02 柳橋美湖 著 文化 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL・鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
このころ、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職。
そんなオムニバス・シリーズ。
30 文化
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瀬名さんがお店に入ってくると、小さな男の子が後をついてきます。小学一年生くらいでしょうか。ジャケットにシャツ、パンツにスニーカー。通学用のリュックを背負っている。どこにでもいる感じの子。けれどもです。瀬名さんって独身のはず。じゃあ、隠し子? いえいえ、違います。東北には座敷童の伝説がありますが、なんだか似た感じ。けれど座敷童でもない。座敷童は家憑きだからお屋敷にピッタリくっついてご主人様の後を追いかけてはこれないはず。最初は気配しか感じませんでしたが、〝魔法少女OB〟のマダムと暮らすようになってから、はっきり視えるようになりました。
ご機嫌いかが、鈴木クロエです。中央線沿で五階建てのお店と住まいが一緒になったカラス画廊五階に住むようになってから、身内である北ノ町のお爺様の関係者と交流する機会が、以前よりも密になってきました。というのも、お爺様は美術界の重鎮で、作品は主にこのお店で取り扱っているからです。お爺様の顧問弁護士・瀬名さんは、お爺様の顧問のような感じで、ときどきいらしては、書類手続きを引き受けて下さったりしています。
今回は瀬名さんのあとにくっついてくる男の子についてご紹介しましょう。
瀬名さんは、お昼前に、マダムと打ち合わせをして、お帰りになりました。マダムと私は、お客様がいらっしゃらない午後、お茶を頂きます。その際、テーブルのむこう側の席に腰かけ、カップを手にしたマダムが、思い出したようにおっしゃいました。
「クロエさん、文化の意味分かる?」
スマホの辞書で〝文化〟を検索する、人間がつくり出したものすべてで、おもに精神的なものだと表示されました。
マダムがお茶を一口飲んでから言葉を続けました。
「〝文化〟を分解すると、〝文〟と〝化〟に分けられる。ふつうに読んで〝文字化け〟でしょ」
ふつう? 〝文化〟を〝文字化け〟にもっていくのは、無理があるとはいわぬまでも、ちょっと強引。
「文字化け、ですか……」
「そう、文字化け」
あら、あらあら……。さっきの男の子が戻ってきました。
男の子がリュックから桃の缶詰をだしテーブルに置いて、「クロエさんにあげる」といいました。
「すっかり気に入られたようね。この子は護法童子っていうの」
マダムがちょっと吹きだしました。そのマダムによると、護法童子というのは、本来は仏法の守護神なのに、それがどういうわけだか、法律家の瀬名さんに憑いて守護天使になった。
「これがほんとの〝文字化け〟」
確かに。
護法童子くんが、テーブルに置いた桃の缶詰には、桃のイラストに〝peach〟と書いてありました。
「ピーチには、綺麗で魅力的ですねって意味がある。クロエさん、口説かれているのかな?」
「マダム、この子の桃を頂くととどうなるんです?」
「あっちの世界の食べ物だから、食べると、護法童子くんの申し出が断れない。――この子のご主人様は瀬名さんだから、クロエさんのご主人が、瀬名さんになる」
――えっ、瀬名さんのお嫁さんに。
私は頬が紅潮するのを感じました。
護法童子くんが、指で卓上をトンと叩くと、素敵な江戸切子のお皿が現れました。キコキコ缶を開け、ホークを添えたコンポートを私に勧めます。
瀬名さんは意図してはいないけれど、護法童子くんは、メッセンジャーボーイになっている。けれど、本人に直接告白されているわけではないのだから、この桃を頂くわけにはいかない。――私はそう感じました。
「ねえねえ、護法童子くん」
そう呼びかけると、リュックの男の子が缶切りを動かす手を止めます。
私はその子の額に手を当てました。
護法童子くんはあどけない顔で私をみあげました。なんというつぶらな瞳。――私、どうしたらいいの!
そこでです。瀬名さんが戻ってこられました。
「――マダム、さきほどの件ですが、追加というか、まあこうしたほうがいいという助言みたいなものです。海外に在住なさっている先生のファンとたまたまお話する機会を得ましてね、マダムにご紹介しようと思うのです」
「それはぜひ」
護法童子くんが瀬名さんを見上げました。
瀬名さんが、マダムと新規の顧客になりそうな方との商談をなさっていました。
護法童子くんは、私にコンポートを勧めづらくなったようで、困った顔をしています。
瀬名さんの横にいてなんとなく所作をみていました。一回り年上だけど、瀬名さんは聞き上手。それでいて、要所要所でいうべきことはおっしゃいます。口調は丁寧で威圧的な態度をとるということは決してなさいません。――いままでの交流から、瀬名さんが家庭をもっても、スタンスは変わらないはず。
私はちょっとかがんで、護法童子くんに耳打ち。
「君のご主人様が直接いってくださったら考えとくね。でも、気持ちはうれしい」
瀬名さんが振りむきました。
「クロエさん、なにか? 独り言?」
「あ、はい、すみません。そうです。独り言です」
瀬名さんは、マダムとの打ち合わせが終わって駅に。瀬名さんの守護天使・護法童子くんともお別れ。ついつい誘惑に負けて、頬っぺたにキスしちゃいました。
私とマダムは玄関先にでて、瀬名さんをお見送り。お辞儀した顔を上げると、横断歩道を渡った瀬名さんの後を追いかけている護法童子くんがこっちをむいて、何度も手を振ってくれました。顔を真っ赤にしたまま。
それではまた。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。
●烏八重/カラス画廊のマダム。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。
●護法童子/瀬名武史の守護天使。




