その70 実家に帰らせて
昭和◯◯年◯月◯日
小学校に入る前、札幌に住んでいた。
川沿のピンク色のアパート。
そのまま札幌に住んでいればよかったのに、あとで田舎に引っ越すことになる。
なぜか?
俺の小児喘息が悪化したからだ。
北海道と言えど、札幌は都会で車も多い。
当時は排ガス規制などなかったので、空気もかなり悪かった。
週に2~3回は、青いガラス製の吸入器を使っていたが、最近は吸入器なんてあまり聞かないよな。
この吸入器は、小学2~3年ぐらいまで使ってたと思う。
あまり喘息が苦しかった思い出がないので、田舎に引っ越しでよくなったのだろう。
ピンク色のアパート、階段を上がってすぐの所にある2間の部屋。
風呂なし。
そこで親が朝から喧嘩をしている。
なんで揉めたは不明。
俺も小さかったからな。
親父がいなくなると、オカンが――。
「ねぇ、〇〇! お婆ちゃんに会いたくない?」
「会いたい!」
俺は無邪気に答えたのだが、祖母に会うのはこれが初めてだったはず。
なのに、なんで会いたいと答えたのか?
札幌の天使病院で生まれてから、ずっと札幌のアパートから移動はしていなかったと思う。
ただ、乳幼児の時の記憶はないから、もしかして顔見せで田舎に帰ったことがあったのかも?
俺の言葉を聞くと、オカンが小さなピンク色のちゃぶ台の上でなにやら書いている。
置き手紙ってやつだ。
そういえば、このちゃぶ台は、ずっと家にあったな。
置き手紙は、俗に言う、「実家に帰らせていただきます!」ってやつだろう。
惚れた腫れたで駆け落ちしたときには楽しかっただろうが、ガキ(俺)が生まれて数年。
そろそろ、現実社会の厳しさが身にしみてたときだろうし。
身支度を整えると、アパートを出てしばらく歩く。
バス停まではちょっと遠いのだ。
バスに乗ったら、札幌駅へ。
そこから、今はなき鈍行列車で南へ向かう。
赤くて凸型の機関車に引っ張られて、客車が列をなして山の中を進んでいく。
カーブに差し掛かると、俺は頭を窓から出した。
数珠つなぎになっている先頭の赤い機関車が見えるのだ。
南に行くためには、千歳周りと小樽周りがあるのだが、山の中を通ったので小樽周りだと思われる。
途中、トイレに行く。
クソ重い金属製の扉をやっと開けると、けたたましい轟音が直接耳に響いてくる。
それを反射するようなピカピカの金属製の便器。
便器の中を覗くと、線路が猛スピードで流れているのが見えた。
そう、当時のトイレは線路に垂れ流しだったのだ。
ひたすら列車に揺られ、俺は暇なので通路を歩き回り、夕方頃には街に到着したのだが、それで終わりではない。
ここから、バスに乗ってオラが村に帰らなければならない。
列車に乗っていた時間は8~9時間ぐらいだろうか?
ここから、オラが村までバスで2時間はかかる。
途中に乗り換えもあるし。
もしかして、乗り換えの所まで、誰かに迎えに来てもらったかもしれないが、記憶にない。
婆さんの所に到着したころには、すっかり暗くなっていた。
多分、夜の8時過ぎてたんじゃないかな~。
俺は祖母に会えて大喜び。
わいわいしていると、なんと夜中に親父がやって来た。
仕事から帰ってきて置き手紙を見て、車ですっ飛んできたのだろう。
当時ウチには車はなかったので、誰か知り合いから借りたものと思われる。
親父が祖母からなにか説教をされていたみたいだが、よく覚えてない。
せっかく来たのに、次の日には、札幌に帰る羽目になってしまった(笑)




