その33 タクシー
昭和◯◯年◯月◯日
ピンク色のアパートを出て、通りでオカンと待つ。
そこに滑り込んでくる、オレンジ色の車。
自動ドアが開くと、後部座席に乗り込んだ。
そのまま、なにも聞かず走り出す――運転席には親父が座っていた。
そう、その頃の親父はタクシーの運転手をしていたのだ。
タクシーの稼ぎ場所は、主に繁華街。
そこに行くのに、オカンがただ乗りしたってわけ。
もちろん、メーターは倒しておらず、回送になっている。
まぁ多分、駄目なやつ(笑)
昭和らしいといえば、昭和らしい。
バスで繁華街に行くのは、結構大変だからな。
地下鉄の駅まで行って、そこから地下鉄で繁華街に向かう――というパターンもあった。
それなら、地下鉄の駅で親父が仕事ができるからな~。
そういえば、昔のタクシーには、アナログ無線がついていたよな~。
親父が乗っていたタクシーには無線はついていなかったと思う。
あれって無線免許は必要なのか?
ちょっとググってみると――無線免許は会社が取れば、タクシーの運ちゃんでも無線が使えたっぽい。
超短波受信機を買うと、タクシー無線やら警察無線を聞くことができた。
警察無線も、聞けるのは平時用だけで、非常時用のやつは方式が違って傍受できないようになってる――とか聞いたが、本当かどうかは不明。
ググると、「違う」と出てくるから、多分違うのだろう。
そういえば、タクシーをでんでんむしと言うのだが、なぜだろう。
これまたググってみると……個人タクシーの協会で、行灯がでんでんむし型と、提灯型があって――。
でんでんむし型の提灯を使っているので、でんでんむしだと……。
親父が勤めていたタクシー会社は、アパートの近くにあった。
ウチには自転車などはなかったから、親父は歩いて通っていたと思う。
タクシーの運転手をしていたのは2年ほど。
そのあとは、伯父たちの手伝いをして、職人になった。
それからは、ずっと職人。
タクシーに乗ることはなかったのだが、酔っ払うとタクシー時代の武勇伝が始まる。
「医者のリンカーン(車)と衝突した!」と。
親父曰く――。
「普通ならブレーキを踏み込むが、俺は違う! アクセルを踏んだ!」
なにが自慢なのかといえば、アクセルを踏んだことで、リンカーンがタクシーの側面に突っ込んだらしい。
これで、リンカーンが悪いことになった。
ブレーキを踏んだら、タクシーがリンカーンの側面に衝突したから、タクシーが悪いことになる。
これは俺の手柄だ!
――なんだと。
まぁ、自慢話なのか武勇伝なのかしらんが、毎回同じ話を聞かされるこっちの身にもなってくれ。
面白くもなんともないんだが。
年寄りの武勇伝に聞こえるのだが、親父がタクシーに乗っていたのは、二十歳そこそこの時代。
職人になったあと、田舎に帰るのだが、それまでは酒を飲んでいなかった。
酒を覚えたのは、田舎に来てから。
相当、酒でやらかしたりした。
恩師の家で泥酔して、床の間に小◯したとかな。
マジでピーやんけ。
そのときは、シラフに戻ってからさすがに、「酒は止める!」とか言っていたのだが、
止めるはずないやん(笑)
それを指摘すると、ボコられたり。
まぁ、俺は一生忘れん(笑)
よく、酒さえ飲まなけりゃいい人なのにね~って人がいるのだが、親父はマジでそれ。
そうすれば、もうちょっとマシな人生になっていたかもしれないのに……。




