その22 自由研究
昭和◯◯年◯月◯日
夏のさなか、寺に行く。
母方の実家が檀家になっている寺なのだが、鬱蒼とした森に囲まれている。
森の中に入ると、会話ができないぐらいの蝉時雨。
マジで、どこにこんなにいたんだってぐらいの蝉が鳴いている。
そんなわけで、蝉を採りに行くのだが、採れたことがない。
かなり高い場所で鳴いているので、ガキンチョには難しい。
よく本では、長い竹竿の先にトリモチをつけて取る――みたいなことが書かれているのだが、トリモチなるものは売ってないし、見たこともない。
今なら、ネットでググれば、虫の採り方みたいな情報が沢山出てくる。
あれだけ立派な森なら、虫トラップを作れば沢山採れて、ヒーローになれたに違いない。
森の中には、小さな池があり、春には黄色い花のエゾノリュウキンカが咲いていた。
まぁ、花の名前を知ったのは、大人になってからだが。
ガキの頃には、花の名前はどうでもよかったし。
蘭やキノコも沢山生えていたのだが、ガキの俺には食指が動かず。
――そんなある日の夕方。
いつものように、寺の森で遊んでいた。
空も赤くなってきて、そろそろ帰ろうと思っていたのだが――大木の根本でなにか白いものが見える。
近寄ってみると、大木の脇芽にしがみついたアブラゼミの幼虫だった。
一面緑と茶色なので、白いのが目立つ。
幼虫も茶色なのだが、すでに背中が割れて、中の白いものが露出していたのだ。
俺は脇芽を折ると、そのまま家に持って帰った。
親に見せる。
「羽化の様子を自由研究にしたほうがいいんじゃない?」
と、言われて、そうすることにした。
まずは、玄関に置いて写真を撮る。
今ならスマホで簡単に写真を撮れるだろうが、昭和の時代はフィルムカメラ。
家で使っていた、キヤノンのダイヤル35というハーフカメラを持ってきた。
――説明しよう、ハーフカメラとは?
当時のフィルムは高かったので、普通のフィルムを半分だけ写して使うというハーフカメラが登場した。
フィルムに半分だけ写して、次は残りの半分を使う。
すると、なんということでしょう~。
12枚撮りのフィルムで、24枚撮れるではありませんか~。
まぁ、解像度は半分になるので、画質は落ちるんだけどね。
それでも、普通の観光地のスナップ写真などは、それで十分だった。
そこに行ったという証拠がのこれば満足だった時代だし。
そんなカメラで、羽化している蝉を撮りまくった。
当時のカメラはその場で確認などできないから、上手く写っているかどうかも解らない。
そもそも、接写できるようなカメラじゃないし。
撮影していると、みるみる白く輝くエメラルド色の身体が出てきて、最後には自分の殻にぶら下がった。
写真を撮り終わりそのままぶら下げて置く。
翌朝には、白かった蝉の身体は茶色になり、いつものアブラゼミに変わっていた。
そいつを掴むと、外に出る。
朝もやの中で、蝉を放り投げると、ジージー鳴きながら飛んで行った。
写真はすぐにカメラ屋に行って、現像してもらう。
普段は、フィルムを撮りきらないと現像しない。
5年ぐらい放置とかも普通にあった。
忘れた頃に現像に出して、「あ~、こういうのもあったね~」みたいな感じが常だった。
現像代が高いからだが、今回は「勉強のため」という大義名分がある。
親も高い金を出してくれた。
1週間ぐらいして、写真を取りに行く。
プリントを見れば、なんとかエメラルド色の蝉が写っていた。
ボケボケの写真ばかりだが、まぁ形は解る。
でも、嬉しかった。
大きめの模造紙を買ってくると、できあがった写真を貼り付けて、経過を書き込む。
それを持って学校へ行き、教師に見せると、教室の後ろに貼ってくれた。
俺も得意げだった。
――という、ガキの俺の自由研究だったのさ。




