第十八話 死姫、矯正中
剣を一度軽く振り、血を払う。安物の支給品は既にかなり血脂で汚れていた。これではもう使い物になるまい。
舌打ち一つ。手近にいた盗賊の喉に剣を投げつけ、そのまま握られていた剣をもぎ取る。安物だ。もう少し良い剣を使ってくれ。俺のために。
既に辺りは赤に染まっていた。それは圧倒的に敵のものが多いが、こちらも無傷ではない。これ以上長引くことは仲間の死を意味する。
「今一度問う。降伏しろ」
尻込みし始めた隊長を前線から叩き出したのは十分ほど前。そこから後は、実に勝手ながら俺が指揮をとっている。被害は最小限に抑え込んでいるし、仲間からの非難もない。問題ないだろう。
俺の言葉に、盗賊のリーダー格はニヤリと笑った。眼帯に覆われていないほうの隻眼は、未だ余裕の色が宿っている。
不利だ。形勢的には、今はこちらが優っている。しかし、数を削るために少々山奥に入りすぎていることは気付いている。ひっくり返すだけの余裕が相手にはある。
「悪いな小僧。それはこっちのセリフだ。さっさと家に帰りな」
「……そうだな」
数歩後ずさり、距離を開ける。相手は動く気配がないため、引いても問題がないようだ。
あとで上から何か言われるかもしれないが、気にすることはないだろう。仲間の命よりも大切なものはない。
「あぁ、最後によぉ」
撤退しようとした俺に、男が気軽に声をかけてきた。
「お前、いい目をしてんな。人を斬ることにためらいのない……俺らと同じ匂いがするぜ」
「……それは不本意だな。俺は目的のために戦っているに過ぎない。お前らのような戦闘狂と同じにするな」
静かにそういうつもりが、吐き捨てるような口調になった。
「いぃねぇ。その目。お前のこと嫌いじゃねぇぜ。名は?」
決めた。今決めた。俺はこの男が嫌いだ。
俺はニタリと口の端を歪めると、男を見据える。
「アルバード・ボールドウィン。―――いずれお前は、俺が捕まえる」
うららかな午後である。
こういう午後には、中庭なんかに出て、東屋で外の景色を眺めながら優雅に読書、なんて洒落たことがしたくなる。読書が好きなわけではないが、一種の気分である。
「聞いているか、アリシア」
少なくとも、夫と部屋に缶詰するような日和じゃない。
しかも怪しい意味ではない。たとえ全身が疲労に包まれていても、普段使っていない筋肉が悲鳴を上げていても。
「立て。ほら、もう一回行くぞ」
「悪魔だ……あんた悪魔だ……」
「何、隊内では見慣れた顔だろう?」
にやりと笑って、悪魔は私の腕を引いて立ち上がらせる。
「待、ちょ、疲れました私いいいいい」
「何だ?これしきのことで音を上げるようで元近衛隊副隊長を名乗っていいのか?」
「もーハイテンポで三時間はぶっ続けで踊ってるでしょーが!しかもこっちこのパート慣れてないんですからね!さっきから足踏みそうで踏みそうで……つか本気で踏みますよ。私の集中力とそっちの足のためにも休憩させてください。そうするべきですうんそうするべき」
反射的に慣れた動きをしようとする体を押さえつけるのは、意外と疲れるものだ。私は軋む体をどうにかこうにかほぐしながら、肩をすくめた。
何故今ダンスの練習などというものをしているかというと、理由は簡単。私が出席するダンスパーティがあと二週間後にあり、そして私が「シアン・バード」としての男性パートしか踊ったことがないから。
つばり、女性のパートは壊滅的なのだ。
気がつけば相手をリードする癖が出る。男性パートなら個人的にかなりの腕前だと自負している。そうアルバードに愚痴ってみたら「だから?」と笑顔で言われた。まぁそうですよね。
「ほら立て立て。残念ながら、俺の休みは今日しかないからな。ほかの日は練習に付き合えない」
「や、ひとりでできるから今日は開放してほしいですね!せっかくの休みはちゃんと休みましょうよ」
とはいったものの、完全に腕を掴まれダンスの体勢にされてしまったので、私はしぶしぶ口を閉じた。
「行くぞ。1・2・3・4、5・6……そこは足を引くところだ、3・4……」
「ぐぎぎ……」
また足の動きを無理やり止めたため、腰に痛みが走った。地味に辛い。
それでも部下をしごきなれたこの鬼隊長は、人様の限界もちゃんと心得ているようで、「まだまだ」と未だ笑みを浮かべている。畜生覚えていやがれ。
「そういえば」
「………………何ですか」
心の中で隊長に、実にリズミカルに飛び膝蹴りを入れつつ体を動かしていると、どうでもいい世間話のようなノリで言葉を紡ぐ。
「三日後、隊内で飲みに行くんだ。帰りは遅くなる。もしかしたら、地獄耳のシアンも顔を出すかもしれないな」
「あらあらそうなんですか、男ばっかで大変仲がよろしい」
「焼いたか?」
「焼くと思います?フツー」
相変わらずつかみどころがない彼に、私は肩を落とした。筋肉が引きつって痛かった。
シアンの女性たらしテクは神懸かってます。
それはもう、口説きからからダンスから立ち振る舞いから全て完璧です。
しかしあくまで「シアン・バード」であるときの話であって、
アリシアの時には男女ちぐはぐの礼式をとるので不格好です。




