第三十六話 月夜の珍客2
「……ドクター、デューイの容態は?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ少年を他の隊員に預け、医務室に引き返してきた私は、デューイを診察していた宮廷医師ロールに問う。しかし、彼は眉間に深い皺を刻んだまま、むっつりと押し黙っていた。
「……ノイマン?まさか、やばいのか?」
「見たところ目立った外傷はないんだけどね。……血色は未だ戻らないし、打ち所でも悪かったか……原因が分からないな」
まぁそれ以上に気になるところはあるんだけど、とノイマンは軽くデューイの左腕を叩く。カンカン、とやけに硬質な音が響いた。
明らかに、人体を叩く音じゃない。傍で眺めていた私とロイは、揃って眉をしかめた。
「今の、何……」
「なんだ、姫様はご存知なかったか。んじゃ、俺が知らせたのは間違いかもな。……残念ながらこっちの不良だったら俺は専門外だ。俺は医者なんでね」
そう言うと、ノイマンはデューイの左腕――手袋と長袖で隠していたそれを、白日の下に晒した。
白木を削った、滑らかなパーツ。球体関節で繋がれた偽物のその腕に、するすると線が走り、不思議な文様を描き出している。
私が生まれた時には既に王宮に勤めていたノイマンは、私の事情にも詳しく、また王宮に勤める者たちの体調管理なども行っている。ノイマンは、ずっと前からこれを知っていたのか。
「彼は左腕と両足、義手義足をつけてる。多分誰も見たことのない、新手の魔道具だ。君は錯乱期だったから、たぶん覚えてないだろうけど」
そこで一旦言葉を切り、ノイマンは軽く視線をさまよわせる。遠い記憶を引き寄せる様に。
「……これを持ち込んだのはとある技師でね。あの時のデューイはひどい怪我だった。それをどこから聞きつけたか、その技師はいきなり現れて、彼にこれを取り付けていったわけだ。こんな訳の分からないものを取り付ける技師も技師だが、それをあっさりと承諾する彼も彼だよ」
デューイは、どんな気持ちで義足をつけたのだろう。
事件の前も、後も、何一つ変わらずに剣を捧げてくれたデューイは、どんな気持ちで戦っていたのだろう。
ふと、近くにあった紙片を手にとったノイマンは、サラサラと何かを書き付けて私に渡す。
「ここに技師が住んでる。手が空いたら誰かに呼びに行かせてくれ。俺には手に負えなそうだ」
「……分かった。教えてくれてありがとう」
大きく頷いた私を、ノイマンは苦笑した。
「それじゃ、私はそろそろ帰……」
バーンッ!と。
扉が壊れるんじゃないかという勢いで、医務室の扉が開かれる。
「医務室は……ッ、ここですかッ!!」
「おま……何でここまで来てんだよ!」
そこにいたのは、さっき捕獲された不審な少年だった。走ってきたのか大きく肩を揺らしながら、医務室の中に入ってこようとするのを、遅れて現れたブライアンが抱え上げる。
「てめ、ガキだからってうろちょろすんな!」
「っ……!離してください!だから僕は不審者じゃなくて!」
「うるせぇ!ここは関係者以外立ち入り禁止だっつーの!」
ギッとブライアンが少年を睨みつけるが、少年もそれに負けじとその垂れた瞳を釣り上げ、手足を振り回す。
「僕はデューイに用があるんですってば!通してくださいって!」
おめぇなぁ、とブライアンが呆れたように呟く。そのまま無言で連れ出そうとしたブライアンに待ったをかけたのは、ノイマンだった。
「お、こりゃ丁度いいや。技師のご登場だ」
「……え、どこ?どこですか!?」
「いやその子」
私とブライアンとロイ、ノイマンの顔を見て、それから少年の顔を見て、もう一度ノイマンを見る。
「ノイマン、正気?」
「さっきまでの話は全部嘘ですか?」
「いやいや、この子この子。なぁ?」
ノイマンが肩をすくめると、少年が「そうですよ!僕ですよ!」と主張する。
いつの間にか、少年はブライアンの腕の中から抜け出していた。デューイの横たわるベッドの傍に近づく少年を、私は複雑な気持ちで見やる。
「ノイマン、本当に本当か?」
「ここは俺のテリトリーだぞ。冗談でただの餓鬼を患者に近づけるか」
「いやおっさん、ボケてるだろ。考えてみろよ、あの事件があったとき、この子供何歳だ?俺らよりも十近く下だぞ?」
「そういや、あの頃と全く変わってないなぁ、この子。不思議なもんだ」
「オイ」
やっぱり止めたほうがいいんじゃないのか。私達が少年の方へ足を向けた時、ぴりっと、空気が変わった。
風もないのに、少年の服がたなびく。少年はデューイに両手をかざすと、小さく掠れているのに何故か凛と響く不思議な声で、囁いた。
「言語神フィーアの名に於いて希います。大気の精霊、どうかその力で乾いた器を満たして下さい。我が友達よ、天駆ける者達よ、どうか……」
何かの気配を感じて、私は視線を巡らせた。何も見えない。けれど、何かがいる気がする不思議な感覚。それはけして嫌なものではない。むしろどこか安心感を抱かせるような、何かの気配。
草木を揺らす、風のような。そう心の中で例えて、それが少年の呼んだものの気配なのか、と考える。
少年は、やはり年不相応な笑みを浮かべた。
「……ありがとう。感謝します」
ふっと空気が緩み、私は無意識のうちに止めていた息を吐いた。そろそろとデューイの傍に近寄れば、顔に血の気が戻り、随分と良くなったように見える。さっきとは大違いだ。
「何が……」
「義足の過度の使用による魔力切れです。今、精霊の力を借りて治療をしました。……お姉さん、視線が怖いです。えぇ、胡散臭いのは重々承知です。説明はちゃんとしっかりしますからその目はやめてください」
少年は体を反転してベッドの縁に軽く腰掛けると、「貴方がアリシア姫ですか」と問う。
「……そうだけど、何か?」
「それは良かった。僕は貴方に――実際には王族に、用があってここまで来たんです」
一度言葉を切り、少年は笑う。
「王宮に忍び込んだ侵入者達の異常な身体能力の理由を、お教えします」
……え、展開についていけない?
…………。
……ごめんなさい!




