第三十四話 月満ちた舞踏会5
近くの生垣に頭から突っ込んだ私は、逆さの状態で恨みがましい視線をバカに向けた。肝心のバカは、それでも一応職務を全うするため、剣の柄に手を当てたまま女と睨み合っている。
先に口を開いたのは、女の方だった。ぶすっとまるで拗ねたような膨れっ面をし、彼女は無愛想に「久しぶりね、ブライアン」と言う。
「あんたはホント、変わんないわね」
「お前はボインになったな。すっげぇボインになった」
「黙らっしゃい。……言っとくけど、私は後悔してないのよ」
「家出っつーのはそういうもんだよな。俺もそうだし、分かるぜ。一言言って欲しかったけどな」
「誰が家出の話をしてるの。今の状況でその話する?」
「あ、百合は駄目だ!お前なぁ、あいつ女だぞ!ドレス着てんだぞ!誑かされるんじゃねぇ、あいつはダメだ。さらに人妻だ!」
「どこをどう取ったらそんな話になるわけ!?」
きぃっ!と女は耐え切れずに声を張り上げる。うんまぁ、無理もないよね。
ガサガサとなんとか茂みから脱出し、トンチンカンな痴話喧嘩を繰り返しているブライアンの後頭部を叩く。あだっ、と小さく声を上げたブライアンは、私の顔を見て押し黙った。
「……さっきのは、犯人から保護対象をを引き離す斬新な庇い方だったんだよな。そういうことで納得しておいてやるからさっさと確保しろド阿呆」
「……あー、あー、……ほら、こいつ俺の知り合いだから。不審者ちゃうちゃう」
茶金の瞳がゆらゆらゆらーっと泳ぐ。女の方が隙を見て逃げ出そうとしたが、ブライアンが一応しっかりと腕を掴んでおり、逃げられはしなかった。
「何ごまかそうとしてんの。確保。縄持ってんだろ」
「そこをなんとか」
「かーくーほー」
「じゃあすぐ釈放にしてくんね?隊長に掛け合ってさ」
「自分でやれ。とりあえず確保」
「友人だろ!?そこをなんとか!」
「そんなことするぐらいなら友人やめるよ私は。処遇を決めるのは捕まえてから。仕事する気ないんなら、私はお前にも剣向けることになるんだけど」
私は本気であることを伝えるように、軽く剣を握りなおした。
正直、ブライアンがここまでごねるのも珍しい。奴は馬鹿だが、善悪の判断だけは人一倍しっかりとしている。悪は悪。そこに私情を持ち込んでいるのは、彼女が幼馴染だからか。
ブライアンは私の顔を見て、渋々といった風に捕縛用の縄を引っ張り出した。
が、素直に捕まる犯人など、いないわけである。
「……ちょっと、さっきから好き勝手言ってくれてるけど、私捕まってあげるなんて一言も言ってないわよ」
「……約束破ったお前が悪いんだからな。大人しく捕ま……――――っ!?」
ドカッ、と鈍い音がして、女のしなやかな足が情け容赦なくブライアンの男の急所を蹴り上げた。そのまま地面に倒れ込み、ゴロゴロゴロと身悶える。
……本当に、コイツ何しに来たんだろう。
ふっざまぁ、とでも言うように勝ち誇った笑みを浮かべた女は、そのまま身を翻し、中庭を駆け出す。ブライアンに気を取られていた私は、彼女の動きに対応が遅れてしまった。
「っ、待て!」
「誰が待つもんですか」
ニヤリと笑って、女は通路の角に消える。私は舌打ちをして彼女の消えた角を高速で曲がり……。
「あぁ、アリシア。ここにいたか」
気絶した女をさも当然そうに担いでいるアルバードに出会ったのだった。
「……え、あれ?アルバード、なんで担いでんの?」
「さっきこっちに来たから反射的に沈めた。……彼女以外は逃げられたようだな。さっきデューイが報告に来た。あらかたは引き上げたそうだ。今王都守護隊にも援軍を頼み、相手の追跡をしている。まぁ今は一人でも確保できて良かった、といったところか」
そう言って、アルバードはニヤリと笑う。いろいろと突っ込みどころは多いが、六年前の事件では実行犯を一人も捉えることができなかったことを思えば、十分な成果といえる。
(……いや、ほとんど変わってない、とも言えるかな)
再び侵入を許し、そしてほとんどの侵入者に逃げられた。変えると誓ったにもかかわらず、かつてと何も変わっていない。
「……アルバード、その人は任せた。私はまだ侵入者が残っていないか見てくる」
「そのドレスで行く気か?君は一度戻って着替えてくれば……」
「その時間も惜しいよ。行ってくる」
私は振り返りもせずに、アルバードの元から飛び出した。立ち止まっている時間も惜しくて。
だから私は、気付けなかったのだ。
アルバードがひどく、思いつめたような顔をしていたことに。
空気を読まなすぎるブライアン。
自分で書いておきながら、ブライアンの馬鹿っぷりに流石に引いた。
ごめん。やりすぎたよ……




