その54 集金
昭和◯◯年◯月◯日
昭和の時代でも、オラが村でも電気はきていたし、水道も出た。
ガスもプロパンガスで使える。
電話がある家も少なかったが、電話も使えた。
それでは支払いはどうしていたか?
コンビニもないし、ネットも銀行もATMもない。
振込用紙が郵送されてくることもない。
あるのは、田舎の郵便局だけ。
「こんちわ~集金にやってきました~」
――とまぁ、こんな感じで、集金人が手書きの伝票やら領収書を持って、一軒一軒周って金を徴収していたのだ。
めちゃアナログで笑ってしまうが、日本全国がこれで回っており、集金人で生活している人も沢山いた。
時代が進むにつれ、そういう職業も全部なくなってしまったが、それは仕方ない。
全部を人海戦術でやっていたが、それを機械や便利な制度を使って代用されるようになってしまう。
今なら、AIがそうだろう。
AIの急速な進歩によって、職を失う人が沢山出てくると思う。
集金人はいつ頃までいただろうか?
少なくとも、小学6年生までは、オラが村では変化はなかった。
中学から、札幌に引っ越したが、当時やっとコンビニが広がり始めたところ。
そのときにも、まだ集金に来てたような気がする……。
共働きで働いているオカンから「コレ、◯◯代だから、集金が来たら払っておいて」
――と、金を渡されたこともあるが、そのうちそういうのもなくなった。
多分、ここらへんから、郵便局の窓口やらで金が払えるようになったに違いない。
コンビニなどで、公共料金の支払いができるようになったのは、結構あとじゃないか?
ググると、1987年に東京電力の支払いをコンビニでできるようになったのが、最初と出てきた。
1987年は昭和62年である。
バブル真っ只中。
やっぱり、バブルで色々と一気に変わった印象がある。
15年前には電話もチラホラ、裸電球で暮らしている家もあったのに。
夜の10時になると、電灯線の電圧が下がって照明が暗くなったり、TVの画面が小さくなったりしてたのに(笑)
TVのブラウン管は、電子ビームを電磁石で偏向している。
電圧が下がると電磁石が弱くなり、電子ビームの曲がりも少なくなる=画面が小さくなるのだ。
若い子には、まったく「?」な話である。
そもそも、今の液晶ディスプレイにゃ、ブラウン管や電子ビームがないからな~。
電圧が多少下がっても、動作に問題はないと思われる。
そういえば、ブラウン管もなくなったな~。
昔はブラウン管しかなかったから、なんでもかんでもブラウン管を突っ込んでたのに。
■チンコ台にもブラウン管。
車の初期ナビにもブラウン管。
ブラウン管TVを仕込んだラジカセ、ラテカセなるものもあった。
TVを持ち運んで外で観られるなんてのが夢だったんだが、今じゃそれが普通。
それどころか、TV放送じたいがメインじゃないし。
昭和のラスト10年でめちゃ変わったけど、AIができてから10年でどれだけ変わるだろうか。




