その25 もういくつ寝ると
昭和◯◯年◯月◯日
――師走の末。
正月が近づいてくると、大掃除が始まる。
掃除はもちろん、タンスなどを全部動かして隠れていた部分まで綺麗にすると、畳も持ち上げて、外でバンバンする。
北海道の冬なので、雪が積もっているのだが、やる。
もちろん、晴れている日を狙ってやるので、だいたい大掃除の日は他の家とも被っていた。
みんなやっているので、ウチもやらないと――みたいな同調圧力みたいなもの。
次は餅つきだ。
母方の実家に集まると、巨大な蒸し器で、もち米を炊く。
そいつを土間に置いた木臼の中にぶち込むわけだ。
小学低学年までは、人力で餅を搗いていたが、そのうち餅つき機が売りに出されて、実家でも買った。
まぁ、絶対に使うものだから――という感じだったのだろう。
実家の場所は引っ越してしまったが、小屋の屋根裏には、まだ餅つき機がある。
もう半世紀使ったことがないが。
多分、もう使うことはないだろうとは思う。
人力と機械の違いは、解る。
杵と臼のほうが、米のつぶつぶが残ってるのだ。
どちらが美味いかと言えば、そんなに違いはないように思える。
「やっぱり杵と臼のほうが美味いな」と、いう話はよく出たのだが、なにしろ手間がかかって大変なのだ。
母方の実家は兄弟姉妹が少なかったので、3家庭分ぐらいの餅つきだったが、農家など親戚が多いところは、戦場みたいな感じ。
そりゃ、餅つき機を使って楽なほうがいいだろう。
つき上がった餅は、足を畳んだテーブルの上に置かれて、伸ばされてのし餅にされる。
あるいは、丸く平らにされて、鏡餅になった。
とりあえず、つきたての餅は美味い。
なにもつけずに、パクパクと食べる。
餅つきが終わると、親父が縄を結って、しめ縄を作り始めた。
うろ覚えだが、切った半紙と、昆布、煮干しなどを括りつけていた気がする。
実家は市販のものを使っていたのだが、ウチは親父の手製を使っていた。
しめ縄は車にもつける。
鏡餅を車に乗せる家もあった。
ミカンもしめ縄につけたのだが、いつのまにか落ちてなくなっていたな~。
そうやって苦労して作った大量の餅を、冬の間、ずっと食う。
1月が終わるころには、徐々に餅に青カビが広がり始める。
それでも、お湯で洗ったり、削ぎ落として食べていた。
硬くなった鏡餅は、トンカチで割って、油で上げて食べる。
オカキみたいになって中々美味かった。
そんな感じで苦労して餅つきをしていたのだが、小学校に通っている間に、あまり餅を食べなくなってしまった。
TVもCMでも、サトウの切り餅が流れ始める。
最初は、「こんなの買うやつがいるのか?」と、みんな半信半疑だったのだが、意外と需要があったのだろう。
そのうち「あんまり餅って食べないから、少量なら買ったほうがいいんじゃね?」みたいな感じになった。
プラスティックでコーティングされた鏡餅は、カビも生えないし。
正月に、雑煮が食えるぐらいでいいんだ。
1月の終わりには、もうみんな餅に飽きてたし。
そんな感じで、餅つきをする家も減ってしまい、大掛かりな大掃除をする家もあまり見なくなってしまった。
小学1年~6年の間に、昭和の風習もガラリと変わってしまったのだ。




