第四十一話 悪巧み
はぁ、と。私のすぐ真後ろから、本日何度目かも知れぬため息が聞こえた。
規則正しいリズムで揺れる馬の背で、爽やかに吹き抜けていく風が心地いい。にもかかわらず真後ろから漂うのはこっちまで気の滅入ってくるような重苦しいため息だ。まったく嫌になる。
「……ソフィア、言いたいことがあるなら、言って欲しいなぁ」
「滅相もございませんわ姫様。私一使用人ごときが意見だなどと。……はぁ」
もう一度ため息をついて、ソフィアは私の腰に回した手に力をこめた。怒ってる。これはかなり怒ってる。
その理由については、まぁ、ぶっちゃけ聞き出すまでもなく私自身が重々承知しているわけだが、ここまで来た以上いい加減腹くくって開き直っていただきたいものである。
「来たくなければ来なくても良かったのに……」
私がぼそりと呟くと、「姫様に仕える者として、主人に付き従わないわけがありません」とソフィアは何のためらいもなく言い切った。しかしまたため息。疲れたのか、ぐったりと私の背中によりかかった。
太陽は既に西に大きく傾いている。昼頃に一度休憩を取っただけでほぼ丸一日馬を飛ばしていたわけだから、馬に乗り慣れないソフィアにはなかなかの苦痛だろう。
ちらりと斜め後ろに視線を向けると、やや距離を置いてついてきていたデューイが馬を寄せてくる。
「もうすぐ次の町があるはずだから、そこで今日は泊まろう」
「承知いたしました。……」
素直にうなずいたデューイも、視線だけで何かを訴えてくる。
この二人は、ことあるごとにこれだ!
「だー、帰らないからな!どんだけ言われても帰る気ないから!」
「この年になって家出などと……情けないですわ」
「うるさいやい!」
べーっと舌を出して、私は走る馬のスピードを上げる。
(下手すると、ブライアンよりも先につくかもな)
今頃屋敷は大混乱に陥っているだろうが、知ったこっちゃない。むしろスッキリする。最悪離婚騒動になったっていい。
(私が、この手で、この問題に決着をつけてやる……!!)
きつく歯を食いしばり、眼前をにらむ。澄み渡る視界の向こうには、既に町の影が見えていた。
◇◆◇◆◇
時は少し遡る。
「……姫様、少し前から伺いたいとは思っていたのですが、何をしてるんですか?」
ブライアンがこの屋敷に顔を出してから早三日。私が大人しいのをいいことに放置しっぱなしだったソフィアが、三時の軽食の準備をしながら怪訝そうに眉をひそめた。
「んー、何だと思う?」
「良いことには見えませんが」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ぺろり、と小さく舌を出して、私は羽ペンを机に置いた。
小さく伸びをし、ソフィアの視線を無視して近づき様茶菓子に手を伸ばすと、ぴしゃりと手を叩かれる。そのままソフィアは傍にあった椅子の背もたれをバシバシ叩いたので、しぶしぶ私はそこに腰掛けた。
「姫様が自主的に勉強など、まさに青天の霹靂。なんのおつもりで?」
「いやー、ブライアンの住んでる地方ってどんなとこだったっけかな、って思ってさぁ。いい特産品があったら頼んで買ってきてもらおうと」
「嘘おっしゃい。ならば何故、クローゼットの奥の非常持ち出し袋の中身が詰め変わっていたのですか?」
思わず心の中で舌打ちする。いつ調べたんだそんな細かいことまで!
「えぇと、アルバードには報告、してないよな」
私が顔を引きつらせながら聞くと、ソフィアは苦虫を噛み潰したような苦しげな表情をした。
「……姫様、私は、姫様に仕え始めて今年で六年になります」
「?うん、知ってる。あの事件以来、ずっと世話になってるもんな」
「その間、私は姫様をずっと見てまいりました。姫様の苦しみも、決意も、理解しているつもりです」
ぎりっと奥歯をかみ締める音が聞こえた。ゆっくりと彼女の顔はうつむきがちになり、表情は伺えない。
「私が、姫様よりも他の者への忠義を優先するとお思いですか。お話しくださいませ。嫌味と文句は言おうとも、貴方様のあずかり知らぬところで他の主人に尾を振るようなことはけしてしないと、御誓い致します」
「嫌味は言うんだ」
「当たり前です」
彼女の声は少しくぐもっていた。僅かに震えるソフィアの頭に手を載せ、二回、三回髪をなでる。
「ソフィアのこと、信頼してるよ。もう少ししたら話すつもりだっただけで」
予定より少し早く転んだが、問題ないだろう。ゆっくりと震えが収まっていくのを指先で感じながら、私はソフィアに笑いかけた。
「ソフィア、デューイに連絡は取れるかな。もし取れたら、もうラインが切れてもいいから戻ってきてくれって伝えて欲しい」
「どうなされるのですか?」
簡単なことさ、と私は笑った。
「アルバードができないことを、しに行くんだよ。死姫だからこそできることをね」
サブタイトルに統一性がないのはもう力尽きてるからです。許してください。




