第四十話 部屋飼い猫の憂鬱
「おんにょれ……アルバァァァドめぇぇぇぇ……」
窓から柔らかな遮光の差し込む、のどかな午後。私は自室の机に突っ伏し、低いうめき声を上げた。
事件から半月、である。
その半月、私が何をしていたかというと―――何もしていなかった。させてくれなかった、といったほうが正しい。
『アリシア・エルヴァーレン。貴方は軍の関係者ではない。……大人しくしていろ』
手伝う、協力させろ、と申し出た私に対するアルバードの返答はこの一言に尽きる。あれよあれよという間に王宮からアルバードの自宅に送り返され、大量の護衛と一緒に缶詰状態。ならばシアンとして協力しようと男装して王宮に行ったら、『お前はもう退職しただろう』と切って捨てた上で自宅まで強制連行しやがった。それ以来アルバードとはほとんど顔を合わせていない。
捜査情報は完全シャットアウト。探りに行かせようと思っていたデューイも、アルバードに釘を刺されたのか監視側に回りやがって、んで、私は孤立無援の監禁状態。
……恨み言を言うなって方が無理。
最初の頃は嬉々として私をいじり倒していたソフィアも、ここ最近は同情したのかはたまたいじることに飽きたのか、私が呻いたり愚痴をこぼしていてもいちいち咎めることはなくなった。
そもそもにして、何で今更になって、私を蚊帳の外に放り出すのか。
そりゃあ、一応私も嫁いだ身。大人しくしてるべきだとは思うし、作り上げてきた『シアン・バード』の人格とも、そろそろおさらばすべきだとは思う。
けれど、まだその時じゃない。そんなこと、アルバードだって分かるはずだ。私はまだ引きたくない。少なくともこの事件に関してだけは。
「失礼します。姫様、来客です」
ソフィアの声に我に返り、私は軽く身なりを整えてから「誰?」と問い返す。
「ども。……うわー腐ってる腐ってる。お前ホント考えてること全部顔に出るタイプだよな」
返ってきたのはソフィアの声ではなく、一の親友の呆れたような声だった。
「隊内で一番単純なブライアンさんには言われたくないですー。てか、何の用だよ」
「様子見。隊長に頼まれてなー」
かなーり心配してんだろ、と茶化したブライアンは、ソフィアと共に部屋に入り、客用のイスにどさっと座り込む。
「……訳が分からない。隊長の代わりに来たってこと?本人宅にいるんだから部下を代理人に立てるなよ帰って来いよアルバードォォォォォ」
「忙しーんだよあの人は。だから俺が話し相手ってことで。あ、ちなみに廊下にも数名いるぞ」
「その余計な気配りがなおさらむかつくフンギャー!!」
今まで私の奇行を延々と見続けてきた友人は、たとえ私の外見的性別が代わろうとこれぐらいの言動は軽くスルーする。彼はテーブルの上にあった茶菓子を口に放り込むと、「で、なんか聞きたいことあるか?」と聞いた。
「ある。山ほどある。けど隊長の首輪のついた情報提供者なんて面っ白くもなんとも無い!!」
「なんだよ。嘘はつかねーぞ俺は」
「でも口止めされてる話題はあるだろ。主にこの前の事件関連」
「当たり前。下手に口滑らすと廊下の奴らから隊長に報告が入って俺死亡」
「フンギャー!」
怒りに任せてテーブルを叩くと、すぐさまソフィアの鋭い視線が飛んできたので押し黙る。
「姫様、お静かに」
ソフィアさん、その懐に入れた手には何が握られているんですかね。これ以上騒いだら手に持ってるものが飛びますよね。
おかげで少し冷静になったので、私は小さく咳払いをし、とりあえずいくつかの質問をブライアンにぶつけることにした。
「アルバードがここ最近屋敷に戻ってこないのは、逃げてるんじゃなく仕事してるからなのか?てかそんなに忙しいわけ?」
「忙しそうだな、ずっと隊長室に閉じこもって書類と格闘してるから。おかげで実質隊をまとめてるのはルイスさん。……ま、俺的には帰ってこない理由は半々と見た」
「ほー……。んじゃ捕まえた実行犯の女性はどうなった?」
「現在地下牢入り。近々俺が身柄を引き取る予定だな。あ、聞き出した情報についてはノーコメントで」
「先回りありがとう。……、……?お前が実行犯引き取るの?何で?普通終身刑か死刑だろ」
あー、とブライアンの目が泳いだ。
「……えぇと、あいつはなぁ……。俺の知り合いなもんで」
「私情入れすぎだろ!おいおいおいおい……」
「うっせぇ!説得するの大変だったんだぞ。あーっと、必ず更正させますって隊長の許可とってだなぁ……」
「へーほーふーん、アルバードも許可したんだ?また一つ問い詰めたいことが増えたなぁ」
ちらり、と一瞬ブライアンが入り口に視線を走らせた。
「まー、あいつも根は悪い奴じゃないんだ。同じ孤児院育ちなんだけどさ、小さい頃から周りに差別を受けて、苦しい育ち方した奴なんだよ。……とりあえず、牢から出たら俺も休みを取って、一旦二人で孤児院の方に戻ろうと思う。あっちが落ち着いたら帰ってくるよ」
「昔お前が言ってた幼馴染ってのがあの女性だったのか。まじか。とはいえあの時投げ飛ばされた恨みは忘れてないぞブライアン」
「あー、あれは思わずなぁ……べたべたくっついてるお前が悪い」
「あれは取っ組み合いだっつの」
「嘘だついでに口説いてただろ」
「平和的解決への糸口と言って?」
まぁそういうことにしといてやるよ、とブライアンはもう一つ菓子をつまんで口に放り込んだ。
「あー、でもいいなぁ。確かアルバードの実家もあっちのほうだったっけ。アルバードに一度里帰りついでにつれてって欲しいなぁ」
「それは無理だろー。さっき言ったとおり、あの人多忙だからな。まぁ……、他の奴らは暇があったら遊びに来るとかぬかしてたけど」
「のんきだなぁおい。それで大丈夫なのかねぇ」
「元お前の部下だろ。そこまで気は抜かねーさ」
「んじゃ信じるとしますか」
そこからは、しばらく緩い雑談が続いた。
しばらくすると、小さなノックの音が響いた。部屋の端で控えていたソフィアが片眉を軽く上げて誰何すると、「ロイです。ブライアン先輩、そろそろ時間が……」という控えめな声が聞こえた。
「お、了解。……ってことでシアン……じゃねーや、アリシア姫?ちゃんと大人しくしてろよー」
「わざわざ来てくれてありがと。隊長には覚悟しとけって伝えといてー」
「わーったよ」
にやりと軽く笑って、ブライアンは部屋を出て行く。ソフィアも彼らを送るために部屋から出て行き、一人取り残された部屋で、私は小さく、笑った。
「―――本当に助かったよ、ブライアン」
サブタイトルが苦しい。
更新が遅くなった分ちょっと文章が長め。サービスとかではなく普通にオーバーしただけです。
シアンとブライアンは入隊以来六年近い付き合いなので、とっても楽しい会話をします。




