その71 流行り
昭和◯◯年◯月◯日
小学4年生ごろか。
突然、オラが村にデジタルの腕時計が流行った。
ちょうど、世間でも出始めのころだったんだよね。
まぁ、デジタル時計には、いろんなギミックが満載だったので、それが子ども心にヒットしたと思われる。
ストップウォッチやらライトやら、電卓が搭載されているものもあった。
面白がって、ライトを点灯させてると、あっという間に電池がなくなるけど。
当時の電池はまだリチウム電池じゃなかったので、1年で電池交換してた。
オラが村にも時計店がオープンして、ガキにねだられた親が店に足を運ぶ。
最初は儲かっただろうが、村の人口はたかが知れてるし、時計なんてそう頻繁に買うものでもない。
時計店ができた辺りがオラが村の頂点で、そこから過疎化の坂道を転がり始めた。
中学に入ると同時に札幌へ引っ越してしまったので、過疎化の過程は見てなかったのだが、高校を卒業して一旦実家に戻ると、村の寂れ具合に驚いてしまった。
そこから東京に就職して、最後にUターンしたのだが、帰ってきたときにはもう限界集落。
村のメインストリートを拡張工事したのもいけなかった。
工事をする際、立ち退きや、家を移動するために用地補償金が出たのだが、それをもらった人たちが村を離れてしまったのだ。
お陰で、村はさらにスカスカになった。
道路は立派になったのに、村人はいない。
本末転倒とはこのことか。
話を腕時計に戻そう。
今、ネットでググると、俺が買ってもらった腕時計は、カシオの60QR-22という機種らしい。
不満を言えば、ストップウォッチが1/10しかなかったこと。
他の子が持っているのは、1/100だった。
まぁ、それでも嬉しかったね。
クラスで一番高そうな腕時計を持っているやつは、LED式だった。
赤く光るLEDが未来っぽく、格好いい。
ただ、電池を消費するのか、普段は真っ暗で、ベゼルにタッチすると点灯する方式だった。
そいつも面白がって点灯させてたら、1ヶ月ぐらいで電池がなくなってたな。
親に怒られたとか言っていた。
そのあと、カシオから5年間ノンストップとかいうリチウム電池式のが出て、これは親父が仕事で使ってたな。
傷だらけでボロボロになってもガラスが割れても、ノンストップ。
親父はめちゃ気に入って、次も同じ機種を買ってた。
親たちも大変だったろうなぁ。
次から次へと新製品が出て、子どもにねだられるんだから。
特にウチは、親父が新しもの好きだったので、色々と買ってきては散財してた。
貧乏なのに、家に色々とあったよなぁ。
当時は世間体ってやつも気にしてた時代だったんで、他が買ってるのに買わないわけにはいかない。
学校としても、子どもに格差ができるから、そういうものが流行るとみんな禁止してたな。
腕時計なんかは、教室にデカい時計があるんだから、まぁ要らないといえば要らない。
突然、クラスで革ジャンが流行ったこともあった。
そうすると、みんな革ジャンを着る(笑)
俺は、ビニジャン。
革じゃなくて、ビニール(笑)
教室が黒くなったのだが、すぐに学校から革ジャン禁止令が出て着れなくなった。
革ジャンは禁止されたから、着ていけなくなったと言っても、ウチの親父は話を聞かない。
「お前のは、ビニジャンだから革ジャンじゃない! 着て行け!」と、怒鳴られた。
そんな理屈通るわけないじゃん――と、脱いでいったら、追っかけてボコられた。
「いつから、お前は親に逆らえるようになったんだ!」
殴られて、無理やりビニジャンを着せられて学校に行ったが、当然アウト。
そりゃそうよ。
それでも親父はブツブツ言っていたが、当時はまだ学校や先生が強かった時代だから、学校が駄目と言えば駄目なんよ。
まぁ、親父からすると、俺が稼いだ金で買ってやったんだから、着ろ! ってことだったんだと思う。
買ってもらったことには感謝してたんだけどね。
ウチは、それと同じぐらい、理不尽なことを言われるからなぁ(笑)
あと流行ったといえば、タバコの銘柄のビニールのスポーツバッグとか。
セブンスターとか、キャメルとか、ラークとか。
なぜか、子どもの持ち物なのに、タバコデザインが多かったね。
タバコ柄のゴミ箱とか、めちゃ見かけたし。
そのあと流行ったのは、ファンシーケースっていう、ビニールの衣装ケース。
これは全国区で流行ったでしょ。
まじで、どこでもこれがあったし。
俺も中学高校と使って、制服などを入れてた。
ググると今でも売っているから、機能的には優れているんだよね~。




