表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和の話  作者: 朝倉一二三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/50

その26 正月


 昭和◯◯年12月31日


 今日は大晦日。

 大掃除も終わって、おせちも作り終わり、あとは年越しをするだけ。

 夕方になると、銭湯に行く。


 この時代、借家でも風呂がない家がたくさんあった。

 ウチも、ずっと銭湯に通っていて、風呂つきの家になったのはかなりあとになってから。


 母方の実家には風呂があったのだが、壊れていて使っておらず、父方の実家は親父たちが作った手製の風呂があった。

 父方の実家に行くと、風呂に入ってた思ひで。


 一度だけ、人里離れた場所にあった、曾祖母の家に行ったことがあった。

 つまり、オカンのお婆ちゃんの家。


 そこはマジで昔ながらの昭和の木造住宅。

 建物の中に廊下があって、廊下の脇に部屋が並び、土間に台所があった。

 廊下の突き当りには、木製のボットン便所。


 便器もなにもかも木だ。

 そこの風呂は、五右衛門風呂だった。

 入ったことはなかったが。


 今もその場所をたまに通るが、家はなくなり農家の倉庫だけ建っているので、誰かが使ってるものと思われる。


 そんな感じで、風呂がない家が多かったので、大晦日に銭湯に行くと、みんな来ている。

 マジで激混みで、座る場所もない。


 なんとか風呂に入り家に帰ってくると、皆で蕎麦を食う。

 家で大晦日を過ごすことも多かったのだが、父方の親戚が来ると、父方の実家で大晦日を迎えた。


 いつも8時には寝ていた俺も、この日は夜中の12時まで起きていても怒られない。


 当時、絶対定番だった紅白歌合戦が終わると、「ゆく年くる年」が始まり、TVの全チャネルが同じ放送を流し始める。


 チャンネルをガチャガチャしても、流れてくる番組は全部同じ。

 まぁ、内容はつまらんので、すぐに飽きた。


 当時は深夜放送などはなかったので、ゆく年くる年が終わると、日の丸とパラボラアンテナが出て、放送終了となる。


 ――翌日。

 当然、元旦である。

 TVをつけると、朝から「おめでとうございます~」――つまらん。

 正月はマジで観るものがない。


 店は全部休みだし、家でゴロゴロしているしかない。

 朝から雑煮を食うと、母方の実家に新年の挨拶に向かう。


 部屋が全部ぶち抜かれ、テーブルが並べられて親戚や爺婆の友人たちが集まってる。

 特に、祖父が遊び人だったので、交友が広い。

 ひっきりなしに、来客があった。


 人が少ないと、花札、麻雀――人が集まると、百人一首が始まる。

 地元の百人一首は、紙札ではなくて、木札を取るタイプ。

 下の句を読んで、上の句の札を取る。


 俺も参加してみる。

 オカンの世代は、全部覚えたらしいが、俺はわかりやすい札しか取らなかった。


 来客が沢山あるが、お年玉はまだもらえない。

 お年玉は2~3日って暗黙の決まりがあるのだ。

 3日が多かったな。


 そんなわけで、3日になると親戚巡りをして、お年玉をもらって歩く。

 だいたい一人あたり500円~1000円で、合計で8000円~12000円ぐらいになった。

 今なら、3万円ぐらいの価値か。


 そうして正月を過ごしている間に、5日になる――初売りだ。

 お年玉を握りしめて、街のデパートに向かう。

 1年に1回の大金を使ったお買い物デーだ。


 お年玉で買った思い出の品といえば――。

 ショボいラジコン→ボタン1個で、止まったり進んだりする。そんなのでも高かった。

 顕微鏡→つい最近まで、実家にあった。

 電子ブロック→これが一番高かったかな~。遊び倒して、改造したりした。


 正月にもらえるお年玉を、1年間待ち続けてたよな~。

 あれがほしい、これがほしいと、夢見る。

 天体望遠鏡も欲しかったが、叶うことがなかった。


 まぁ、大人になってから、カセグレン望遠鏡を買ったりしたが。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
子供の頃は紙幣が理解出来ず、ピカピカの十円硬貨を10枚もらった方が良かったです。 紙幣は「貯金しておくから」と親に回収され、結局他の親戚へのお年玉? 自分の手元には来なかったと思います。 この反省?…
子供の頃は銭湯通いだった。 低学年頃までは母親に連れられて入っていたので、女風呂に入ってた。 同級生の女子と会うこともあり、お湯につかりながら学校での話などをしたものだった。 銭湯に行かない同級生の女…
子供の頃の実家の風呂は 公営住宅なのに勝手に玄関を潰して風呂にしてました なので出入りは庭からしか出来ず 今思うとめちゃくちゃな事してたなと思います さすがは昭和
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ