復讐ですか?
「帝国の騎士様がこんなところに何のようだ?」
高山のダンジョンが存在する森を抜けた先。
『カンターレ』と呼ばれる町のあれくれ者達の集う酒場にその場に似つかわしくない若く美しい女騎士とその部下がやってきた。
騎士に話しかけた男がわざとらしく『騎士様』と呼んだその言葉から彼女らを馬鹿にしていることがわかる。
周りにいた客達もヘラヘラと騎士達の様子を窺っている。
「なんだ姉ちゃん。俺達のためにストリップでもしてくれるのかい?」
げらげらと笑う男共を見て今すぐ斬り捨ててしまいたいと思う衝動を女騎士はぐっとこらえる。
「最近出来たダンジョンについて情報が欲しい。誰か知っているものはいないか?」
彼女の本来の目的は情報を聞き出すことだ。下手にことを荒立てるわけにいかない。
「あー、もちろん知ってるぜ。だがタダでってわけには……」
「金なら用意してある」
「金、な。そいつぁー魅力的な提案だ。だがもっと魅力的なもんを持ってんじゃねぇかよ」
男のいやらしい視線が女騎士の全身に降り注がれる。
酒場の男達は一斉に大笑いする。
(この下衆どもが……)
我慢の限界だと彼女は腰に据えた剣に手を掛けようとする。
「お前らからかうのはその辺にしとけよ」
1人の男の声によりその手を止める。
声がした方へ視線を向けると、今まで下品に笑っていた男達とは違う雰囲気を纏った者達の集団がそこにいた。
声を掛けた男が立ち上がると女騎士の前へとやってくる。
「よぉ姉ちゃん。気ぃ悪くしたみたいだな。だがそいつは仕方ねぇことだ」
男の言葉に女騎士はムッとした顔をする。
「そう怖い顔すんなや。よく考えてみろ。お前さん達はこの町の者からしてみればアウェイもいい所だ。わかるだろう?」
カンターレの町は比較的歴史の浅い町だ。この町は森に狩りへ行くための休憩所として利用していたキャンプ場がいつしか利用者が増え徐々に規模を大きくしこうして1つの町にまでなったのだ。
そういった理由もありこの町には帝国は関与していない。
幾度か帝国も自治という名目で兵士を送り込んだりとしているのだが、この町の大部分を占める冒険者達は気性も荒く手に負えるものではなかった。
勿論そういった歴史を女騎士は知っているが、それがこうして侮辱される理由にはならないと、きっと表情に出ていただろう。
「わかんねえか。どこの誰とも知れない奴が酒場に入るなり、いきなり情報をくださいだ。しかもそれが帝国の犬ときた。誰だっていい気はしねぇ」
言われて見ればそうなのかもしれない。
「この町にはこの町の。この酒場にはこの酒場のルールってもんがある」
そこまで言い終えた男は酒場の店主に1つ酒を頼むと女騎士にそのグラスを渡す。
「そして俺のギルドには俺のギルドのルールがある」
それまで真面目な顔をしていた男はニヤリと笑うと顎で飲めよと促す。
女騎士は一瞬考えるとグラスに口を付け一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりじゃねぇか。俺は「赤い牙」ってギルドのリーダーをやってるダラスだ」
「私は帝国騎士団第12軍、団長のセルティナだ」
「で、『バベルの塔』について知りてぇんだったな」
「『バベルの塔』? あのダンジョンはそう呼ばれているのか?」
「誰が呼び始めたかは知らないがこの町ではそう呼ぶ奴が多いな。どういう意味かもわからねぇがな」
セルティナと部下の騎士達はダラスに誘われるがまま彼らのギルドのメンバーがたむろする一角で席を共にしていた。
セルティナ以外の騎士達はみな萎縮し酒が飲めるような状況ではなかったのだが。
「それで情報について教えてもらいたいのだが……」
「あー、そうだったな。んー。あー。あれだレックス! お前説明してやれ!」
「なにいってんすかリーダー。あんたが連れて来たんじゃないですか……。自分でしてくださいよ」
レックスと呼ばれた男は非常に迷惑そうな顔している。
「にゃはは。リーダーはそういう男だにゃ」
そういって笑うのは獣人と呼ばれる種族。獣のような手足に獣耳、尻尾を生やした女だ。
どうして俺がと愚痴を言いつつもレックスは丁寧に『バベルの塔』について説明してくれた。
「すまない、助かった。それほど多くないが感謝の気持ちだ」
「んなもん、いらねぇよ」
「しかし、タダで教えてもらう訳にはいかない。この町のルールなんだろう?」
体っすか? と横でちゃちゃを入れたギルド員は獣人の女に顔を引っかかれていた。
「なぁに、お前さんが塔の新しい情報でも手に入れたときにでも教えてくれればいいさ。出来ればだがな」
お前には無理だろうと遠まわしに言われたセルティナは顔をしかめる。
「残念ながらお前達に渡す情報はないだろう。あの塔は私が破壊するのだからな」
「そいつぁ楽しみだな。そうだ、礼代わりにと言っちゃなんだが1つ教えてくれないか。どうして軍がこの森に?」
「……任務の為としか言えない」
「何の任務かは秘密ってか。真面目なこって」
話はこれぐらいでいいだろう世話になったと席を立ちその場から立ち去ろうとする。
「で、あんたはあの塔になんの恨みがあるんだ?」
「お前には関係ない」
ダラスの言葉に一瞬ピクリと体を反応させたが冷たく言い放つとそのまま立ち去っていく。
「なんか訳ありなんすかね?」
「たぶんな」
「さて、今度はなかなかに手強そうだぜ。『バベルの塔』さんよ。いい感じだ。いい感じに育ってきたんだ。こんなところでやられるんじゃねぇよ」
「なに格好つけて言ってんすか? いたっ! 暴力反対っす!」
「団長! 無事でしたか!」
「シェイクか……。無事に決まっているだろう。宿は取れたのか?」
別行動をしていた副団長の若い男と合流し彼のとった宿へと向かう。
シェイクのとった宿はお世辞でもきれいとは言えなかった。
「すみません。やはりこの鎧姿じゃほとんど門前払いされてしまいまして」
宿が取れただけでも十分だとセルティナは部下を労う。
「それで、、、その、、、部屋があまり確保できませんでした」
彼ら騎士団は約50人。シェイクが確保した部屋数ではかなり無理やりつめてギリギリといったところだ。
「団長にはもちろん1人で使ってもらいます!」
「ん? それだと他が狭いだろう。シェイクと何名か私と同室でもかまわないが?」
「い、いえ! 我々は問題ありません! それでは失礼します!」
足早に去っていくシェイクの様子を見ながらおかしなやつだと首を傾げるセルティナはふむとひとつ頷くと、
(団長である私と同室では気が休まらないか。遠慮など不要だというのに。……普段そんなに厳しくしているつもりはないのだがな)
と間違った解釈をしていた。
実際のところはセルティナは中性的で非常に整った顔立ちをしている。そんな彼女に剣の腕も含め憧れる者は騎士団内に男女問わず多数いた。女性陣には白馬に乗った王子(?)様と勝手に想像されたりもするほどだ。
そんなわけで皆の憧れの的であるセルティナと同室で眠るなど本当に気が休まれないのだ。
勿論セルティナの考えているようなものとは別の意味でだ。特にシェイクはその傾向が強かったりするのだが、これもまたセルティナが気付くはずはなかった。
(掴みどころのないやつだった)
セルティナは酒場で出会ったダラスと名乗った男のことを思い返していた。
(恨みか……)
今回彼女が塔に任務で来ている事は確かだ。
本来ならただの偵察任務などに騎士団の団長である彼女がわざわざ足を運ぶような必要はない。
しかし、彼女には塔へ少なからず私怨があった。
珍しい事ではない。家族や親しきものがダンジョンへ向かいそのまま還らぬ人になることなどよくある話だ。
大切な者の命を奪ったダンジョンに復讐をと来るものも多数いる。
そして彼女もその1人だった。
彼女には1人の妹がいた。周りからは出来た姉と不出来な妹などと言われていたが2人はそんな周りの声とは対称的にとても仲が良かった。
周りの声など関係ないそう思っていた。少なくともセルティナは。
ある日妹は家を出て行くと言い出した。冒険者になるというのだ。当然そんな危険なことを両親が許すはずもなく強く反対した。
「どうして!? どうして私は駄目なの? お姉ちゃんだって騎士団に所属していて危ないことだってあるじゃない!」
「セルティナはお前と違って優秀だから、、、」
「ほらまたすぐそうやってお姉ちゃんばっかり特別扱いする! 私だって1人でも出来るんだから!」
そういって妹は飛び出していってしまった。
セルティナは本当は無理やりでも止めるつもりだった。しかし動けなかった。 出来不出来を気にしていないのはセルティナの方だけでやはり妹は心のどこかで劣等感を抱いていたのだろう。
妹から聞いた初めてのその言葉にセルティナはただただ呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
妹が飛び出した後はそれとなく妹の足取りを追ってはいたがある町から行方がわからなくなってしまったのだ。
その町こそこのカンターレであり、行方がわからなくなったころに出来たバベルの塔。数多くの冒険者がこのダンジョンに挑み命を落としている。特にまだ情報が出回る前の段階で一攫千金を夢見、挑んだまだ経験の浅い冒険者達のほぼ全てが帰還していないのだ。このダンジョンこそが妹の命を奪ったに違いないとセルティナは考える。
まだ妹が死んでしまったと、このダンジョンへ挑んだと決め付けたわけではない。しかし、妹の行方がわからなくなり随分と時が経つ。生きているという方が不思議だろう。
だから彼女は誓う。必ずバベルの塔を制圧すると。そしてあの時妹を止めることが出来なかった自分への憤りと後悔を胸にまだ見えぬダンジョンへと思いを馳せる。そしてぽつりと呟く最愛の妹の名前を。『ラウル』と。
「イリア様ー! お掃除終わりました!」
ご苦労様ですとイリアに労ってもらい嬉しそうにしているのはこの高山のダンジョン『バベルの塔』が出来て以来唯一捕らえられてこうして仲間に加わっているラウルだ。
冒険者として未熟だった彼女は高山に捕らえられた後はダンジョンの戦力としてではなくイリアの元で家事の手伝いをしている。
慕っているイリアの役に立ち褒めてもらうことを楽しみに今日も彼女は元気に家事をこなす。まるで今まで褒めてもらえなかった分を取り戻すかのように。
「それでは1度休憩にしましょうか。ご主人様にも誘われていますから」
「はい! イリア様!」
ただ周りのものは気付いていた。イリアの周りで元気に働く彼女の姿は一見イリアによく懐いているだけに見える。ただ必死すぎるのだ。まだ身の危険を心配しているのか、それとも捨てられてしまうことに怯えているのか。不安を紛らわすためになにかに依存しようとすることは不思議なことではない。はっきりと理由はわからないが小さな違和感。それを感じつつもただ周りの者は見守るだけだった。
「強力なボスモンスターですか?」
高山はお気に入りのフェンリルの柔らかい毛に覆われた腹部を背にアイリの提案に首を傾げる。
「そ! あんたが馬鹿みたいに階層を増やして消費したポイントもだいぶ戻ってきたでしょ? 最近は毎日結構溜まっていってるし。それで、階層の充実させるのもいいけどここいらで一気にポイント使ってボスモンスターを召喚したらどうかって思ったわけ!」
現在の『バベルの塔』は新たに3階部分までダンジョンを作成してある。そして4階以降はまだ未完成だ。
冒険者の力量を見て無駄な被害を減らすためあえて4階まで上がらせてフェンリルとナイアスに迎撃させたりするのが今のパターンだ。現在の弱点といえばボスモンスターがフェンリルとナイアスを除けばやや能力が低いことだ。
高山が配置してある自動回復型のボスモンスターは冒険者に倒されたときにポイントの消費はないが、回復までに時間が掛かることと、ポイントの消費が高い割りには能力がやや見劣りする。
そういったことから何組もの冒険者が時間をおかず次々と進行してくると危険ではあるのだ。それにもしこの先今までにないような大人数で攻略にきた場合などは非常に危ういのだ。
「フェンリルさんでは駄目なのですか?」
「確かにフェンリルは強いけど、、、って睨まないでよ!」
今まで大人しく眼を閉じていたフェンリルはアイリの言葉に反応すると『なにか文句でもあるのか』と言わんばかりにギロリとその鋭い眼でイリアを睨みつける。
「だいたい高山がフェンリルのこと可愛がりすぎなのよ! 絶対無理させないじゃない! だから必要なのよ、フェンリルの他にも強いボスモンスターが! それにあんたにはぜんっぜん似合わないけど強力なスキル持ってるの忘れたの?」
『王のカリスマ』
ダンジョンマスターが持つスキル内でも最高位に位置する特殊能力。
ダンジョンマスターが初期に所持していることが多いのは『心得』シリーズと呼ばれるものがほとんどだ。『スライムの心得』『ゴブリンの心得』など該当する種族のモンスターを通常より低いポイントで召喚することができ、通常よりも上位に位置するスライムやゴブリンなども召喚できるなどの恩恵がある。
ただ心得シリーズは後天的に習得できることがあるのでさほどレアなスキルではない。
対して高山の持つ『王のカリスマ』だがナビであるアイリでさえ全てを把握できてはいなかった。アイリが知っているのは全モンスターの召喚のポイントが低くなることと、通常のダンジョンマスターでは召喚することができない種族のモンスターでさえ召喚できるということだ。
通常では召喚することができない種族。
「私のおすすめはドラゴンよ!」




