予想外の打診
シヴェリアとエルキアが狭間についての機密を聞いた日の翌日。二人は族長候補として再度会議に招集された。
先日の会議室とはことなる巨大な円形議場。
そこに各属性の現族長と、その側近。そして狭間を統括する中枢一族が席につく。中央の高座に座るのは中枢の頂点である総統。議場が静まり返ったのを確認し、総統が口を開いた。
「本日の議題は、炎の里および光の里の次期族長についてである。」
総統は静かに机上の書類を開いた。
「狭間暴走そして意志個体の出現を受け、中枢は現行体制の見直しを開始した。」
議場がざわめく。
「従来の属性ごとに分断された防衛体制では、大規模狭間災害への対応に限界がある。」
総統の視線が炎と光の席へ向く。
「そこで中枢および狭間管理一族から提案が上がっている。光と炎の里を統合運用し、狭間討伐・封印を専門とする新たな体制を構築すること。そしてその中心指揮官として、ヴァルア・セントフレアを据える案だ。」
一瞬、議場から音が消えた。次の瞬間、議場が爆発した。
炎と光には既に後継者が内定している。
今さら何を議論する必要があるのかと。
「あり得ぬ!」
「混血だぞ!」
「前例がない!」
「血統を何だと思っている!」
炎の族長が机を叩く。光の長老も顔を紅潮させた。
「暴走時に功績があったことは認める。しかし族長は別問題だ!」
「光と炎を統合するなど、炎の里を解体する気か!」
「一時の感情で制度を壊す気か!」
反対の声が次々に飛ぶ。シヴェリアは黙って聞いていた。
隣のエルキアは腕を組み、険しい顔をしている。総統は反論しない。ただ静かに議場を見渡したその時。
一人の男が立ち上がった。
ジルベルトの父——中枢の狭間管理の一族筆頭だった。
騒ぎがぴたりと止む。彼は感情を交えず告げる。
「私は、ヴァルア・セントフレアを支持する。」
再びどよめきが走る。
「筆頭殿、本気ですか!」
彼は頷いた。
「狭間暴走時、現場で指揮を執った者たちから詳細な報告を受けている。彼女は混成部隊を統率し、民間人を最優先で保護し、狭間体の討伐の中心を担った。」
低く、よく通る声。
「私は血統ではなく、実績で判断する。」
議場がざわつく。炎の族長が食い下がった。
「だとしても混血だ!」
その時、別の席から椅子が引かれる音がした。
氷の族長が立ち上がる。
「我が氷の里も支持する。」
シヴェリアの父だった。
「娘シヴェリアから長期にわたり報告を受けてきた。学識、魔法理論、結界術、そして統率力。いずれも次期族長候補として不足はない。」
続けてエルキアの父、雷の族長が立ち上がる。
「雷の里も支持する。」
彼は周囲を見渡した。
「我が息子エルキアは現場で彼女の指揮を直接見ている。雷術師部隊は彼女の命令のもと行動し、多くの命を救われた。」
反対派の表情が強張る。炎と光の後継者候補たちは黙ったままだ。確かに彼らは優秀だ。だが狭間暴走で見せた力は、ヴァルアと比べると明らかに見劣りしていた。
実戦経験。
多属性連携。
極限状態での判断。
その差は誰の目にも明らかだった。総統が静かに問う。
「なお反対する者はいるか。」
もちろん手は上がる。だが先ほどまでの勢いはない。
議場には初めて、「混血だから不適格」と言い切れない空気が生まれていた。それを見てシヴェリアは拳を握りしめる。長かった。りんごを拾ってくれたあの日から。血を流しながら子どもたちを庇った日から。
ようやく世界が、ヴァルアを“穢れ”ではなく“人”として見始めている。
エルキアが小さく笑った。
「ここまで来たな。」
シヴェリアも微笑む。
「うん。」
まだ決定ではない。だが確かに、扉は開き始めていた。
しかし、会議は終始平行線でその日の会議は結論を出せぬまま散会した。
中枢会議から数日後。
ヴァルアは半ば強引に中枢へ連れて来られていた。
「だから何の用だって聞いてんだけど。」
石造りの廊下を歩きながら不満そうに眉をひそめる。案内役の職員は苦笑するだけだった。通されたのは小さな応接室。扉を開けた瞬間、ヴァルアの足が止まる。
「……なんでお前らが?」
そこにはシヴェリアとエルキアが座っていた。
シヴェリアはぎこちなく笑い、エルキアは露骨に気まずそうな顔をする。
「こんなところまで連れてこられて、また事情聴取か? それとも報告書の続きか?」
ヴァルアは椅子へ腰を下ろし、部屋を見回した。そして奥に座る老人を見て、ぱちりと瞬きをする。
「……あ?」
シヴェリアが首を傾げた。
「どうしたの?」
ヴァルアは老人を指差す。
「なんでジジイがここにいるんだよ。」
部屋の空気が凍りついた。シヴェリアもエルキアも言葉を失い、護衛たちまで息を呑む。総統だけが、ふっと口元を緩めた。
「久しいな、ヴァルア。」
ヴァルアは眉をひそめる。
「久しいけど、なんでお前そんな偉そうな席座ってんの。」
部屋に沈黙が流れる。エルキアが震える声で囁いた。
「ヴァ、ヴァルさん……?」
「なんだよ。」
「その人、総統。」
「……は?」
エルキアの言葉に数秒の静止。ヴァルアはもう一度老人を見た。老人は静かに頷く。
「そうだ。」
「…………。」
ヴァルアはゆっくり両手で顔を覆った。
「あんのクソ親父…大事なことは先に言っとけよ…」
総統が肩を揺らして笑う。
「どうやら、最後まで話していなかったらしいな。」
シヴェリアとエルキアは呆然としていた。ヴァルアだけが頭を抱えていた。
「さて、昔話はここまでだ。」
「シヴェリアとエルキアは次代の族長候補として、お前の返答を聞く必要があるため同席してもらった。」
その一言で部屋の空気が切り替わった。ヴァルアも観念したように手を下ろす。総統の視線がまっすぐ彼女へ向く。
「ヴァルア・セントフレア。お前へ話したいのは、光と炎の里の未来についてだ。」
「……は?」
数分後。説明を聞き終えたヴァルアは、完全に固まっていた。空いた口が全く塞がる様子がない。
「いや待て待て待て。」
額を押さえてヴァルアが叫ぶ。
「なんで私が族長なんだよ。なんだよそのぶっ飛んだ案は。」
エルキアが肩をすくめた。
「そこ、俺も最初に突っ込んだ。」
シヴェリアは真剣な顔でヴァルアを見る。
「ヴァル、これは冗談じゃないの。」
ヴァルアは信じられないものを見るように二人を見返した。
「いや、だって私混血だぞ?」
「知ってる。」
「前例ないぞ?」
「知ってる。」
「そもそも里に住んだことほとんどないぞ?」
混乱したヴァルアから次々と出る言葉にエルキアが苦笑した。
「それも知ってる。」
ヴァルアは頭を抱えた。
「じゃあなんでそんな話になるんだよ……。」
総統は静かに答えた。
「狭間暴走以降、世界は変わり始めている。従来の枠組みだけでは次を防げぬ。」
ヴァルアはしばらく黙り込む。そしてぽつりと呟いた。
「……私、子ども三人抱えてるんだけど。」
その一言で部屋の空気が少しだけ和らいだ。シヴェリアが小さく笑う。
「そこが最初なのね。」
「いや大事だろ。」
エルキアも吹き出した。
「確かに。」
だがヴァルアはすぐ真顔に戻った。
「正式決定じゃないんだろ?」
「ああ。」
「なら断る選択肢もあるんだろ?」
総統は一瞬だけ視線を伏せる。
「ある。」
ヴァルアは深く息を吐いた。
「……考えさせてくれ。」
その返事だけを残し、彼女は席を立った。扉が閉まった後、しばらく誰も口を開かなかった。シヴェリアが静かに呟く。
「怖いんだと思う。」
総統は否定しなかった。
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その後も中枢では議論が続いた。
支持派は狭間対策体制の再編を主張し、反対派は血統と伝統を盾に抵抗した。会議は何度開かれても結論に至らない。炎の里からは抗議文が届き、光の長老会も態度を保留したままだった。
時間だけが過ぎていく。
そして——。
結論が出ないまま、族長襲名式の日の朝を迎えた。
そしてその日、炎と光の里の未来を決める最後の議論が始まる。




