その1 事件
昭和◯◯年◯月◯日
村に衝撃が走る。
学校の先生が、自殺したというのだ。
直接担任になったことがなかった先生だったのだが、もちろん顔は知っている。
小さい集落&小学校だったので、みんな知り合いだ。
子どもだったので詳しいことは不明だが、大人たちの話に聞き耳を立てると、仕事に関する悩みがあったんじゃないという話だった。
新聞にも載った。
そりゃ載るさ。
小学校の教師が、「焼身自殺」だもん。
中々ショッキングだが、あらましはこうだ。
実家の近所にあった電気店の小屋を漁り、農薬を飲んで自殺を図るが死にきれず、学校の裏山で灯油を被って、焼身自殺。
もちろん、村は大騒ぎ。
子どもたちには、「裏山には近づくな!」命令が出たが、好奇心旺盛なガキどもは、裏山の焦げた跡を探してワイワイしてた。
リアル肝試しだ。
マジで小学生だったんで、勘弁してほしい。
すぐに村あげての通夜になったが、「大人にいい子いい子」してもらいたい盛りだった俺は、通夜に参加すると言い出してしまう。
まぁ、小学生低学年だったんで、通夜がどういうものか、よく解らなかったんだよね~。
正装を着て会館に乗り込んだのだが――多動だった俺は、読経の間ずっと座っているのがキツくてキツくて。
我慢しきれなくて、途中で立ち上がると、外に出てトボトボと暗い道を歩き始めた。
すると、後ろから呼ぶ声が聞こえる。
裸電球に照らされた小さな会館の玄関で、喪服のオバチャンが手を振っていた。
「帰るならお菓子を持っていきな」と、袋のお菓子を渡されて一人帰路につく――今のググるマップでみると、距離はちょうど1km。
昔はLED街路灯なんてないから、しょんぼりとひたすら真っ暗な砂利道を歩くだけ。
まぁ、それで懲りたので、そのあとはそういう行事に参加するとは言わなくなりました。
その通夜をやってた会館が倉庫に改造されて、今の自宅の眼の前にあるんだけどね~。
どっとはらい。
オラが村には、自殺ネタで定番ネタがもう一つある。
これは、隣村での話なのだが――。
割腹自殺しようとしたオッサンが死にきれず、腹の中を全部ぶちまけても死にきれず、
結果、苦しさに助けを求めて助かったという話。
当然、ぶちまけちゃった臓物は、泥だらけ。
元に戻すときに、洗浄やら、なんやらで大変だったらしい。
それでも、死なないのな~。
死ぬときには、簡単に死ぬのにな~。
そのあと、「割腹じゃ自殺できん」というのが、村の共通認識になりましたとさ。
まぁ、そんなわけだから、切腹するときには後ろに介錯がいるんだよね~。
切腹も、後期には扇子で切る真似だけだったようだし。
そういう話が出たあと、親たちとも話したんだが、「焼身自殺なんて苦しいよね~」という話しから、
首吊りや水死は汚い、綺麗で苦しくないのは、「凍死」という結論になった。
子どもと、なんちゅー話をしているのか。
昭和◯◯年◯月◯日
飼い犬が死ぬ。
鎖が外れて、逃げ出した先で車に轢かれたっぽい。
逃げた先で、毒まんじゅうを食べるパターンもあり。
毒まんじゅうってのは、野犬駆除のために撒かれてる、毒薬だ。
そんなわけで、子どもたちは、「拾ったものを食うな!」と、厳命が下っていた。
実際には、毒まんじゅうの実物を目で見たことはなかったが、逃げ出したり、放し飼いをしてたペットの被害が結構あったので、それなりに撒かれていたと思われる。
飼い犬が死ねば、今なら保健所に持っていったり、ペットの葬儀があったりするんだが、
昭和は違う。
そのまま、友だち一緒と自宅裏に穴を掘り埋めた。
マジで。
親から、「深く掘らないと虫が湧くからな」と言われて、50cmぐらい掘ったはず。
そういう指示が出るぐらいには、普通に行われていたってことだ。
戦後には、人間の土葬も行われたいたらしい。
オカンの若い頃には、人魂や燐光もたくさん見たと言っていた。
また、亡くなった人が、お世話になった家を一軒一軒廻って歩いた――みたいな怪談もたくさんあったな~。
この話は目撃者も多数いたらしい、村でも有名な話。
そんなわけで、あちこち掘り返すと、動物の骨がたくさん出てきたりしてた。
昭和やな~。




