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約束

夕刻。

外では遠くの警鐘がまだ微かに響いている。

ヴァルアの通信蝶を受け、シヴェリアとエルキアは真っ直ぐ結界の家に向かった。家の中では子どもたちがヴァルアの言いつけを守り、協力して生活をしながらヴァルアの帰宅を待っていた。


「シヴェル姉!エル兄ちゃん!」


二人が家に入るとそれに気がついた子どもたちが駆け寄る。トアがギュッとシヴェリアに抱きつき震える声で言った。


「ヴァル姉、すごく忙しいんだって。外で危ないことが起こるから、絶対に外に出ちゃダメだって。」


「頑張ったわね、本当に偉いわ。もう大丈夫。私とエルがなるべく一緒にいるからね。」


ギュッとさらに強くシヴェリアはトアを抱きしめ返した。


「今日は私がみんなが寝るまで一緒にいるからね。」


シヴェリアとエルキアは子どもたち三人と夕食をとった。ヴァルアが不在のまま子どもたちと食事をとることは初めてだったが、子どもたちの顔から不安の色が少し消えたことに二人は安心した。レムとトアはデザートを食べ、ライアは安心したのか眠気が来たようでエルキアが抱き抱えて先に寝室に向かっていた。


食器の片付けが終わる頃、玄関の扉が静かに開き、ヴァルアが入ってきた。


「ヴァル姉!」


レムが真っ先に駆け寄る。トアも椅子から飛び降り、ライアもレムの声に気がつき寝台から身を起こした。ヴァルアは三人の頭を順番に撫でる。


「ただいま。」


声はいつも通りだった。

だが近くへ来た瞬間、レムは息を呑んだ。

血の匂い。包帯の下から滲む赤。

そして、隠しきれていない疲労。


「……また怪我してる。」


「かすり傷。」


「嘘。」


レムが小さく眉を寄せる。ヴァルアは苦笑し、靴を脱いだ。その時、シヴェリアとエルキアも奥から顔を出した。


「戻ったのね。」


「お前らに連絡した後、瘴気の波が少し引いた。あいつら、夜の方が活発だからな。」


疲労もあってか珍しく饒舌に話しながら椅子に腰掛けた。声色は普段と変わらない。いつもなら座るとすぐに「腹減った」と言うはずなのに、今日はしばらく黙っている。


その沈黙だけで、子どもたちは察した。

ヴァルアはゆっくり顔を上げる。


「おまえたち、よく聞くんだ。」


レムの背筋が伸びた。

トアがぎゅっと袖を握る。

ライアは唇を結んだ。


「都市の外まで悪いやつが出てきてる。しばらくは、私は前線を離れられない。」


静かな声。子どもたちはじっとヴァルアを見つめて話を聞いている。


「多分、いつもより長くなる。」


部屋の空気が止まった。


「だからしばらく帰れない。」


それを聞いた瞬間、トアの目に涙が浮かぶ。


「でも——」


ヴァルアは三人を見渡した。


「必ず戻るから。」


ライアが勢いよく立ち上がる。


「僕も行く!」


「ダメ。」


「でも!」


「ダメ。」


きっぱりと言い切る。


「ライアが来たら、私は戦えない。」


ライアは悔しそうに拳を握った。ヴァルアはその頭をぽんと叩く。


「お前は家を守る係。1番攻撃力があるからな。」


次にトアへ視線を向ける。


「トア。」


「……うん。」


「怖くなったら結界を閉じろ。お前が1番魔力操作が上手だ。鍵はレムが持つ。」


その言葉に涙目でトアは頷いた。

トアの頭を優しく撫でると、ヴァルアはレムの方に視線を向ける。


「レム。」


「はい。」


真剣な眼差しでヴァルアを見つめるレム。ヴァルアは手元にふわりと魔法陣を描くと小さな鍵束が現れた。ヴァルアだけが管理している、普段は具現化されていない結界の主鍵だった。

 

 「これがあれば、私がいなくても結界の出入りを管理できる。協力すること。」


それ鍵束を魔法陣と共にレムの手の上に差し出した。美しい装飾の施された銀色の鍵をレムは震える手で受け取る。


「私で、いいの?」


「レムが一番しっかりしてる。私がない時はお前が2人のお姉ちゃんだ。鍵の使い方、前に教えたから分かるよな?」


その一言で、レムは泣きそうになりながらも背筋を伸ばし、こくこくと頷く。手にはしっかりと鍵束を握りしめられている。


「……うん。守る。」


ヴァルアはようやく少しだけ笑った。それからシヴェリアとエルキアへ向き直る。


「シヴェル、エル。」


二人が姿勢を正す。


「悪いけど、しばらく頼む。」


シヴェリアは迷わず頷いた。


「任せて。」


エルキアも胸を叩く。


「レムたちには指一本触れさせねぇよ。」


ヴァルアは小さく息を吐いた。

その顔は、ほんの少しだけ安心したように見えた。

ヴァルアは何も言わずに立ち上がり、外套を羽織る。外套の裾には、乾ききっていない黒い瘴気がまだ薄く残っていた。


「ヴァル姉。」


レムが呼び止める。


「ん?」


「絶対帰ってきてね。約束だよ。」


ヴァルアは振り返り、いつものように軽く笑った。


「当たり前だろ。」


そして扉へ手をかける。


「家を守ってくれ。ここは、お前たちの家だ。」


夜風が吹き込み、灯りが揺れた。

次の瞬間には、ヴァルアの姿は闇の中へ溶けていた。

扉が閉まる音だけが、小さく部屋へ残った。

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