姉妹ですか? 後編
少し期間があいてすみません。
しばらくモニターを見つめたまま固まっていたラウルだったがイリアに声を掛けられて我に返ると、心配そうに見つめる高山と目が合った。隣をみるとイリアの顔がすぐ傍にあった。
(この人達にはきちんと伝えなければいけない)
ラウルは高山達に出会う前の事、冒険者になった理由、セルティナの事、包み隠さず全てを話すのだった。
今までの経緯を話し終えたラウルは不安そうに高山たちの様子を窺う。
「そうですか……。彼女がラウルさんのお姉さんですか」
ご主人様はイリア様はどう思ったのだろうか。こうして私の姉がダンジョンの奥深くまでやってきたことを。疑われただろうか私が情報を横流ししたと。追い出されるだろうか、それとも殺されてしまうのだろうか。
しかし高山の口から出たのはラウルにとって予想外の言葉だった。
「ではラウルさんは彼女をどうしたいのですか?」
……私がお姉ちゃんをどうするってどういうことだろう。
モニターからは騎士達とセルティナの声が聞こえてくる。
「これ以上は無理です! 負傷者も多く帰路のことも考えればここで退くのが最善です!」
「いや、まだだ。まだ先に進む」
「何を言っているんですか! 団長自身も怪我をされてるじゃないですか!」
混乱する頭の中でラウルは考える。何故お姉ちゃんはここにきたのか。普通に考えれば任務だろう。
「それに今回の任務は森周辺の調査です! ダンジョンの調査までは入っていませんでした。団長が念のためにというので入りましたが、ここまで負傷者を出してまで進む意味があるとはとても思えません!」
(やっぱり任務。そうだよね、わざわざ私を探してこんなところまで来るはずないよね。)
「そうだな。これは、これからは任務ではない。ここから先は私怨だ。」
(何を言っているの? 私怨?)
「ここから先は私1人で行く。お前たちはダンジョンを抜けて今回の調査の結果を本国に伝えてくれ。ここまで巻き込んでしまったすまなかったな」
「ど、どういうことですか! しっかりと説明をしてくださいよ団長!」
「そうだな。お前達には話しておかないと行かないな。私はこのダンジョンに『バベルの塔』に家族の命を奪われたのだ」
家族の命という言葉にラウルが体を反応させる。
(家族? 私のために? どうして? わざわざこんなところまで?)
「妹の命を奪った『バベルの塔』を私は絶対に許さない。だから私はここまでやってきた。騎士団の力を利用してでもだ」
「ラウルさんのお姉さんはあなたのためにここに来たようですね。彼女はこの塔を壊そうとたとえ1人になっても上へやってくるでしょう。私は塔を破壊しようとする彼女を止めなければいけません。倒さないといけません。……ではもう1度尋ねます。ラウルさんはお姉さんをどうしたいですか?」
今までずっと優しかった高山が急に恐ろしく思えてくる。混乱し動揺するラウルは助けを求めるように周囲を見渡すとイリアへと縋るようにその視線を送る。
「高山様はあなたに決めなさいと言っているのです。私が決めることではありません」
最後の希望だったイリアにも見放されたラウルの耳に聞こえてくるのは騎士団を私利私欲のために利用したセルティナを糾弾する騎士の声だった。
「では我々を利用としたというのですが! あなたのたかが妹の1人のために!」
「たかがではない。私にとっては世界に1人しかいない大事な妹なんだ」
大事な妹。ここまで私は姉に想われていたのかと初めて気付く。
「それにようやくわかりました。あなたが私に何を求めていたのか。あなたは私に彼女の代わり、今モニターの向こうにいる姉の代わりになって欲しかったのですね」
(そうだったのかな……。私はお姉ちゃんを求めてたのかな)
「私はあの日、家を飛び出す妹を止められずことずっと悔やんでいた。だからもう2度後悔しないと。後悔のないよう生きると決めたのだ! たとえそれが国を裏切るようなことになってもだ!」
(そうまでしてお姉ちゃんはここまで来てくれたのに私は……。私は!)
「お、お姉ちゃんを助けてください! なんでもします! なんだってしますから! 私は、私のことはどうなっても構いません。だからお姉ちゃんだけはっ!」
ラウルは精一杯頭を下げる。泣き出してしまいそうなのを必死に堪えながらラウルは下げた頭を恐る恐る上げるとそこにはいつものように柔和な笑みを浮かべる高山と優しく微笑むイリアがいた。
「わかりました。彼女はなんとか止めましょう。こちらにはまだ戦力があります」
2人の表情と高山の言葉に安堵するラウルに高山が再度予想外の質問を投げかける。
「ラウルさん、あなたはどうしたいですか?」
「え?」
「ラウルさん自身のことですよ。今なら彼女の元へ行きそのまま外で暮らすという道もあります。私は強制するつもりはありません。このままダンジョンに残るのも出て行くのも」
しばらく考える素振りを見せたラウルだったが今度は誰の後押しも必要とせずにはっきりと答えた。
「私は、私は……」
(どういうことだ? モンスターが1匹もいないだと)
一夜明け騎士団と別れ単独でダンジョンの奥へと進むセルティナだったが、リッチを倒して以降1度もモンスターと遭遇していなかったのだ。
それもそのはずでラウルがセルティナを助けて欲しいと願い出た後、高山は全てのモンスター達にセルティナを襲わないよう命じていたのだ。4階より先はそもそもフロアが完成しておらずモンスターが存在しなかったりするのだが。
そういった事情を知らないセルティナは罠の可能性を考慮し辺りを警戒しながらも確実にその歩を進める。
「誰だ!」
ふと陰から覗き見るモンスターとは違う人の視線を感じたセルティナは声をあげる。
声を掛けられた人物はゆっくりとその姿を現す。
「シェイク!? どうしてお前がここに?」
「団長を1人にするわけにはいきませんから」
「私はもう団長ではない。ただの復讐者でしかない。お前が私につき従う必要はないんだぞ」
「そうですか。私も騎士団員ではありません」
「なッ!? お前まさか!」
少し恥ずかしそうに頭を掻くシェイク。
「そうですね、今の私はただの、、、冒険者ですかね。こんなところで偶然にも団長とお会いするとは。よろしければご一緒してもよろしいですか?」
やれやれと苦笑いするセルティナだったがこうして既に団長ではない自分の後を追ってきてくれたシェイクに心の中で感謝する。
「団長ではない。セルティナだ」
そういうと2人は少しばかり笑い合うと奥へと進むのだった。
「セ、セルティナさん。どういうことでしょうか、モンスターがいないなんて」
団長と呼ぶ度に『セルティナだ』と注意されるシェイクはどもりながらもなんとかその名を呼ぶ。
「罠か誘われているのかはわからないが、2人しかいない私達には好都合だ。もうじき最上階のはずだ。なにが待ち受けていようが関係ない。全て叩き潰す」
それなりに長い時間をセルティナと過ごしてきたシェイクだったが、彼女としては珍しい力強い言葉に意思の強さを感じる。そしてシェイクは心の中で誓う。団長は必ず私が守ると。
セルティナとシェイクがそれぞれ決意を胸に誓ってから程なくしてついに2人は高山達が待ち受ける12階へと到達した。
そこは森だった。ダンジョンの中とはとても思えないほどに自然が溢れていた。そしてそこにいるのは1匹の巨大な狼。美しい白銀の毛並みを持つその狼は森と合わさり神秘的な美しさを醸し出す。
(あれがフェンリル。とすればダンジョンの終わりは近いということか)
フェンリルと共によく現れるという水の精霊も居るかもしれないと周囲を見渡すセルティナは人影に気付く。
(水の精霊? いや、あれは!)
木陰から姿を現したのはセルティナのよく知る人物、まさに捜し求めていた人物だった。
「ラウル!?」
家を飛び出した頃と変わらないその姿にセルティナは安堵する。
「どうしてここに、、、いや何よりもまず生きていて良かった。もう会えないかと思っていた」
「うん、私ももう会えないと思っていたよ。また会えて嬉しいよ、お姉ちゃん」
久しぶりに聞いたその声に本当に妹だと改めて実感する。セルティナはラウルの全身を眺め、傷や痣がないかを確認するがそのような痕はなく、むしろ以前よりも血色が良くなっているようにさえ見えた。
ゆっくりとラウルの元へと近付くセルティナにそれまで黙っていたシェイクがラウルには聞こえないよう小さな声で話しかける。
「セルティナさん、詳しい事情はわかりませんがあの方が妹さんなんですよね? だとしたら不自然です」
セルティナも普通ではないと感じてはいた。ラウルの行方がわからなくなって半年以上経つ。それが今こうして何事もなくセルティナの前に現れたのだ。怪しくないわけがない。
「ダンジョンマスターの罠かもしれません。まだダンジョンマスターについては解明されていないことの方が多いのです。もしかしたらセルティナさんが妹さんを探していると知って、、、」
「偽者だと言いたいのか」
セルティナの怒気を含んだ言葉に気圧されそうになるがそれでもシェイクは退かなかった。
「今のセルティナさんは冷静ではありません。まずは落ち着いてください。しっかりと本物かどうか確かめてからでも遅くはありません」
今までセルティナに対して面と向かって反論することのなかったシェイクの言葉でセルティナは平静を取り戻す。
「すまなかった、もう大丈夫だ。ありがとう」
セルティナはもう1度ラウルへと視線を向けると注意深くその様子を観察する。
(捕らえられていたのだろうか? それにしても何だあの服は。給仕服、、、まるでこのダンジョンに仕えてでもいるかのような)
「ラウル。今までどうしていたんだ?」
「えっと、私ね。家から飛び出した後、冒険者になったんだ。でもお姉ちゃんも知ってると思うけど私は運動は得意じゃなかったから簡単な依頼ばっかり受けてたんだけどね」
セルティナは全て知っていたがあえて何も言わず続きの言葉を待つ。
「結局私は家から飛び出した後も1人じゃなにもできなくて、それが悔しくて、虚しくて。それで何か大きなことをしたいと思ってた。そんなときにこのダンジョンに向かう冒険者達の話を聞いて勇気を出して一緒に連れて行ってもらったの。……そして私は捕らえられたの」
やはり捕らえられていたのかと思うと同時にセルティナはラウルがここから抜け出すことができないと予想する。
「そうか。大丈夫だ。私が助けに来たからな。このダンジョンは、ダンジョンマスターは私が倒す」
「だめ!!!」
「ラウル?」
「だめ、だめなの。確かに私は捕らえられた。でもきっと運が良かったんだと思う。私は1度はもう死んだと思ったけどこうして生きてる。私はここのダンジョンマスターに助けられたの。そして私は望んでダンジョンマスターに仕えてる」
「な、なにを言ってるんだ。望んで仕えてるだと。ダンジョンマスターがどういう存在か知らない訳じゃないだろう! 村や町を襲い、時には国そのものに戦争を仕掛けるようなやつらだぞ!!」
「知ってるよ!! でもね、ここのダンジョンマスターは高山様はそんな人じゃない。すごく優しい人なんだよ。きっとお姉ちゃんだって」
「そうか。これもダンジョンマスターの仕業というわけか。リッチの時といい、人の大切な者を操るそのやり口といい随分と性質が悪いようだ」
これ以上語る必要はないと言わんばかりに腰の剣を抜く。
「違う! 違うんだよ、お姉ちゃん! 私は操られてなんか」
「心配するな。すぐに元に戻してあげるからな。シェイク! まずはフェンリルを叩く!」
シェイクが力強く頷くのを確認するとセルティナはフェンリルに向かい駆け出す。
「ごめんなさい、やっぱり私では無理でした。後はお願いします、高山様」
「いえいえ、ラウルさんはよく頑張りましたよ」
駆け出したセルティナはラウルのさらにその後ろから現れた人物を視界の端に捉えた。
(あれが高山! ダンジョンマスターか!!!)
「シェイク、フェンリルの足止めを! 私はダンジョンマスターを殺る!!」
木を足場に急激に方向転換したセルティナは一直線にその人影へと突き進む。
(奴さえ殺してしまえば!)
その時セルティナは背後に異様な気配を感じる。
(シャドウアサシン!?)
リッチを倒した後に現れたシャドウアサシンと同様に本能的な危機を感じたセルティナはその何かから逃れるべく体を動かそうとするその刹那。本来なら聞こえるはずもないだろう一瞬の出来事のはずだったが確かにセルティナの耳に届いた。
「やれやれ。我の初陣としては些か事情が複雑で乗り気ではないんだがな。これも主の命ゆえ仕方ない」
そしてセルティナの人間離れしていると言われた反応速度を見せる前にその首筋へと衝撃が襲った。




