その69 車旅
昭和◯◯年◯月◯日
オラが村から、札幌に向かう。
札幌に親父の兄姉が住んでいたので、数年に一度は行ってた気がする。
雪まつりを見にいったりとか。
俺が成人したあとは、よさこいソーラン祭りを観にいってたようだ。
今では下道も整備されて、高速道路も札幌まで繋がったが、当時はそんなものはない。
そもそも、高速道路を使うようになったのは、つい最近。
オカンを札幌の病院に連れていくのが、あまりにしんどくて、「高速代は俺が出すから、高速道路で行こう!」
と、いい出してから。
それまでは、ずっと下道を走っていた。
まずは、太平洋側に出ないと駄目。
そのために、棺桶街道と呼ばれる峠を越える。
当時はその道しかなかったのだが、今は太平洋側に出るショートカットの道ができて1時間ほど節約できる。
太平洋側に出ると、駒ヶ岳の下にある大沼公園を過ぎて、海岸線に散らばる漁村を縫うように。
ひたすら北上して、札幌へ向かう。
本当に海岸ギリギリを走っていたので、天候が荒れると波を被りまくった。
道路が車の高さより高くなり、通行止めも度々発生する。
そうして、やっと長万部に到着。
そこの駅前で、「カニ飯」を食うのがローテーションだった。
カニ飯の店は沢山あったのだが、「駅前の店が一番美味いから」と、そこでしか食わない。
その店は、今でも北海道物産展などで、カニ飯を売っている。
時間が遅いときなどは、国道沿いにあった自販機コーナーに寄ることもあった。
様々な自販機が所狭しを並んでおり、ライターの自販機やら、おもしろアイテムの自販機やら。
子ども心に、あの自販機コーナーのほうが札幌より楽しみまであった。
珍しかったのは、ガソリンの自販機だろうか。
でも、定量販売だったんだよな。
300円とか500円とか、決まった量しか出ない仕様だったような……。
しかも高い(笑)
その前に、小銭を用意するのが大変なんだよ。
中にあった、ライターの自販機は1回1000円とかさ。
当時、自販機に札なんて入らなかったから、100円玉を10枚も入れないと駄目だし。
親父に頼んで、1回だけライターの自販機をやらせてもらった。
出てきたのは、棒で擦るオイルライターだったが(笑)
ディスプレイにあるような格好いいライターなんて出てこないだろう。
まぁ、あれもテキヤのインチキみたいなものだよな。
ゲームコーナーにあった、グルグルまわってるアイテムを棒で落とすやつとか、クレーンゲームとか取れたためしがない。
ついついやっちゃうけど。
今は、しっかり取れるだけすごいよ。
昭和は、ダマシがデフォだからな(笑)。
長万部を過ぎたら、今度は峠だ。
どこの峠も整備されておらず、つづら折りと短いトンネルの道が延々と続く。
左右に揺さぶられて、それだけで酔うぐらい。
当時の車は、走行中にエンジンを切っても平気だった。
「燃料節約だ!」と、親父が下り坂でエンジンを切って下ることもあった。
今の車でその技は使えない。
ハンドルロックして突っ込むし(笑)
途中の道の真ん中に巨大な木が生えている場所があった。
その木を切ろうとすると、事故が起きて工事が中止しているという、よくあるアレ。
まぁ、その後切られて、今はなくなっているけど。
札幌に到着するまで6~7時間ぐらい、さらに札幌の街中に入ってから親戚の家に着くまで1時間。
今は高速に乗ると、3時間半ぐらいで着いたことがあるから、速くなったもんだよなぁ。




