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昭和の話  作者: 朝倉一二三


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2/11

その2 学校


 昭和◯◯年◯月◯日


 朝の5時頃に目が覚めてしまった。

 ウチは、中学になるまで、夜の8時には寝るように言われてて、ずっとそうしてきた。

 当然、朝は早い。


 冷や飯に生卵で朝飯を食う。

 朝の6時から明るい農村などのTV番組はやっていたが、つまらんのでビーチサンダルを履いて小学校へ向かう。

 体育の授業もこれで受けていたが、怒られることもなかった。


 砂利道を歩いていると、左手には製材所。

 山積みになっている木材に上ったりして、よく遊び場に使っていた。

 当然危ない。

 崩れて下敷きになったら、死亡確定だ。


 農業用の倉庫にも忍び込み、山積みになってる米袋に上ったりもした。

 空いてる隙間に落ちたりしたら、脱出不可能でマジでヤバい。

 今なら大問題になるところだが、見つかっても怒鳴られるだけだったのが、マジ昭和。


 大きな橋を渡ると、小学校に到着。

 ネットで尋常小学校でぐぐると、完全木造の二階建て校舎が出てくるが、マジでそれ。

 俺が通っていたときには、すでに開校60年とか80年とか言ってた気がするので、今は確実に開校100年を超えている。


 その小学校も取り壊されて、別の場所に新築された挙句、近々合併廃校されることに決まっている。

 隣村の小学校なんて、新築数年で廃校だよ。

 もったいねぇ。


 校舎があった場所は、元々墓場だと聞かされていた。

 建てられたのは明治時代なので、そのときの墓場は土葬されていたと思われる。


 おそらく墓場を移転するために、全部掘り起こされて、ちょっと丘の上に移されたんだろうなぁ。

 その現場はさぞかしすごいことになっていたはず。


 そんな話があるので、「便所に白いものがある! 人の骨だ!」みたいな子どもたちの騒ぎがしょっちゅうあった。

 もちろん、骨が出てくるなんてわけがない。


 グランドに到着すると、卒業生から寄贈されたデカい木がお出迎えだ。

 60年や80年経っていれば、卒業生もクソ多い。

 寄贈されたものもたくさんあった。


 グランド右手には、授業で使われる学校の畑。

 ここで、芋を作ったりヘチマを作ったりした。

 瓢箪を作って、もらったりしたな~。

 瓢箪の入れ物を作りたかったが、中身を腐らせて取り出すとか、面倒なことを親から聞いたので、捨ててしまう。


 畑の近くには、高さ5mの鉄製の登り棒。

 上まで到達できたやつはヒーローだが、当然危険が危ない。

 今なら、速攻で撤去される代物だろう。


 グランド左手には、地面に埋められた大量のタイヤ。

 これはウチだけではなく、あちこちで見かけた光景なので、こういうのが推奨されていたんだろうなぁ。

 そばには、木製電柱で作られた巨大なシーソーなどがある。


 その横には、ジャングルジムと、回転筒。

 どちらも、危険だからと、平成令和に撤去されてしまったものばかり。


 そしてグランドの一番端には、自転車置き場がある。

 遠くから通っている児童には、自転車通学が認められていたので、忘れ物をしたときには、よく自転車を借りて自宅に取りにいっていた。


 朝早いので、当然学校には誰もいない。

 学校の正面玄関から、中に入る。

 生徒用の玄関は鍵が閉められていたが、正面玄関はいつも開放されていた。

 これは、学校が公共施設だと言われていたのが、大きいのだろう。

 いざというときには、学校が避難場所にも指定されていたし。


 学校の廊下は全面板張りで、1階だけがワックスで磨かれていた。

 大掃除のときに、ここを磨かされるのが嫌だったなぁ。

 校舎の中央には、建物を上下に貫くコンクリ製の防火帯がある。

 鋼鉄製の扉が鎮座しており、火事になってもここを閉じれば、校舎の半分は助かると言われてたが、そんなに上手くいくものだろうか?


 校舎の両側には、デカい階段――当然全部木製。

 体育館に作られた学校給食の搬入口にものが到着すると、給食当番はこの階段を上って運ばなければならない。


 旧態依然の校舎なので、エレベーターなんて洒落たものは存在せず、温食をひっくり返して、温食なしになる悲劇がたまたま発生。

 そんなわけで、低学年には、こんな苦行はできないので、1年と2年の教室は1階にあった。


 右側階段下には小さなトイレと、校舎左側には、巨大なトイレ舎。

 MAX時には全校生徒400人ぐらいいたそうなので、トイレ舎だけあとで増築されたものと思われる。

 一応男女用に分かれていたが、高い天井の下で、トイレ個室は全部筒抜け。


 男用の小便器は、コンクリの壁を立てただけの代物。

 昔の公衆便所はこういう作りが多かったな。

 入っただけで、アンモニア臭で目が痛くなるやつ。


 トイレ舎の隣には、あとから増設されたと思われる、理科校舎があった。

 ここにも、卒業生から寄贈された昆虫標本や生物標本、鉱物標本が並び、家庭科の授業などもここで行われていた。


 理科校舎入口脇には、これまたあとから増設されたと思われる、石炭庫。

 冬になると石炭ストーブのために、石炭係はここから石炭を運ばなければならない。

 苦行だ。


 校舎の右端には、体育館。

 ここは近年に増築されたと思われ、一部鉄筋だったが、冷暖房などは存在しない。

 毎年10月には、学芸会が催されていたが、ある年の10月に大雪になって、氷点下の中暖房もない体育館で行われたことがあった。


 そして、体育館の奥には音楽室――増築に増築を重ねられて、こんな構造になっている。


 誰もいない廊下を走り、階段で二階に上がると、天井から裸電球がぶら下がっている。

 上から下まで全部木製――二階の廊下も総板張りで、教室も板張り。

 板の節が抜けてあちこち穴だらけ。

 その穴からネズミやヘビが出てきて、大騒ぎになったこともあった。


 校舎の外壁も木製の鎧張りなので、蜂の巣ができて被害が出ることもしょっちゅう。

 誰もいない校舎で、走り回っていると、7時のチャイムが鳴る。


 その頃には、ぼちぼちと他の生徒たちも登校してくるのであった。



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― 新着の感想 ―
木製の廊下、ワックス(それか何かの塗料)塗り立てだと滑って面白かった記憶が。 で、木のささくれが足に刺さるのまでがお約束でしたw
昔のぼろ校舎3年になって2Fになったんだが あるとき 床下に潜れる場所があるのに気が付き探検・・・いやぁ・・・お宝が満載でした 歴代の鉛筆・シャーペンが大量に床の穴から落ちて回収不可能になったのがこん…
入るのはダメな所には有刺鉄線が張り巡らされいた…。 まぁ、入ったけどね…。
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