ドラゴンですか?
時はセルティナ達騎士団が高山のダンジョンへと侵入する少し前、アイリが強力なモンスターの召喚を提案した時に遡る。
「私のおすすめはドラゴンよ!」
力強く発言したアイリだったが高山達の反応はいまいちだ。
「……ドラゴンですか?」
「なんでそんなに反応が鈍いのよ! ドラゴンって言ったらファンタジー世界の王道モンスターなのよ!?」
この世界のドラゴンは人の前に姿を現すことはほとんどない。普段は人が足を踏み入れることのない山奥や未開拓の地に生息している。その戦闘能力はこの世界に存在する全ての種族の中で最強と言っても過言ではないほどに高い。
正確にはドラゴンの中でも上位種、下位種といくつかの分類が存在するため一概に最強とは言えないのだが。
下位種の中で代表的なワイバーンなどは人の手により討伐されることもあれば、高山のダンジョンにいるフェンリルにも劣っている。
そんな中で今回アイリが高山に召喚させようとしているのは上位種に位置するドラゴン。その中でも特に強い1匹で戦況を覆すような強力なドラゴンを召喚しようと言うのだ。
「普通のダンジョンマスターはドラゴンなんて召喚リストに載ってもないんだけどね。『王のカリスマ』なんてあんたには勿体無いぐらいのスキルがあるんだから利用しなくちゃね!」
何故かいかにも自分が『王のカリスマ』を持っているかのように得意気なアイリは胸を張る。
「あの、、、ドラゴンってすごく大きいですよね……?」
「そうね! ものすごく大きいわね!」
おずおずと質問するラウルに相変わらずあまり無い胸を張ったまま答えるアイリ。
「ご主人様。ダンジョンのフロアの高さの制限はいくつですか?」
「えっ?」
ラウルの質問の意図を察したイリアが高山に尋ねるとアイリの動きがピタリと止まる。
「たしか拡張して40mまでのはずですね。ドラゴンさんの大きさは、、、体長約15mに18m。おぉ、凄いですよ、こちらのドラゴンさんは29mもあるみたいですよ」
「フロアに入ってもかなり窮屈でしょうね。ましてや自由に空を飛ぶことなんて出来そうもありませんね」
サイズのことまでは考えていなかったアイリは完全に固まってしまう。
「そ、そうよ! フロアを繋げたらいいのよ! 2つくっつければ80mに……」
「なるんですか?」
「……たぶんならないわね。そもそもフロアをそんな風に繋げるのが無理のはずね」
ダンジョンのフロアの壁、床に天井はどんな衝撃を与えても壊れない造りになっている。普通ならば40mあれば十分なのだが今回アイリが召喚しようと提案した上位のドラゴンはその強さに比例するかのごとく巨大なのだ。サイズがそのまま強さというわけではないがその傾向が少なからずある。
外に配置して塔の屋上に! といったりいくつか案を出すもののいまいち現実味のないものばかりだった。
イリアが妥協して体長10m程度のドラゴンを複数召喚するのはどうでしょうかと提案するも今度はアイリが不満顔だった。
皆が頭を悩ます中、ドラゴン種の召喚リストを眺めていた高山がふとある事に気付く。
「人型のドラゴンという欄がありますね」
「それよ! 私が召喚したかったのはそのドラゴンなのよ!」
イリアとラウルが調子の良いことを言うアイリをややかわいそうな人を見るような目で見る。
「それで人型のドラゴンは強いのですか?」
「強いわよ! たぶん……」
アイリの返答にイリアは本当ですか? と呆れ半分に言う。
「きっと強いですよ。ポイントもたくさん消費しますし」
高山の言葉にイリアは本当ですか! と嬉しそうに言う。
「あんた、私の時と態度違いすぎでしょ!」
人型のドラゴンを召喚することになった高山達は皆で高山の持つモニターを覗き込む。
覗き込むアイリは内心驚いていた。画面の中に映る人型のドラゴンは通常のモンスターとは違い1人1人に名前があり、全員が異なるポイント異なる容姿を持っていたからだ。
「こっちのは下半身がドラゴン、、、こっちは見た目はほとんど人と変わらないわね」
予想外に多い人型ドラゴンの召喚リスト。ゆっくりとページをめくっていく高山。それを覗き込むアイリとイリアはいつしか高山がどのドラゴンを召喚するのかに注目していた。
なぜ注目するのか理由は簡単だった。男女問わず美形揃いなのだ。アイリはどうせ女を召喚するんでしょ! と、イリアは女性でも構いませんが、どんな女性を選ぶのかすごく気になります。となぜか高山が見た目の好みで召喚すると決めつけていた。
そんな2人の視線に一切気付くなことなく高山はどのドラゴンさんがいいですかねーとのん気にページをめくっていく。
ちなみに皆で1つのモニターを覗き込んでいるため必然的に体を密着せねばならず、ラウルはイリアの隣で1人幸せそうにしているのだった。
「このドラゴンさんにします」
一定のリズムでめくっていた高山の手が止まり1匹のドラゴンを指差すと皆の視線が一斉に集まる。
やっぱり女! とアイリが、すごくスタイルが良いですね……とイリアがそれぞれ感想を抱く。
「ち、ちなみにそのドラゴンに決めた理由は?」
胸か! 胸なのか! と心の中で突っ込みつつやや表情をやや引きつらせたアイリが高山に問いかける。
「なんででしょうかね。自分でもはっきりとはわかません。……直感でしょうかね」
女性陣2人の思いとは裏腹にいたって真剣な様子の高山にアイリとイリアも緩んだ気を引き締める。
「本当にそのドラゴンでいいの? そのドラゴンを召喚したらほとんどポイントを使い切るわよ?」
「ええ、構いません。あまり自分の直感などというものに頼ったことはありませんが、たまには信じるのも悪くないかもしれません。……では召喚します」
高山がダンジョンマスターになった頃に比べると随分と慣れた手付きでモニターを操作すると、彼らの目の前が激しく光り輝き始める。
眩い光の先に見えるそのシルエットは人の形をしているが尾が生えその背には翼があり人ではないことを証明していた。光がおさまりその姿が徐々に鮮明になるにつれ、皆があることに気付く。
現れたドラゴンは顔をやや上へ向け、まるで全身に日の光を浴びるかのように両の手を緩く広げていた。
しかし日の光を浴びていたと思った者は1人もいなかった。なぜならば、、、
「ん? 水が? ……ふむ、ここは?」
周囲の変化に気付き辺りを見渡すドラゴンは産まれたままの姿。衣服を何一つ身に着けていなかったのだ。そしてその全身には滴る水。
「……綺麗ですね」
ポツリと呟いた高山の言葉に、皆が概ね同意していた。綺麗と言ったのは顔がという意味ではなく、それは高山が初めて『バベルの塔』の屋上で昇る朝日を見たときに近いものだった。
全員がその姿に視線を奪われて動きを止める中、当人は突然召喚され、素肌を複数の者に晒しているとは思えないほどに落ち着いていた。
「召喚されたのか? 先ほど感じた視線のようなのものはこれは原因か。ふむ、して我を召喚したのは、、、」
周囲のものを1人1人観察していくドラゴンは高山と視線が合うとゆっくりと歩み寄る。
未だに動けずにいる高山達はドラゴンの動きをただただ眺めていることしかできなかった。
あまりの美しさに目を奪われたというのも勿論あったがイリア達が動けないのはそれよりもドラゴンから放たれる威圧感によるところが大きかった。どう足掻いても敵う筈がないそう思わされる程の力の差。
高山へと近づくドラゴンにイリアはそのあまりにも圧倒的な威圧感ゆえに不安を覚えていた。
もしあのドラゴンが高山様に牙を剥けばいとも簡単にその命を奪ってしまうだろう。
今まで召喚してきたもので高山に敵意を向けた者はいないということはイリアもわかってはいた。だが自身に受けるその今までにない威圧が恐怖を覚えそれがまるで敵意を向けられてるかのように感じてしまう。
止めるべきか否か。もしドラゴンへ矛先を向け、怒りを買えばその先にあるのは自分の死。高山様を守るために死ぬことは誇らしくさえ思う。だが私が死んだ後どうなる。あのドラゴンを誰が止めるのか。私が殺され高山様が殺される。それでは意味がない。守らなければいけない高山様を。誰が守る? 私が。私が守らなければ。どうやって? あのドラゴンを止めれるのか。無理だ。ドラゴンにしてみれば高山様と私にたいした差はないだろう。殺される。間違いなく殺される。でも守らなければならない。
イリアが胸中でそんな葛藤する中、ドラゴンが高山の目の前に来ると右手をそっと持ち上げ高山に触れそうとする。
その瞬間イリアの緊張が頂点に達した。衣服の中に仕込んであるナイフを手にすると高山とドラゴンの間を通すように投げ放った。万が一にも高山に当てるわけにはいかないとややドラゴン寄りに投げられたナイフはイリアの心配を他所にあまりにも簡単にドラゴンの手に収まる。
「高山様から離れてください」
反射的に起こした行動ではあったがイリアに後悔はなかった。
(高山様を守る。ただそれだけを考えればいい)
「配下の者か……。ふむ、我へ恐怖を抱きながらもよく動けたものだ。よほど主を慕っていると見える。だが勘違いするな。別にお前の主に危害を加える気などない」
危害を加える気はないというドラゴンの言葉を聞いても未だに新たに取り出したナイフを構え真っ直ぐにドラゴンへと視線を送り臨戦態勢を解かないイリア。ドラゴンはやれやれと困ったように高山へ視線を向ける。高山が大丈夫ですよと小さく首を横に振るとようやく構えを解く。
「良い部下を持っているな」
「部下ではありませんよ。私の大切な仲間ですよ」
いつもと変わらない穏やかな表情でドラゴンに答える高山を見てイリアは大切な仲間と言われた喜びと同時に驚きを感じていた。
イリアは僅かな時間ドラゴンと相対しただけで全身に嫌な汗をかき、こうして一息ついた今もかすかに腕は震え、疲労感が体に残っていた。
だというのに高山はいつもとなんら変わりなくドラゴンと向き合っている。
「仲間、仲間か」
そう呟いたドラゴンが再度右手を高山へと伸ばす。今度はイリアの邪魔が入ることもなく優しく高山の頬に触れる。
「不思議な人間だ。いや、人間なのか。なんだというのだ、お前は一体……」
そしてそのままそっと高山へと顔を近づけるとその唇を奪った。
「この様な感情を抱いたのは初めてだ。誰かの下に付くなど考えたこともなかった。ましてや人間などに。しかしどうしたことか、お前の下に付くというのは全く嫌ではない。違うな。お前には望んで付き従いたくなる。本当に不思議な人間だお前、、、いや、我が主よ」
やや頬を上気させたドラゴンが再び高山に近づき唇を重ねようとしたとき再度邪魔が入る。
「あの、ドラゴンさん!」
「む、なんだ」
珍しく声を張り上げたイリア。邪魔をされたドラゴンがやや不機嫌そうに振り返る。
「高山様が困惑しています」
そう言われたドラゴンが高山の顔を覗き込むと確かに急な出来事が続き呆気にとられているようだった。
「ふむ、そう言えばまだ名も明かしていなかったな。我の名はグランシエルだ」
「はい、よろしくお願いしますね。グランシエルさん。私は高山といいます」
そして手を差し出す高山だったが、握手より先に服を用意しないといけませんねと手を引こうとする。
「敬称など不要だ。我が主よ」
引こうとする高山の手をグランシエルが握るとその場に跪き頭を下げる。
この場にいるものにはこの行為がどのような意味を持つか理解できなかったが、本来ドラゴンがたかが人間に跪くなどまず有り得ない。
グランシエル自身も自分の行動に驚いていた。ただ手を差し出されたときにこうすることが今グランシエルが抱いている感情を表すのに最適だと悟ったのだ。
「忠誠を誓おう。我が主よ」
「ありがとうございます。これからはグランシエルさんも私の仲間です」
「我が仲間か。悪くない響きだ」
すっかりと場の空気が和みイリアも張り詰めていた気を緩めることができようやく一息ついたとき、ふとアイリを見るといまだに強張った顔をしていることに気付いた。
いつもならば真っ先に騒いでいるアイリが今日は随分と大人しい。特に今回はドラゴンの召喚を1番楽しみにしていたというのにだ。
そしてよくよく見ればアイリはまるでグランシエルと事を構えていたときのイリアと同じかそれ以上に全身を強張らせていた。異変に気付いたイリアがアイリに声を掛けようとしたとき、強烈な殺気がイリアを襲う。
思わず悲鳴をあげそうになるほどの殺気。先ほどまでの威圧とは違う明確な殺意が含まれていた。
「で、貴様はなんだ?」
グランシエルが問いかけた先にはアイリの姿があった。そしてその殺意はアイリへと向けられていたのだ。直接殺意を向けられていたわけではないイリアでさえ悲鳴をあげそうになったほどだ。ましてや普段殺気など向けられたことのないアイリはその場で腰を抜かし体を震わせ、目からは大粒の涙を溢れさせその顔を恐怖に歪ませていた。
「なぜ貴様のような者がここにいるのだ。貴様は我が主の敵だろう? いや、我の敵でもある。この世界の敵だと言っても良いだろう自分でもわかるだろう? 傍にいるだけで虫唾が走る」
グランシエルの言葉は耳には入ってはいるがアイリには内容を理解する余裕は全くなかった。
(殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される)
恐怖に支配されてしまったアイリはパニックに陥り、過呼吸を引き起こした。
「あぅ、はっ、あっ、、、はっ、あっ、あっ」
「すぐ楽にしてやる。さっさと消え失せろ」
ゆっくりと手を伸ばしアイリの首を手にかける。そしてその手を握り、止めたのは高山だった。
「なぜ止める、主よ。こいつは我らの敵だ」
「彼女も私の大事な仲間です」
「仲間? こいつが仲間だというのか? 冗談ではない! このような奴と仲間になどなれるわけがない! こいつを見ていると殺意しか沸かんぞ!!」
「グランシエルに命じる。アイリさんへ危害を加えることを禁じます。それが出来ないのならばここから出て行ってください」
グランシエルの威圧に一歩も引かず言い放った高山の言葉にグランシエルはアイリの首に掛けていた手を離すと「出過ぎた真似をした。許せ主よ」と詫びるのだった。
「イリアさん。アイリさんを部屋に運んであげてください」
高山の言葉でグランシエルの殺気の中全く動くことの出来なかったイリアがその呪縛から解き放たれる。
いまだに過呼吸に陥ったままのアイリにすみませんと一言謝った後に首筋に手刀を浴びせ気絶させるとアイリの自室へと運ぶのだった。
アイリが目を覚ますとそこには心配そうに顔を覗き込む高山がいた。部屋を見渡すとイリアとラウルも同じように様子を窺っていた。
「アイリさん、大丈夫ですか?」
高山に声を掛けられるとアイリは小さく「うん……」と頷くと徐々に自分の身に何が起こったのかを思い出す。
『敵だ』
グランシエルに言われた言葉を今になってはっきりと理解する。
「ごめん、しばらく1人にして」
そう呟き俯くアイリの様子を見た高山達はそれぞれが顔を見合わせると静かに部屋を立ち去るのだった。
「大丈夫ですよ。私はアイリさんの仲間ですから」
部屋を立ち去る際に高山が言い残した言葉をアイリはゆっくりと考える。
(私も仲間だと思ってたんだけどなぁ)
でもあのドラゴンは言った。敵だと。高山の、世界の敵だと。言われて見れば今までもそう言った傾向があったような気もする。今回で言えばフェンリルやナイアスなどにはどうしても距離を置かれていた。
(やっぱり私は世界の敵なのかなぁ。しょうがないよね、私はナビだもんね)
考えていくうちにぽつりぽつりとアイリの目から涙が零れ始める。
(でもそれって私がいけないのかなぁ。私だって確かに始めは高山のことあんまり好きじゃなかったけど、今は全然そんなことない。私も高山の仲間で一緒に頑張ろうって思ってたのに。今日だってドラゴンを召喚すればもっと強くなれるって、考えて……)
いつしかアイリの目からは大粒の涙が溢れだしていた。
しばらくベッドで涙を流していたアイリの部屋の扉がドンドンとノックされる。
「だれ?」
返事はない。ただドンドンとノックされるだけだった。
「もう少し1人にしておいて欲しいんだけど」
しばらく返事がない後、ガンガンと先ほどより大きな音が、扉が壊れんばかりの勢いで叩かれる。
「ちょ、ちょっと誰よ! 扉が壊れるって!!」
慌てて部屋の扉を開けるとそこにはアイリにとって1番意外な人物がいた。
いや、意外な獣がいた。
美しい白い毛並みを持つその獣はフェンリルだった。いつも高山が時にはイリアがラウルが気持ちよさそうにその体に抱きつくフェンリルだった。アイリが1度も触れたことのない。
「ちょっとあんた何しに来たのよ! あんた私が近づくといっつも嫌がるくせに!」
フェンリルはその大きな体を無理やり部屋の扉を通すとアイリの顔をじっと見つめる。
「なにあんたも私を殺したいわけ? ……酷いものよね、私はあんたのこと好きだって言うのにね」
少し寂しそうにそう言うアイリのおでこをフェンリルが鼻先でコツンと押すとアイリは尻餅をつく。
「いたっ! なんのつもりよってあんた……」
尻餅をついたアイリを囲うようにして伏せたフェンリルはそのまま目を閉じてしまう。
そうそれはよく高山とフェンリルが昼寝をするときにする体勢と全く同じものだった。
「……いいの? 触られるの嫌じゃなかったの?」
アイリが言葉を掛けてもフェンリルはじっと目を瞑ったままで動こうとしなかった。
「いいんだよね? さ、触るからね」
初めて触ったその毛並みはアイリの予想通り、いや予想以上にふかふかでもふもふしていた。最初はおそるおそる触っていたアイリだが触っても怒らないフェンリルの様子を見て意を決すると全身で抱きついた。
「あんたさ、このタイミングでこれって卑怯だよね。こんなのってさ……」
アイリはフェンリルに抱きついたまま先ほどのように大泣きした。ただし先程とは違いそれは決して辛い涙ではなかった。
そして翌日以降すっかり元気を取り戻したアイリはこの件で調子付きナイアスにも抱きつこうとして水流を浴び、フェンリルに抱きつこうとするものの木の上に置いてけぼりにされたりするのだった。
ただそれでもナイアスの頭を撫でることに成功したりと確実に進展はあったようだ。
こうして今もフェンリルの体に触れることに成功している。
「気持ちいいー。2人きりの時だけ触らせてくれるフェンリルってツンデレだよねー。って痛い! 今ちょっと本気で噛んだでしょ!!」




