続・知り合いだったの!?
中枢本部の大広間は、眩しいほどの灯りに満ちていた。
磨き上げられた白い床。
高い天井から下がる水晶灯。
各属性里の族長たちが礼装に身を包み、静かに談笑している。定期的に開催される交流会に次期族長候補として招かれたシヴェリアとエルキアは、慣れない正装のまま父母の後ろへ控えていた。
「肩が凝る……。」
エルキアが小声でぼやく。
「静かにして。」
シヴェリアも緊張で指先が冷たかった。何度か同様の会に参加したことはあるが毎回雰囲気に圧倒されてしまう自分もまだまだだと感じる。その時、氷の族長が静かに声をかける。
「ジルベルト様。」
二人の背筋が反射的に伸びた。振り向いた先にいたのは、黒に近い深緑の髪を整え、黒礼装を纏った青年だった。
あの日、市場で荷物を持っていた男。
ヴァルアと楽しそうに笑っていた男。
だが今はまるで別人だった。周囲の貴族たちが自然と道を空け、その一歩ごとに空気が変わる。
「こちら、次期氷の族長候補シヴェリア・スノーコルディアです。」
「次期雷の族長候補エルキア・ライボルトです。」
紹介されると同時に、二人は最敬礼した。
「お初にお目にかかります。シヴェリア・スノーコルディアと申します。」
「同じく、エルキア・ライボルトと申します。」
声が少し硬い。
2人が頭を下げたまま静止する。
「顔を上げてくれ。」
穏やかな声が降ってきた。ジルベルトは一瞬だけ二人を見つめ、すべてを察したように目を細めた。
「初めまして。」
柔らかな声音が降りてくる。
「有能と名高いお二人とお話しできて光栄だ。」
完璧な社交辞令。だがその目の奥には、市場で片目を閉じた時と同じ悪戯っぽさが一瞬だけ覗いた。そして自然な動作で周囲を見回す。
「少し騒がしいな。もしよろしければ、あちらで。」
そう言って三人を窓際の静かな一角へ導いた。親たちの視線が外れた瞬間、ジルベルトは肩の力を抜き小さく笑う。
「そんなに固くならなくていい。」
気まずさで俯いていた二人が同時に顔を上げた。
ヴァルアと話していた時と同じような穏やかな声色。
「この前は助かった。」
この前、とはきっとヴァルアが負傷した時のことだろう。
口元は笑っているが眼差しは真剣だった。
「連絡をくれて、本当に感謝してる。」
シヴェリアは慌てて首を振る。
「いえ、私たちは当然のことを……。」
「当然と思える人間ばかりじゃない。」
ジルベルトは静かに言った。
「だから礼を言わせてくれ。あいつ、自分からは絶対連絡しないからな。」
その言葉に、二人の緊張が少しだけ解ける。エルキアが恐る恐る尋ねた。
「……あの、やっぱり市場でお会いした時から、俺たちが気づいてるのをご存知でしたか。」
ジルベルトが吹き出した。市場で豪快に笑っていた時とは打って変わって上品に口元に手を当てて笑う。
「分かるよ。あんな直立不動になられたら。流石に族長候補だとは思わなかったけどね。」
シヴェリアが耳まで赤くなる。自分たちの行動を振り返ると族長候補としてあるまじき不敬である。縮こまっていた肩がさらに小さくなる。
「も、申し訳ありません……!」
「謝るなって。」
彼は苦笑し、声を少し潜めた。
「あと一つ頼みがある。あいつの前では、“ジルベルト様”じゃなくて“ジル”で頼む。」
「……やはり知らないんですか?」
「ああ。」
ジルベルトは苦笑した。
思い出すかのように視線を上に向けた。
「多分、いいところのお坊ちゃんくらいにしか思ってないんじゃないかな。」
「……その通りでした……。」
エルキアは思わず呟く。普段のヴァルアの言動をよく分かっている様子だった。
「本人、肩書きに興味がないからな。」
どこか誇らしげな声だった。
ヴァルアが肩書きに興味がないのは族長候補である自分たちも嬉しく思うところだった。同じようにジルベルトも思っているようで少し安心した。
「だから、今まで通りでいてほしい。あいつが気を遣うのは見たくない。」
シヴェリアは静かに頷く。
「承知いたしました。私たちは“ジルさん”として接します。」
エルキアも続けた。
「口滑らせないよう気をつけます。」
「助かる。」
ジルベルトは柔らかく笑う。
その笑顔を見て、二人はようやく理解した。
この人は本気で彼女を守ろうとしている。
身分より先に、一人の少女として。
回廊の向こうから再び楽団の音色が流れてくる。
ジルベルトは大広間へ視線を戻し、小さく肩を竦めた。
「さて、“筆頭補佐官候補”に戻るか。」
その言い方が妙におかしくて、シヴェリアとエルキアは思わず顔を見合わせ、小さく笑った。




