その27 冬の間は
昭和◯◯年◯月◯日
雪が積もる。
朝から雪かき。
親父が暇なもんだから、雪かきを張り切っている。
職人だった親父は、冬の間は仕事がない。
春夏秋と働いて、冬の間は失業保険で食らう。
それにつきあわされる俺は、いい迷惑。
親父はピーなので、自分の思い通りに綺麗綺麗にしないと、気がすまないタイプ。
人との共感性もなく、今診断受けたら、なにかしら病名がつくと思われる。
それが冬の間、ずっと家にいるもんだから、マジでストレスだった。
今は、細い路地でも除雪が入ってくれるのだが、当時は車を出すためには、道路まで除雪をしなければならなかった。
車もなかったその前は、そのまま積りっぱなし。
窓から出入りとか、2階から出入りとか――そんな感じ。
無論、移動もできないから、ほぼ村の中で完結できるように、だいたいのものが揃っていた。
移動できないから、やることがない。
人が集まると酒を飲み、花札、麻雀、夜は叡智なことを繰り返す。
そんなわけでガキの誕生日は夏が多い(笑)
逆算すると、クリスマスとか正月とか……。
移動できないということは、モノも入ってこない。
米を備蓄をして、漬物を大量に漬け込み、畑に野菜を生け、冬の間はそれで食いつなぐ。
まぁ、酒飲んで、塩っぱい漬物で米食って――そりゃ当然、糖尿病や高血圧がめちゃ多い。
昔の年寄りというと、60ちょいで亡くなってたイメージ。
当たったりするとまず助からんし……。
病院にも行けないしね。
村の診療所ではなにもできない。
盲腸の手術だけでも、大手術になって生きるか死ぬかだったし。
そのうち、インフレ物価高で生活が苦しくなり、みんな冬の間は内地へ出稼ぎに行くようになった。
前にも書いたが、小学1年~6年の間に、世の中が劇的に変わり始めたのだ。
それにしたがい、村の人口も減り始めた。
昔の農家はとにかくマンパワーが必要だったが、効率のために機械化され――そうすると人手がいらないから、仕事がなくなる。
仕事がなくなった人は、仕事を探して都会へ引っ越して行く――という悪循環。
人がいなくなれば、それで商売していた店もなくなる。
みんなが使っていたバスの本数も減り、ついには廃止。
子どももいなくなれば、小学も中学も廃校。
スゲー山奥まで分校があったりしたのだが、全部なくなった。
都会からやってきた分校の先生が、1か月でノイローゼになり行方不明に――なんてこともあった。
ガススタも閉鎖してしまい、診療所や派出所もなくなってしまう。
10年もしないうちに、村はスカスカになってしまった。
思えば――小学低学年時に、「村の交差点に信号機ができるかもしれない」「鉄道が建設される計画がある」
みたいなことを言ってたときが、頂点だったな。
無論、北海道の鉄道は赤字路線だらけで、鉄道なんてすぐに廃止廃止で、ほとんどなくなったが。
村はスカスカになったが、家はみんな新しくなり、バスがなくなってもみんな車を持っているから、生活に困ることもない。
TVはネットに変わり、世界中の情報もリアルタイムで入ってくる。
人はいなくなったが、豊かにはなっているのだろうか。




