第三十七話 月夜の珍客3
少年の希望により隊長を交えて話をすることになった私達は、デューイをノイマンに任せ、隊長の行方を探し始めた。
未だ緊張感の残る王宮内を、他の隊員に話を聞きながら進む。隊長がいるという部屋の前に差し掛かった時、不意に声が響いた。
「貴方は、私が―――デリエスタが彼らを引導したと、そう言いたいのですか!」
「可能性が無くはないでしょう。……決め付けているわけではありません。ただ、調査の許可を頂きたいと申しているだけです」
私はブライアン達と顔を見合わせ、それから少しためらいつつも戸を叩く。すると一瞬の静寂の後、アルバードの低い誰何の声が帰ってきた。
「誰だ」
「アリシアです。……失礼します」
そろり、と扉の隙間から部屋の中を覗く。部屋の中にいた三人は、まるで別人のように張り詰め、緊張した空気を放っていた。
部屋の奥に立っているマリアナ姫は、いつもの優しげな笑みが消え、強ばった顔で俯いている。その隣に立つヴェルも、眉間に深い皺を寄せ、牙を剥き出しにしたような鋭い殺気を放っていた。それを向けられているのは、手前に立つアルバード。
私達が入室してくるのを横目で見やった彼は、「どうした」と問う。
「えっと、隊長に会いたいという客人を……」
「後にしてくれ。今は取り込み中だ」
「はぁ……」
アルバードは再びマリアナ姫に視線を戻し、話を展開し始めた。
「今回の事件で、犯人側に魔術らしき謎の能力を使用する者が数人確認されました。魔術師は現在、デリエスタ王国外ではほとんど確認されていない」
「濡れ衣です。友好国であるエルヴァーレンに何故、デリエスタが仕掛けなければならないのですか。彼らはエルヴァーレン王家に私怨があると発言したと聞きます」
「確かに、彼らは我が国の者の可能性があります。が、彼らに魔術の知識を流した者がいる筈。調査にご協力願いたい」
「ごめんなさい、それ僕です」
しばらくの、沈黙が流れた。
激しい言い争いを繰り広げていたマリアナ姫とアルバードも、しばし硬直し、突然割り込んできた声の主に視線を向ける。視線の集まった少年は、バツの悪そうに視線を泳がせた。
「……何故、ここに子供が?」
「あ、いや、隊長に話があるらしくて」
「何かの目撃者か?……意味が分からない。というか何処の子供だ」
「迷子っぽい感じ」
「目的を持ってここに来たんですから、迷子じゃないですよ」
「……捕まえておいたほうがいいんじゃないのか、これは。怪しいだろう」
「あ、隊長もそう思います?」
やはり少年の不自然さは誰が見ても感じるものらしい。入り口からひょっこり顔だけ出す少年を見やった私は、更に新しく割り込んできた声に、硬直した。
「問題ない。彼については私が保証する」
長く、人に命令を下し続けた、低く威厳のある声。
少年は後ろを振り返ると軽く目を見開き、それから静かに部屋の中に滑り込んだ。そして彼の後を追うように、もう一人入ってくる。
「……父上」
部屋にいた誰もが、慌てて膝をつこうとした。……しかし、誰よりも早く膝をついたのは、他でもない、跪かれるはずの国王自身。
「此度は、多大な不自由と御無礼、申し訳ありません。―――フィーア様」
数名を除いた誰もが、その光景に唖然とすることしかできなかった。
王は、全ての人間の頂点に立つ者。その王が、まるで臣下のごとく膝をつく。
しかも、ただの少年に。
視界の端で誰かが慌てて膝を付くのが目に入り、私も慌てて跪く。バラバラと不揃いではあったが、すぐに全員が、少年に跪くこととなった。
「どうか立って下さい。僕はかしずかれるような存在ではありませんので」
「ご謙遜を」
国王は小さく笑って立ち上がる。それから周りにも立ち上がるよう合図を送ったので、私達もそろそろと立ち上がった。
混乱してる。私は今ひじょーに混乱している。ので、空気を読まずにとりあえず父親に助けを求めるわけだが、この判断に間違いはないよね?
私が視線を向けると、国王は混乱している室内をぐるりと見回した。マリアナ姫とヴェルだけは複雑そうな顔をしていたが、国王はそこには触れずにこちらを見る。
「アリシアには伝えたことがなかったが……何処の国の者でも、王位を継ぐ者は皆、自らが膝を付くべき存在を知らされる。かの方はフィーア様。そなたらも知っていよう。言語を司る神、暗黒時代の五雄にも数えられる方だ。このことは国家機密であり、全員他言無用だ。良いな」
「……承知いたしました」
重々しく頷くアルバード。ブンブンと馬鹿みたいに首を振るブライアン。硬直して僅かにしか首を動かせないロイ。
そして、本気で話についていけない私。
だって、神様だよ。いきなり神様が出てきやがったよ。
今、この時に、何故いきなりとしか言い様がない。
言語神フィーア。その名前は、最低限の教養を持ち合わせた人間なら誰でも知っている、人間の守り神だ。人間に言葉を与えた話やその後人間の過ちの罪を償うために落神(天界に居られなくなった神)になった話は、御伽噺として語られることすらある。
そんな神様が今ここに何しに来たんだ、と注目すれば、少年―――フィーアは一度大きく深呼吸した後に、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。今回の侵入者に魔術の知識を流しちゃったのは、僕です!」
「父上、やっぱり捕縛しませんか」
私の声に、流石の国王も呻くことしかできなかった。
話が進まない……なんてこった!




