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死姫のヒミツ  作者: 猫柳
第二章
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第二十話  死姫、息抜中

「ふはははっはっははっはははっははッ!!ついにこの日が来たぜこの野郎――ッ!!」


久しぶりに薄手のシャツに袖を通しながら高笑いをすると、ソフィアから絶対零度の視線がグサグサと突き刺さった。痛い痛い。しかしこれぐらいでめげる私ではない。

なにせ久しぶりの外出なのだ。しかもシアンとしての。これを喜ばずしていられるか。

無意識のうちにニヤニヤと笑っていたようで、ソフィアが無言で三歩引いて目を逸らす。


「…………そろそろ私、勤め先について本気で考えるべきなのでしょうか……」

「ええー、私ほど温厚で心の広い主人なんてめったにいないだろー。何が不満なんだよ」

「主に頭に変な虫が湧き始めたあたりが」

「湧いてないわ!!」


いつもの会話を繰り広げながらも、私は上がりに上がるテンションを抑えられず、サクサクと着替えを済ませると腰に一本剣を差し、人目がないのを確認して窓枠に足をかけた。


「んじゃ行ってきまーす」

「はい、行ってら……って姫様!!まだ昼前ですよ!!約束の時間まであと五時間以上……」

「遊び倒してくるから問題ないっ!!」


タン、と窓枠を蹴ると、浮遊感と強い風圧が一瞬私を包む。迫ってきた地面に両足と手で衝撃を逃すと、私は近くの茂みに飛び込んだ。そのまま、茂みの隙間を駆け抜け、屋敷を囲む塀の傍に生える木に脚をかける。

塀自体は登るのが困難でも、近くの木を利用すれば簡単に乗り越えられるのだ。


太めの木の枝から塀に飛び移り、そこから反対側に降りる。所要時間は恐らく五分もかかっていない。自己ベストだ。


一人感動に浸り、しかしあまりここに長居してまた変な噂が立てられても困るので、早々に立ち去ることにする。


行き先は相変わらず定まっていなかったため、結局前と同じ場所にたどり着く。



「お邪魔しまー……」


『開店中』の札のかかった扉を開いた瞬間、慌てて身を捩って飛んできたものを避ける。


「あっぶね……何すんだこのやろ―――」

一発避けた安心感から、苦情を言おうとして勢い良く踏み込んだ私の足元で、グシャッ、と嫌な音がした。


「あ」

「あ?」


カウンターの中から上がったその小さな声に、私は思わず足元を見る。今なにか踏みつけた感覚があった。大きくなく小さくもなく、あまり踏みごたえのない……、…………。


そぉっ、と足を上げようとしたら、カウンターから出てきたダンに止められた。そのまま、足元に向かって手を合わせられる。


「……ご愁傷さま」

「え、何が。何が。ちょっと待って、俺何踏んだの。お前何踏ませたの」

「あたしが踏ませたんじゃないわよ。あんたのタイミングが良すぎただけ。……ブーツ、洗ったほうがいいわよ」


それとあたしの目の前でその足上げないでねー、と言われたので、あえてこれ見よがしに自分が踏んでしまったものを確認し…………。


…………見なければよかったと心から後悔した。

どうやら運悪く俺の足元で犠牲になったらしい、台所の魔王―――黒きアレ。潰れた黒光りするボディに、重圧に耐え切れなかった内臓が横にはみ出し……やめよう。私は何も見なかった。


同じく直視してしまったらしいダンも、青白い顔をして横を向いた。


「……水道、奥にあるわよ」

「悪い、借りるわ」


内臓のへばりついたブーツで店内を歩くわけにも行かず、しょうがないので片足だけ脱いで、無様にぴょんぴょんと跳ねながら水道へと向かう。


あえて靴底から目をそらしながらそこに水を流しかけていると、店の方から「で、今日はなんなの」という声が聞こえた。


「前回なに、なんかあったんだって?近衛士の人達が聞き込みに来たわよー、副隊長の行方知りませんか、って」

「あぁ、あれね。ちょっと俺に不倫疑惑が立ってさー。ひどくね?俺無実なのに」


ちょっと拗ねたような口調で言えば、「自業自得よ」と返される。


「あんたはいつもふらっふらしてるから、そんな噂立てられるのよ。そろそろ身を落ち着けたらー?」

「あぁ、うん……そうなんだけどなぁ」


実際のところ、どうしたら自分が身を落ち着けることができるのかは分からない。結婚しても屋敷を飛び出してこのザマだ。これ以上どうやって身を落ち着けろというのか。

濡れたブーツを布で軽くぬぐい、中が濡れていないことを確認して足を通す。店の方に引き返せば、ダンがモップを片付けているところだった。


「なぁ、結婚しても落ち着かない場合って、どうしたらいいと思う?」

「……、あんた結婚したのッ!?」

「一応。あ、部下には秘密な」


口の前で軽く人差し指を立てると、ダンは遠慮なく私を上から下まで眺め回す。


「……一応聞いておくけど、男よね」

「そう聞くあたりあんたにゃバレバレなんだよなー。そうだよ、男。けして女の子は口説いてません」


モノ好きもいたものねー、とダンは感嘆した。そのままカウンターに入り、奥の戸棚から一本ワインを取り出す。


「まったく、そういうおめでたい話は先にしなさいよ。これあたしからのおごり。今日は飲んでくんでしょ?夜から近衛士衆が予約取ってるし。明らかに早すぎるけどね」

「ありがと。いい男は懐の広さが違うねー、これ高いワインじゃん」

「その代わりあたしも飲むけどね」


二つ出されたグラスに、深い赤紫のワインをゆっくりと注ぐ。「新婚の若人に乾杯」と、二つのグラスが小さく音を立てた。

ダンが書きやすくて感動。

どうしてこいつらはこんなにも書きやすいんだ……

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