受け取る。そしてシヴェリアの名が呼ばれる。
「氷の里次期族長——シヴェリア・スノーコルディア。」
青い花吹雪が舞い、会場が祝福に包まれる。
シヴェリアは深く頭を下げた。本来なら次は光。その次が炎。誰もがそう思っていた。だが総統は沈黙したまま、ゆっくり会場を見渡した。ざわめきが広がる。総統が口を開いた。
「中枢会議でも議論となったが、光と炎の族長を一人に任せる案が提案されている。」
予定になかった発言に空気が凍る。
「反対が多いことも承知している。これまでの常識を覆すことも承知している。だが私は、この場に集う全ての者の声を聞きたい。」
そして総統は真っ直ぐ一般席を見た。
「——ヴァルア・セントフレア。前へ。」
会場にどよめきが走り、視線が一斉に一般席へ向く。だが当の本人は。
「……すぅ……。」
椅子にもたれ、完全にうたた寝していた。シヴェリアとエルキアの晴れ舞台が終わると同時に舞台に興味を失い、そのまま寝入ってしまっていた。名を呼ばれていることに気がついたレムが慌てて袖を引く。
「ヴァル姉……!」
「んー……?」
トアがおろおろと顔を覗き込む。
「呼ばれてる……!」
「……あ?」
ヴァルアが半分寝ぼけた顔で目を開ける。ライアが壇上を指差した。
「前行けって。」
「……は?」
総統と目が合う。会場中の視線も集まっていることに気がつくとヴァルアはしばらく固まった。
「え、私?」
再びざわめき。シヴェリアが思わず口元を押さえる。エルキアはあまりにも緊張感のない、通常通りの友人の振る舞いに肩を震わせていた。
「寝てたのかよあいつ……。」
ヴァルアはゆっくり立ち上がる。
「いや待て待て待て。」
子どもたちを見る。
「なんで誰も起こさねぇんだよ。」
「気持ちよさそうだったから……。」
トアがしょんぼり答えた。ヴァルアは頭を抱える。
「最悪だ……。」
周囲の一般人は騒然としている。
「混血……?」
「ヴァルアって、あの異端児の?」
「なんで一般席にいるんだ?」
総統は静かに言った。
「前へ。」
逃げ場はない。ヴァルアは長い溜息と共に重い足取りで通路へ出る。人々の間を歩くたび、ざわめきが波のように広がった。壇上へ向かうその背中を、シヴェリアは涙が滲むほど強く見つめていた。ようやく。ようやく世界が、彼女を隠れた場所から呼び出したのだ。
壇上へ向かうヴァルアを見つめながら、光の候補者ルミナ・フェルエルは静かに息を吐いた。
(……よかった。)
胸の奥に広がったのは悔しさではなく、安堵だった。光の里にも混血への偏見はある。だが他属性と比べれば、その抵抗感は比較的薄い。ルミナもそうだった。狭間暴走の報告も、ヴァルアの働きも、ルミナは何度も聞いていた。
強さ。
知識。
統率力。
そして、血の繋がらない子どもたちを守り抜く優しさ。どれを取っても、自分は届かない。襲名式の前夜、彼女は母である現光族長に不安を打ち明けていた。
『私では、足りない気がするのです。』
母はしばらく黙った後、こう答えた。
『足りないと知れることもまた、族長の資質ですよ。』
その言葉を思い出し、ルミナはそっと拳を緩めた。
一方、炎の候補者カイゼル・イグナートは歯を食いしばっていた。昨年卒業した学園は主席だった。炎術ではもちろん同世代随一。彼は誰より努力してきた。夜明け前から鍛錬し、教本を読み込み、里の期待を背負ってきた。
なのに。
突然現れた混血が、自分の前に立とうとしている。壇上へ上がってくるヴァルアは、明らかに不機嫌だった。呼ばれたこと自体に納得していない顔。礼儀正しく歩くでもなく、面倒くさそうに階段を上がってくる。その姿を見た瞬間、カイゼルの拳が震えた。
(なんなんだ、こいつは。)
(俺が欲しくてたまらなかった場所に、どうしてそんな顔で立てる。)
怒りが胸を焼く。
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ヴァルアが不機嫌を隠さずに壇上中央に立つ。
総統は静かに言った。
「知っている者もいるだろう。このヴァルア・セントフレアの功績を。」
広場が静まり返る。
ヴァルアは変わらず総統を睨みつけていた。
「今ここで、詳しい者たちから改めて語ってもらう。」
総統が視線を向けた。
「シヴェリア・スノーコルディア。」
急に名を呼ばれたシヴェリアは驚く様子を見せながら一歩前へ出る。
「……彼女は、街で誰も手を貸さなかった私を助けてくれました。」
初めて会った時、りんごを拾ってくれた時のことを思い出す。その声は広場全体へ澄んで響いた。
「困っている人だったから助けた。ただそれだけだと彼女は言いました。」
シヴェリアはヴァルアをみてふわりと笑う。
「知識、魔法、人格。その全てにおいて、私は何度も彼女に教えられました。」
ヴァルアは眉間に皺を寄せたまま、小さく舌打ちした。
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続いて。
「エルキア・ライボルト。」
エルキアが前へ出る。
「狭間暴走の前線で、俺はこいつの指揮下にいた。」
ざわめき。
傭兵団が指揮していたことは知られているが、民衆の中で混血のヴァルアが指揮していたことを知る者は少ない。
「正直、最初から混血だからどうこうなんて気にしてなかった。ただ強い奴だと思ってた。」
彼は真っ直ぐ会場を見渡す。
「だが戦場で分かった。あいつは自分が傷つくことより、仲間と民間人が生き残ることを優先する。」
エルキアは笑った。
ヴァルアはどれだけ己が差別されようと、戦場では誰でも平等に接した。己に直接危害を加えた者が目の前にいたとしても、彼女は平等に守る確信があった。
「雷術師部隊が最後まで戦えたのは、ヴァルアが前に立ち続けたからだ。」
ヴァルアは「盛るな」と小さく呟いた。
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最後に。要人席の最前列。黒衣の青年が静かに立ち上がる。周囲の重鎮が一斉に頭を下げる。
「……ん?」
青年が壇上へ降りてくる。降りてきた青年の顔を見てヴァルアは目を凝らした。いつもの軽い笑みではなく、公の顔。
「中枢狭間管理一族、レイグラン家嫡男。ジルベルト・ヴァン・レイグラン。」
会場が静まり返る。
要人席の者たちまで一斉に立ち上がり一礼をする。
「ジル…ジルベルト…?」
広場がどよめいた。ヴァルアも困惑した顔でジルベルトを見つめた。中枢の嫡男が証言者として呼ばれるとは誰も予想していなかった。ジルベルトは壇上へ降りると、ヴァルアの隣に立った。
「…………は?え、お前?」
ジルベルトが咳払いする。
「正式にはそういう名前だ。」
「はぁ!?!?お前そんなに偉かったのかよ!!!」
ヴァルアの叫びに再度咳払いをする。
「俺は数年間、彼女と同じ任務に就いていた。」
軽い口調だったが、その目は真剣だった。
「無茶ばっかりするし、飯は抜くし、放っておけない奴だ。」
会場から小さな笑いが漏れる。ヴァルアが睨みつけた。
「余計なこと言うな。」
ジルは肩を竦める。
「でもな。」
その一言で空気が変わった。
「誰かが泣いていたら必ず手を伸ばす。誰かが危険なら真っ先に前へ出る。そういう奴だ。」
彼は一度言葉を切った。
「俺は肩書きではなく、生き方で人を評価したい。だから彼女を支持する。」
ヴァルアは終始しかめ面のまま三人を睨んでいた。
(なんで勝手に人の話してんだよ……。)
心の底からそう思っている顔だった。
三人の証言が終わると、総統がゆっくり頷いた。
「感謝する。」
そして視線を左右へ向けた。
「ルミナ・フェルエル。カイゼル・イグナート。」
二人が同時に顔を上げる。不安、怒り、混乱が混ざった顔。
「勝手なこととは承知している。」
総統の声は静かだった。
「だが貴殿らもまた、この席を目指し努力してきた者たちだ。」
広場中が息を呑む。
「ここで、貴殿ら自身の言葉を聞かせてもらいたい。」




