その60 漬物樽
昭和◯◯年◯月◯日
当時、冬になるとほとんど野菜が入ってこない。
まだハウス栽培などあまり行われていないせいもある。
冬の野菜というと、俺が大きくなった頃に、内地で作られたほうれん草が入ってくるようになったぐらい。
しかも流通も弱い。
冬の除雪も満足ではなく、オラが村が閉ざされてしまうこともしばしば。
そもそも車があんまり走ってないし。
その前は、車など数えるぐらいしかなく、冬場の移動はもっぱら馬橇。
馬を使って隣村まで行くとなると、丘超えになるからどうしても大変。
登りはいいのだが、下りが難しい。
実際、下りで制御が効かず、崖から転落――馬も死んでしまって、そのときにはずっと桜鍋だったらしい。
普通にバラして食ってたんだよな~。
ヤギもさ~、夏に草食わして、冬になるとバラして食べてしまう――みたいなことやってたし。
そんなわけで、冬の野菜不足を補うために、各家庭で漬物を大量に漬けていた。
秋になると、あちこちで漬物の樽を洗う光景がみられたり。
根野菜などは、土に生けておけば冬でも食えるし、じゃがいもは凍らせないようにすればOK。
逆に芋を凍らせた凍み芋などもあるが、非常に臭い。
オカンは大嫌いだと言っていたので、ウチにはなかった。
白菜は、大量に買って、新聞紙でぐるりと包んで階段におく。
こうすれば、2月頃まで保つ。
なぜ階段かと言えば、他に置く場所がないから。
積み重ねると傷んでしまうし。
1mもある積雪を掘って、生けた野菜を掘り出したりしていた。
そんなわけで、ウチにも大きな漬物樽が2つほどあって、異臭を放っていたのだが……。
ブクブクと変な泡が立って不気味――それを開けたのを見たことがない(笑)
親が食べているのは、近年発売された浅漬けの素を使った、白菜やきゅうりの浅漬け。
あれ、かなりの間ずっと放置されてたよなぁ。
そもそも、ウチのオカンは料理のできない人だったし。
料理音痴というか、お嬢様だったんよね。
どのぐらいお嬢様だというと、包丁も握ったことがないレベル。
生の魚を見て、失神してたし。
出たばかりのサンマの蒲焼の缶詰をそのままコンロにかけて爆発させてたし。
この蒲焼の缶詰は、他にもやらかした人が結構いたのか、すぐに「このままコンロにかけないでください」って、注意書きがされてた。
オカンもね~、あんなピー親父と駆け落ちしないで、もうちょっとよい所の人と一緒になってたら苦労せんで済んだのに。
もっとも、それだと俺が生まれないから、俺が困ってしまうが(笑)
惚れた腫れたって盛り上がってるときには楽しいのかもしれないが、実際に生活するとなると現実がのしかかってくるからね~。
「なんでウチにお金ないの?」
という子どもの俺の問に
「お金より大事なものがあるのよ」
と言ってたオカンだが、その10年あとには、
「金だよ! 金! 私が間違ってた!」
と言っていた(笑)
まぁ、そりゃそうだろうと。
悲しいけど、これが現実なのよね。




