その26 正月
昭和◯◯年12月31日
今日は大晦日。
大掃除も終わって、おせちも作り終わり、あとは年越しをするだけ。
夕方になると、銭湯に行く。
この時代、借家でも風呂がない家がたくさんあった。
ウチも、ずっと銭湯に通っていて、風呂つきの家になったのはかなりあとになってから。
母方の実家には風呂があったのだが、壊れていて使っておらず、父方の実家は親父たちが作った手製の風呂があった。
父方の実家に行くと、風呂に入ってた思ひで。
一度だけ、人里離れた場所にあった、曾祖母の家に行ったことがあった。
つまり、オカンのお婆ちゃんの家。
そこはマジで昔ながらの昭和の木造住宅。
建物の中に廊下があって、廊下の脇に部屋が並び、土間に台所があった。
廊下の突き当りには、木製のボットン便所。
便器もなにもかも木だ。
そこの風呂は、五右衛門風呂だった。
入ったことはなかったが。
今もその場所をたまに通るが、家はなくなり農家の倉庫だけ建っているので、誰かが使ってるものと思われる。
そんな感じで、風呂がない家が多かったので、大晦日に銭湯に行くと、みんな来ている。
マジで激混みで、座る場所もない。
なんとか風呂に入り家に帰ってくると、皆で蕎麦を食う。
家で大晦日を過ごすことも多かったのだが、父方の親戚が来ると、父方の実家で大晦日を迎えた。
いつも8時には寝ていた俺も、この日は夜中の12時まで起きていても怒られない。
当時、絶対定番だった紅白歌合戦が終わると、「ゆく年くる年」が始まり、TVの全チャネルが同じ放送を流し始める。
チャンネルをガチャガチャしても、流れてくる番組は全部同じ。
まぁ、内容はつまらんので、すぐに飽きた。
当時は深夜放送などはなかったので、ゆく年くる年が終わると、日の丸とパラボラアンテナが出て、放送終了となる。
――翌日。
当然、元旦である。
TVをつけると、朝から「おめでとうございます~」――つまらん。
正月はマジで観るものがない。
店は全部休みだし、家でゴロゴロしているしかない。
朝から雑煮を食うと、母方の実家に新年の挨拶に向かう。
部屋が全部ぶち抜かれ、テーブルが並べられて親戚や爺婆の友人たちが集まってる。
特に、祖父が遊び人だったので、交友が広い。
ひっきりなしに、来客があった。
人が少ないと、花札、麻雀――人が集まると、百人一首が始まる。
地元の百人一首は、紙札ではなくて、木札を取るタイプ。
下の句を読んで、上の句の札を取る。
俺も参加してみる。
オカンの世代は、全部覚えたらしいが、俺はわかりやすい札しか取らなかった。
来客が沢山あるが、お年玉はまだもらえない。
お年玉は2~3日って暗黙の決まりがあるのだ。
3日が多かったな。
そんなわけで、3日になると親戚巡りをして、お年玉をもらって歩く。
だいたい一人あたり500円~1000円で、合計で8000円~12000円ぐらいになった。
今なら、3万円ぐらいの価値か。
そうして正月を過ごしている間に、5日になる――初売りだ。
お年玉を握りしめて、街のデパートに向かう。
1年に1回の大金を使ったお買い物デーだ。
お年玉で買った思い出の品といえば――。
ショボいラジコン→ボタン1個で、止まったり進んだりする。そんなのでも高かった。
顕微鏡→つい最近まで、実家にあった。
電子ブロック→これが一番高かったかな~。遊び倒して、改造したりした。
正月にもらえるお年玉を、1年間待ち続けてたよな~。
あれがほしい、これがほしいと、夢見る。
天体望遠鏡も欲しかったが、叶うことがなかった。
まぁ、大人になってから、カセグレン望遠鏡を買ったりしたが。




