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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第77集(2016年11月)/「文化」&「樹木」
28/43

01 奄美剣星 著  樹木 『猫魔火山登坂鉄道』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「猫」

 山寺に住む親戚筋の和尚の話だと、縁側にでたところ、庭に猫がいて雀を捕まえようとしていたのだがとり逃がした。そこで確かに、「畜生!」といったのをきいたのだそうだ。

「おまえ、しゃべれたの?」

「しまった、きかれてしまったか。――十年もすると言葉を話し、十五年もすれば化けられる」

 猫のやつめは、開き直って、そう、うそぶいたのだそうだ。

 それはさておき。

 猫魔火山登坂鉄道をご存じであろうか。会津磐梯山といえば猪苗代湖北畔にあるので有名だが、実は、磐梯山のすぐ西側に、猫魔火山というのがある。富士山タイプの成層火山の中腹あたりから、自重でドスンと落っこちてできるのが、カルデラ火山。火山としては弱冠、年長組だ。隣り合った猫魔火山と磐梯山との関係は、年の離れた姉が赤ん坊の妹を抱っこする感じだった。――猫魔登坂鉄道は、バブル期まで、そこを走っていた路線だった。

 始発駅が、東喜多方駅で、終着駅が猫魔パラグライダー駅になる。駅近くには、文字通り、パラグライダー滑空場があり、またスキー・リフトがあって、カルデラ盆地に下った湖畔には温泉ホテルもあった。――今夜はそのホテルに宿泊する予定だ。

 相席したスーツの紳士が話しかけてきた。

「年をとった猫は、葬式になると仏さんの上を、右へ左へ、ピョンピョン反復する。するとですね、貴男、静電気で死体はムックリ起き上がったという話をききました。終点の駅から尾根伝いにゆくと十五分ほどで猫魔石の前にでます。そこからまた十五分で二等基準点のある頂上です。――猫魔石はドスンと柱を峰に突き刺したような石でしてね、石のあたりは箒ではいたように綺麗になっている。会津の猫は、十五歳になると猫魔山に登って猫股になるのです」

「猫股? 尻尾が二つになるアレですか。――それは怪異ですね」

「でしょう。そういうわけで会津の旧家はあまり猫を飼わない。養蚕農家は別ですがね。養蚕農家のところには鼠がでてきて、お蚕さんをかじられてしまう。かじられないように猫を飼うんです」

 横にはウィスキーの小瓶とグラスがある。マグカップがあったので半分をそれに注いで僕が飲み、壜のほうを紳士にやった。

 富士の裾野にあるような知名度はないけれど、樹海と呼ばれる深い森だった。秋の行楽シーズンが過ぎてほどなく、この山は雪冠を頂くことになる。十日そこらで立冬を迎えようとしていたころ、僕はトロッコ仕様の二両編成客座車両に乗った。レールの間にはノコギリのようなギザギザがあって、滑り止め歯車のついた小型機関車が、ゆっくりと外輪山を登り降りするという趣向だ。

 紅葉したブナは黄色い。木の実は団栗だ。その団栗を熊が食べているのが車窓からみえた。登山客は熊の生息地を突っ切って登山する。熊は過剰なほどに用心深い。鈴を身に着けていれば、ふつう、熊は近寄って来ない。――僕は怠け者なので、山登りなんぞしない。極力交通機関をつかって目的地にゆきたい口だ。

熊はみたが、十五歳猫は登って来ない。

 そのうち、尾根道をゆく登山者がみえた。――リュックを背負っていて、山高帽を被っていた。僕の乗った登坂列車が通り過ぎようとすると、帽子をとった。長い髪がふわりとこぼれ風にたなびいていた。――僕はみとれた。

「この鉄道は、うつつ世ととこ世の狭間を横に走る鉄道ですよ。ローレライっているのがいるでしょ」

「ライン川の水怪ですね」

「ここは山だ。そろそろ雪が降る。だからあれは雪女」

「化け猫ではないのですか?」

 紳士は僕の顔をのぞきこんだ。

「貴男、雪女と化け猫、とり殺されるならどっちがいいです?」

「それはまあ、雪女です。――男ですから」

 美女が後に遠のいていった。

 そうこうしているうちに、頂にあるパラグライダー駅に着いた。

 期を同じくして、離着陸場からエンジン付パラグライダーが飛び立った。ぼちぼちやってきただろう、白鳥たちがいる猪苗代湖から、雪を戴く磐梯山を旋回して、戻ってくるのだろうか。なんとも楽しそうだ。

 平屋になったコテージ風の駅舎はラウンジになっていて、僕と紳士とはそこでビールを注文した。三十分後に下りの登坂列車がでる。紳士はそれに乗って帰った。

 雄国沼湖畔のホテル・チェックイン予約は三時からだ。まだ間がある。隣接したリフト乗り場に慌てて駆けこむこともない。すると、さっきみかけた、美女がやってきた。――カウンターのマスターに飲み物を一杯おごってやってと頼んだ。マスターが片目をつぶる。

 美女が礼をいいにきた。

「今夜は雄国沼ホテルにお泊り?」

「ええ、そうですよ」

「実は私もなんです」

 僕はさっきの紳士が座っていた席を勧めた。

 美女はしなやかに腰を下ろした。

 ――仮にその夜、僕がこの美女に喰われたとしよう。雪女だったか、猫股だったか、そこのあたりは御想像にお任せする。

 その後、出不精な僕は久しく家に閉じこもった。バブル崩壊後、猫魔登坂鉄道は、軌道上で硫化水素ガスが発生、運行中止となったというニュースをネットでみかけた。大震災後、親戚の法事のため会津にきた際、東喜多方駅に立ち寄ってみると、猫魔登坂鉄道の駅舎やレールはすべて撤去されていた。

     ノート20161126



※またつまらぬ話をかいてしまった(斬鉄剣!)

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