第十九話 死姫、軟禁中
誘拐事件から、既に二週間が経つ。当初はざわざわと落ち着きのなかった屋敷内も、今では大分落ち着いてきた。
アルバードは私のために、と言って警備兵を増員したらしい。あまり意味はないんじゃないかと私は思うけれど、アルバードに素直にそう言う訳にもいかない。
(なんだかなぁ……)
あの日。屋敷に戻ってきてから、アルバードと「シアン・バード」について話し合ったことはない。
まるで何もなかったように。けれど確かに変わった関係性は、微妙に居心地が悪い。
一人になった部屋で、私は軋む体を机に突っ伏した。
「お疲れ様でした、姫様」
ぐったりしている私を見て上機嫌なソフィアが、紅茶片手に部屋に入ってくる。私は突っ伏したまま、ソフィアが給仕する姿を眺めていた。
「ここ数日元気が有り余っているご様子でしたから、旦那様とお過ごしに慣れてよかったですね。これで外に出たいなんてほざく元気は出ないでしょう」
「なんて薄情な使用人なんだ…………軟禁状態の女主人を不憫に思ったりとか」
「すると思います?」
ここ最近で一番の笑顔を見た気がする。過保護なやつめ。
ソフィアは手際よく紅茶を用意しながら、「いいじゃないですか。三日後出かけるのでしょう?旦那様と」と笑う。
「監視付きなんてなんも楽しく無ぇ。一人でフラフラしたい。酒場に乗り込んでそこらの酔っぱらいと朝までドンチャンしてたい」
「私ここ最近、実は私が仕えているのは王家の姫じゃないんじゃないか、と本気で考えてしまうのですわ……」
「あー、じゃあ私王家の姫君今日からやめるわー。ちょっと吟遊詩人でも始めようかと思う。行ってきます」
「何を馬鹿なことを。一度歌い出せば観衆が泣いて許しを請う超絶音痴の姫様が、吟遊詩人などできるとでも?」
差し出された紅茶は、私の好きなハーブティーだった。香りがきつめになりやすい茶葉を、ソフィアがうまく香草で和らげたものだ。温度も猫舌な私に合わせて、少し冷めた程度に。
ゆっくりハーブティーを口に含むと、懐かしい味が口内に広まった。
「なっつかしいなー。昔からソフィアのハーブティーは美味しい」
「うふふ、褒めても外には出られませんわよ」
「お世辞じゃないって。ソフィアのハーブティー、ホント好きだよ。長い間これに支えられてるし」
初めてソフィアのハーブティーを飲んだのは、まだ私が弱くて、一人で立ち上がることもできず悲しみの淵に沈んでいた時。
「……頑張らないと、な」
揺らぐ暇はない。軽く右肩に手を当てて、私はゆっくりと深呼吸をした。
「あぁ、そういえば。デューイがさっきこちらに来ていましたよ。相変わらず天井裏を這い回っていたので、早々に報告書だけ回収して叩き出しましたが」
はいこれ報告書、と手渡された報告書をぺらりとめくる。そこそこの厚さに盛ってあるが、内容は大してない。それもそうだろう。毎日顔を出しているのだ、新情報がそんなに集まるわけがない。
「これは惚れたかな……そこそこ長い付き合いだろうに、何が引き金になったんだか……」
「何の話です?」
「いやなんでも」
毎日デューイの応対をしているソフィアのキョトンとした表情に、前途多難だなぁ、と苦笑する。今度ソフィアと出かける機会でも作ってやろう。今回の件で迷惑かけたし。
もう一杯紅茶を飲み干してから、小さくため息。
「酒飲みてぇ……」
「諦めてください」
午後になると、暇だ暇だとつぶやく余裕がなくなった。何故なら、私が一番苦手な『奴』が来てしまったからだ。
「アリシア様、お久しぶりですねぇ!あぁ、またそんなベール被って。ほらほら、綺麗な肌が台無しですよ?今回はですねぇ、おすすめのドレスをたくさん持ってきましたからね、ちゃーんと試着していただきますよ!間違っても、仮面なんて被らせませんからね」
「……、お、お久しぶり、マリナ」
ややふくよかな体を質の良い生地のドレスで包んだ女性は、マリナ・プライス。王家の服飾を引き受ける腕利きの仕立て屋だ。ハキハキとした彼女は王族である私にも気さくでとても良い女性なのだが、いかんせん相性が悪い。
マリナは、女性を着飾らせるのが好きだ。彼女のセンスは王家専属の名に恥じることのないものであり、彼女が着飾った女性を見るのが私は好きだ。
しかし、自分が着飾られるのは別。そして私は今、マリナの標的である。
「ま、マリナ、私はなんというか、昔のドレスがあるからそれでいいかなーなんて思うんだけど」
「何を言っているんですか。独身時代と人妻ではデザインが違うんですよ。それに今回はなんといってもアリシア様が主役。アリシア様の魅力をたっぷりと引き出す、最高のドレスを仕立てなければ!」
そう言うが否や、ソフィアとマリナは異常な連携力で、私のドレスとワンピースを足して二で割ったような簡素な服を引っ剥がすと、部屋に大量に持ち込まれたドレスを漁り始めた。
「アリシア様はせっかく肌がきれいなんですから、本当は肩から背中まで出るデザインがお似合いになると思うのですが……露出できない分、できるだけ体のラインを強調するデザインがいいですね」
「そうですね。姫様は無駄に細いですから。あぁ、でも身長がありすぎますから、ヒールはなしで。足元もできるだけ隠れるような長い裾のものが良いですわ」
「でしたらこれなどいかがでしょう。これはリストールから輸入したとても珍しい生地で作っておりまして。柔らかな光沢が自慢なのですよ」
「確かに、綺麗な生地……ですが、この色は少々艶やかすぎますわ。姫様の美しさをかき消してしまいます。それよりも、こちらのほうが」
「こちらはアリシア様の場合、髪の色と合わないかと。それよりもむしろこちらはいかがでしょう」
色とりどりのドレスを代わる代わる手にとっていく二人を見ながら、私は小さく呟いた。
「私は黒がいいんだけどなぁ……」
マリナにその要望を伝えてから早六年。未だかつて、ラインナップに黒のドレスが入ったことはなかった。無念。




