後悔ですか?
いつもの湖、いつもの場所で高山はいつものようにイリアとともに釣りを楽し
んでいた。
「やはり小船が欲しくなりますね。いつか手作りに挑戦するのも楽しそうですね
」
「私もお手伝いしますよ」
ゆっくりと流れる時間。イリアにとって高山の傍にいる時間の中でも特に好き
な時間だった。
イリアと同じように高山もこうしてダンジョンの事を一時的にでも忘れること
の出来る貴重な時間だった。
そんな2人に近づいてくる気配をイリアは察知する。
さっと立ち上がり警戒しながら気配のする方へ視線を向けると、1人のエルフが
ゆっくりと歩み寄ってきているのを確認する。
(エレアさんですか)
イリアは警戒を解こうとしたがどこか違和感を感じる。
「こんにちは、エレアさん」
イリアにやや遅れてエレアの存在に気付いた高山が声を掛けるが、彼女からの
返事はない。
そしてイリアはエレアが敵意に満ちた目でこちらを見ていることに気付き、咄
嗟に短刀抜く。
「それ以上近づかないでください」
「イリアさん?」
突然、武器を構えたイリアに高山は驚くが高山もまたエレアがいつもと様子が
違うことを感じ取ると静かに様子を見る。
「高山。私はお前を信じていた」
「どういうことですか?」
「私は確かに見た。お前達があの塔から出てくるところを。お前達は森を傷つけ
るようなやつらではないと思っていたんだがな」
突如として現れた塔。エレアは許せなかった。森に害をなすダンジョンの存在
を。そして塔を目当てに来る冒険者達が森に悪影響を及ぼしていることが。
「なにか言うことはあるか?」
「たしかにあの塔を作ったのは私です」
エレアは一気に駆け出す。
迎え撃つべく突き出したイリアの短刀を簡単に避けるとその腕を絡めとり関節
技を決める。
(やはり強い!)
関節技を決められ地面に倒されるイリアは易々とその短刀を奪われる。
「どうしてだ? あのようなことをして何の意味がある!」
「すみません。私はただ高いところから遠くを、この世界を眺めたかっただけな
んです。森のことまでは気が回っていませんでした」
奪った短刀を高山の目の前に突きつけるエレア。
高山はじっとエレアと視線を交わす。
(嘘偽りがあれば迷いなく切り捨てるのだがな……)
しかし高山の目からはそのようなものはまったく見られなかった。初めて出会
ったときと変わらず純粋な目で真っ直ぐとエレアを見つめ返している。
「明日、お前の塔へ行く。死にたくなければさっさと塔を壊すか、逃げるかする
のだな」
強い口調でそう言い放ったエレアだったがそれは彼女にとっての願望でもあっ
た。塔の主が高山と知ったとき、エレアは信じられなかった。どうして彼がこの
ような真似をしたのか。エレアの知る高山はそのようなことをする人物ではない
。そう思ったエレアはこうして高山の前に姿を現し見極めようとしたのだ。
そしてエレアの予想通り高山に森を破壊する意思などはなかったことを知る。
きっと先程言った高山の言葉も真実なのだと感じていた。しかしエレアにはどの
ような理由があろうとこの塔を、周囲へ悪影響を及ぼすだろうダンジョンの存在
を見過ごすわけにはいかなかった。しかし高山自身から悪意を感じなかったエレ
アは今この場で高山を殺すこともできたはずだが、1日の猶予を与えたのだ。
(命まで取るつもりはない。だから早く塔を破壊するのだな)
それが彼女の本心であった。
そうしてエレアは短刀を地面に突き刺すと静かに森の奥へと立ち去るのだった
。
「ご主人様! 申し訳ありません、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。イリアさんは大丈夫ですか?」
しかし困ったことになりましたねと高山は頭を悩ませるのだった。
「エルフに襲われた!?」
ダンジョンへ口数少なく戻った2人はアイリに先程の出来事を報告する。
イリアに確認をするがやはりエレアの実力は高く現状のダンジョンで彼女を止
めることは難しいということだ。
「ポイントは! 今どれくらい残ってるの!?」
「少しは蓄えがあります。しかし彼女を止めるために大量にポイントを使っても
被害が大きくなるだけですよ」
きっとそれでは根本的な解決にはならないでしょうしねと高山は思う。
「フェンリルさんとナイアスさん、それに私が死んでも食い止めて見せます」
「それは駄目ですよ。それでは私が悲しいですから」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! あんた死にたいの!?」
結局高山達は何の解決策を見出せないまま翌日を迎えるのだった。
「来たわよ。というか1人だけ!?」
モニターに映るエルフは確かにエレアだ。モニター越しだと言うのに威圧感を
感じる。
未だにダンジョンとして機能していることを感じたエレアはなぜ逃げ出さなか
ったのかと高山に対してやや怒りを覚える。そしてひとつ大きく吸い込むとエレ
アは一気に駆け出した。
「速いですね……」
ダンジョンを駆け出したエレアは水路へ繋がる道を選ぶとそのまま勢いを殺す
ことなく突き進む。
水の影響をまったく感じさせない。
いままで幾人もの冒険者達を葬りいまだに誰一人突破を許していない水路。
そのメインである小部屋に間もなく差し掛かる。
さすがにいくらかは足止めを出来るだろうとアイリは思っていのだが、
「うそ! 飛び越えた!?」
なにかあるのだろうと感じ取ったエレアは小部屋の入り口で踏み切るとそのま
ま一気に出口まで到達したのだ。
「フェンリルさん達の所で待機しておきますね」
すぐにやってくるだろうと感じたイリアは部屋を後にする。
高山はその背を何も言わず見送る。
地下1階のボスモンスター、ゴーレムの前にやってきたエレアはようやくその足
を止める。
巨大な体を持つゴーレムはエレアの背丈は倍はあるだろう。
体の線が細いエレアをみると余計にその体格差を感じてしまう。
しかし、モニターで様子を窺う高山達にはゴーレムがエレアに勝つ想像がまっ
たくできないでいた。
ゴーレムの大きな腕がエレアに振り下ろされる。
体重の乗った重い攻撃は地面を削るほどの威力を秘めているが、エレアは苦も
なく避けるとそのまま身軽にその腕を駆け上がるとゴーレムの顔に強烈な蹴りを
入れる。
ドゴッと先程のゴーレムが繰り出した攻撃と変わらないほどの大きな音が部屋
に響き渡る。
大きな巨体がぐらりと傾く。
だがさすがにまだ倒れないゴーレムは再度エレアに拳を振り上げる。
そこでモニターを見ていた者は信じられない光景を目にする。
宙を舞ったのだ。ゴーレムのその巨体が。
腕を掻い潜り懐にエレアが入ったと思った瞬間ぐるりと1本背負いの要領でその
巨体を持ち上げるとそのままゴーレムが宙を舞い、地面に叩きつける。
そして倒れたゴーレムに近づくと足を大きく振り上げ、そのまま顔に踵落とし
を決める。
大きな破壊音とともにゴーレムの顔が砕け散る。
「怖っ! ちょ、ちょっとどうすんのよ!」
このペースだと1階2階と攻略されるのは時間の問題だろう。
「どうしましょうね」
「あんた真面目に考えなさいよ!」
高山はひとまず1階2階にいるモンスター達に彼女を襲わないように指示を出す
。
きっと止めることは出来ないだろう思ったからだ。
アイリが必死に考えて提案するがどれも現実的ではない。
高山も一晩考えたがいい案は浮かばなかった。
いや、もし彼女を殺すことだけを考えたのならば、こちらの犠牲を省みないの
であれば方法はあったのかもしれない。
だが高山はそれは初めから選択肢に入れてはいなかった。
こうして考えているうちにもエレアは上へ上へとやってくる。
フェンリルやイリアのいるフロアにつくのは時間の問題だ。
どうすればいいのか答えがでない、いや答えはすでにでているのかもしれませ
んねと高山は脅威が迫っているとは思えないほど落ち着いていた。
「ここが最後の砦といったところか」
「ご主人様の元へは行かせません」
エレアの前にフェンリルに水の精霊ナイアス、イリアが立ちはだかる。
ダンジョン内とは思えないほど木々が生い茂るこのフロアはまるで外にある森
のようだ。
牙を剥き低く唸るフェンリルは見るものが見れば腰が抜けてしまうほどに迫力
があるが、エレアはまったく意に介していない。
(森の番人とも言われるエルフに牙を剥くか……)
だがエレアは驚いていた。このフロアにいるフェンリルを除く狼達はみなエル
フであるエレアに警戒はしつつも直接的な敵意を向けてはこなかった。
同じ森の住人であるエルフと狼はともに生きる仲間なのである。
しかしこのフェンリルは食い殺さんといわんばかりに牙を剥いている。
(それだけここの主が大事か)
エレアは複雑な思いだった。このフェンリルもまた森を害するものを許さない
はずなのだ。だがなぜこうして森の脅威になるだろうダンジョンに加担するのか
。
エレアの心の迷いを感じ取ったのかはわからないが、フェンリルがエレアとの
距離を一気に詰める。
咄嗟に横へ転がり回避するエレアにナイアスの腕から勢いよく放たれた水の塊
が襲う。
腕をクロスさせ防いだエレアだったが、まるで腕を直接鈍器で殴られたかのよ
うな衝撃が襲う。
「くっ、水の精霊まで私に敵意を向けるかっ!」
さらに接近していたイリアの短刀が頬を掠める。
「がはっ!」
カウンター気味にエレアはイリアに強力な蹴りを腹に叩き込む。
「邪魔をするな! 私は森を守らなければならない! だからこのダンジョンの
存在を放って置くわけにはいかない。狼に水の精霊よ。私の言葉が理解できるだ
ろう!?」
だがフェンリルとナイアスが退くことはない。
フェンリルが近づくとその鋭い爪でエレアに襲い掛かる。
素早く避けたエレアの後ろ回し蹴りがフェンリルの顎を捉える。
「わからないのか! 私とてお前に手を上げたくないのだ!」
「ご主人様は森の脅威になどなりません」
腹部へのダメージが大きいのだろう。腹を手で押さえながらもイリアが立ち上
がる。
すでにまともに戦える状態ではないのだろうが、それでもエレアを止めるべく
立ち向かう。
イリアの持つ短刀を軽く蹴り上げて弾き飛ばすと再度腹に前蹴りを入れる。
「高山は脅威ではないのかもしれない。だがダンジョンは必ず脅威になる。いま
ここで潰して置かなければ必ず森へ不幸を呼ぶことになる!」
「ぐっ、同じですよ。あなたがダンジョンを潰そうとする限り私達はあなたを先
へ進めるわけにいきません」
「何だというのだお前達は! 私は別に高山に死ねと言っている訳じゃない!
ただここから去ってさえくれればそれで……」
エレアの背後からフェンリルが襲い掛かる。
さすがのエレアも背後からの突然の攻撃をかわしきれず腕を切り裂かれる。
「くぅ! どこまでも立ちはだかると言うのかお前達は! 意地でも通させても
らう!」
このフロアに立つものはエレアとナイアスだけとなっていた。
フェンリルはその大きな体を地面に横たわらせ、イリアはうつ伏せに倒れ苦悶
の表情を浮かべる。
唯一エレアからの攻撃を受けていないナイアスも力を使い果たし水を操れなく
なっていた。
「どいてくれ。水の精霊に手を上げたくはないのだ」
エレアも全身に傷を負い立っているのがやっとだった。
ナイアスはエレアの前に立つと手を大きく横に広げ先に進ませまいとする。
「だめ」
なんなのだいったい高山という男に何があるというのだ。エレアは混乱してい
た。
普段なら決して手の上げるはずのない水の精霊に拳を振り上げようとするほど
に。
「待ってください」
だがエレアの拳がナイアスに届く前に1人の男の言葉によって遮られる。
高山は先程まで死闘が繰り広げられていた場所にとても似合わない男だ。
争いごとなどにまったく無縁のそれこそ釣りをしているのが仕事だと言わんば
かりだ。
「イリアさん、すみません。こんな傷だらけになって」
「ごしゅ、、、じん、、、さま? どうして、、、ここに?」
ゆったりとした足取りでイリアに近づくとそのぼろぼろになってしまった体を
見てひどく悲しそうにする。
「狼さんもすみません。ナイアスさんもありがとう。私に少しばかり勇気がない
ばかりに……」
そしてそのままエレアの前とやってくる。
「一体なんなんだお前達は。ダンジョンを捨てるだけだろう? そんなにダンジ
ョンが大事なのか!」
「そうですね、ダンジョンには少なからず思い入れがありました。そしてやはり
自分の命を差し出すのは怖いものです」
「な!? わ、私は別にお前に死んでほしいなどとは……」
エレアは知らなかった。ダンジョンとダンジョンマスターのその切っても切れ
ぬ関係を。
「あんた馬鹿じゃないの! ダンジョンが壊されればそのダンジョンマスター、
高山は死ぬのよ!」
高山と共にフロアにやってきたアイリは声を荒げ怒りあらわにする。
「こうするしか方法はなかったのでしょう。いえ、わかっていましたがまだ生に
しがみつこうとしてしまいました。私はすでに何人もの命を奪ったというのに。
今は後悔しています。私の決断の遅さがこうしてイリアさん達を傷つける結果に
なったのですから。でももう迷いはありません」
高山は大きく息を吸い込むとはっきりと言った。
「私を殺してください」
何を言っているのかエレアは理解できなかった。なぜこのような事になったの
か。
「ごしゅじんさま。だめ、、、です」
イリアはなんとか声を振り絞るが体がまったく動かない。
なんとか体半分を起こしたフェンリルは今までよりもさらに強く低く唸りエレ
アを睨み付ける。
ナイアスが高山の体にしがみつくが優しく振り解かれアイリに引き渡される。
「大丈夫ですよ。私が死んでもイリアさん達は消えたりはしないとアイリさんに
聞きましたから」
どうして、この目の前の男は自分よりも他人の心配しているのだろうか。
エレアは揺れていた。エルフの使命である森を守るという事と、目の前にいる
男を殺す事を天秤にかけて。
私は知っている。この男が森を傷つけるような男でなどないと。
湖へやってくる高山は決して森を汚さない。彼が必ず帰り際にごみを残さない
ように注意している事を私は知っている。
彼が狼に愛され水の精霊に愛されていること知ってしまった。
「違う! 違うんだ! 私はお前に死んで欲しいなどと思ったわけではない!
私は森の脅威を、もりのきょういを……」
私はもりのきょういとなるものをはかいしなければならないのだ。
「ああぁぁぁーーー!!!」
エレアの悲痛な叫びとともに振り上げられた拳は高山に届く事はなかった。
いつもの湖、いつもの場所で高山はいつものようにイリアとともに釣りを楽し
んでいた。
「もう怪我は大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
まだ痛みの引いていないイリアだが決して顔には出さずそう答える。
「おとーさん。さかなつかまえてくる?」
今日は初めて水の精霊ナイアスが一緒だ。
彼女は大きな湖に喜び水の上に浮かんで楽しそうにしている。
「エレアさんもそんな離れたところにいないでこっちに来たらどうですか?」
近くの木にもたれかかるエレアは、ついこの前殺されそうになったというのに
よく笑って話しかけれるなと半分呆れていた。
「私はここでお前を見張っておくだけだ! 森を傷つけないようにな! た、た
だこの前はすまなかった」
どうか許して欲しいと頭を下げるエレア。
「イリアさんもフェンリルさんも許してくれたのでしょう? だったら私から言
う事はありませんよ。ちょっとしたすれ違いがあった。それだけですよ」
そう言って微笑む高山を見たエレアは今ならわかる気がしたどうして高山がた
くさんのものに慕われているのかを。
彼には、彼の笑顔には人を惹きつける魅力がある。




